記事の目次

    本連載では、アカデミックの世界に属してCG・映像関連の研究に携わる人々の姿をインダストリーの世界に属する人々に紹介していく。第10回では、学生の頃から一貫して色彩と画像処理を研究してきた東京都市大学の張 英夏准教授に自身の研究室について語っていただいた。

    ※本記事は月刊『CGWORLD + digital video』vol. 250(2019年6月号)掲載の「ACADEMIC meets INDUSTRY 東京都市大学 知識工学部 情報科学科 画像工学研究室」を再編集したものです。

    TEXT_張 英夏 / Youngha Chang(東京都市大学)
    EDIT_尾形美幸 / Miyuki Ogata(CGWORLD)
    取材協力_芸術科学会

    NPR分野に進み人間の色知覚特性を研究

    こんにちは。今回の執筆を担当することになった東京都市大学の張 英夏です。主に色彩に興味をもっています。私は韓国の梨花女子大学コンピュータ工学科を卒業しています。梨花女子大学は大学院生も含めると在学生数が2万人を超えており、文学から芸術、医学、理学まで様々な学部を有する、女子大としてはとても規模の大きい総合大学です。おかげで受講できる科目も幅広く、哲学や心理学系の科目に多く触れていくうちに、人間の認知や心理に興味をもつようになりました。

    • 張 英夏
      東京都市大学 情報工学部 情報科学科 准教授
      博士(学術)
      専門分野:メディア情報学、データベース、知覚情報処理、知能ロボティクス、感性情報学、ソフトコンピューティング
      www.vgl.cs.tcu.ac.jp


    4年生になり進路を模索する中、日本の文部科学省の奨学金制度を知り、留学を決心しました。当初は医療画像処理分野の研究に漠然とした憧れをもち、東京工業大学 情報理工学研究科の中嶋正之先生の研究室に所属しました。中嶋先生は日本のCG研究の大御所で、本連載を支援している芸術科学会の設立時の立役者でもあります。常に新しい研究分野に興味をもち、例えば1996年に日本で初めてCAVEシステムという没入型装置を制作してVRの研究を行なったり、当時流行り出した手描き風画像を生成するNon-Photorealistic Rendering(NPR)分野にいち早く注目したりなさっていました。

    学部時代の私はCGにこれほど多様な分野があるとは知らなかったため、先輩方の研究などから日々刺激を受け、研究室のメインテーマのひとつだったNPRを研究する道に進みました。当時のNPR分野では、筆で描いたときに生じる筆致のようなテクスチャを写真に組み込み、絵画風の画像を生成する方法が検討されていました。一方で、写真と絵画は、筆致のほかにも抽象化、構図、投影方法、色合いなど、様々な要素が異なります。こうした要素をまとめて組み込んだNPRを目指し、既存の画像処理技術をベースとした色合いの変換に取りかかったのですが、意外と上手くいきませんでした。そこで研究テーマを絞り、人間がより思い通りに色彩を処理できるように、既存の画像処理技術に人間の認知、特に色知覚特性を取り入れることを試みました。このとき始めた研究は、現在まで続いています。

    博士号を取得した後も研究員として大学に残り、科学技術振興機構による戦略的創造研究推進事業の「デジタルメディアを基盤とした21世紀の芸術創造」を手伝わせていただきました。本事業では東京藝術大学の藤幡正樹先生が研究代表者となり、アーティストと工学者がコラボレーションして面白いことをやっていこうという方針の下、いくつかの研究課題を設定していました。私は、油絵描画シミュレータ[1]という、東京藝術大学の藤幡先生と佐藤一郎先生、東京工業大学の中嶋先生と齋藤 豪先生が中心となって推進していた研究課題に携わりました。

    [1]齋藤 豪, "計算機上での素材感のある絵具", 映像情報メディア学会 技術報告招待講演, Vol.35, No.15, pp.87-91(2011)

