RESEARCH 1:手描きアニメ的な表現のCGやゲームへの応用
・研究目的、および先行研究
現在研究室で進めている研究は多岐にわたっており、大きく分けると次の4分野になります。
【1】手描きアニメ的な表現のCGやゲームへの応用
【2】ゲームデザイン、レベルデザインに関わる研究
【3】プリプロダクションに関わる創作支援研究
【4】制作パイプラインや工程管理に関する研究
この中でも、特に本誌との関連性がある【1】と【4】について、具体的な研究を紹介していきましょう。【1】の「手描きアニメ的な表現のCGやゲームへの応用」の研究目的は、手描きならではの自由な描画により生み出される表現を、3DCG映像やリアルタイムのゲームにおいても表現することです。ここ数年の研究の中には、輪郭線の形状に沿った誇張を実現する「形状の特徴や動的な変形を考慮したリアルタイム3DCGにおける輪郭線の誇張表現手法」(2013)[1]や、アニメ的な特徴を伴うブラー表現、いわゆる"おばけ"などを実現した「3DCGトゥーンレンダリングにおける動きに伴う輪郭線ゆがみのプロシージャル表現」(2016)[2]などがあります。プリレンダーだけでなく、リアルタイムに処理できる手法も検討し、ゲームなどでの表現に応用できるように研究を進めています。
トゥーンレンダリングはNon Photorealistic Rendering(NPR)の表現手法のひとつであり、重要な先行研究にはRamesh Raskar氏らの「Image Precision Silhouette Edges」(1999)[3]、Robert D. Kalnins氏らの「WYSIWYG: NPR Drawing Strokes Directly on 3D Models」(2002)[4]などがあります。
また、これらの技法を日本のアニメ的な表現に用いるための研究には、安生健一氏らによるハイライトの形状編集に関する「Tweakable Light and Shade for Cartoon Animation」(2006)[5]や、それを発展してハイライトのスタイライズ表現を高めた藤堂英樹氏らの「Locally Controllable Stylized Shading」(2007)[6]などがあります。これらの研究はオー・エル・エム・デジタルの制作現場と共同で進められており、アニメ的な表現のCGへの応用として世界に先駆けた研究です。アメリカではディズニーらとの共同でアニメ表現の研究が進められており、ディズニーの古典的な描画手法のいくつかを3DCGで表現したJohannes Schmid氏らの「Programmable motion effects」(2010)[7]などがあります。
・研究方法、および研究の新規性
これらの研究では、アニメ的な表現の中でも特徴的なものを対象に、3DCGでの実現を目指しています。そのため研究の最初期には、まだ研究対象となっていない表現を探し、それらを先行研究の手法で試してみます。先行研究の手法では実現できないことがわかれば、その研究が新規性をもつ可能性が出てきます。プリレンダーでは実現できたとしても、ゲームやインタラクティブコンテンツでは実現できなければ、リアルタイム処理や自動化などを行うことで新規性をもたせることができます。その後は、対象となる表現の分析を行います。代表的なアニメーション作品の中からその表現を収集し、分析・分類・体系化しつつ、アルゴリズムによるどのような再現が可能かを探っていきます。
輪郭線の誇張表現の研究の場合は、形状に応じて輪郭線に強弱を付ける先行研究は見受けられませんでした。そこで手描きやスケッチなどが掲載された文献を分析し、手描きで線画を描いた際にカーブの強いところでストロークが太くなる特徴を導き出し、それを実現するためのアルゴリズムを考案しました。最終的には3Dモデルの曲率を毎フレーム計算し、曲率が大きいところの輪郭線を太くするという方法を生み出しました。
輪郭線ゆがみのプロシージャル表現の研究では、輪郭線を伴わないブラーを表現する先行研究はありましたが、形状のゆがみと輪郭線の描画の両方を同時に行うものはありませんでした。そこで様々な輪郭線ゆがみの事例を分析し、輪郭線の太さや長さ、消滅するまでの時間などをパラメータによって制御できるようにしました。
リアルタイム3DCGにおける輪郭線の誇張表現手法
