記事の目次

    「アメリカで日本人が3人集まると、必ずビザとグリーンカードの話が出る」と言われる程、アメリカにおける就労ビザは在米の日本人にとって大きな課題である。特に留学生の場合は「卒業後に、如何にビザ・スポンサーとなってくれる企業に採用されるか」で多大な苦労を強いられることが多い。今回、紹介する大竹将士氏もそんな1人だろう。これまでを振り返って「全て巡りあわせだった」と語る大竹氏に、お話を伺ってみることにしよう。 

    TEXT_鍋 潤太郎 / Jyuntaro Nabe
    ハリウッドを拠点とするVFX専門の映像ジャーナリスト。
    著書に『海外で働く日本人クリエイター』(ボーンデジタル刊)、『ハリウッドVFX業界就職の手引き』などがある。
    公式ブログ「鍋潤太郎☆映像トピックス」


    EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada

    Artist's Profile

    大竹将士/Masashi Otake(Sony Interactive Entertainment / Art & Outsource Supervisor )
    岐阜県出身。2000年に語学留学のために渡米、その後Academy of Art Colleg(現Academy of Art Universitye)に入学し2004年に卒業。3D背景アーティストとしてサンフランシスコベイエリアを中心に複数のゲームスタジオで経験を積み、2009年にSony Computer Entertainment America(現Sony Interactive Entertainment、以下SIE)にLead Artistとして入社。2013年に同社のArt & Outsource Supervisorに就任し、現職。近年は『MLB The Show』シリーズや『KNACK』シリーズ、9月7日に発売したPlayStation 4(PS4)用ソフトウェア『Marvel's Spider-Man』、PS4用ソフトウェア『DAYS GONE』などに携わる。

    <1>大学では物理専攻、留学時にはじめて3DCGにのめり込む

    ――日本では、どんな学生時代を過ごされましたか?

    日本の大学では物理を専攻しました。子供の頃、美術は得意な方でしたが、当時は美術を専攻したり美術関連の仕事をすることになるとは、全く想像もしていませんでした。また、特に明確な将来の目標があって物理を専攻したわけではなく、高校で物理が得意だったことや、「とりあえず上京しておこう」という安易な理由で進学したのが正直なところです。

    そんな経緯もあり、2年次の終わりまで過ごした大学生活は、充実したものではありませんでした。同時に、将来に対する漠然とした不安も膨らんでいきました。何の取り柄もない自分が、何の取り柄も必要のない職に就き、そうして生きていくのだろうかと......。だからと言って、都合良くやりたいことが見つかるはずもありませんでした。

    当時できたことと言えば、語学留学を両親への口実に休学し、とりあえず一度現状から抜け出すことだけでした。1年間の留学の予定で休学したのですが、結局は留学後半年で日本の大学を退学し、アメリカでやっていこうと決心しました。

    ――留学中は、どんな勉強をしていたのでしょうか?

    語学留学先のESL課程を終了後は、日本の大学から単位をトランスファーする形で、サンフランシスコにある美大Academy of Art Colleg(以降、アカデミー)に入学しました。ハリウッド映画などのCGに少しは興味をもっていましたが、当時はMayaも知らないほど知識がなく、まずはアメリカに残るという目的でとりあえず美大に入学した感は否めません。

    3DCGにのめり込んでいったのは、美大で3DCGの授業を受け始めてからでした。4年制大学なので専攻の3DCG以外にもデッサンや彫刻、パースなど、基礎のアートクラスも多く受講しました。私の美術の経験といえば小中学校の美術の授業だけでしたので、ほぼ全てが新しい経験でした。中でも、初日の最初の授業がヌードデッサンだったのには面食らいました。何をどうしてよいかわからず、邪念を抱く余裕もありませんでしたが(笑)。

    美大生活の思い出は大きく別けて2つ、猛勉強とその合間の酒です。大学の授業で半日、その後は4~6時間を宿題に費やし、さらに4~6時間は自ら設定した課題に取り組みました。「人の倍勉強しないとCGの職に就けない」という先生の言葉を信じて、とにかく実行してみたわけです。勉強は楽しくも苦しいものでしたが、同じくアーティストを目指す周りの友人達と酒を酌み交わす時間が、勉強以外の大切な時間でした。

    ――海外での就職活動はいかがでしたか?

