今月はカナダのモントリオールからお届けする。海外のVFX業界での就職は「最初の1社に入るのが最も難しい」と良く言われる。この壁が最も高く、乗り越えるには様々なチャレンジが必要だ。カナダで大手5社を渡り歩いたという、檀浦悠基氏に貴重な体験談を語っていただいた。
Artist's Profile
檀浦悠基 / Yuki Danura(Senior Technical Artist / DNEG Montreal)
1983年東京都出身。高校時代にスコット・ロス デジタルクールに通い、2006年に日本電子専門学校コンピューターグラフィックス研究科を卒業。株式会社スクウェア・エニックスでリガーとしてキャリアをスタートし、その後、株式会社マーザ・アニメーションプラネットを経て、30歳でワーキング・ホリデー制度を利用して渡加。ILMを皮切りにVFX大手5社で働きバンクーバーとモントリオールで10年以上のキャリアを積む。2023年Unityに移籍、その後、買収統合を経てDENG傘下のZiva所属となり、現職
www.dneg.com/creative-technology/ziva
履歴書を送ってから半年間返事が来ないこともあれば、たった3日間で入社が決まることも
――学生時代の話をお聞かせください
少年時代は図工と算数が好きな少年で、教育熱心な両親のもと塾通いの日々を過ごしていました。
中学生の頃、PCが家庭に普及し始め、本屋に並ぶPC関連書籍の中で3DCGソフト Shadeの本が目に留まり、「これだ!」と思ったのをよく覚えています。数学と図工が組み合わさったような3DCGの世界は自分にぴったりでした。
父に懇願して安いPCを買ってもらい、お小遣いで一番安いCGソフトを買ってよく遊んでいました。ゲームも2Dから3Dへと移行している時期でどんどん引き込まれたのを覚えています。
高校生になると、また両親に頼み込み、自分の貯金も全て使い果たして、坂口 亮さんも通っていたスコット・ロス デジタルスクール※に通い始めました。昼は高校、夜はスクールで勉強という生活です。
※スコット・ロス デジタルスクール:都内にあった専門学校で、当時、デジタル・ドメインの社長を務めていたスコット・ロス氏の監修による専門学校
スクールで、スコット・ロスが来日してデジタル・ドメインのプレゼンを見せてもらう機会があったのですが、雷に打たれたような衝撃が走ったのを覚えています。そのときから海外に行きたいという衝動が押さえられなくなり、進学校に在籍していたにも関わらず、専門学校への進学を選びました。
最初はLightWaveを学んでいましたが、Mayaというソフトが凄いらしく、海外でもよく使われているという情報を聞きつけ、高校卒業後はMayaを扱っている日本電子専門学校へ。もちろん、CGWORLDの「海外で働く日本人アーティスト」の連載も、むさぼり読んでいたことも覚えています。
――日本でお仕事されていた頃の話をお聞かせください。
専門学校の卒業制作で、Autodesk主催の学生コンテストに入選した際、審査員の1人だったスクウェア・エニックスのヴィジュアルワークス部門マネージャー・桑原 弘さんとのご縁で、同社に入社することができました。
当時はパイプラインが整っている国内スタジオは少なかったのですが、映画『ファイナルファンタジー』制作の影響で、この部署では海外に近い開発環境が整っていました。また、分業体制が確立されていて、ツールやプロセスの自動化も進んでいたため、海外就職を目指す上で非常に良い経験ができました。
同僚にも海外経験者や海外へ挑戦する人が多く、日々大きな刺激を受けていました。
――海外の映像業界での就職活動は、いかがでしたか。
海外就職では最初の1社に入るのが最も難しいというのは本当で、CV(英文履歴書)を出しても数ヵ月間返事が来ないのは当たり前。
やっと面接に進んでも英語がうまく話せず、2、3社に落ちましたが、徐々に慣れて要領を得てきました。この経験が、後々のためになったと思います。それからトータルで2〜30回は面接を受けています(笑)。
日本でも英会話を学んでいましたが不十分で、カナダに渡って最初の半年は語学学校に通いました。しかし半年後、貯金が尽きかけ「就職しなければ」と焦り、知っている会社2、30社全てにCVを送りました。
最後の最後にILMが残り、連絡なんか来ないだろうと思いつつも出さないよりはかいいと思い、一応、CVを送ってみました。
すると翌日、知らない番号から電話があり、ILMから「明日面接に来れないか」と。正直、パニックになったのを覚えています。そしてそれ以外ほとんど何を言っているか分からなかったことも覚えています(笑)。
面接はたったの5分間でした。そして、暗唱したことをただしゃべっただけでした(笑)。落とされることに慣れっこになっていた自分は、「また落ちたな」と思っていました。ところが面接の翌日にまた電話がかかってきて「来週から来れるか」と聞かれ、思わず、喜びに叫びだしてしまったことを覚えています。
何週間・何ヵ月間待つこともあるけれど、CVを出してからたった3日間で決まるときもあるようです。
就職はタイミングと運、契約の継続には語学力とスキルの積み上げを
――現在の勤務先は、どんな会社でしょうか。簡単にご紹介ください。
元々はDouble Negativeというロンドンに本社を持つVFXスタジオだったのですが、インドのPrime Focusに買収された後DNEGという名前にリブランドされました。
世界中に支社があり、総勢7,000人以上が働いています。特にクリストファー・ノーランやドゥニ・ヴィルヌーヴなどの著名な監督の作品を手掛けることが多く、アカデミー賞の視覚効果部門は8回受賞し、近年はほとんど毎年受賞している最も勢いのあるスタジオの1つだと思います。
