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No.018:九州大学 大学院芸術工学研究院 松隈研究室

No.018:九州大学 大学院芸術工学研究院 松隈研究室

RESEARCH 1:起立・着席訓練支援ゲーム『リハビリウム起立くん』

・研究目的

地方自治体や企業などで、高齢者のリハビリやヘルスケアを促進する様々な試みが行われています[1]。シリアスゲームプロジェクト[2]では、ゲームがもつ積極性、持続性を向上させる「やめられない止まらない」デザインが、リハビリ運動を実施する対象者のモチベーションを増幅させ、その結果、リハビリやヘルスケアに有用となるという仮説を立て、研究活動を行なっています。本研究の目的は、ゲームを用いた検証を通して、病院および老人福祉施設におけるゲーム利用の有用性、安全性、および継続効果を明らかにすることです。


・先行研究

研究テーマにリハビリを選択した理由は2つあります。ひとつは、高杉らの先行研究[3]です。高杉らは2002年からナムコと共同でリハビリ用ゲームを開発しており、アーケードゲーム『ワニワニパニック』や『ドキドキへび退治』を用いて、遊びながら筋機能を回復できることを実証しています。一方で、アーケードゲームは制作コストが高額で、設置・移動が容易ではないなどの理由から普及が難しいという問題を抱えています。もうひとつは、欧米を中心に任天堂のWiiを用いたリハビリが盛んに行われていることです。特定医療法人順和 長尾病院(以下、長尾病院)でも、早くからWiiなどを用いたリハビリを取り入れています。一方で、市販のゲームは健常者用であり、身体的な制限を受けるリハビリ患者には難易度が高すぎるというリハビリ現場からの声があり、難易度の調整が可能なリハビリ患者用のゲームが求められていました。


・研究内容

長尾病院の作業療法士および理学療法士との協議の結果、本プロジェクトでは起立・着席訓練の支援ゲームの研究、制作を行うことになりました。起立・着席訓練は日常生活動作を回復、維持するための基礎となる訓練で、脳卒中治療ガイドラインにおいて、歩行障害のリハビリに対して推奨グレードAと評価されています[4]。しかし立ち座りをくり返すだけの単調な反復運動なので、リハビリ患者にとっては退屈でつまらない訓練です。この退屈な訓練を、ゲームによって楽しいものに変え、訓練への積極性、持続性を向上させたいと考えました。

本ゲームでは、対象者が立ち上がることで画面内の木が上に向かって伸びていき、立ち座りの運動を通して木を育てる(伸ばす)という様式を採用しました。この着想は、映画『となりのトトロ』(1988)の主人公たちが身体を伸ばすたびに木が勢いよく伸びていくシーンから得ており、木が伸びることで、対象者に運動しながら強い生命力を感じてほしいという意図を含んでいます。完成したゲームは『リハビリウム起立くん』と名付けました。目標とする回数分の起立・着席を行い、木を伸ばしきると1回分のゲームが終了し、同時に訓練終了となります。様々な木を用意し、映像に変化を付けることで楽しさの演出も行なっています。

▲本ゲームのプレイ画面。様々なデザインの木を用意しています。画面左上には目標とする起立・着席の回数を表示し、画面右下では対象者の起立・着席の回数をリアルタイムにカウントしています


訓練終了後は、対象者の運動履歴が「スタンプラリー」「段位認定書」「履歴シート」「週間ランキング」というかたちで画面に順次表示され、継続を促すしくみになっています。プラットフォームはWindows PCとし、視聴環境は市販の32インチ以上の液晶TV、立ち座りの認識にはKinectを使用しています。また個人認証システムとしてNFCタグ、およびNFCカードリーダーを利用しています。

▲実証実験の様子


▲システム構成。実証実験時には、転倒防止用柵の代わりに椅子の背もたれを用いています


・有用性の検証

長尾病院でセラピスト、および入院患者の協力の下、リハビリ医療の臨床現場における本ゲームの有用性と安全性の検証を目的とする実証実験を行いました。参加した被験者は、入院病棟の患者48名(男性19名、女性29名、平均年齢75.5歳)でした。実験時には、最大起立回数の記録に加え、疲労度、積極性、持続性といった主観的評価に関するアンケートと、安全性を検証するための血圧や心拍数などのバイタルサインの計測も実施しました。これらの検証を、一人で行う自主訓練(Self)、本ゲームを用いた起立・着席運動(Game)、セラピストが介入する起立・着席運動(Th.)の3条件で実施し、結果を比較しました。最大起立回数は、介護老人保健施設の利用者34名(男性8名、女性26名、平均年齢80.5歳)による追加検証も行いました。以上の検証の結果、自主訓練よりも本ゲームを用いた運動の方が多く起立でき、安全性に問題はないという結果が得られました。

▲82名の被験者による最大起立回数(比率)の比較結果。自主訓練(Self)と本ゲームを用いた起立・着席運動(Game)を比較すると、病院では17%、介護老人保健施設では23%、起立回数が向上しており、この値はセラピストが介入する起立・着席運動(Th.)を上回りました。また、本ゲームを用いた訓練中にめまいや気分不良の訴え、光感受性発作(てんかん発作)は生じず、ゲームに誘発されるバイタルサインの異常な変化も観察されませんでした。さらに、本ゲームを用いた訓練のための、準備、実施、終了にいたる全作業工程において、つまずきや転倒事故につながるインシデントも発生しませんでした


・考察

現在のリハビリ現場では、セラピストが介入する起立・着席運動が多く実施されていますが、前述の検証にて、本ゲームを用いた起立・着席運動がセラピスト介入時とほぼ同様の有用性を示したという事実は有益な結果でした。ゲームがもたらす達成感、アニメ―ションや音楽の楽しさといった心理的側面が、対象者の積極性、持続性の向上を促すことで、少子高齢化がより進む近い将来、セラピストの作業を補助する役割をゲームが担うようになる可能性は十分にあります。特にマンパワーを割くことが難しい維持期のリハビリでの活用が期待できると考えます。


・参考文献

[1]藤本 徹, "シリアスゲーム 教育・社会に役立つデジタルゲーム", 東京電気大学出版局, 2007
[2]松隈浩之, "産学官によるシリアスゲーム制作の可能性―受託研究「シリアスゲームプロジェクト」報告をとおして", デジタルゲーム学研究, Vol. 4, No. 2, pp. 61-64, 日本デジタルゲーム学会, 2010
[3]上島隆秀, 高杉紳一郎, 河野一郎, 禰占哲郎, 岩本幸英, 河村吉章, 小野雄次郎, 山下 正, 渡辺 睦, 林山直樹, "リハビリテーションの視点から開発したゲーム機の効果について", 第42回日本理学療法学術大会 抄録集, Vol. 24 Suppl. No. 2, 2007
[4]日本リハビリテーション病院・施設協会, "リハビリテーションの提供に係る総合的な調査研究事業「通所系サービスにおける専門的リハビリテーション提供のあり方に関する研究」", 2011


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