1月25日(金)よりフルCGアニメーション映画『あした世界が終わるとしても』が公開された。今回は映画の公開を記念して、櫻木優平監督とモブアニメーションの内田 憲氏に、CG制作の技術的な挑戦と作品の見どころについてお話をうかがった。なお、月刊誌『CGWORLD vol.246』ではメイキングを10Pにわたりお届けしているので、そちらもチェックいただきたい。

TEXT_佐藤平夥
EDIT_斉藤美絵 / Mie Saito(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota

映画『あした世界が終わるとしても』2019年1月25日(金)公開
ashitasekaiga.jp
©あした世界が終わるとしても

最新技術を積極的に採り入れて制作された
フルCGのオリジナル劇場作品

CGWORLD(以下、CGW):櫻木優平監督初の劇場作品ですね。どのようなお話なのでしょうか?

櫻木優平監督(以下、櫻木):物語の舞台は日本で、主人公は母親を亡くして以来、心を閉ざしがちになっている「狭間 真」という少年です。真の幼馴染の「泉 琴莉」は、そんな真のことをずっと見守ってきました。2人は高校3年生になって、ようやくもう一歩近い関係を築こうとするのですが、そんな矢先に、もうひとつの日本から来たという真そっくりの少年「ハザマ ジン」が現れます。彼が話すには2つの日本は繋がっていて、そこに住む人の命も繋がっている、片方が死ねばもう片方も死ぬのだと。やがて2人は、2つの日本の存亡をめぐる大きな戦いに巻き込まれていく......そんなお話です。

  • 監督
    櫻木優平

    熊本県出身。実写映像・グラフィックデザインを学んだ後、フリーランスとして活動をはじめる。岩井俊二監督の『花とアリス殺人事件』(2015)、宮崎 駿監督のジブリ美術館短編アニメーション『毛虫のボロ』(2018)の3DCGスタッフとして頭角を現わし、脚本・監督を務めた日本アニメ(ーター)見本市『新世紀いんぱくつ。』(2015)で注目される。クラフターが推進する最新技術を投入したアニメーション手法「スマートCGアニメーション」にこだわり、繊細かつ緻密なアニメーション表現を得意とする、今最も注目される若手クリエイターのひとり。本作が初の劇場監督作品となる
    @yuheisakuragi

内田 憲モブアニメーター(以下、内田):お話はSF寄りですが、高校生の日常パートの朗らかな場面も楽しいですし、カッコ良いアクションパートも魅力のひとつです。

  • モブアニメーター
    内田 憲

CGW:制作面では様々な新しい技術に挑戦なさったと伺いました。

櫻木:そうですね。AIを導入したり、Unityを使用してみたり、技術面で思いつくことは全部採り入れました。

内田:舞台が新宿駅東口周辺のため、印象的な群衆カットがいくつも出てくるので、モブキャラクターの自動生成・自動制御にも挑んでいます。

櫻木:ほかに大きかったのは、日常芝居のアニメーションをモーションキャプチャで付けたことでしょうか。モーションキャプチャで収録したデータをベースに、作画アニメのように止めるところを止めるというつくり方もありますが、本作ではしていません。ノイズも活かしたかったので、ただの立ち姿のノイズを収録しておいて、モーションキャプチャを収録していない動きにそのノイズを入れるようにしました。アクションシーンは、タメ・ツメのある日本のアニメらしいカッコ良さや勢いを見せるために、手付け(キーフレームアニメーション)で行なっています。アクションシーンが得意なスタッフに、思い切りやってもらいました。また、いわゆる日本のリミテッドアニメーションは3コマ打ちが多いのですが、3コマだと海外の視聴者からフレームが落ちて見えると言われることが多く、本作のコマ数はフルコマか2コマにしています。日本の視聴者層も、ゲームやVTuberを始めとするバーチャルキャラクターが身近になり、フルコマでぬるぬる動くキャラクターに見慣れてきているというのもありました。

モーションキャプチャ収録時の様子【左】と完成画【右】


アクションシーン

CGW:本作は、TVアニメ『INGRESS THE ANIMATION』(2018年10~12月)と並行しての制作だったそうですが、制作管理はどうなさっていたのでしょうか?