近年はアニメーション制作にも力を入れ、VFXと両立する数少ないスタジオとして存在感を高めています。私が所属するZivaは現在、Brahmaの一員となっています。Brahmaはエンタープライズ向けAI企業で、ユーザーが自らのデータを音声や映像といった動的なコンテンツとして生成・保存・管理・コンテキスト化・配信できるようにするAI製品やプラットフォームを開発しています。
――最近参加された作品について、印象に残るエピソードを教えてください。
現在は「シニアテクニカルアーティスト」という肩書ですが、実際の業務ではアーティストとして特定のショットや作品にアサインされるというより、R&D(研究開発)に近いポジションです。
ZivaがまだUnity傘下にあった時代には、主な業務は、Ziva製品をクライアントにどのように活用してもらうかを提案・サポートすることでした。具体的には、大手テック企業やゲームスタジオなどが、よりリアルな3D表現のクオリティ向上を目指す際に、Zivaの技術を導入・活用できるよう、技術的リファレンスやサポートをしていました。
Zivaが特に注力しているのは、筋肉や脂肪などの組織の物理シミュレーション、そして機械学習を活用したトレーニングデフォメーション技術です。現在は、社内プロダクションの中で、Zivaのプロダクトを活用したリギングおよびシミュレーションシステムの刷新に取り組んでいます。
――現在のポジションの面白いところは何でしょうか。
仕事の面白さは、従来のVFXとは異なるAIや機械学習を用いた新しい技術に、いち早く触れられる点にあります。これは、今までのアプローチとはまったく異なるため、難しさもありますが、それ以上に非常に刺激的で興味深い分野です。
例えば、最近注目されているLLM(大規模言語モデル)にも共通することですが、AIは同じ入力に対して常に同じ出力を返すわけではありません。パッケージ化されたシステムを使って一貫した出力を得ることは可能ですが、その一部を変更しようとすると、モデル全体に影響が及ぶことが多く、局所的な編集は非常に難しいのが現実です。
さらに、高品質な結果を得るには膨大な学習データの準備が不可欠であり、それもまた大きな課題の一つです。それでも、AIや機械学習の技術と、他のさまざまなアプローチを組み合わせることで、ゲームエンジン上で高品質なモデルを扱ったり、従来の技術では不可能だった表現を実現することが可能になります。
この分野は技術的に非常に難しい一方で、将来性のある分野だと思います。挑戦が多いからこそ、取り組む価値があり、面白さがあります。
――英語や英会話のスキル習得はどのようにされましたか?
自分はとにかく話すことを主体で勉強しました。特に高校時代、英語は最も苦手な教科で、いわゆる机に向かう勉強では成果が出ず、そしてそれをやってもうまくいかないだろう思い、会話に全振りするスタイルで学びました。
最初に文字から入って音を覚えるよりも、音から入って文字は後から覚える方法で、友達との会話やランチなど、実践的に話す機会を増やしました。語学学校でもスピーキング中心に学んでいました。
もし分からなければ、その場で聞くか、今なら録音してAIに翻訳してもらえれば良いですし、読み書きはAIや翻訳アプリに頼っても良いと思います。
これから言語のハードルはどんどん下がっていきますが、面接などでは自分の口で話す力がやはり大切だと思います。さすがに面接でAIツールに喋ってもらうわけにはいきませんから(笑)。
――将来、海外で働きたい人へのアドバイスをお願いします。
公用語がフランス語のモントリオールに着いた初日、フランス語で話しかけてきたホームレスに英語で返すと、酷い英語のスラングで罵られました。このときの感情は恐怖や憤りではなく疑問で、彼はなぜ二言語を流暢に話せるのにホームレスなのか、でした。
それまで言語の重要性は感じていましたが、同時に「話せる=仕事がある」ではないと実感しました。就職に必要なのは語学力よりもタイミングと運。ILMに採用されたのも、応募という一歩を踏み出したからこそで、もしあの時、CVを出していなければ何も起こらなかったのです。
最初のチャンスは運ですが、それを活かせるかは自分次第です。ただし契約の継続には、語学とスキルの地道な積み上げが不可欠で実力が反映されます。就職は確率の勝負。非常にベタですが、折れない心で諦めずに挑戦し続けること、それが大切です。

【ビザ取得のキーワード】
①日本電子専門学校コンピューター・グラフィックス研究科を卒業
②スクウェア・エニックスやマーザアニメーションプラネット等の国内スタジオで経験を積む
③ワーキング・ホリデー制度を利用してカナダのバンクーバーを経てモントリオールへ
④バンクーバーのILMにワーホリを利用し就職後、モントリオールで就労ビザ、永住権を取得
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講義時間:90分
アーカイブ配信:あり
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連載「新・海外で働く日本人アーティスト」では、海外で活躍中のクリエイター、エンジニアの方々の海外就職体験談を募集中です。
ご自身のキャリア、学生時代、そして現在のお仕事を確立されるまでの就職体験について。お話をしてみたい方は、CGWORLD編集部までご連絡ください。たくさんのご応募をお待ちしてます!(CGWORLD編集部)
TEXT_鍋 潤太郎 / Juntaro Nabe
ハリウッドを拠点とするVFX専門の映像ジャーナリスト。著書に『海外で働く日本人クリエイター』(ボーンデジタル刊)、『ハリウッドVFX業界就職の手引き』などがある。
公式ブログ「鍋潤太郎☆映像トピックス」
EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada