今回はアメリカ西海岸からお届けする。絵を描くことが大好きで、「3Dアニメーターよりも、絵の描ける機会が多いストーリーボード・アーティストを選んだ」という鳥海ひかり氏は、現在、ディズニー・アニメーション・スタジオで活躍中だ。さっそく、話を伺ってみよう。

記事の目次

    Artist's Profile

    鳥海ひかり / Hikari Toriumi(Walt Disney Animation Studios / Storyboard Supervisor)

    東京都出身。2014年にカルアーツ(カリフォルニア芸術大学)に入学。大学在籍中にピクサー・アニメーション・スタジオにて3Dアニメーションインターンシップを2度経験。映画『リメンバー・ミー』にバックグラウンド・アニメーターとして参加。大学卒業後はNetflixのオリジナル長編アニメーション『フェイフェイと月の冒険』にてストーリーアーティストとしてのキャリアをスタート。Glen Keane Productionにてデベロップメントに携わったのち、エピソディック・ディレクターとしてトンコハウスのNetflixシリーズ『ONI ~ 神々山のおなり』に参加。現在はディズニー・アニメーション・スタジオに所属し、ストーリーボード・スーパーバイザーを務めている。
    disneyanimation.com

    <1>英語が話せない中、課題をこなし続けた学生生活

    ――子供の頃や、学生時代の話をお聞かせください。 

    物心ついた頃から絵を描くのが大好きでした。母が映画好きでしたので、リビングで映画を観ながらコピー紙に思いつくシーンを次から次へと落書きするのが幼少期の日課でした。TVアニメも観ていましたが、どちらかというと長編アニメの方が好きで、ジブリや欧米のアニメ作品を録画して何度も観ていました。

    「英語だけはやっとけ」という両親の勧めで、中学高学と英語は熱心に勉強していたので、進路を考えるにあたり、アートを学ぶため留学したいという漠然とした希望がありました。しかし当初は、「アニメーションの道に進みたい」という自分の気持ちに気づいておらず、ファインアートなども試す中、高校3年生の冬にようやく「アートよりもアニメーション映画をつくりたい」と気づき、進路を変更。締め切り1週間前だったカルアーツに応募しました。

    カルアーツはCalifornia Institution of the Artsの通称です。多くの著名なアニメーターが卒業している大学と聞いていたので、この学校を選びました。受験自体は、ほぼ全てオンラインで行われたのですが、スケッチブックを提出する必要があり、年の瀬に電車を乗り継ぎFedExのオフィスまで行き、郵送したのを覚えています。準備がギリギリだったこともあり、まさか受かるとは思っておらず、3ヵ月後の忘れたころにE-mailで合格通知が来たときには本当に驚きました。

    ――カルアーツでの勉強はいかがでしたか?

    大変濃い4年間を過ごしました。最初の1年目は授業についていくのも精一杯でしたし、なにより英語が全く喋れず、ホームシックもカルチャーショックもやって来る中、課題に追われる日々でした。

    カルアーツでは1年に1本短編アニメーションをつくるのが恒例の課題なのですが、これが本当に大変で……けれどそのおかげで映画全体をマクロ的に捉える練習ができ、後のストーリーボードの仕事にも活きているように思います。

    ちなみに、今はストーリーボードの仕事だけをしていますが、大学2年生と3年生の夏休みには、ピクサーで3Dアニメーションのインターンシップをしました。2回目の夏には映画『リメンバー・ミー』に、少しだけですがバックグラウンド・アニメーターとして参加させていただき、とても勉強になりました。ただ、3Dアニメーターになると絵を描く機会が減るのがもったいなく思え、大学卒業間際に進路を変え、ストーリーボード・アーティストになる決心をしました。

    カルアーツは、車がないとどこにも行けない田舎にあり、さらに英語を話すことができず引っ込み思案だったので、大学時代はほとんど遊ばず課題ばかりしていました。そのおかげで今があるのかもしれませんが、もう少し学生生活を謳歌してもよかったのにな、と今になって思います(笑)。

    ――海外での就職活動は、いかがでしたか?

    アメリカのアニメーション業界はとても狭い世界ですから、とにかく人との繋がりが大切だと思いました。

    これまでに複数のプロジェクトを転々としましたが、毎回、誰かしら知り合いと仕事をしています。なので、いかに強いポートフォリオをつくるかも大切ですが、今いる職場や学校で、「一緒に働きやすいな」と思ってもらえることも、同じくらい重要だと思います。

    また、アニメーション業界での就活自体が簡単ではありませんが、外国人の場合、そこにビザの問題が関わってきます。ポートフォリオは気に入ってもらえたのに、スタジオのポリシーでビザの手配ができず「残念ながら……」ということもよくあります。

    大学卒業後、1年間はOPTを使えましたが、それ以降はSTEM OPTに切り替える必要があり、私の場合、勤めていた会社がスポンサーしてくれたので続けることができました。仕事が切れるとビザも切れてしまうので、当時はそれがとてもストレスでした。

    お仕事中の鳥海氏

    <2>「少し背伸びをしているときが一番良い働きをする」という堤監督の言葉が、力に

    ――現在の勤務先はどんな会社でしょうか。簡単にご紹介ください。

    現在はディズニー・アニメーション・スタジオで、ストーリーボード・スーパーバイザーとして働いています。

    私はフルリモートで在宅勤務していますが、時々、LAのスタジオへチームメイトたちに会いに行きます。ストーリー部門にはベテランから若手まで才能あふれる人ばかりで、私が幼い頃に観ていた映画に関わっていた人の体験談を聞く度、「ディズニーで働いてるんだなぁ」と感動してます(笑)。

    ――最近参加された作品で、印象に残るエピソードはありますか?