    ▲油絵描画シミュレータを用いて描画を行なっている様子。インタラクティブな描画が可能です


    ▲油絵描画シミュレータ上での油絵具の発色。実在する油絵具を忠実に再現するため、油絵具の厚みによって発色や隠ぺい力がどのように変化するか、また、それらが溶き油の割合を変えることでどのように変化するかを分光測定計で測定し、再現しています


    近年は、AdobeがGPUを用いて油絵具のギトギト感や混色の様子をリアルに再現したシミュレータ[2]を提案していますが、当時のGPUは性能が高くなかったため、リアルな油絵具の筆致や色合いをインタラクティブレートでレンダリングすることは、とても挑戦的な課題でした。

    [2]Zhili Chen, Byungmoon Kim, Daichi Ito, Huamin Wang, "Wetbrush: GPU-based 3D painting simulation at the bristle level", ACM Transactions on Graphics, Vol.34, Iss.6, Article No.200(2015)

    本研究で、私は油絵具の発色の再現を担当しました。よりリアルな発色や混色、隠ぺい力を再現するため、油絵具を調合しては、ひたすら分光測色計で測定する作業をする中で、色彩の物理的な側面を学習できたことはとても意義があったと思います。その後、中嶋先生は東京工業大学を退官され、スウェーデンのウプサラ大学 キャンパスゴットランドで教鞭を執ることになりました。私は中嶋先生の退官に合わせて東京都市大学に赴任し、現在にいたります。

    異なる専門分野をもつ教員2名で40名弱の学生の研究を指導

    東京都市大学の前身は武蔵工業大学で、東横学園女子短期大学の統合をきっかけに改名しました。キャンパスは大きく3つに分かれており、私が所属している情報工学部 情報科学科は世田谷区と大田区の境目に位置する世田谷キャンパスにあります。近くには東京都と神奈川県の境界を流れる多摩川があり、晴れた日には校舎から丹沢の山々を望むこともできる、環境に恵まれた立地です。

    私は2012年に東京都市大学に赴任し、2014年に卒論生を受けもち始めました。東京都市大学の研究室は研究テーマに基づく名前がつけられており、複数の教員で運営を行う研究室もあります。私が所属する画像工学研究室は、向井信彦先生と一緒に運営しています。向井先生は物理シミュレーションに基づくCGや、医療シミュレーションを主に研究されています。ゼミは担当教員ごとに分かれて行いますが、個別の研究相談はどちらの教員とも行えます。また月1回の発表会、および発表練習会は合同で行います。このように、本研究室では少し異なる分野の学生の研究に触れる機会が普段からあるため、多様な分野の研究動向を知ったり、その分野の基本的な技術を身につけたりできるという利点があります。

    学部生は、3年次前期に各研究室のトピックを総覧できるProject Based Learning科目を履修し、様々な研究テーマに触れ、実際に自分の力で解決してみる経験を通して、自分が興味のある分野を明確にしていきます。その後、夏休みに行われる4年生の卒論中間発表会を見学し、研究室配属の希望を出します。3年次後期からは研究室に所属してゼミや発表会へ参加し、興味をもったテーマの関連研究を調べるなどして研究の土台をつくり、4年次進級後に卒業研究を開始します。

    研究テーマは、原則として学生の希望に基づき決定していきます。研究では、技術的な背景や、競合する技術、および研究をしっかり理解し、提案手法との差分を明確にすることで、有効性や独創性など、研究としての意義を見出さなければなりません。卒論生の場合は4年次の1年間で、従来研究を調査し、研究としての意義の有無を見極め、既存手法の問題点の解決法を探っていくことで卒業研究を遂行します。

    本記事の掲載号が発売される2019年5月には、本研究室に大学院修士課程が7名(2年生が5名、1年生が2名)、学部生が15名在籍している予定です。後期にはさらに学部生が14名程度配属されます。そのため、だいたい40名弱の学生の研究を向井先生と私の教員2名で指導することになっています。学生は卒業後、主にメーカーに就職しています。様々な会社に就職しているので、「ここが本研究室のメイン」と言える会社はありませんが、直近で複数人が就職している会社としては、キヤノンや日本ヒューレットパッカード、コニカミノルタなどがあります。

