記事の目次

    本連載では、アカデミックの世界に属してCG・映像関連の研究に携わる人々の姿をインダストリーの世界に属する人々に紹介していく。第18回では、芸術、および工学の両方の知見をもつ人材の育成を目指し、シリアスゲームプロジェクトなどを推進している九州大学 大学院芸術工学研究院の松隈浩之准教授に自身の研究室について語っていただいた。

    ※本記事は月刊『CGWORLD + digital video』vol. 258(2020年2月号)掲載の「ACADEMIC meets INDUSTRY 九州大学 大学院芸術工学研究院 松隈研究室」を再編集したものです。

    TEXT_松隈浩之 / Hiroyuki Matsuguma
    EDIT_尾形美幸 / Miyuki Ogata(CGWORLD)
    取材協力_芸術科学会


    大学院と凸版印刷で3DCGの研究、制作に従事

    九州大学 大学院芸術工学研究院の松隈浩之と申します。現在在籍している芸術工学部の前身である九州芸術工科大学で3DCGについて学び、その後、凸版印刷のGALA(グラフィックアートラボラトリー)での勤務を経て現職にいたります。


    学生時代は当時赴任されたばかりの源田悦夫先生の研究室に所属し、最先端かつ高価だったSGIのワークステーションとソフト(Wavefront)を独占して四六時中3DCG映像の制作活動を行なっていました。3DCGを始めたきっかけは、ディズニーのアニメーション映画『美女と野獣』(1991)の舞踏会シーンと、SEGAのアーケードゲーム『バーチャファイター』(1993)です。これほど美しく面白い世界、表現があるのかと夢中になり、学部卒業後、大学院まで進学し「3DCGによる人体表現」をテーマに研究、制作を行いました。

    大学院卒業後、凸版印刷では3DCGデザイナーとして、自動車や製品パッケージ、キャラクターを用いたホログラム、後半は劇場映画やVRシアター用コンテンツなど、印刷物となる静止画から動画まで様々な制作業務に携わり、大学時代にも興味をもっていた印刷やグラフィックデザインについて、業務を通してより深く知る機会を得ました。また、1ヶ月半の期間、ポール・デベヴェック氏率いる南カリフォルニア大学のグラフィックラボにて、『The Parthenon』というコンピュータアニメーション制作のプロジェクトに参加したのも良い経験となりました。本プロジェクトの動画はSIGGRAPH 2004のElectronic Theaterで上映されました。

    芸術的感性と論理的思考の両立を重視する芸術工学部

    芸術工学部は、九州芸術工科大学設立から数えて2018年に50周年を迎えたデザインを専門とする国立では日本唯一の学部です。さらに大学院(芸術工学府、芸術工学研究院)も併設しています。その名のとおり、芸術的感性と論理的思考の両立を重視するユニークな学部で、昨今の文理融合やテクニカルアーティストの育成といった社会のニーズにかなり前から取り組んできました。近年では「デザイン思考」という言葉でもって社会的にも認知されてきた「場やコトのデザイン」も含め、デザインの広い範囲で研究活動を行なっています。一方で、実写、CG、ドローイングを問わず、多くの実験的な映像を制作してきた歴史もあり、映画監督や漫画家、イラストレーターといったアーティストを輩出しています。

    本学へ移籍した当時は、特徴のある個性的なアニメーション制作を行う学生に適した研究室が少なかったため、アートアニメーションに関する調査、研究を行いました。2年に1回開催される広島国際アニメーション映画祭への芸術工学部のブース出展をはじめ、フランスで開催されるアヌシー国際アニメーション映画祭にも足を運び、そこで学生作品が上映されることをひとつの目標としてきました。これまでに『日まわり草』(松田美那子)、『CYCLOID』(黒木智輝)の2作品が、アヌシー国際アニメーション映画祭の学生部門にてスクリーニングを果たしています。

    ▲広島国際アニメーション映画祭の出展風景


    ▲『日まわり草』(松田美那子)


    ▲『CYCLOID』(黒木智輝)