    米国も人材の流動が激しく、私自身は現職のSIEに約9年間在籍していますが、それまでは大学卒業後5年間で、延べ7社で働きました。

    卒業後に就労ビザをスポンサーしてくれる会社を見つける期間は、OPT(※)を利用した1年程度しかありませんが、卒業したばかりで仕事の経験がない私に、最初から就労ビザをスポンサーしてくれる会社は見つかりませんでした。「就労ビザをスポンサーできない」と口頭で伝えられ、採用されなかったことを不条理に思ったこともあります。

    ※OPT(オプショナル・プラクティカル・トレーニング):アメリカの大学を卒業すると、自分が専攻した分野と同じ業種の企業において、実務研修を積むため1年間合法的に就労できるオプショナル・プラクティカル・トレーニングという制度がある。専攻分野によっては、1年以上の就労が認められるケースもあるので、留学先の学校に確認してみると良い

    ただ、就労ビザのスポンサーをしてくれる確約はないものの、幸いにもOPT期間中は常に仕事に恵まれ、非常に短期の契約だったり、開発中のゲームが中止になりレイオフということもありながら、複数の会社で働くことができました。そうしてOPT期間が終わるころ、最後に働いていた会社で就労ビザをスポンサーしてくれるという話になりました。こうして就労ビザを取得し、その後グリーンカード(アメリカ永住権)も取得できたのは、就職活動を上手く進められたからと言うよりは、「全て巡りあわせだった」と感じます。OPT期間中のレイオフや、非常に短期の契約も一見不運な状況にも思えますが、上手くタイミングがあい、期限内に就労ビザをスポンサードしてくれる会社に巡りあえたわけですから。

    また、グリーンカードのスポンサーは、就労ビザが有効な間に見つけなくてはなりませんが、これにも良い巡りあわせがありました。アカデミーに通っていたSIEの元上司が、在学中に私のことを噂で聞いたのを覚えていて、当時働いていた会社から私を引き抜いてくれたお陰で、無事にグリーンカードを取得できたのです。その前職の会社は採用時の契約にグリーンカード取得のサポートも盛り込まれてはいたのですが、私がSIEに転職してから数ヵ月後にその会社は閉鎖してしまったので、もし転職していなかったら......と考えると、恐ろしいですね。


    アウトソース業界の仲間達と

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    <2>SIEのアート支援グループで数多くのゲームタイトルに従事

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    <2>SIEのアート支援グループで数多くのゲームタイトルに従事

    ――現在の勤務先であるSIEはどんな会社でしょうか。簡単にご紹介ください。

    SIEは言わずと知れた家庭用ゲーム機PlayStationを企画、開発、販売している会社です。また、SIEは多くのゲーム開発スタジオを抱えており、その大半は名前を広く知られる有名スタジオです。しかし、カリフォルニア州のサンディエゴにある、私が所属しているVisual Arts Service Group(以下、VASG)というスタジオを耳にしたことがある人は、ほとんどいらっしゃらないと思います。VASGはサービスグループという名の通り、いわゆるディベロッパーではなくSIEの各開発スタジオへの支援を専門とし、ソニーが内包するアート支援グループであるため、その名が表に出ることは非常に稀なのです。

    支援内容はパフォーマンスキャプチャ、アニメーション、キャラクター、背景アート、コンセプトアート、VFXなどなどゲームデザイン以外の多岐にわたり、複数の大規模なモーションキャプチャ・ステージや、最先端のフォトグラメタリーキャプチャ設備は、『アンチャーテッド』シリーズのシネマティックスパートをはじめ、多くのSIEで制作されるゲームの開発に貢献しています。