    大学院生は、修了までに自分の研究を学会で発表することが義務づけられています。学部生は、成果の度合いや希望に応じて学会発表することができます。本研究室からは年間2件程度の学会誌論文と、4、5件の国際会議論文が採択されています。そのほかに、国内で開催される研究会や、全国大会などでも発表しています。現在私は芸術科学会で副会長を務めているため、主な発表場所は芸術科学会が春に開催する映像表現・芸術科学フォーラムや、秋に開催するNICOGRAPHなどになっています。これまでに、手島精一記念研究賞、CG大賞、映像表現・芸術科学フォーラムにおける企業賞、SIMULTECHのBest Paper賞、などを受賞しています。

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    「可視化による役立つCG」「楽しいCG」の研究に努める

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    「可視化による役立つCG」「楽しいCG」の研究に努める

    ここからは、私のゼミで行なっている研究をご紹介します。学生たちは私が学生の頃から一貫して色彩と画像処理の研究を行なってきたことを知った上で配属を希望するので、類似の研究テーマを選ぶ人が多いです。これに関しては次項で詳しく解説するため、そのほかの研究テーマについて簡単にご紹介します。「百聞は一見に如かず」という言葉は、CGのメリットを伝えるときによく用いられます。せっかく視覚による刺激的な情報伝達ができるというメリットがあるのですから、「可視化による役立つCG」「楽しいCG」の研究に努めています。

    まずは「可視化による役立つCG」の研究事例を2つご紹介します。レゴに代表されるブロック玩具は、ブロックを自由に組み立てて想像力を膨らませられる点が大きな魅力ですが、組み立てキットが多く販売されていることからわかるように、ある程度精巧なモデルをつくるには設計図が必要になります。しかしながら、販売されているキットの種類は限られています。そこでつくりたいモデルの組み立てを可能にするため、任意のポリゴンデータから、レゴの設計図を自動生成する方法を提案しました[3]。現在は本手法を拡張し、複数色のブロックを用いることで元データの模様なども表現できる設計図の生成や、少ない数のブロックで組み立てる場合でも足先などの細いパーツが統合されたり消えたりしない設計図の生成も試みています[4]。

    [3]Sumiaki Ono, Alexis André, Youngha Chang, Masayuki Nakajima, "LEGO Builder: Automatic Generation of LEGO Assembly Manual from 3D Polygon Model", ITE MTA, Vol.1, No.4, pp.354-360(2013)
    [4]石毛勇哉, 張 英夏, 向井信彦, "小規模ブロック作品のためのボクセルモデル低解像度化手法", 映像情報メディア学会, 12A-2(2018)

    ▲ ポリゴンデータからレゴの設計図を自動生成した例[4]。【左上】入力ポリゴンモデル/【右上】出力された設計図の一部。設計図は積み上げる層ごとに順番に表示されます/【左下】従来手法によるポリゴンデータのボクセル化。低解像度でボクセル化したため、像の足先の部分が統合されています/【右下】提案手法によるボクセル化。像の足先の部分が分かれて表現されています


    数学の学習において、3次元図形分野は苦手意識をもたれやすいことが知られており[5]、特に展開図から立体を想像することが難しいという問題が指摘されています。頭の中で想像することが難しい場合には、展開図を印刷し、紙を切り、実際に組み立ててみることで理解を深めることができますが、時間と手間がかかります。そこで、任意の展開図を撮影して入力すると、その組み立て手順を自動推定し、可視化してくれる学習支援システムの研究も行なっています。

    [5]杉中佑砂, "なぜ数学が嫌いになるの?---好きな人と嫌いな人の意識の違い", 東京工芸大学 講義課題レポート(2019年参照)


    「楽しいCG」の研究では、のっぺりしたフェルト筆を使い多彩な色のグラデーションによって花文字と呼ばれる縁起物の文字を描く花文字描画シミュレータの研究[6]、ARシステムのための光源推定を行う研究、ARを使った記念撮影システムの研究など、基盤技術から応用技術まで、幅広い研究を行なっています。

    [6]村治能博, 張 英夏, 向井信彦: 対話的描画のためのフェルト筆シミュレータの構築, NICOGRAPH 2017, pp.41-47(2017年)

    ▲【左上】 花文字の描画に用いる筆。花文字の描画では、フェルトでつくられた独特の筆を用います/【右上】フェルト部分の拡大図。大量の毛が絡み合っていることがわかります/【左下】花文字描画シミュレータで実装したフェルト筆。筆の内部での混色や、インクの移流などを再現しています/【右下】花文字描画シミュレータによる描画の例。筆に複数のインクをつけ、グラデーションを生成しながら描画しています。本シミュレータは、実時間でインタラクティブに動くように工夫しています。なお、この図案は日本花文字の会の山本卓二先生の作品の一部を模写したものです

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    色名の計算機モデルの確立

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    RESEARCH 1:色名の計算機モデルの確立

    ・研究目的

    コンピュータではRGB値や色相・彩度・明度を指定することで色を表します。一方、日常生活で色を表す場合には赤、オレンジなどの色名によって色を表現します。色名はある特定色を指すものではなく、似た色をひとつにまとめた総称です。つまり、「人間が似ていると思う色のまとめ方」と言えます。一方、似た色領域を選択し処理を施す作業は画像処理で頻繁に行います。例えばPhotoshopの自動選択ツールを使えば似た色領域を少ない手順で自動選択できますが、たまに期待とは異なる選ばれ方になることがあります。こうした問題を解決するために、色名という「人間の考える似た色」概念を、既存のシステムに組み込む必要があると考えました。つまり、類似色判定における人間とコンピュータのちがいをなくしていくために、色名の計算機モデルを確立することが本研究の目的です。


    ・先行研究

    色名と言っても「青」のように誰でも想像できるものから、「蘇芳色(すおういろ)」のように普段なかなか聞かないものまで様々です。また、例えば「カーキ」のように日常的によく使う色名でも、人によって連想する色が異なるものもあります。このように、世の中には大量の色名が存在しますが、大多数の認識の中で共通しているものは意外と少ないです。これに関して1969年に98の言語を対象に大々的な実験が行われ[1]、発達した言語にはどれも11個の基本的な色名が存在し、色空間上での広がりも一致しているとされました。その後の研究でも、人間は概念的に11個の共通した色カテゴリ(基本色カテゴリ)を有するという主張がなされています[2]。この基本色カテゴリの普遍性やモデル化については、未だ様々な研究が行われています[3][4]。


    ・研究内容

    本研究では、色名の色空間上での広がりを調べ、任意の色に対してネーミングできる計算機モデルを確立することを目的としており、そのためには十分なデータが必要となります。そこで、色の見え方に関する被験者実験を行い、色空間上で基本色カテゴリがどのように広がっているのかを調べました。被験者実験は、暗室でカラーキャリブレーションされたモニタを用いて行いました。本研究では、様々な色を使った画像や、自然環境を撮影した写真などでの色の見え方を前提としているため、周辺に様々な色が存在する実験環境を考案しました。実験データ(合計1,254色)に対するネーミングを複数人の被験者に実施してもらう[5]ことで、色空間上での色名の広がりを確認できました。色空間内で最近傍補間を行うことで、任意の色値に対する色名の付与もできました。また、一般的に色の見え方は光源に大きく左右されるため、光源色を変えたときにどう見えるのか[6]、出身国が異なってもネーミングが安定しているのかを調べる実験[7]も行い、光源色や出身国に関わらず、色名の認識は安定しているとの結論にいたりました。

    ▲実験時の画面構成。11個の基本色カテゴリを用いて、実験データ(合計1,254色)に対するネーミングを複数の被験者に実施してもらいました


    ▲実験の様子。光源が制御されている暗室の中で、カラーキャリブレーションされたモニタを用いて実験を行いました


    ・応用の可能性

    本研究の計算機モデルを用いると、画像内の領域や物体を、RGBではなく色名で指示できます。近年はディープラーニングを用いた物体認識の精度が向上しており、ロボットと自然言語で意思疎通しながら共存できる未来が予想されています。われわれ人間は、日常生活で「あの青いカバンが欲しい」「そこの黄色い箱に入っているよ」といった色名を含む限定指示語を用いて物体を特定することが多いです。そこでこうした色名を含む限定指示語認識と物体認識を統合することで、さらに人間とロボットの会話が自然なものになると期待し、研究を進めています。

    また、色の知覚的カテゴリは「色の類似度」、「色のちがい」を表していることから、例えば色差式に使うことができます。色差は「色のちがいを定量的に定義したもの」で、画像処理における基盤技術のひとつです。しかし、現在標準化されている色差式と、実際の人間の知覚的色差は必ずしも一致していません。この不一致は、色差が大きくなればなるほど顕著になります。そもそも、均等色空間と言われているCIELAB色空間においてさえ、基本色カテゴリの広がりは下図で示すように均等な広がりを見せておらず、空間のユークリッド距離と知覚的色差が合致しません。そこで既存の色差式に基本色カテゴリを組み込むことで、より人間の知覚に沿った色差式を定義することも試みました[8]。

    ▲【A】〜【C】CIELAB色空間に表示した実験結果。L*軸は明度、a*軸は赤〜緑の色相(プラス方向ほど赤、マイナス方向ほど緑が強い)、b*軸は黄〜青(プラス方向ほど黄、マイナス方向ほど青が強い)です。原点は黒で、L*軸上は無彩色です。色空間内の点は、各色がどの基本色カテゴリでネーミングされたかに応じて彩色されています/【D】〜【F】前述の点を、基本色カテゴリの存在確率楕円体で囲んでいます。CIELAB色空間は均等色空間なので、基本色カテゴリは半径が同じ真球になるかと思いきや、各円の形状や広がる方向は様々です


    ・今後の課題

    色の認識では周辺色の影響を無視できません。特に、白、灰色、黒の無彩色カテゴリは、周辺色の影響を大きく受けるため、どの程度の彩度や周囲環境によって無彩色と認識されるのか、どの程度の色の同化や対比現象が発生するのか、被験者実験を行なっている最中です。こうした問題が解決され、ロボットも人間と同じように「赤!」「白!」と言えるだけでなく「緑だと思ったのに青だった」といった錯視まで起こせる日が来れば面白いなと思っています。


    ・参考文献

    [1]Brent Berlin, Paul Kay, "Basic Color Terms: Their Universality and Evolution", Berkeley & Los Angeles: University of California Press(1969)
    [2]Rosch, Eleanor, "Natural Categories." Cognitive Psychology, Vol.4, No.3, pp.328-350(1973)
    [3]Nicole Fider, Louis Narens, Kimberly A. Jameson, and Natalia L. Komarova, "Quantitative approach for defining basic color terms and color category best exemplars", Journal of the Optical Society of America A, Vol.34, Iss.8, pp.1285-1300(2017)
    [4]Radek Ocelák, ""Categorical Perception" and Linguistic Categorization of Color", Review of Philosophy and Psychology, Vol.7, Iss.1, pp.55-70(2016)
    
[5]Youngha Chang, Suguru Saito, Keiji Uchikawa, Masayuki Nakajima, "Example-Based Color Stylization of Images", ACM Transactions on Applied Perception, Vol.2, Iss.3, pp.322-345(2005)
    [6]岡村光展, 張 英夏, 齋藤 豪, 川上一郎, 高橋裕樹, 中嶋正之, "異なる光源下におけるフォーカルカラー選定の変化に関する研究", 第二回デジタルコンテンツシンポジウム講演予稿集(2006)
    [7]張 英夏, "カテゴリカルカラーに関する文化比較:日本語・韓国語・中国語における基本色カテゴリの比較", 21巻, 4号, pp.211-214(2009)
    [8]張 英夏, 向井信彦, 中嶋正之, "カテゴリカル色知覚を考慮した色の類似度定義に関する一考察", 映情学誌, Vol.67, No.3, pp.J116-J119 (2013)

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    計算機モデルの画像処理への応用

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    RESEARCH 2:計算機モデルの画像処理への応用

    ・概要

    心理学をはじめとするほかの分野の知見を、前述の計算機モデルのような基盤技術として確立し、応用技術に還元するというのが、これまで私が進めてきた研究方針です。以降では、基本色カテゴリの計算機モデルの応用により、どのようなことが可能になるのか、2つの研究事例を通してご紹介します。


    ・事例1 画像の色変換

    ひとつめの事例は、基本色カテゴリを用いた画像の色変換の研究です。色変換のひとつに参照型色変換という手法があります。本手法では色空間上で入力画像Aと参照画像Bの色分布を調べ、Aの色分布がBの色分布になるよう調整します。本手法を用いれば、任意の参照画像を選ぶだけでコンピュータが自動的に色変換を実行してくれるため、とても楽な手法と言えます。しかし何の制限もなくBの色分布に似せると、問題が生じる場合があります。例えば薄い水色の空が、ラピスラズリのような鮮やかな青色に変換されれば、画像の印象が大きく変わる一方で、違和感は生じない色変換となります。しかし空が茶色になってしまうと違和感が生じます。青なら青、緑なら緑の範疇で色変換が実行されれば違和感は生じませんが、そうでない場合には違和感が生じることは簡単に想像できます。そこで画像の全体的な色分布を似せるのではなく、画像領域を基本色カテゴリごとに分割し、入力画像と参照画像の同じカテゴリごとに対応づけをして、カテゴリごとに色分布を似せる作業を行うことで、違和感なく参照画像風の色合いに変換できます[1]。さらに、この手法は動画にも簡単に拡張できます[2]。

    ▲ 【左上】入力画像/【右上】フィンセント・ファン・ゴッホの『夜のカフェテラス』(1888)を参照画像に設定した場合の結果。参照画像で目を引く鮮やかな黄と青が上手く転写されています/【左下】カミーユ・ピサロの『エルミタージュの丘、ポントワーズ』(1867)を参照画像に設定した場合の結果。空は綺麗なエメラルドグリーンで、緑は彩度と明度がやや高めな一方、黄は無彩色に近いほど低彩度という参照画像の特徴が上手く転写されています/【右下】ポール・ゴーギャンの『豚飼いの少年 ブルターニュ』(1888)を参照画像に設定した場合の結果。全体的に黄色みがかったような色使いで、彩度が高いという参照画像の特徴が反映されています


    ・事例2 画像の代表色の抽出

    2つめの事例は、写真画像からの色パレットの自動抽出に基本色カテゴリを導入した研究です。色パレットの抽出は、デザイン画を主な対象として盛んに研究されていますが、色数が限られているデザイン画とは異なり、写真の場合は様々な色が存在するため抽出が難しくなります。しかし画像の代表色の抽出は、画像検索や画像自動インデキシング、色味調整などにおいて、デザイン画か写真かを問わず有効活用できます。多くの従来研究では、画像の色をいくつかのグループにまとめ、まとまりの真ん中にある色をパレットの色としています。

    ただし、目立つ色、印象に残る色の抽出は下図で示すようにそう簡単ではなく、従来手法による代表色の抽出[3]だと、似た色が重複して抽出される、明らかに目立つ色が抽出されないといった問題がありました。また、従来手法では画像内で大きな割合を示す色が抽出されるため、暗闇の中で光っている月、草原の中の小さい真っ赤な花などは、目立っているにも関わらず抽出できない場合が多くありました。そこで本研究では、目立つ領域を抽出する誘目度マップを組み込むことで、小さい領域でも抽出できるようにしました。また、似ている色とちがう色の判定に基本色カテゴリを導入することで、似ている色が多く抽出された際には候補色を削除し、似ていない色は統合せずに残すしくみも提案しました[4][5]。

    ▲【A】入力画像/【B】従来手法による代表色の抽出結果。似た色が重複して抽出されている一方で、明らかに目立つ青が抽出されていません。赤と緑は抽出されるのに青が抽出されないのは、前述の色差が影響しているためです/【C】提案手法による代表色の抽出結果

    入力画像:PublicDomainPictures/Pixabay


    そして現在は、誘目度マップの見直しを図っています。従来の誘目度マップ[6]はコントラストが高い領域が高い値を示すことが多く、必ずしも色として印象深い領域が高い値をもつわけではありませんでした。デザイン分野の専門書では、コントラスト以外にも、面積が大きい領域の色、彩度が高い領域の色、特定の色相の色など、様々な要因をもつ色が目立つ色として定義されています。そこで、色彩的に目立つ領域を抽出する色誘目度マップを新たに定義し、デザイン分野で培われた知見を、計算機モデルとして確立して取り入れることで、従来の誘目度マップでは抽出できなかった色を代表色として抽出する試みを行なっています。


    ・今後の展望

    本記事では従来の画像処理手法に基本色カテゴリの計算機モデルを導入した2つの研究事例を紹介しました。いずれも導入したことにより、従来手法より結果が改善されています。基本色カテゴリは単なる色のまとまり以上に多くのことを語ります。例えば、人間の色恒常性との関連性[7]なども指摘されており、様々な分野で有効活用できると期待しています。

    さらに基本色カテゴリ以外の高次の人間の知覚的特性も導入することで、画像処理の性能をもっと高められる可能性があります。最近流行しているディープラーニングのような「大量の学習データ+ブラックボックス学習」による処理認識ではなく、ブラックボックス状態の人間の高次視知覚について、人間の認識実験結果から逆算し、計算機モデルを樹立して画像処理に組み込むことで、人間と同様の処理が行えるかを試すという、心理学と工学の学際的な研究に今後も取り組んでいきたいと思います。


    ・参考文献

    [1]Youngha Chang, Suguru Saito, Keiji Uchikawa, Masayuki Nakajima, "Example-Based Color Stylization of Images", ACM Transactions on Applied Perception(TAP), Vol.2, Iss.3, pp.322-345(2005)
    [2]Youngha Chang, Suguru Saito, Masayuki Nakajima, "Example-Based Color Transformation of Image and Video Using Basic Color Categories", IEEE Transactions on Image Processing, Vol.16, Iss.2, pp.329-336(2007)
    [3]Huiwen Chang, Ohad Fried, Yiming Liu, Stephen DiVerdi, Adam Finkelstein, "Palette-based Photo Recoloring", ACM Transactions on Graphics, Vol.34, No.4(2015)
    [4]張 英夏, 飯田智大, 向井信彦, "自然画像におけるドミナントカラー抽出法", 画像電子学会誌44(4), 637-643(2015)
    
[5]竹内健太郎, 張 英夏, 向井信彦, "誘目度マップを用いた代表色抽出手法に関する研究", NICOGRAPH 2016, pp.129-130(2016)
    [6]Laurent Itti, Christof Koch, Ernst Niebur, "A Model of Saliency-Based Visual Attention for Rapid Scene Analysis", IEEE Transactions on Pattern Analysis and Machine Intelligence, Vol.20, Iss.11, pp.1254--1259(1998)
    [7]Javier Vazquez-Corral, Maria Vanrell, Ramon Baldrich, Francesc Tous, "Color Constancy by Category Correlation", IEEE Transactions on Image Processing, Vol.21, Iss.4, pp.1997-2007(2012)



    info.

    • 月刊CGWORLD + digital video vol.250(2019年6月号)
      第1特集:スーパーCGアニメーターズ
      第2特集:デジタル作画アドバンスト

      定価:1,540円(税込)
      判型:A4ワイド
      総ページ数:128
      発売日:2019年5月10日
      cgworld.jp/magazine/cgw250.html