    高齢者のリハビリやヘルスケアに取り組むシリアスゲームプロジェクト

    本学が位置する福岡市はコンテンツ産業を強力に後押しするユニークな場所です。その背景には50年間クリエイターを輩出している芸術工学部の影響もあります。また、地場のゲーム会社による任意団体GFF(GAME FACTORY'S FRIENDSHIP)があり、2006年には福岡市、GFF、九州大学による福岡ゲーム産業振興機構が設立されています。本機構ではゲームインターンシップやGFFアワード(ゲームコンテスト)を通したゲーム文化の普及啓発と人材育成を継続的に実施しています。

    このような背景の中、2009年に福岡市からの委託研究事業として九州大学シリアスゲームプロジェクトを開始しました。シリアスゲームとは社会問題の解決を目的としたゲームであり、教育や訓練、医療、健康など様々な分野で取り入れられています。本プロジェクトでは、分野をリハビリやヘルスケア、ターゲットを高齢者に絞り、地場の病院や介護施設、CGプロダクションと連携しながら研究、制作を行なっています。またCGやゲーム制作に興味のある学部生や大学院生がスタッフとして本プロジェクトに参加することも多く、その中には修士研究へとつながった例もあります。よって2009年以降の主な研究テーマはシリアスゲームデザインとなり、制作したゲームや研究成果は国内外の学会やイベントで発表してきました。

    民間企業から販売された『リハビリウム起立くん』をはじめ、本プロジェクトの活動はTVや雑誌、Webなどの多くのメディアで紹介されています。また、オランダのNHLレーワルデン応用科学大学との共同プロジェクトHasega(Healthy Ageing through Serious Gaming)などの国際連携も積極的に行なってきました。これらの活動をまとめた論文『高齢者を対象としたリハビリ・ヘルスケア用シリアスゲームデザインおよび制作プロセスに関する研究』により、2019年3月に博士号(芸術工学)を取得しました。

    ▲シリアスゲームプロジェクトでの研究、制作を経て民間企業から販売された『リハビリウム起立くん』のパッケージ


    2011年以降の本プロジェクトでは、ゲーム制作に留まらず、ゲームを用いた高齢者の健康を促す場づくりとして、ロコモ運動サークルを2週間に1回のペースで継続的に開催しています。また、本プロジェクトの活動を知った近隣中学校の特別支援学級の先生から、ゲームを発達障がい児の運動に使いたいという要望があり、ゲームを用いた自立活動支援を特別授業として2016年から実施しています。これらの学外でのフィールドワークには学生も研究の一環として参加しており、課題発見や様々な気づきの機会として、また完成したゲームを試遊してもらいフィードバックを得る検証の場として活用しています。


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    社会では実行しづらい新規性のある研究、制作を心がける

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    社会では実行しづらい新規性のある研究、制作を心がける

    芸術工学部では4年生から研究室に所属し、卒業研究、制作に着手します。卒業研究は論文、もしくは作品と論文形式に準拠した作品解説書の提出をもって行われ、作品は口頭発表に加え展示も行います。

    本研究室は2004年に開設し、毎年10名前後の日本人学生と、オランダ、フィンランド、トルコ、中国などからの数名の交換留学生が在籍しています。研究テーマは映像コンテンツデザインとしており、現在は6割がゲーム、メディアアート作品などのインタラクティブコンテンツ、3割がアニメーション、1割がグラフィックデザインを志望する傾向にあります。具体的にどのような研究を行うか、どのような作品をつくるかは、数回のディスカッションを経て、最終的には学生自身が決定します。問題解決を含んだデザイン活動、自身の興味関心を追求していくアート活動、それらの融合型など、卒業後の進路も含めて方針を決めた上で、1年間(修士課程への進学希望者は3年間)の計画を自ら立てて実行します。基本的に、企画から制作、検証まで一貫して実施することを必須としています。また、大学という社会や経済に大きく囚われない自由な場に身を置くからこそ、反社会的な行為は除き、社会では実行しづらい新規性のある実験的な研究、制作を心がけています。

