映画『Away』が全国の映画館で12月11日(金)より公開される。『Away』は国際アニメーション映画祭で9冠を達成し、世界中の映画祭を席巻した。同作を手がけたラトビア出身の映画監督ギンツ・ジルバロディス監督は、3DCGアニメーションを用いてたったひとりで作品をつくりあげている。今回、特別にジルバロディス監督へのインタビューが実現したので、作品制作の苦労や3DCGを用いた工夫について詳しく話を聞いた。
TEXT & EDIT_江連良介 / Ryosuke Edure
EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada
映画『Away』
12月11日(金)新宿武蔵野館ほか全国順次公開
【近畿】テアトル梅田/出町座 2021年1月22日(金)、【中部】名古屋シネマテーク 2020年12月26日(土)
配給:キングレコード/配給協力:エスピーオー
©️2019 DREAM WELL STUDIO. All Rights Reserved.
<1>Mayaによるシンプルな制作環境とカメラワークへのこだわり
飛行機事故に遭遇し、たったひとり生き延びた少年が、見知らぬ土地で拾ったバイクにまたがり地図の示す方角へ走り続ける。途中で飛べない小鳥を仲間に加え、謎の黒い影に追われながら。まるでゲームのように次々と美しい世界が現れ、ダイナミックなカメラワークによって見る者は少年と一体となる――。
▲映画『Away』より。不時着した土地でたったひとり歩き出す少年
▲少年は、広い砂漠をあてもなく彷徨う
映画『Away』の監督ギンツ・ジルバロディス氏(Gints Zilbalodis)は、22歳からたったひとり、3年半の歳月を費やして同作を完成させた。彼は10代の頃からショートフィルムの制作に熱意をもっており、16歳のときすでにショートアニメーション作品『Rush』(2010)を制作している。それ以降も、水に囲まれた猫が主人公の映画『Aqua』(2012)、初めて3DCGを駆使して制作した壮大な自然が舞台の『Priorities』(2014)、脱獄犯と少年の奇妙な関係を描いた『Followers』(2014)、雷に打たれ耳が聞こえなくなった音楽家を描いた『Inaudible』(2015)など、精力的に活動を続けてきた。
ギンツ・ジルバロディス監督/Gints Zilbalodis
94年ラトビア生まれ。幼少期より、古い映画やアニメーションに触れ、映像制作への興味関心をもつ。8歳の頃にはアニメーションの前身となるような制作を始め、16歳にはショートアニメ『Rush』をつくりあげた。その後も制作意欲は衰えを知らず、手描きアニメーション、3Dアニメーション、実写など様々な手法で7本の作品を生み出す。本作『Away』が初の長編アニメーションとなり、資金集めから、監督、編集、音楽まで、たった一人で全てをつくりあげ、世界中のアニメーション映画祭で話題をさらった。今、世界で最も注目されるクリエイターであり、アニメーターの1人。日本のアニメーションへも深い造詣をもち、プライベートでも数度の来日経験をもつ。過去の作品はYouTubeチャンネルで見ることができる
www.youtube.com/channel/UCQStBFGwHOyBBBAgNaV7UNA
▲バイクを操縦する少年
ジルバロディス監督は10代からひとりで作品を制作しているが、本作の制作も過去作とそれほど変わらない制作環境だったようだ。しかし、本作はこれまでとちがい長編アニメーションになる。3年半もの間ひとりで映画を制作するのは大変な作業だが、制作中辛いと感じたことはなかったのだろうか。
ギンツ・ジルバロディス監督(以下、ジルバロディス):もちろん大変だったけど、これが自分の映画なんだと思えたことがモチベーションにつながったと思う。これが他人の作品だったら、3年以上もの長い間制作をするのは辛かったと思うけど、自分の作品だからこそ早く終わらせなきゃと思うことができたんだ。あと、僕は単純にアニメーションをつくることが好きなんだよ。
▲森に分け入る少年
▲森の中の人工物
次に、本作のアニメーション制作に用いたツールについて聞いてみた。ひとりきりの制作現場では、技術的な課題に直面することも多かったと言うが、特に3DCGツールとしてはどのようなソフトや技術を用いたのだろうか。
ジルバロディス:レンダリングも含めて、Mayaのビューポートを使っているんだ。ご存知のとおりラフなプレビュー機能ではあるのだけど、僕のスタイルが様式化されたシックなものだったので、レンダリングも早くて作業をすぐ終わらせることができたんだ。動画はPremiere Proで、音楽はLogic Proで制作してるよ。
ジルバロディス監督によると、これらのツールの使い方は独学で身につけたという。3DCGを初めて用いた作品『Priorities』(2014)と比較すると、本作はタッチの繊細さや色彩の鮮やかさ、そしてなによりもダイナミックなカメラの動きが加わっていることがわかる。同作『Away』は大きく4つのパートに分けて制作されたが、Mayaにより思考錯誤する中で、最後にパート1の映像をつくり直したという。
『Priorities』(2014)
――本作では少年の視点を中心に、かなりダイナミックなカメラワークが見られますが、これは本作でかなり意識した部分ですか?