櫻木:制作は丸かぶりでしたから、効率の良いフローをしっかり準備しました。自分もスタッフもCGを触ることができるとなると、紙に絵コンテを描く工程は要らないと思ったので、絵コンテは描かずに字コンテムービーを作成し、それからレイアウトムービーをつくっています。あと、外注さんにお願いする1テイク目が均質化するように、かなり厳密なガイドラインを準備して、それに沿ってもらうようにお願いしました。上げてもらったものをとにかく繋げて、社内で一気にブラッシュアップして、という感じです。ふり返ってみると、かなり洗練されたフローになりましたが、字コンテでの対応などは自分の制作スタイルに慣れたスタッフだから対応できたことだと思います。

CGW:劇場版を制作されて、手応えはいかがでしたか?

櫻木:結果として、本作は全く新しい表現物になったと思います。僕はこれまで、ディテールの細かさや造形の綺麗さといった「CGのアイデンティティ」で、どれだけ作画と勝負できるかをずっとやってきたのですが、本作は作画を真似したCGとは切り離された、全く別物という仕上がりになりました。なので、これがセル調のCGアニメかと言われると、ちょっとちがう感じがしますね。いわゆる日本のアニメっぽい表現と捉えられるギリギリのディテール感や動きをねらってはいますが、別の画になったと思います。

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アニメ制作におけるAI導入の第一歩!

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アニメ制作におけるAI導入の第一歩!

CGW:制作にAIを導入したとのことですが、AIを使ってみようと着眼されたきっかけは何でしょうか?

櫻木:今回AIまわりでご協力いただいたPreferred Networksさんは、「PaintsChainer」という線画に色を塗るAIを開発しています。それをアニメに使えないかと打診をいただいたことがきっかけで、実験を含めて本作でやってみよう、となりました。お互いにAIのことやアニメ制作の勉強会を開いて、どんなことができるかいくつか試案を出し、最終的にキャラクターのデザインや、人間のモーションの制御をAIにやってもらっています。背景を描かせることも考えたのですが、深層学習用のデータは膨大な量が必要なので本作の制作時には足りなくて、今後に持ち越すことになりました。

CGW:AIによるキャラクターデザインは、具体的にどのように行なったのでしょうか?

櫻木:本作でAIがデザインしたのは「アルマティック」というキャラクターです。もともとAIが完璧に人の真似をする前の、いわば真似しきれないデザインは、人が考えつかない画になるのではないかという発想がありました。実際にDesignChainerという線画を描くAIに「アルマ」というキャラクターを勉強させてみると、学習過程で描き出されたデザインが丁度良い感じに気持ち悪かったので、アルマティックのデザイン原案として採用しました。このデザインに先ほどのPaintsChainerで色塗りをさせたものを、キャラクターデザインの河野紘一郎さんや色彩設計の田中美穂さんに整理してもらっています。

【左】DesignChainerが描いたデザインをPaintsChainerで着彩したアルマティックのデザイン原案、【右】河野氏が整理したアルマティックのキャラクターデザイン

CGW:AIにデザインをさせてみていかがでしたか?

櫻木:学習基の画像の解像度がちがうだけで異なる画が出てくるのは興味深かったですね。アルマティックのデザインも、なかなか人が考えつかないような気持ち悪い感じにできて良かったです。AIの導入は成功したと言ってよいと思います。

DesignChainerが描いた解像度の異なるアルマティックのデザイン

内田:AIによるモーションの制御では、モーションキャプチャのデータをAIに学習させて、歩く・走るくらいまでは到達しました。その動きを群衆のモブキャラクターに流し込んで使っています。

櫻木:今回は初めての試みだったので、学習用のデータの準備の仕方にも戸惑いがありました。ですがゼロから始めて歩く・走るところまで到達できたことで、今後もっと学習データ自体が綺麗になり、たくさん用意できればより様々な動きができそうです。

CGW:これからもAIに挑戦されるのでしょうか?

櫻木:そうですね。AIは興味のある分野ですし、今後避けては通れない分野になると思います。Preferred NetworksさんのようにAI側の才能ある人と組んでやらないとできませんし、われわれ制作側にもAIに理解のあるスタッフが必要になるので、関係者が気持ち良く仕事ができるような体制を整えていきたいですね。


アルマティックが登場する場面カット

AI×Unityを用いたモブ自動生成システム

CGW:モブキャラクターを自動生成・自動制御しているとお伺いました。どのようなしくみでしょうか?

内田:モブキャラクターの3Dモデルは男性5体・女性4体で、それぞれ髪・顔・体の3パーツとバッグなどのプロップを入れ替えることで、様々なバリエーションのモブモデルを用意できるようにしました。また、マテリアル色をレンダリング時に切り替えて異なる色の服が割り当てられるシェーダを、Unityさんと共同で開発しています。モブのモーションは、Unity内でモブが歩くルートを決め、ユニティちゃんをランダムに配置してシミュレーションを行い、本番のモブキャラクターに置き換えるしくみです。モブキャラクターの複製数、歩く速度などの挙動はPreferred Networksさんが開発したツールで制御しました。モーションは、モーションキャプチャデータを基にPreferred NetworksさんのMotionChainerが学習した動きが用いられています。

CGW:開発過程で特に苦労されたことは何でしょうか?

内田:UnityさんのシステムとPreferred Networksさんのシステムと、両方新しいシステムを扱うので、お互いのバージョンがちがって動かないことがありました。そもそもエラーが出たとき、どこに原因があるのか検証するのがものすごく大変でしたね。期待した挙動をしないことも、ままありましたし......。まだ接地が怪しい部分もありますが、実用にいたったことは大きな一歩だと思います。

CGW:自動生成システムを使用して、制作現場に変化はありましたか?

内田:例えば色の切り替えを手動でしなくてよくなりました。群衆のシーンでモブモデルを何体も並べなくても、Unityの中の作業シーンに読み込まれている3Dモデルの色を組み合わせてバリエーションを増やして配置してくれるので、手動で作業しなくても済み、効率化できて良かったです。そこへたどり着くまでは大変でしたが......(笑)。

CGW:そもそもなぜゲームエンジンのUnityをアニメに使うことにしたのでしょうか?

内田:本作は、新宿駅東口などのシーンで何カットも群衆が出てくるのですが、3ds Maxだと大量にキャラクターを配置する作業がすごく大変です。その点Unityはゲームエンジンなのでレンダリングが圧倒的に速くて、トライ&エラーもしやすいメリットがありました。モブキャラクターにはそこまでクオリティが求められるわけではないので、実験がてらUnityでやってみようとなったのです。モーションはAIにやらせたいという方針は決まっていたので、そのアニメーション&レンダリングツールにUnityを選んだという感じですね。


AIによる経路探索をしているUnityの作業画面。Preferred Networks協力のツールが活躍した


バリエーションカラーを生成した新宿駅東口の場面カット。Unity協力によるツールの成果だ

CGW:今後もUnityを使用される予定ですか?

内田:はい。やはりリアルタイムレンダラはすごく良かったですから。Unity内ではモーションの修正がしにくいとか、まだ課題はあります。もともとアニメーション制作のソフトではないので仕方ないことなのですが、今後開発が進むことに期待しています。ほかにもUnity自体がもっている可能性として、将来的に撮影処理を3D的にできるのではないかと考えています。現在はCGで制作しても一度2Dの素材に置き換えてからコンポジットしていますが、Unityを使えば3Dの中でコンポジットできるようになるかもしれません。そのフローを統合させられれば、ソフトを行ったり来たりする必要がなくなりますし、その分もっとプリプロなどに時間をかけられるだろうと期待しています。

櫻木:Unityは、PSOFT Pencil+への対応やユニティちゃんトゥーンシェーダーの開発など、アニメや映像業界に協力的で、前向きに取り組んでくれています。自分としても、今後はモブだけでなくメインキャラクターのカットもUnityに移行したいという思惑もあるんです。本作では、Unityでリアルな新宿のシーンを描けました。現段階で良いところまできているので、作風によっては不可能ではないと感じています。

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原作小説も櫻木監督自らが執筆! 制作スタッフが語る映画『あした世界が終わるとしても』の見どころ

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原作小説も櫻木監督自らが執筆!
制作スタッフが語る映画『あした世界が終わるとしても』の見どころ

CGW:櫻木監督は小説も執筆されたそうですね。

櫻木:映画のノベライズですね。小説では映画で説明できなかった部分を掘り下げて書いています。

CGW:TVシリーズ(『INGRESS THE ANIMATION』)を制作しつつ、本作に取り組みつつ......と、いつ書いていらっしゃったのですか?

