CGWORLD Online Tutorialsで「フォトバッシュを使用した背景コンセプトアート作成テクニック」の講座をもつ竹下優子氏。彼女はILMやMPCなど世界中の著名なCGプロダクションでキャリアを積み重ねてきたコンセプトアーティストだ。日本の高校を卒業後ロサンゼルスに渡り、その後各国の様々な文化や技術を吸収した経験を基に、留学から海外での仕事の仕方、そして帰国してから大事にすべきだと気づいた日本ならではのものづくりの良さについて、多岐にわたってお話しいただいた。

INTERVIEW_日詰明嘉 / Akiyoshi Hizume
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充/ Mitsuru Hirota

フォトバッシュを使用した
背景コンセプトアート作成テクニック
(CGWORLD Online Tutorials)
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<1>コンセプトアーティストに向けた3DCGの伝道師

――竹下さんは世界中の映画CG制作会社でコンセプトアーティストやマットペインターとしてのお仕事をされてきていますが、どのようにキャリアを重ねてきたかを教えていただけますか?

竹下優子氏(以下、竹下):子どもの頃から絵を描くのが好きで、高校生のときに映画『ターミネーター2』(1991)を観て、将来は映画の仕事に就きたいと思ったのが、この道に進んだ最初のきっかけでした。そこで高校卒業後に思い切って留学をしたんです。ロサンゼルスのコミュニティカレッジに2年間通い、そこから当時CG学科ができたばかりのOtis College of Art & Designに編入しました。そこではグループワークみたいなのがあって、私は撮影したものにVFXを付ける工程を担当しました。他にもAfter Effectsを使ったり、デジタル編集などもしていました。みんなすごくセンスが良くて、先生からというよりも、周りの学生同士で刺激し合っていった感じですね。


  • 竹下優子/Yuko Takeshita
    オムニバス・ジャパン

    Otis College of Art & Design 卒業後、ILM Singapore、Method Studios、MPC、Animal Logicで勤務。帰国後フリーのコンセプトアーティスト・マットペインターとして映画、テレビ、ゲームを中心に活動し、2018年10月よりオムニバス・ジャパンに所属
    yukotake.artstation.com

――卒業後はどのように映画業界に?

竹下:まず、向こうのエディティングルーム(編集室)の仕事に就いて、映画の仕事に携わり、そのあと帰国してスクウェア・エニックスに入りました。その次にシドニーのAnimal Logicに行って、ここでは現・ModelingCafe福岡代表の北田栄二さんとお仕事をしました。それからバンクーバーのMPCで『ワイルド・スピード MAX』(2009)と『シャーロック・ホームズ シャドウ ゲーム』(2012)の仕事をした後、同じくバンクーバーのMethod Studiosで『クラウド アトラス』(2013)や『ダイ・ハード/ラスト・デイ』(2013)に参加しました。その後シンガポールのILMに移ったというながれです。

――竹下さんの周囲でも世界中の様々なプロダクションで働かれている方は多いですか?

竹下:多いですね。本当にすぐ移動します。バンクーバーからモントリオール、その次はロンドンに行って、今度はシンガポールに......といった具合で、プロジェクトの都合で移籍することが多いですね。ヘッドハントも多いです。私がシンガポールに行ったとき、最初はダブル・ネガティブを受けたのですが、あまり反応が良くなくて。でも、運良くILMに入ることができました。英語で情報を掴むのが早く、このポジションに空きができたという告知を読んでのタイミングと、あとは海外経験の長さもあって入れたんだと思います。

――その後、帰国してからフリーランスでお仕事をされ、10月からはオムニバス・ジャパンに所属されているわけですが、どんなきっかけで?

竹下:昨年、出向でこちらにお世話になり、皆さんと知り合って働きやすそうだなと感じたことがひとつ。もうひとつは、私のことをすごく評価していただいて、コンセプトアートのチームをつくってVFXのパイプラインのながれを決めていく役割に惹かれたことです。オムニバス・ジャパンでは、プリビズ制作の仕事に携わっています。

――これまでのお仕事のなかでご自身として刺激的だった仕事は何ですか?

竹下:忙しかったけれども自分のためになった経験で言うと、MPCのチームからはとても刺激を受けました。当時、生意気にも自分が上手いという自惚れがあったんです。でも彼らの中には今でも敵わないほど画づくりが上手く、信じられないくらいスピードも速い人がいて、それは自分にとって大きな衝撃でした。


竹下氏のArtStationより

竹下:それと、技術的にはここでNUKEを使い始めたことが大きかったです。日本ですとマットペインターはPhotoshopオンリーみたいに思われている節がありますが、ここではその概念を覆されるぐらいみんな本当にNUKEを上手く使いこなしていました。当時、Mayaを使っていた私は隣の人に聞きながらNUKEをひとつずつ覚えていき、結果的に作業がとてもしやすくなりました。

――NUKEでマットペイントをすることのメリットは?

竹下:いろいろありましたが、とにかくマットペイントの作業が行いやすかったのと、組んだスクリプトをそのままコンポジターに渡せるので、データ受け渡しの際のいざこざが極力少ないのがメリットだと思います。

――今年の2月にはCGWORLD +ONE Knowledgeで「2.5Dマットペイントマスタークラス」の講演をされましたね。

竹下:今でも日本では2Dのマットペイントしか頼まれないのですが、そろそろ3Dでできる人が増えても良いんじゃないかと思って、お話をさせていただいています。この講演はとても多くの人に来ていただきまして、受講者にはコンポジターの方が多かったですね。やっぱり普段からNUKEを使うことが多いお仕事ですから、勉強しやすかったんだと思います。ぜひとももっと多くのマットペインターに来ていただきたいなと思います。

――先ほど、MPCで上手い人たちに出会って衝撃を受けたというお話がありましたが、他にもそうした経験をしたときにはどのようにご自身をアップデートさせていきますか?

竹下:とにかく、たくさん描くことですね。それは今でも行なっています。そして、仕上がりに納得がいかないときには、上手い人の絵や自分の好きな画家の絵と自分の絵を見比べて、徹底的に画面を分析して、ちがいを知る。何時間でも見て、気づいたら直して、また見比べて分析して、今まで自分が考えていなかった部分を発見していくことの積み重ねです。

観察分析は私の基礎になっていると思います。画面や絵から受ける印象はそれぞれ異なりますが、そのちがいはどこから来るのか。画面に対する大きさか、影なのか距離なのか。分析して何がその画面をつくり出しているのかを知ること。このパターンを数多くもつことが自分の絵をつくる上でとても役立つと思います。


竹下氏のArtStationより

――意識して分析的な目で見ないと見えてこないものがありますか?

竹下:そうです。ただ「この絵が良いな」で終わったら、何も残らないんですよ。「どうして良いのか?」という目で見ないと。それは自分の勝手な視点でも構いませんから、まず分析してみることです。色か形か構図か、どこかに答えはあるはずです。例えばダ・ヴィンチの絵を見たときには、「どうしてこの絵は人を引きつけるのだろうか」、「特別な何かがあるはず」と感じると思うんです。それを知っておくと、次の仕事のときに自分の引き出しが増えますので、分析することはいずれ自分自身のためになると思います。

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<2>1日30分、半年で実力アップ確実の「バリュースケッチ」

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<2>1日30分、半年で実力アップ確実の「バリュースケッチ」


――竹下さんは、CGWORLD Online Tutorialsで「フォトバッシュを使用した背景コンセプトアート作成テクニック」の講座をおもちです。この講座はどんな人に向けてつくられましたか?

竹下:背景づくりや空間づくりに興味があって、どこから始めたらいいかわからない人やワークフローを知りたい人、もちろんフォトバッシュの手法を知りたい人に見ていただきたいなと思います。

――講座のなかでも「バリュースケッチ」というトピックはあまり聞き慣れない言葉でした。

竹下:「バリュースケッチ」(Value=明度)はなかなか日本語に訳しづらいのですが、要は、白黒のみで行う模写のことです。これはとても良い訓練になります。私は風景をよく描きますが、肖像画でも構いません。Photoshopでも紙と鉛筆でも良いので、1枚30分ぐらいの短い時間で行うことがポイントです。これは色の情報を落としたぶん、どこが見えているか見えていないかがハッキリと形に現れるんです。これを1日1枚やると半年後には別人のように上達しているはずですので、ぜひやってみてください。


CGWORLD Online Tutorials「フォトバッシュを使用した背景コンセプトアート作成テクニック」より、バリュースケッチの様子

――他にこのチュートリアルで重要なポイントは?

竹下:「アイデア出し」項目の中にある「視線誘導」も、以前別の機会にお話をしたときに反応が大きかったポイントでした。自分の絵を描きたい人はリアルにするのも大事ですが、伝えたいストーリーを伝えるためにはどんな構図をつくれば良いかも勉強した方が良いと思います。これも画面分析です。写真には撮った人の、絵には描いた人の見てほしいものが画面の中に必ずあります。その意図を見つけることです。

例えば難民の人を撮った写真があったとします。大勢を映していたら、その中に光る人がいるはずで、そこに視線をもっていくためにどんな要素を写真の中に入れるかと考える。それが家かたくさんの子どもかで構図がまったく変わってきますので、それをどのように扱えば良いかを勉強すると良いと思います。

――それは写真でも絵でも、2Dでも3Dでも?

竹下:はい。絵だけではなく、一般的な仕事をしていく上でも役立つことだと思います。クライアントからの依頼で上手く話が見えなかったときに、「この人は何を目的としているのだろうか」と、画面だけではなく、人の言葉や態度とかにも応用できると、この人が本当は何を求めているのかが見やすくなると思います。

――竹下さんが絵を描くにあたって参考にされた書籍や画集は何ですか?

竹下:技術書ではないのですが、ベティ・エドワーズの「脳の右側で描け」には影響を受けましたね。社会生活に使われている左脳を一度休めて、右脳を働かせようという頭のエクササイズなんですが、それをやったら私自身、上手くいったんですよ。胡散臭いというと怒られるんですけど(笑)。

あとはヴィッキ・マクマリーの「Mastering Color」も印象に残っています。韓国の本屋で出会った本なのですが、ちょうど色について悩んでいた時期だったので、シンプルで美しい色遣いに衝撃を受けました。形をしっかり取るのではなく、色自体で絵を魅せるという手法も真似してみたいと思いました。どうしたらこのような色になるのか、何色も混ぜて試してみたりしましたね。


竹下氏のArtStationより

――フォトバッシュという手法の面白さについて、竹下さんはどのように考えますか?

竹下:組み合わせ次第でいかようにもなるところが面白いと思います。ときに自分が思ってもみなかったものができたりするので、普段から写真を撮り貯めるようにしています。「まさかこんなもの使わないだろう」と思って撮ったものが後々役立ったりするので(笑)。旅行に行ったときは常に撮影していますね。

――竹下さんは日本の高校を卒業されてからアクティブに海外を目指されましたが、現在の学生に向けて留学についてのアドバイスをするとしたらどのような点をメリットとして挙げられますか?

竹下:海外に行くメリットって、やっぱり日本以外の文化に触れたり、日本人以外の人と知り合ったりすることだと思うんです。私はあの年で出て行ったからこその良い刺激を受けられました。今も多面的な視点からものごとを見るようにしているのですが、その癖はあのときに培われたものだと思います。

――多様な文化に触れることで自分自身の価値観を相対化したり、相手の立場になって考えたり。

竹下:そうですね。それによって自分の意見がどれだけ大事かもわかるので、異文化にたくさん触れてほしいですね。当時とは時代もちがえばアメリカの状況も変わっているので、私と同じ経験ができるかどうかはわかりませんが、それでも外に出ていろいろな文化に触れるのは良いことだと思います。

――一方で、日本国内で頑張っていこうという人にはどんなことをアドバイスしますか?

竹下:絵のことにだけついて言えば、国内でも描くことはもちろんできるわけで、自分のできることをして感性を伸ばしていくという方法ももちろんアリだと思います。むしろ、海外の人からすると日本画の上手い人って、驚異なんですよ。CGというのはもう、ほとんど手法が決まってきていて、出てくるものが同じスタイル。そんな人たちからすると葛飾北斎のようなスタイルは驚異なんです。そんな風に海外の理論に基づいていない、日本人ならではのものの生み出し方はもっと大事にすべきだと考えます。

――日本ではメソッドの確立ができずに属人的であると、ついネガディブに捉えられがちです。それはひとつ事実としてあるかもしれないけれども、別の良さがあるわけなんですね。

竹下:そうです。役に立つ場面も多々あると思うんですよ。だからこそ、まだ文化として根付いていてるのかなと。何でもかんでも海外の標準的なスタイルに移行しないのは、やっぱり何かしら良い部分があるからだと思います。

私は十数年海外で暮らしてきたこともあって、考え方も外国人っぽくなっていたんです。論理的に考えて、結果もそれにしたがって美しいものができるということに何の疑いももっていなかったわけです。でもどこかで無理していたのか、帰国してからは抑えていた日本人らしさが反動のように湧き出てきまして(笑)。様々な局面で日本の良さが目につくようになったんです。理論的な方法は説明通りにやれば手に入れられるものだから簡単なんですよ。でも日本の非理論的なスタイルを輸出するのは無理。だからこそすごいし、もっと大事にしたほうが良いものはたくさんあると思います。

今の若い子たちは丁度良いバランスになっていると思います。かつての非論理的すぎるものから、良い具合に海外の合理的な方法の良いところを採り入れて混ざり合っている。このまま行けばちょうどいい位置にたどり着くんじゃないかなと私は思っています。

フォトバッシュを使用した
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