ジルバロディス:カメラワークは今回の作品の中で特にこだわったところだよ。ストーリーテリングをする際に台詞がないわけだから、他の部分で補わなければならない。そこで、主人公の感情を表現するために、カメラワークは良いツールだったんだ。カメラの動きは色彩や音楽と同じくらい強い効果をもっている。カメラワークでこだわったのは、長回しをしてあまりカットを多用しないこと。長回しをすることによって観客が映像に没入してもらえると思うし、よりリアルな映像として体験してもらえると考えているんだ。
▲影から逃げる少年
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<2>次回作はチームでの制作にチャレンジ、よりクリエイティブな環境を目指して
<2>次回作はチームでの制作にチャレンジ、よりクリエイティブな環境を目指して
――本作の世界観をつくる上で、何か影響を受けた作品はありますか?
ジルバロディス:映画では、長回しで有名なアルフォンソ・キュアロン監督の作品に影響を受けているよ。僕はあまり完璧すぎるカットが好きじゃないんだけど、彼の作品は手もちカメラの揺れみたいなところも映像に反映されている。他には、ウォルター・サレス監督の『モーターサイクル・ダイアリーズ』(2004)、バスター・キートン監督の『大列車追跡』(1926)などがあるね。アニメーションではジブリ作品からもインスピレーションを受けたよ。
▲バイクで疾走する少年
『大列車追跡』の中で繰り広げられる追跡劇は、ある場所から他の場所へと移動するだけのシンプルな構図だ。これは、『Away』の中で少年が「黒い影」に追われながらバイクで駆け巡る様子とよく似ている。また、ジルバロディス監督はインディーゲームからも多くの影響を受けていることを認めている。『ワンダと巨象』や『INSIDE』など、プレイヤーが環境に没入できるゲームからの影響も、本作の映像から見てとれる。
▲崖に架かる橋
本作に登場する様々なモチーフは、ストーリーの進行度を視聴者に理解してもらうための役割も担っている。例えば、半円のアーチは、主人公がバイクで進んだ道のりの進行度を視覚的に理解するために役立っている。
――制作を進める中で技術的な課題や不便を感じたことはありませんでしたか?
ジルバロディス:自分はどちらかというとクリエイティブ側の人間だと思っていて、制作中に技術的な問題が生じるとフラストレーションを感じることがあった。実は、今回の作品ではキャラクターたちに影はつけていないんだ。これは、Mayaのビューポート作業で自分が答えを見つけることができなかったためだ。でも、結果的にシンプルなグラフィックになって良かったと思っているよ。
▲飛べない小鳥
▲カメとネコ
確かに、キャラクターたちには影がないが、それが巨大な影との良い対比になっている。今作は全体を通してシンプルなグラフィックとなっており、これにより複雑でダイナミックなカメラワークの中でもキャラクターたちの存在が際立って見える。では、技術的な問題を乗り越えるために、次回作から何か環境を変える予定はあるのだろうか。
ジルバロディス:次回作は『Flow』という作品を予定しているけど、これはMayaじゃなくてBlenderで制作する予定だ。理由はいくつかあって、リアルタイムレンダリングの性能がMayaより良いこと、そして何より無料だということだね。と言うのも、次回はひとりではなくて何人かのチームで制作しようと思っていて、全員がMayaのライセンスを取ろうとすると高額になってしまうからなんだ。
▲湖の象
10代の頃からひとりで制作を続けてきたジルバロディス監督だが、次回作では初めてチームを編成するということは興味深い。まだチームでBlenderをどう利用していくか、詳細は決まっていないそうだが、すでにチームの構想は彼の頭に浮かんでいる。その一部を聞かせてもらった。
ジルバロディス:アニマティクスは自分でつくりたいと思っているよ。ストーリーやカメラワークは自分で決めたい。でも、実際に映像を動かす作業は才能のあるアニメーターたちに任せて、より深みのある演技を生み出してほしいと思っているんだ。実は、技術系のアーティストとの作業はもう始めている。次の作品は海が舞台だから、水の動きをアニメーションで再現する必要があるんだけど、自分ではとてもできないからね。チームは、10人くらいの小さなものになると思うよ。自分の独立性を保ちながら、よりクリエイティブな作業もできるよう、そのバランスを模索しているところなんだ。
▲流れる水(コンセプトアート)
▲少年と小鳥
クリエイターは自分のプロジェクトを終わらせるまでモチベーションを保たなければならない。ジルバロディス監督は作品に技術的な完成度を追求しすぎるよりも、むしろプロジェクトを最後までやり遂げることに重きを置いてきたという。グラフィックは必ずしも最先端の技術を用いているわけではないが、そのシンプルさがストーリーとマッチしている。最後に、今後の展望について教えてもらった。
ジルバロディス:次回作の『Flow』ではキャラクター数も増やすので、キャラクター同士の関係性を掘り下げていけるのは楽しみにしている。『Flow』の後はどうなるかわからないけど、台詞のある作品をつくってみたいのと、実写作品もチャレンジしてみたいと思っているよ。
▲砂漠の影と少年
ジルバロディス監督の制作意欲はまだまだとどまることを知らない。