    学生は日々、自分や社会の中から新規性のあるテーマを見出す難しさを実感しながら活動を進めています。そこで得られた成果は、学会、会議、作品コンペティションなどで発表することを推奨しています。主な参加学会や会議は、アジアデジタルアートアンドデザイン学会(日本、および国際)、日本デジタルゲーム学会情報処理学会CEDECなど、作品コンペティションは、アジアデジタルアート大賞展福岡ゲームコンテストGFF AWARD学生CGコンテストなどです。2019年には、東京ゲームショウのセンス・オブ・ワンダー ナイトのファイナリストにも選出されました。

    ▲東京ゲームショウ2019 センス・オブ・ワンダー ナイトでの発表の様子


    就職先は、昨今はゲーム会社を志望する学生が増えています。ほかには、映像制作、メディアアート系の企業、広告会社などです。今はネットを介して個人での仕事のやり取りもしやすいため、中には企業への就職はせず、フリーのクリエイターとして活動する人もいます。このような状況を鑑み、知的財産の講義は必ず受講するように勧めています。志望職種は学生によって様々です。芸術工学部は理系カテゴリに属していますが、芸術という単語を冠していることから文系寄りの学生も入ってきます。よって、キャラクターや背景などを制作するアーティスト、プログラマー、システムエンジニアなどが多いですが、最近は全体を俯瞰するディレクター、プロデューサー、アイデア主導のプランナーを志望する学生も増えています。

    これまでの学生は、就職活動時に芸術工学という単語自体の認知度の低さから、人事担当者に理解してもらえず苦労してきた経緯があります。芸術なのか工学なのか中途半端な印象を与えがちでしたが、昨今は両方の知見をもつ人材を育成する重要性を企業も認知しはじめており、ここ数年で求人が増えている印象をもっています。同時に、学生にとってはテクニカルアーティストやエフェクトアーティストといった職種での活躍の場も広がっているのではと感じています。

    メディアアート作品を評価するアジアデジタルアート大賞展

    アジアデジタルアート大賞展は、2001年にクリエイターの発掘、育成の場として福岡で始まったメディアアート作品の公募展です。発足以来、テーマである「論理的な思考を基盤にした高い芸術的感性」を実現した作品を高く評価するコンペティションとして開催を続け、2016年に前述の源田先生から事務局長を引き継ぎました。また、国内外でアート、デザイン、工学系の学会との連携も強化しており、アジアデジタルアートアンドデザイン学会では台湾とマレーシアにて展覧会も併設開催しました。今後は福岡の地の利を活かしつつ、アジアの名にあるとおり、東アジア、東南アジアのクリエイター、研究者との交流も活性化していく予定です。日本も含め、アジアではメディアアート系の公募展は少ないため、芸術工学部をはじめ、作品制作を行う学生クリエイターの発表の場としても機能していきたいと考えています。

    ▲【ライブ配信アーカイブ】2020年11月22日 メディア芸術振興シンポジウム
    2020年に20年目を迎えたアジアデジタルアート大賞展の審査員を迎え、デジタルアート&デザインの変容とその未来、クリエイターを支援するコンペティションの役割について、2部構成で熱く議論したオンラインシンポジウムのアーカイブ映像


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    起立・着席訓練支援ゲーム『リハビリウム起立くん』

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    RESEARCH 1:起立・着席訓練支援ゲーム『リハビリウム起立くん』

    ・研究目的

    地方自治体や企業などで、高齢者のリハビリやヘルスケアを促進する様々な試みが行われています[1]。シリアスゲームプロジェクト[2]では、ゲームがもつ積極性、持続性を向上させる「やめられない止まらない」デザインが、リハビリ運動を実施する対象者のモチベーションを増幅させ、その結果、リハビリやヘルスケアに有用となるという仮説を立て、研究活動を行なっています。本研究の目的は、ゲームを用いた検証を通して、病院および老人福祉施設におけるゲーム利用の有用性、安全性、および継続効果を明らかにすることです。


    ・先行研究

    研究テーマにリハビリを選択した理由は2つあります。ひとつは、高杉らの先行研究[3]です。高杉らは2002年からナムコと共同でリハビリ用ゲームを開発しており、アーケードゲーム『ワニワニパニック』や『ドキドキへび退治』を用いて、遊びながら筋機能を回復できることを実証しています。一方で、アーケードゲームは制作コストが高額で、設置・移動が容易ではないなどの理由から普及が難しいという問題を抱えています。もうひとつは、欧米を中心に任天堂のWiiを用いたリハビリが盛んに行われていることです。特定医療法人順和 長尾病院(以下、長尾病院)でも、早くからWiiなどを用いたリハビリを取り入れています。一方で、市販のゲームは健常者用であり、身体的な制限を受けるリハビリ患者には難易度が高すぎるというリハビリ現場からの声があり、難易度の調整が可能なリハビリ患者用のゲームが求められていました。


    ・研究内容

    長尾病院の作業療法士および理学療法士との協議の結果、本プロジェクトでは起立・着席訓練の支援ゲームの研究、制作を行うことになりました。起立・着席訓練は日常生活動作を回復、維持するための基礎となる訓練で、脳卒中治療ガイドラインにおいて、歩行障害のリハビリに対して推奨グレードAと評価されています[4]。しかし立ち座りをくり返すだけの単調な反復運動なので、リハビリ患者にとっては退屈でつまらない訓練です。この退屈な訓練を、ゲームによって楽しいものに変え、訓練への積極性、持続性を向上させたいと考えました。

    本ゲームでは、対象者が立ち上がることで画面内の木が上に向かって伸びていき、立ち座りの運動を通して木を育てる(伸ばす)という様式を採用しました。この着想は、映画『となりのトトロ』(1988)の主人公たちが身体を伸ばすたびに木が勢いよく伸びていくシーンから得ており、木が伸びることで、対象者に運動しながら強い生命力を感じてほしいという意図を含んでいます。完成したゲームは『リハビリウム起立くん』と名付けました。目標とする回数分の起立・着席を行い、木を伸ばしきると1回分のゲームが終了し、同時に訓練終了となります。様々な木を用意し、映像に変化を付けることで楽しさの演出も行なっています。

    ▲本ゲームのプレイ画面。様々なデザインの木を用意しています。画面左上には目標とする起立・着席の回数を表示し、画面右下では対象者の起立・着席の回数をリアルタイムにカウントしています


    訓練終了後は、対象者の運動履歴が「スタンプラリー」「段位認定書」「履歴シート」「週間ランキング」というかたちで画面に順次表示され、継続を促すしくみになっています。プラットフォームはWindows PCとし、視聴環境は市販の32インチ以上の液晶TV、立ち座りの認識にはKinectを使用しています。また個人認証システムとしてNFCタグ、およびNFCカードリーダーを利用しています。

    ▲実証実験の様子


    ▲システム構成。実証実験時には、転倒防止用柵の代わりに椅子の背もたれを用いています


    ・有用性の検証

    長尾病院でセラピスト、および入院患者の協力の下、リハビリ医療の臨床現場における本ゲームの有用性と安全性の検証を目的とする実証実験を行いました。参加した被験者は、入院病棟の患者48名(男性19名、女性29名、平均年齢75.5歳)でした。実験時には、最大起立回数の記録に加え、疲労度、積極性、持続性といった主観的評価に関するアンケートと、安全性を検証するための血圧や心拍数などのバイタルサインの計測も実施しました。これらの検証を、一人で行う自主訓練(Self)、本ゲームを用いた起立・着席運動(Game)、セラピストが介入する起立・着席運動(Th.)の3条件で実施し、結果を比較しました。最大起立回数は、介護老人保健施設の利用者34名(男性8名、女性26名、平均年齢80.5歳)による追加検証も行いました。以上の検証の結果、自主訓練よりも本ゲームを用いた運動の方が多く起立でき、安全性に問題はないという結果が得られました。

    ▲82名の被験者による最大起立回数(比率)の比較結果。自主訓練(Self)と本ゲームを用いた起立・着席運動(Game)を比較すると、病院では17%、介護老人保健施設では23%、起立回数が向上しており、この値はセラピストが介入する起立・着席運動(Th.)を上回りました。また、本ゲームを用いた訓練中にめまいや気分不良の訴え、光感受性発作(てんかん発作)は生じず、ゲームに誘発されるバイタルサインの異常な変化も観察されませんでした。さらに、本ゲームを用いた訓練のための、準備、実施、終了にいたる全作業工程において、つまずきや転倒事故につながるインシデントも発生しませんでした