▲【A】元のモデル/【B】赤い部分は曲率が大きい状態、白い部分は曲率が小さい状態を示しています/【C】均一な輪郭線表現/【D】本手法を用いた輪郭線の誇張表現。Bの赤い部分を中心に輪郭線が太く表現されています/【E】アニメーションなどにより形状が変化した場合はフレームごとに曲率計算を行うため、変形に伴う輪郭線の変化も表現できます。当時の汎用的なゲーミングPCを使った場合、20,000頂点程度のモデルで400fpsを超える描画が可能でした
動きに伴う輪郭線ゆがみのプロシージャル表現
▲【A】輪郭線ゆがみの自動生成の例/【B】Aのパラメータを調整し、ゆがみの本数を増やし、長さを伸ばした例/【C】Bの輪郭線を太くした例。制御できるパラメータは、ゆがみの本数や大きさ、長さ、末端の形状、消滅するまでの時間、輪郭線の太さなどがあります。モデル生成によってゆがみを表現しているため、生成結果は地面に落ちるシャドウにも反映されます/【D】〜【F】動きの軌跡に沿ってゆがみモデルの基準点を配置するため、軌跡に応じて湾曲する輪郭線ゆがみを表現することも可能です。当時の汎用的なゲーミングPCを使った場合、5,000程度の制御点を配置したモデルで300fpsを超える描画が可能でした
・実用化の可能性
最近は国内でも3DCGによるアニメ制作の事例が増えており、アニメ原作のゲームも多くリリースされているため、手描きアニメ表現の需要は増えています。実際、前述の研究に携わった学生はゲーム会社に就職し、ノンフォトリアリスティックなゲームのテクニカルアーティストとして活躍しています。研究成果がそのまま実用化されたわけではありませんが、学生時代に培った問題発見力と解決力が制作現場での仕事に活かされています。
・参考文献
[1]松尾隆志, 三上浩司, 渡辺大地, 近藤邦雄,"形状の特徴や動的な変形を考慮したリアルタイム3DCGにおける輪郭線の誇張表現手法",映像情報メディア学会論文誌,67巻 (2013) 2号 pp. J36-J44, 2013
[2]WANG Yilong,三上浩司,近藤邦雄,"3DCGトゥーンレンダリングにおける動きに伴う輪郭線ゆがみのプロシージャル表現",情報処理学会研究報告(Web),Vol.2016-DCC-13, No.11, pp.1-8, 2016
[3]Ramesh Raskar, Michael F Cohen, "Image Precision Silhouette Edges", I3D '99 Proceedings of the 1999 symposium on Interactive 3D graphics, pp.135-140, 1999
[4]Robert D. Kalnins, Lee Markosian, Barbara J. Meier, Michael A. Kowalski, Joseph C. Lee, Philip L. Davidson, Matthew Webb, John F. Hughes, Adam Finkelstein: "WYSIWYG: NPR Drawing Strokes Directly on 3D Models", ACM Transactions on Graphics (TOG) Vol.21, Issue 3, pp.755-762, 2002
[5]Ken Anjyo, Shuhei Wemler, William V. Baxter, "Tweakable Light and Shade for Cartoon Animation" NPAR2006, The 4th International Symposium on Non-Photorealistic Animation and Rendering, pp.133-139, 2006
[6]Hideki Todo, Ken Anjyo, William Baxter, Takeo Igarashi "Locally Controllable Stylized Shading" ACM Transactions on Graphics (TOG) Vol. 26, Issue 3, Article No.17, 2007
[7]Johannes Schmid, Robert W. Sumner, Huw Bowles, Markus Gross, "Programmable motion effects", ACM Transactions on Graphics (TOG) , Vol.29, Issue 4, Article No. 57, 2010