    ――現在の役職の面白いところは、どんな点でしょうか。

    VASGでは、これまで業界で培ってきた背景アーティストという経験をバックグラウンドに、現在はスーパーバイザーという立場でインゲームやシネマティックスに必要な背景3Dアートの制作の指揮・管理・進行に携わっています。通常の開発スタジオでは、数年単位でひとつのゲームの開発に携わりますが、VASGは支援グループと言うことで、各開発スタジオのニーズに沿って複数のゲームタイトルに従事します。私も同時期に4つのゲームタイトルに携わっていたこともありました。

    SIEの各開発スタジオは、統一された汎用ゲームエンジンを使用する例は極めて少なく、各スタジオが独自のエンジンを開発し使用しています。各エンジンの特色ある機能や、各開発チームの異なる手法やビジュアル面のこだわりなどに触れ、多くの知識を多角的に吸収できるのがVASGで働く最大の魅力です。

    また、年々ゲーム開発の規模が大きくなり、特に背景アートはアウトソーシングへの依存度がますます増加しています。アジアを中心に多くのベンダーに大きな物量を発注していますが、VASG内部の少数精鋭の背景アートチームをコアに、各発注先で働く何十倍もの規模の人員による成果物のクオリティを如何に効率的に管理するかがキーとなります。SHOTGUNTableau、またSIE独自開発ソフトなど、アセット管理やデータ分析に特化したソフトウェアを駆使し、タスクやスケジュール、作業進捗などの情報を一元化し、また様々な管理データの見える化を推進することで常にゲーム制作の効率向上を図っています。

    このようなプロジェクトマネジメントの知識と手法を、これまでアーティストとして培ってきたアートの経験と組み合わせ、開発スタジオひとり当たりの仕事量をクオリティと費用対効果を維持しつつ、アウトソーシングにより何十倍にもスケールアップします。もともと理系脳である私にとって、アート的要素とデータを揃えて理論立ててプロジェクトにアプローチするのは非常に面白いです。

    ――英会話の習得はどのようにされましたか?

    日本の大学を休学し、日本人がいない環境を求めて、アメリカ中西部のイリノイ州にあるコミュニティカレッジ付属のESLに約1年間語学留学しました。英文法やライティングはともかく、英会話はリスニングもスピーキングも全くできない状態で、ESL登校初日に先生から「英語能力のクラス別けテストを受けるように」と言われたのを全く理解できず、そのまま下校したために最下位クラスに入れられてしまいました。

    そんな英語能力でしたがクラスメイトに日本人はおらず、アメリカ人家族の下にホームステイし、日系スーパーも日本語のTVもなしという環境で英語漬けの毎日を過ごすことで、まったくできなかった英会話も3ヶ月程度で少しづつ理解できるようになり、ESL課程を終える頃には、少なくともアメリカの大学に入学し授業についていける程度の英語力を身につけることができました。

    ところで、「英語で夢を見るようになったら英語をマスターした証拠」と言われることがありますが、私は渡米初日の夜に英語の夢を見ました。英語が全く聞き取れないと言う夢でした......(笑)。

    ――将来、海外で働きたい人へのアドバイスをお願いします。

    もしLinkedInに未登録であれば登録し、職場内外で外国人アーティストと接する機会があれば繋がっておきましょう。採用者はLinkedInの候補者リストであなたの名前を検索して、共通の知り合いがいないかチェックする可能性が高いです。アメリカでLinkedInに登録していない業界関係者に出会ったことはありません。

    また、就労ビザ取得は簡単ではなく、巡りあわせによるところも大きいですが、能力や努力がなければ巡り損なうこともあると思います。偉そうに言うつもりはなく、私も人生で常に最大現の努力をしてきてはいません。しかし、留学中と就労ビザ、永住権を取るまでの一連の期間はここぞとばかりに夢中でやりました。

    いつか海外で、一緒にお仕事をしましょう。


    お仕事中の大竹氏。スーパーバイザーとして、インゲームやシネマティックスの背景3Dアート制作の管理に携わる日々  

    【ビザ取得のキーワード】

    1.Academy of Art Universityに入学
    2.卒業後、OTPを利用し複数のスタジオで経験を積みH-1Bビザ取得を目指す
    3.サンフランシスコベイエリアの小規模なスタジオでH-1Bビザを取得
    4.SIEでグリーンカードを取得

    info.

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