櫻木:脚本が上がってから台本をつくっている最中に土日とかを使って......2ヶ月くらいで一気に書き上げました。小説を書いたら台本を変えたくなったという効果もありましたね。


CGW:執筆されてみて感触はいかがでしたか?

櫻木:映像は内心を喋らせられないので、いろいろな演出を駆使して伝えないといけませんが、小説だったらそのまま書けば伝わります。映像だったら物語を描くのに何年もかけて、画をつくって音をつくって......と準備しなくてはいけないのに、小説だと文字だけでできてしまうという快感がありました。

CGW:すんなり書けた、という感じでしたか?

櫻木:僕自身が脚本を書いているというのもありますが、書いたら書けたという感じでしたね。あまり文字を書くことに戸惑いはなかったです。

CGW:今後も執筆はされるのでしょうか?

櫻木:僕はこれまで映像制作が趣味だったので、小説を趣味にするのもいいなと思っています。出版の予定はありませんが、一生のうちどこかで、自分が趣味で小説を書き出して、もし出版したいと言ってくれる出版社があれば出してみたい......という感じです。

CGW:いつか櫻木監督の小説を原作とした映像作品が制作される可能性もあるわけですね。

櫻木:いや、何だか小説を書かなきゃいけないノリになっていませんか!? そういうのでは、まだないですよ(笑)。


CGW:ついに劇場公開が迫ってきましたが、本作の見どころをお聞かせください。

櫻木:今は、現代のリアルな若者たちにとって生きる目的みたいなものが見つけづらい時代になってきていると思います。そこに対して問いかけるような作品になっていればと意識してつくりました。主人公たちの年に近い人たちにとって、自分たちの作品だと思えるような作品になれたら嬉しいです。新しい技術もたくさん入れてあるので、ワクワクして観てほしいですね。技術的には今後もっと洗練させていきたいです。

内田:個人的な感想ですが、やはりメインキャラクターがかわいい&カッコ良いことが大きな魅力のひとつだと思います。担当した範囲では、最後の新宿駅東口のカットでしょうか。群衆のカットは作画でもCGでも大変ですから、これまでのアニメでも大量の群衆が出てくる作品はあまり多くありません。今回は何より登場するモブキャラクターの数が多くて、場所も広いですし、モーションの数が少ないながらに、それぞれランダムな動きを上手くさせられました。新宿のリアルな風景を描けたと思うので、ぜひご覧いただきたいです。

まとめ

ただでさえ技術革新が早いCG業界で、最前線をひた走る櫻木監督をはじめとするクラフター、クラフタースタジオのスタッフたち。新しい技術を採り入れるだけでなく、とてもポジティブに取り組んでいる姿が印象的だった。そのような彼らの姿に、社外の才気ある協力者も自ずと引き寄せられているように感じられる。結果、彼らの下には爆発的な技術革新が生まれる土壌が、すでに出来上がっているのだろう。そういった新技術の投入を下支えするのはスケジューリングや管理能力の高さ、これまで現場で着実に積み重ねてきた経験の豊富さだ。彼らの瞳は世界を見据えている。これからも確実に飛躍していく姿に注目したい。

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  • 映画『あした世界が終わるとしても』
    2019年1月25日(金)公開
    原作:クラフター
    監督・脚本:櫻木優平
    制作:クラフタースタジオ
    製作:『あした世界が終わるとしても』製作委員会
    配給:松竹メディア事業部
    Twitter:@ashitasekaiga
    ashitasekaiga.jp
    ©あした世界が終わるとしても

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    発売日:2019年1月10日
    連載「アニメCGの現場」にて映画『あした世界が終るとしても』の詳しいメイキングを10Pにわたりご紹介!