近年、映画、ドラマ、ゲーム、CMなど、CGを用いた映像制作の様々な分野でプリビズ(プリビジュアリゼーションの略語)の需要が高まっている。しかし、プリビズに対する理解は業界内でもまちまちで、案件によっては本来のプリビズの価値が発揮されない場合も。このような状況に問題意識を持ち、プリビズに対する正しい理解を広めようと努めているのがジャストコーズプロダクションである。本連載では、『ほんとのプリビズ!』と題し、ジャストコーズプロダクションの協力のもとプリビズについて深掘っていく。
第一回となる今回は、同社がクライアント向けに配布している 「プリビズ制作の目的と制作条件に関して」という資料をベースに、同社の小原健氏と柴田拓也氏に、改めてプリビズとは何なのか語って頂く。
「プリビズ制作の目的と制作条件に関して」という資料を配布する意図
CGWORLD(以下、CGW):本日はよろしくお願いします。まずは御社についてご紹介頂けますか?
柴田拓也氏(以下、柴田):私たちジャストコーズプロダクションは、「監督」、「CGアニメーション」、「プリビズ」、「モーションキャプチャー」4つの柱を中心に映像サービスを展開しているプロダクションです。当時、国内でプリビズを活用しているCM案件はほとんどなかったのですが、自動車メーカーのSUBARU(スバル)さんから『SUBARU VIZIV2』というコンセプトカーが氷の大地を疾走していくプロモーションビデオの制作をご依頼頂き、プリビズ制作を開始しました。近年では映画『シン・ゴジラ』の、自衛隊がゴジラを迎え撃つタバ作戦のシーンのプリビズを制作しています。その他、映画『キングダム2 遥かなる大地へ』、ゲーム『ELDEN RING』などのプリビズ制作も担当しています。
CGW:御社では「プリビズ制作の目的と制作条件に関して」という資料をクライアント向けに配布していますね。
柴田:はい、業界内でもプリビズの事例が増えてきたので、クライアントさんの皆さんも「何となくこんなことができるだろう」というイメージはあるものの、そもそも何を目的としてプリビズをやるのかが不明瞭だったりすることが多いです。そこが曖昧だと、「プリビズをやったはいいけれど、結局あまり役立たない」、「何度も作り直しになって、コストと時間が無駄になってしまう」ということにもなってしまいます。まずは「プリビズとはどういうものなのか」、目的に則したプリビズを制作する上で「守るべきルール」これらを明確にするために、資料を作成しています。
CGW:なるほど、クライアントのプリビズに対する認識とのミスマッチを解消するためなのですね。
柴田:何のためにプリビズを作るのか明確にしていなかったり、決定権を持った方とお話ができない限りにおいては、残念ながら時間とお金が無駄になってしまうケースもあるんですよね。そこで、ジャストコーズではまず監督とコミュニケーションを取り、その目的に最適なプリビズ制作を提案させていただいています。そのほうがお互いにとって、一番なんです。
プリビズを制作することで完成イメージの共有、予算・工数の見積もりが可能に
CGW:では、プリビズを作る目的とは、具体的にはどのようなものがあるのでしょうか?
小原健氏(以下、小原):そのカットをどういうカメラで、どういう尺、テンポ感で見せていくかということを、監督とスタッフ間で共有するためというものがあります。脚本や絵コンテだけでは映像としてイメージしにくいものを、プリビズを制作することで、映像としての完成イメージを制作現場で共有することが目的です。
CGW:プリビズを制作しておくことによって、カメラワークと映像の長さを決定する目安になるんですね。
小原:その他にも、例えば大群衆のシーンを撮影する必要があるときは、あらかじめプリビズを制作し、それらを具体的にビジュアル化しておくことで、何人くらいのエキストラを手配すればいいのか、どの部分をCGにすればいいのかなど、予算や工数の目安を出すこともできます。
あとは『シン・ゴジラ』のように、現実には存在しないような巨大な怪獣に住宅地で出くわすシーンがどういう絵になるかって、なかなか想像しづらいんですね。そんな時にプリビズを制作しておくと、どういうカメラワークで撮影するのか、どこまでをCGで作ってどこまでを現場で撮るかという判断基準にもなるんです。
プリビズは「施工」ではなく「設計」
CGW:予算や工数を把握したり、CGを使うか否かの判断基準にもなる。そういう意味では、プリビズはまさに映像の「設計図」という言い方がふさわしいですね。
柴田:そうですね、プリビズは施工ではなく、施工のための設計をする工程だと考えていただけるとわかりやすいかと思います。ただ、クライアントさんのなかにはそこの区別がついておらず、施工の段階まで求められる方がいるというのも事実です。「プリビズで使ったモデルのデータをそのままください」なんて言われたり。その境界線が曖昧になってしまうのはよくないですね。
小原:ただ、プリビズの段階で「これで行きたい!」と言っていただけるのは最高の褒め言葉ではありますが(笑)。
CGW:プリビズを制作するためには、何が必要なのでしょうか。
柴田:基本的には台本、字コンテ、絵コンテなどが揃っていれば、それをもとに映像として制作していくことができます。大道具さんが作った設計図があれば、それに寄せたものを作っていきます。
小原:演出込みでカッコ良くしてねという発注が来る場合もあれば、絵コンテ通りに作ってくださいというのもあるし、絵コンテ通りで作っていまいちであれば直してもらってもいいというケースもありますね。基本的には、演出込みで発注されることが多いかなと。脚本が全くないというのはないですけど、途中までの数枚の絵コンテで、あとは考えてください、みたいな発注はありました。
CGW:プリビズ制作の段階で演出をつけることもあるんですね。一般的にいうプリビズには、演出も含んでいるのでしょうか?
小原:まだまだプリビズの定義が会社さんによっても違うので、発注の仕方次第ですね。ただ、The Third Floorの凄いところは、カット割りも含めての演出をやるというところなんです。やはり監督、演出家として凄い人がやっているんだろうなと想像がつきます。なので、僕らも一部の演出を担っているという意識を持って、字コンテからどうやって映像に書き出したらかっこよくなるだろう、というところをすごく考えて作っています。
柴田:ほとんどモーションをつけず単にカメラワークを決めるだけ、というのもプリビズと呼ばれてる場合もあるんですが、僕らにとってのプリビズの認識とは大きく違いますね。
CGW:御社の場合は、演出込みで行うものがプリビズだと考えられているんですね。ただそうなるとプリビズで制作した映像と、クライアントがイメージしていたものに齟齬があることも出てきそうですね。
柴田:発注の段階で、監督以外の方とやりとりしていたときは、監督がプリビズを見て「もう一回作り直して」みたいなことはありましたね。設計図のたとえで言うと、やっぱり家主の息子といくら話しても、家主自身のイメージと違ってくるということはあるので。特に日本映画の場合、監督が現場での決定権を持っている場合が多いので、決定権を持つ人と直接話して、要望を汲み取ることが大切です。
プリビズと出会うまで〜アメリカで技術を磨いた日々〜
CGW:ちなみに小原さんはどういった経緯でプリビズ制作に携わるようになったのでしょうか?
小原:幼い頃、私はもともと劇団ひまわり出身の子役だったんです。その後、子役の道は断念してしまうんですが、兄の影響もあって高校時代からアクション映画の自主制作なんかをやっていました。その当時、私は邦画よりもハリウッド映画に魅力を感じていたんです。
そこで、いずれはハリウッドで映画の作り方を学びたいと思い、アメリカの大学に入学しました。そこで業界の人と繋がるのに、それまで培ってきたアクション、特に日本特有の侍アクションとヒーローアクションの技術が役立ったんです。大学でもアクション映画を制作し、卒業制作で撮った映画は大学の映画祭で賞を取りました。
CGW:映像に携わるお仕事を目指されたのは、まずはハリウッド映画への興味からだったんですね。
小原:そして大学の卒業後に、「Rise to Honor」というPlayStation 2用ゲームの主演を務めたジェット・リーのインタビューや、モーションキャプチャを使った場面のメイキング映像を撮影する機会に恵まれたんです。それが私とモーションキャプチャとの出会いでした。
その仕事が終わったあたりで、ルーベン・ラングダン(元ジャストコーズプロダクションプロダクション設立者兼取締役)と出会い、彼から「ジャストコーズで働いてみないか」という誘いを受けて、入社することになりました。自分自身でアクションをやっていたことや映画制作で撮影や編集もしていたこと、モーションキャプチャに触れてきたことなど、それら全てが今の仕事に役立っています。
CGW:これまでの経験全てが生きているというわけですね。そこから小原さんがプリビズに携わるようになったきっかけは?
小原:私が帰国したのが2014年だったんですが、当時はまだプリビズというもの自体が知られていませんでした。その頃、日本でプリビズが使われていたのは「バイオハザード」のカットシーンくらいでした。ただ、人間がキャプチャスーツを着て演じたものが、全てCGで再現できるようになっていたので凄いなと思っていました。また、The Third Floorを訪問したときに見せてもらったプリビズが完璧なもので衝撃を受けました。
そういう経験を経て、じゃあ自分が日本で何ができるんだろうと考えていたときに、SUBARU(スバル)さんから、先ほどご紹介させて頂いたプロモーションビデオの制作依頼を受けました。その時にプリビズを活用してみようと思ったのが最初のきっかけです。その案件がうまくいったので、そこから、CMや映画、ゲームなど様々な映像メディア向けにプリビズ制作を請け負うことになりました。そこから徐々に日本でもプリビズが広まっていき、私たちにとって転機となった『シン・ゴジラ』のプリビズ制作を担当することになりました。
CGW:やはりThe Third Floorさんとの出会いが大きなきっかけだったのですね。
次回からは具体的に『SUBARU VIZIV2』プロモーションビデオ、『シン・ゴジラ』のプリビズ制作がどのように進行されたのか伺わせて頂きます。
TEXT_オムライス駆
PHOTO _弘田 充/Mitsuru Hirota
EDIT_中川裕介(CGWORLD)/Yusuke Nakagawa