    ・考察

    現在のリハビリ現場では、セラピストが介入する起立・着席運動が多く実施されていますが、前述の検証にて、本ゲームを用いた起立・着席運動がセラピスト介入時とほぼ同様の有用性を示したという事実は有益な結果でした。ゲームがもたらす達成感、アニメ―ションや音楽の楽しさといった心理的側面が、対象者の積極性、持続性の向上を促すことで、少子高齢化がより進む近い将来、セラピストの作業を補助する役割をゲームが担うようになる可能性は十分にあります。特にマンパワーを割くことが難しい維持期のリハビリでの活用が期待できると考えます。


    ・参考文献

    [1]藤本 徹, "シリアスゲーム 教育・社会に役立つデジタルゲーム", 東京電気大学出版局, 2007
    [2]松隈浩之, "産学官によるシリアスゲーム制作の可能性―受託研究「シリアスゲームプロジェクト」報告をとおして", デジタルゲーム学研究, Vol. 4, No. 2, pp. 61-64, 日本デジタルゲーム学会, 2010
    [3]上島隆秀, 高杉紳一郎, 河野一郎, 禰占哲郎, 岩本幸英, 河村吉章, 小野雄次郎, 山下 正, 渡辺 睦, 林山直樹, "リハビリテーションの視点から開発したゲーム機の効果について", 第42回日本理学療法学術大会 抄録集, Vol. 24 Suppl. No. 2, 2007
    [4]日本リハビリテーション病院・施設協会, "リハビリテーションの提供に係る総合的な調査研究事業「通所系サービスにおける専門的リハビリテーション提供のあり方に関する研究」", 2011


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    開眼片足立ち支援ゲーム『ロコモでバラミンゴ』

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    RESEARCH 2:開眼片足立ち支援ゲーム『ロコモでバラミンゴ』

    ・研究目的

    運動器の障害のために移動機能の低下をきたした状態をロコモティブシンドロームと言います。その予防策として、日本整形外科学会はスクワットと開眼片足立ちを毎日行うことを推奨しており、そのトレーニングをロコトレと呼んでいます[1]。健康状態を保つ上では毎日の運動が有効なものの、単にロコトレをするだけでは、動作が単調で、継続は困難です。そこでロコトレ自体を楽しむことで、訓練に対する積極性と持続性を向上すべく、開眼片足立ち支援ゲーム『ロコモでバラミンゴ』を開発しました。

    現在の高齢者の多くは、デジタルゲームのプレイ経験が少なく、操作を苦手とする傾向にあります。そのため本ゲームでは、高齢者が円滑にプレイするための明快なインターフェイスが必要と考えました。また、リハビリやヘルスケアにゲームを用いる場合には、ゲームを面白くするための要素である、失敗やストレスを伴う体験を入れるかどうかという点が議論になります。失敗はゲームプレイの原動力になる[2]一方で、失敗によるストレスからゲーム、すなわちリハビリやヘルスケアを止めてしまう可能性もあります。そこで本研究では、ゲームのインターフェイスデザイン、およびゲームデザインが、高齢者のプレイにどのような影響をもたらすかを明らかにし、ヘルスケアにおけるゲームの有用性を示すことを目的としました。


    ・研究内容

    本ゲームでは『リハビリウム起立くん』と同様に、対象者の動きのセンシングにKinectを使用しました。コントローラ、キーボード、マウスを用いた操作ではなく、対象者の身体を使った直観的な操作ができるインターフェイスをデザインしています。例えば後述するアバターのコントロールは、対象者の身体の傾きや手の動きを通して行います。

    本ゲームでは、画面の奥に向かって進行するアバターをコントロールして、画面内に現れるハートを取得しながらゴールを目指します。なお、本ゲームの対象者は健康な高齢者としました。プレイ時には、同じ足を使い、1回につき60秒、3回連続で開眼片足立ちをします。ステージ1では、開眼片足立ちのポーズを維持し続けることで、画面中央に並んだハートを獲得します。ステージ2以降は、画面左右にもハートが出現し、これらは手を上げることで取得できます。ただしランダムに出現する爆弾を取ると減点になるため、爆弾出現時には手を下げる必要があります。つまりステージ2からは、失敗やストレスを伴う体験を加えたゲームデザインになっているわけです。また、ふらつくことなく開眼片足立ちを続ける動作と、状況に合わせて手を上下する動作は、認知機能維持トレーニングの要素である、2つのことを同時に行う状況をつくり出しています。

    ステージ3では画面中央に並んだハートの間隔が狭くなるため、対象者はより多くのハートを取得できます。しかし進行スピードが速く感じられるのに加え、足の疲れが溜まってくるので、ふらつきがちになり、難易度はさらに高くなります。なお、ゲーム終了後は特別な操作を必要とせず、自動的に最初の待機画面に移行します。

    ▲【左】本ゲームのステージ1のプレイ画面。ハートが画面中央に並んでいます/【右】同じく、ステージ3のプレイ画面。画面中央に加え、画面左右にもハートが並んでいます


    ▲ロコモ運動サークルでの検証の様子


    ▲システム構成


    ・有用性の検証

    前述のロコモ運動サークルに参加している健康な高齢者16名(男性1名、女性15名、平均年齢74.1歳)に本ゲームをプレイしてもらい、ゲームデザインに関するアンケートを実施しました。

    アンケートでは、プレイ中の足の使用度(5件法)、プレイ後の疲労感(7件法)、プレイ後の再プレイへのモチベーション(5件法)を問いました。失敗やストレスを伴う体験がないステージ1と、その体験を付加したステージ2、ステージ3に対する回答を比較すると、プレイ中の足の使用度も、プレイ後の疲労感も、後者のステージの方が高いという結果が得られました。一方で、プレイ後の再プレイへのモチベーションも後者のステージの方が高いという結果が得られたことから、ステージ2、ステージ3では運動量が増したにも関わらず、積極性も増していたことがわかりました。

    ▲ロコモ運動サークルで実施したアンケートに対する回答。【上】プレイ中の足の使用度(5件法)/【中】プレイ後の疲労感(7件法)/【下】プレイ後の再プレイへのモチベーション(5件法)。ステージ2、ステージ3では足の使用度と疲労感が増したにも関わらず、再プレイへのモチベーションも増していたことがわかりました


    個別に意見を聞いたところ「今さらゲーム? と思っていましたが、今はけっこう楽しいし、これからもがんばろうと思う」、「今までの運動のイメージとちがい、若干のゲーム感覚で行う運動は若さを感じ、とても良いなと思いました」といった前向きな声が多く得られ、ヘルスケアにおけるゲームの有用性が明らかになりました。


    ・考察

    現時点では対象者から「ゲームの操作が難しい」という声は挙がっておらず、直観的な操作ができるインターフェイスが効果的に機能していると言えます。また、ヘルスケアに取り組む健康な高齢者にとって、失敗やストレスを伴う体験を加えたゲームデザインは、積極性の向上、すなわち運動促進に有効であると考えられます。シリアスゲームプロジェクトでは、今後もゲームを主軸とするICT利用による運動促進を一般に広く普及させ、世界の健康寿命拡大に寄与していきたいと考えています。


    ・参考文献

    [1]"ロコモティブシンドローム", 日本整形外科学会, 2015, www.joa.or.jp/public/locomo/locomo_pamphlet_2015.pdf
    [2]Jesper Juul, Bスプラウト 訳, "しかめっ面にさせるゲームは成功する 悔しさをモチベーションに変えるゲームデザイン", ボーンデジタル, 2015



    info.

    • 月刊CGWORLD + digital video vol.258(2020年2月号)
      第1特集:アニメーションNEXT LEVEL
      第2特集:拡張する建築ビジュアライゼーション

      定価:1,540円(税込)
      判型:A4ワイド
      総ページ数:128
      発売日:2020年1月10日
      cgworld.jp/magazine/cgw258.html