    1つ前のプロジェクトになりますが、トンコハウスさんの『ONI ~ 神々山のおなり』という作品にエピソード・ディレクターとして関わらせていただきました(関連記事)。

    前から憧れだった堤 大介監督の作品で、主人公が日本の女の子ということもあり、やる気MAXでしたが、まだ大学を卒業して3年経っていない時期にいただいたリード・ポジションのオファーだったので、正直、自分に勤まるか不安でした。

    けれど堤さんが「アーティストは、少し背伸びをしているときが一番良い働きをするんです。期待しています」と言い切ってくださって、その言葉を胸に精一杯勤めました。今でも、そのときの思い出に背中を押してもらっています。

    ――現在のポジションの面白いところは何でしょうか。

    とにかく周りのアーティストの才能が半端ないところですね。皆のストーリーボードを見る度に、「こうきたか!」と、毎回唸っています。ベテランから新卒まで年齢層も幅広いし、コメディが上手い人、ドラマが上手い人、皆それぞれに強みがあるので、様々なスタイルのストーリーボードを見ることができ勉強になります。それになにより皆とにかく「面白がらせよう、楽しませよう」と描いてくるので、仕事とはいえ純粋にエンタメとして楽しんでしまいます。

    ――英会話のスキル習得はどのようにされましたか?

    英語の勉強は割と好きだったので、高校卒業時点で英検準一級を取得していました。けれど、いざ大学で実践となると、初めは全く聞き取れないし喋れない。当初、私の学科に日本人がとても少なかったこともあり、泣いても笑っても英語を毎日使うしかない生活でしたが、後から考えてみればその荒療治が良かったのだと思います。

    少し慣れてきてからは、オンラインゲームにハマり、そこで友人と喋りながらチーム戦をするのが、思いのほか良いスピーキングの練習になりました。チームで勝つために必要に迫られて素早くやり取りをするので、自分の発音を気にしてシャイになっている暇がなく、とても喋りやすく感じたのを覚えています。

    あとは、こちらでの暮らしが長くなるにつれて面の皮が厚くなるというか……多少文法がおかしくても「通じればOK」となってくるので、そうなってからは上達のスピードがぐんと上がった気がします。

    ――将来、海外で働きたい人へのアドバイスをお願いします。

    これを読んでいらっしゃる方の多くが、映像を通して何かを伝えたい方だと思います。しかし、海外で仕事をするとなると、とにかく言語がネックになってしまって、「言いたいことが伝わらないのではないか、現地のアーティストほど活躍できないのではないか」と、怖気づいてしまうこともあるかと思います。

    ですが、クリエイティブの仕事の素晴らしい点は、むしろ言葉で表現できないものを表現できるところだと思うんです。

    ストーリーボードの仕事は絵を描くだけでなく、プレゼンも含まれていて、始めたばかりの頃は英語がたどたどしく、スムーズにプレゼンできないのがすごくコンプレックスでした。

    しかし、例えネイティブの人たちのように饒舌にプレゼンできなくても、「絵さえしっかり描けていれば、ちゃんと伝わっていた」ということにだんだん気づいたんです。ある意味、言語の関係ない世界というか、自分たちのビジュアル・ストーリーテリングの技術で勝負できる分野だったからこそ、私もやってこれたのかな、と思っています。

    なので、もし言語の壁にぶつかっていても諦めないでください! むしろ「言葉じゃ表現できないような思いを絵で伝えてやるんだ!」くらいの勢いのほうが、描く側も観る側も楽しいものができるのではないでしょうか。

    Netflixのオリジナルアニメーション『ONI ~ 神々山のおなり』のラップパーティにて、トンコハウスのストーリーボード・チームと

    【ビザ取得のキーワード】

    ①高校卒業後、F-1ビザでカルアーツに留学
    ②CPTを使ってPixar Animation Studiosにてインターンシップ
    ③大学卒業後はOPTとSTEM OPTを利用して就職
    ④アメリカ人の夫と結婚、グリーンカード取得

    CPT(カリキュラー・プラクティカル・トレーニング):大学の専攻カリキュラムの一環として、専攻分野に関連した企業で実践的な体験を得られるプログラム

    OPT(オプショナル・プラクティカル・トレーニング):アメリカの大学を卒業すると、自分が専攻した分野と同じ業種の企業において、実務研修を積むため1年間合法的に就労できるオプショナル・プラクティカル・トレーニングという制度がある。STEM分野で学位を取得すると、OPTで3年までアメリカに滞在することができるので、留学先の学校に確認してみると良い

    Information

    CGWORLD vol.300(2023年8月号)

    7月10日(月)発売のCGWORLDにて、鳥海さんが参加された『ONI ~ 神々山のおなり』を特集しています。

    詳細はこちら!

    あなたの海外就業体験を聞かせてください。インタビュー希望者募集中!

    連載「新・海外で働く日本人アーティスト」では、海外で活躍中のクリエイター、エンジニアの方々の海外就職体験談を募集中です。

    ご自身のキャリア、学生時代、そして現在のお仕事を確立されるまでの就職体験について。お話をしてみたい方は、CGWORLD編集部までご連絡ください(下記のアドレス宛にメールまたはCGWORLD.jpのSNS宛にご連絡ください)。たくさんのご応募をお待ちしてます!(CGWORLD編集部)
    e-mail:cgw@cgworld.jp
    Twitter:@CGWjp
    Facebook:@cgworldjp

    TEXT_鍋 潤太郎 / Juntaro Nabe
    ハリウッドを拠点とするVFX専門の映像ジャーナリスト。著書に『海外で働く日本人クリエイター』(ボーンデジタル刊)、『ハリウッドVFX業界就職の手引き』などがある。
    公式ブログ「鍋潤太郎☆映像トピックス」
    EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada