記事の目次

    こんにちは。アニメーションアーティストの南家 真紀子です。本連載では、CG業界で働くファーザー&マザーへのインタビューを通して、いまどき家族の課題と解決策を探っていきます。第4回に登場いただくのは、セガの鈴木こずえさんです。連載 第3回の鬼頭雅英さん(バンダイナムコスタジオ)と同じく、在宅勤務の時間を割いて、オンライン取材に応じてくださいました。その模様を前後篇に分けてお届けします。ぜひお付き合いください。

    ※本記事は、取材時(2021年2月)に伺った情報を基に執筆しています。

    TEXT_南家 真紀子 / Makiko Nanke(makiko-nanke.mystrikingly.com
    EDIT_尾形美幸 / Miyuki Ogata(CGWORLD)



    今回ご登場いただく、ワーキングマザー

    <プロフィール>
    鈴木こずえ(セガ・CGデザイナー)
    1998年、女子美術大学 デザイン・工芸学科卒業。CSK総合研究所に入社。『電脳戦機バーチャロン』Dreamcast版の開発に携わる。2001年、CSK総合研究所は分割されゲーム開発部門はSEGA-AM2に統合。その後のセガグループ再編に伴い、セガ・インタラクティブ所属となる。現在はセガのアーケードゲーム開発チームに所属。その間『バーチャファイター4』『Quest of D』『SEGA GOLFCLUB』『セガネットワーク対戦麻雀MJ』シリーズなどの開発に携わる。2010年に出産。上長の理解もあり、10ヶ月後に復職。所属部署で初の出産からの復職事例となる。その後も仕事と育児の両立を継続。現在は『Fate/Grand Order Arcade』にてキャラクターやエネミーの3Dモデル制作に携わる。CEDEC2018CEDEC2019CEDEC+SAPPORO2019にて、ワーキングペアレンツたちの働き方を共有し、新しい行動につなげるセッションに登壇。以後も社内外のゲーム業界で働くワーキングペアレンツたちと連携し、環境改善のための活動を続けている。



    <家族構成>
    夫(セガ・プログラマー)・子供(9歳女児・小学校4年生)、共働き
    同じ会社勤務なので、「今、忙しい時期だよね」といったお互いの仕事に対する理解があり、連携が取りやすいそうです。


    <最近のお子さんたちの様子>
    『Among Us』(Nintendo Switch)に家族3人でハマっています。当社のゲームではないのですが(笑)」とのこと(笑)。

    ▲【左】鈴木こずえさん/【右】南家 真紀子(ZOOMにて取材に応じていただきました)

    トピック1:【悩み】「夫婦どちらかが早く帰る」「先輩がいない」

    南家 真紀子(以下、南家):鈴木さんはゲーム業界のワーキングペアレンツに向けて、CEDECを通じて積極的にメッセージを発してきましたよね。その活動は社内外のゲーム開発者にも影響を与え、CEDEC2020でもワーキングペアレンツのためのセッションが実施されました。鈴木さんの前向きな活動と、それが周囲に与えた影響について、ぜひお話を伺ってみたいと思っています。

    2010年の出産から今にいたる活動をわかりやすく俯瞰するため、【悩み】→【行動】→【変化】→【共有】というながれでお話を伺いたいと思います。

    【悩み】=仕事と育児の両立において、直面した課題
    【行動】=課題克服のためにチャレンジしたこと
    【変化】=行動によって起きた変化
    【共有】=社内外のゲーム開発者への影響、コミュニティの広がり

    まずは【悩み】について伺います。仕事と育児を両立する中で、直面した課題を教えてください。

    鈴木こずえさん(以下、鈴木):大きく2つあります。1つ目は「夫婦どちらかが早く家に帰る必要がある」という課題です。子供の祖父母は遠方に住んでおり、頼ることができません。毎日夫婦のどちらかが早く帰宅し、保育園のお迎えと、その後の家事育児をする必要がありました。

    産後の復帰にあたっては、夫と相談し「夫が週2回・私が週3回」早く帰宅する日を設けることにしました。今でこそ在宅でのリモートワークが可能ですが、当時は認められておらず、夫と私だけで家事育児のやりくりをしていたので、2人とも仕事が忙しい時期は両立が難しかったです。子供の発熱などの突発的な事態に対応するため、業務を調整して早退する必要がありました。仕事の生産性を上げることも難しく、心労が大きかったですね。

    南家:とてもよくわかります。鈴木さんが出産なさった2010年当時は、母親が全ての家事育児を担うことを当然とする世相だったように記憶しています。その時代に、お迎えや家事育児を夫婦で分担していたのは興味深いです。

    鈴木:「私も仕事を続けたいから、家事育児は2人で分担していきたい」という希望を夫に伝え、了承してもらっていたので「分担しない」という選択肢はありませんでした。お迎えや家事育児を担当する日は、食事の準備や片付けから、お風呂、寝かしつけにいたるまで、全て1人で担当することが前提だったので、最初の頃は夫は苦労していたようです(苦笑)。料理が上手くできないうちは、私がつくり置きをしていましたが、徐々に夫も慣れていきました。

    基本的に、各々が1人で家事育児を担えないと分担は成立しませんが、夫にも私にも得意・不得意はあるので、2人で相談して「それは俺がやるよ」「代わりに、あっちは私がやるね」というように、得意なことは多めに分担しています。

    南家:分担についての夫婦間での話し合いは多いですか?

    鈴木:仕事に復帰した直後は、結構話し合いました。「夫が週2回・私が週3回」という分担を決めたからには、やるしかないのですが、何らかの事情でできない場合もありました。できなかった家事を土日にまとめて2人でやったりと、臨機応変な対応も必要でしたね。私の仕事が忙しかった時期には「夫が週3回・私が週2回」にしたこともありました。最近は2人ともすっかり分担に慣れてきたので、細々と話し合う必要はなくなっています。

    南家:最初に「週2回・週3回」というように分担を明確にしたことで、一番大変な時期を2人の力で乗り越えられたんでしょうね。そんな鈴木さんであっても、先ほど「仕事の生産性を上げることも難しく、心労が大きかった」と語っていましたよね。片親が家事育児の多くを担う場合は、さらにつらい状況になることを、多くの人に理解してほしいと思います。2つ目の課題も教えていただけますか?

    鈴木:2つ目は「相談できる先輩がいなかった」という課題です。開発チームの中に、仕事と育児を両立している先輩が誰もいないという状況はつらかったです。出産後、仕事に復帰した事例は私が最初でしたから「こんなとき、どうしましたか?」「困っているので、アドバイスがほしいです」と相談したくても、同じ境遇の先輩が誰もいませんでした。

    前例がないことへの不安は大きかったですが、私は開発の仕事を続けたかったんです。「とりあえず続けられるなら、それでいいじゃん」と難しく考えないようにしました。

    そうやって仕事を続けていたら、後輩ができ始めたんです。「もうすぐ子供が生まれるんです」と伝えてくれる開発メンバーが現れ、さらにほかの部署でも産後復帰する人が出てきました。そういう社内の後輩ワーキングマザーたちに声をかけ、グループをつくったんです。発足直後のメンバーは4人くらいでした。ランチ会をして「不安なこと、困ったこと、いっぱいあったよね」「今後のキャリアも心配だよね」と自分たちの不安や経験を共有していきました。

    私自身、前例がない中で「知らなくて困ったこと」がたくさんあったんです。「後になって、税金をこんなに払わなきゃいけないの!?」と驚いたり、人によって産休育休の認識にズレがあったり......。保育園も「この時期に手続きしておかないと入れない」といったノウハウがありますよね。自分たちのような苦労をさせないよう、後輩のために何ができるか、グループ内で模索を始めました。

    南家:大変なことばかりだったでしょうね。

    鈴木:しんどいことや悩みがたくさんあって、当時は必死だったはずですが、今となってはほとんど忘れちゃってますね(笑)。ふり返ってみると、何気ない一言で辛い思いをした経験もありました。ただ「私を気遣っての言動だったのかな」と、なるべくポジティブに受け止めるようにしてきました。開発チームにとっても、産休から復帰した人を受け入れるのは前例のないことだったので、どうすればいいのか、わからないことが多かったと思います。

    例えば、復帰直後に開発メンバーの男性から「もっと休んでいいのに」と言われたときには、「働きたくて一所懸命に復帰したのに。私は会社に来なくていい、必要ないってこと?」と悲しい気持ちになりました。でも「出産直後の私の体調を気遣って、善意で言ってくれたんだろうな」と考えるようにしました。

    南家:ポジティブですね。私だったら簡単には切り替えられないです。出産と育児にまつわるそういう認識のズレって、たくさんありますよね。

    鈴木:当時は確かにありましたね。でも最近の当社では、コンプライアンス研修(※1)が強化されているので、そういう発言をする人はほぼいないと思います。マタニティハラスメント、パワーハラスメント、セクシャルハラスメントなどに関する講習の受講が社員は必須となっており、認識のズレはかなり解消されたように思います。

    ただ、こういう問題にいち早く取り組んできた外資系の企業の方々からは「まだまだ甘い方ですよ」と言われます(笑)。先進的な企業はさらに積極的だそうで、今の時流を感じますね。なお、研修では取引先への支払いや情報セキュリティなど、法令順守にまつわる複数の項目を扱います。

    ※1 セガサミーグループにおける、コンプライアンス研修の概要
    コンプライアンスに対する啓発活動は、役員・管理職・一般職・新人にカテゴライズした上で、職位に適した内容やレベルを考慮して年間のカリキュラムを立案・推進しています。集合形式での研修(2020年度はオンライン)のほか、必修のeラーニングを個々人で受講、さらに法改正などのタイミングで都度研修も検討し、全従業員の受講実績を徹底管理して抜け漏れがないよう努めています。また、職場環境に大きな影響をもたらすハラスメントにおいては、最新事例も加味し別途プログラムを構成して、リスクの根絶につなげられるよう取り組んでいます。本取り組みの目標として、セガサミーグループとして共通の課題認識をもち、高い水準でコンプライアンスを理解・実践できている状態を目指しています。なお、グループを統括した啓発活動は2019年度からですが、セガではそれ以前からもeラーニングを中心としたコンプライアンス知識の習得を実施していました。


    南家:社員どうしの摩擦や衝突は当事者にも企業にも大きなマイナスですから、組織的な取り組みでもって意識改善を図るのは合理的ですね。こういう取り組みが、ゲーム・CG業界のほかの企業にも広がってほしいです。


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    【行動】「産休育休ロードマップ」「働き方タスクフォース」

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    トピック2:【行動】「産休育休ロードマップ」「働き方タスクフォース」

    南家:鈴木さんの【悩み】は、その後どんな【行動】につながりましたか?

    鈴木:ワーキングマザーグループ内での話し合いの結果、後輩のための「産休育休ロードマップ」(以下、ロードマップ)をつくり、社内のネットワーク上で公開することになりました。例えば「産休とは何か?」「育休取得に必要な準備とは?」「税金はどうなる?」「保育園入園準備とは?」など、私たちが誰にも相談できなくて困った事項をまとめていきました。ロードマップの情報はどんどん充実していき、「引っ越すなら〇〇区がおすすめ!」など、各地域の子育て支援情報なども網羅するようになりました。ワーキングマザーだけでなくワーキングファーザーにも役立ち、意外にも男性社員の育休取得の参考になったようです。

    南家:社員の誰もが簡単にアクセスでき、経験に基づくロジカルな情報が視覚化されていたロードマップは、子育て情報が届きにくい男性にとって特にインパクトが大きかったのでしょうね。開発者フレンドリーな「ロードマップ」という単語を使ったことも、多くの人に受け入れられる要因になったのではないでしょうか。

    鈴木:確かに、私たちゲーム開発者にとっては馴染みのある単語ですからね(笑)。そして「社員の誰もが簡単にアクセスできる」という点は、思いのほか男性に歓迎されました。男女を問わず「直接質問しづらい」「相談するタイミングが図れない」「話すのが苦手」という人はいて、そういう人でもほしい情報を得られたことは、かなり有効だったようです。当面は出産予定がない若い世代からも「将来をイメージして事前に知識を得られる」という声をもらいました。このロードマップの評判は同業他社の開発者さんにまで広がり、「共有してほしい」という依頼を受けるようにもなったんです。その後、複数社に共有させていただき、今にいたります。

    ▲鈴木さんが社内の後輩ワーキングマザーたちと一緒に作成した「産休育休ロードマップ」の抜粋


    南家:4人で始めた活動が、会社の枠を越える大きな力に成長したんですね。素晴らしいです。

    鈴木:セガサミーグループにMicrosoft Teams(以下、Teams)が導入されたのを機に、私たちの活動はグループ各社にも広がっていきました。各社のワーキングマザーと合流し、Teams内にワーキングペアレンツコミュニティを立ち上げたら、情報共有の輪が一気に広がったのです。現在、私たちのコミュニティには約180人が参加しています。Teams内で出産や育児にまつわる相談をすると、誰かが回答してくれますし、コロナ禍の昨今はビデオ会議システムを使ったランチ会も行なっています。

    南家:さすが規模が大きいですね(驚)!

    ▲セガサミーグループのMicrosoft Teams内にある、ワーキングペアレンツコミュニティの様子(プライバシー保護のため、部分的にモザイクをかけてあります)


    鈴木:一連のながれは、次の活動につながっていきました。私を気にかけてくださった本部長が、セガサミーグループ内の「働き方タスクフォース」(以下、タスクフォース)の一員として私を推薦してくれたのです。当時も今も、政府は「働き方改革」を推進しています。それに則り、里見社長(※2)の肝入りでタスクフォースが立ち上がったのです。推薦された当初、私は「なんですかそれ?」と、ポカーンと聞いてしまいました(笑)。当時のタスクフォースにはグループ各社から40人弱のメンバーが集められており、その多くは人事と営業職で、開発職の社員は少なかったのです。しかも女性はほとんどいなかったので、私には多様性をもたらす役割が期待されました。「鈴木さんがタスクフォースに参加することは、とてもいいことだと思います。行ってみませんか?」と本部長に背中を押され、「いいんですか? じゃあ行ってみます〜」と参加することになりました。

    ※2 現セガサミーホールディングス 代表取締役社長グループCEO 里見治紀氏のこと。当時はセガゲームス 代表取締役社長CEO。


    南家:そもそも、ゲーム業界もCG映像業界も、女性の割合は少ないですからね。

    鈴木:そうですね。部署によって若干のバラツキはあるものの、当社でも女性の割合は少ないです。

    南家:そんな中で、鈴木さんが意見を言う機会を得たのは、とても大きな一歩でしたね。

    鈴木:嬉しかったですね。本部長がとても理解のある方だったんです。私は「開発職」に加え、「ワーキングマザー」としての立場からも意見を提出することになりました。そこで開発メンバーに加え、ワーキングペアレンツからも広く意見を募りました。最終的に、ワーキングペアレンツコミュニティからの意見として「時短勤務にもフレックスタイム制を適用してほしい」「開発職にも在宅でのリモートワークを認めてほしい」の2つを伝えることができました。

    南家:鈴木さんは新しい行動を始めるとき、常にポジティブに取り組んでいますね。例えばタスクフォースへの参加には「貴重な仕事時間を削られる」というマイナスの側面もあったと思います。そういう点は気になりませんでしたか?

    鈴木:もちろん時間は削られてしまうので、あらかじめ上長に相談して、開発とタスクフォースに割く時間の割合を9:1に設定し、業務時間内で両立できるよう調整していただきました。開発チームのメンバーに迷惑をかけてしまうと、いろいろとやりにくくなるだろうと思いましたし、お互いに気持ちよく仕事を続けたいですからね。先のような割合を明示しておかないと、メンバーは「いつよもり仕事が進んでないけど、何をやってるんだろう?」と不審に思うでしょうし、私は「開発の仕事が遅れてしまい、申し訳ない」とストレスを感じたと思います。新しい行動を始める場合は、最初に時間の使い方を考え、周囲の理解も得ておくことが大事だと思います。

    新しく何かを始めるときには、私も悩むことはありますが「1人で悩むより、ほかの人に聞いちゃおう」「とりあえず行動してみよう」という思考に自然と切り替わっていきますね。その方が、私にとっては楽なんです。

    南家:自分1人で負担を背負うのではなく、きちんと周囲の人に相談し、数字でもって明示し、ロジカルに解決しようとする姿勢が大切なんですね。


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    【変化】「時短勤務にもフレックスタイム制を適用」「在宅でのリモートワーク」

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    トピック3:【変化】「時短勤務にもフレックスタイム制を適用」「在宅でのリモートワーク」

    南家:一連の【行動】によって起こった【変化】についても教えていただけますか?

    鈴木:私がタスクフォースに提出した意見のひとつが「時短勤務にもフレックスタイム制を適用してほしい」というもので、ワーキングペアレンツコミュニティでは多くの人が切望していました。従来、フルタイムで働く場合はフレックスタイム制が適用されていましたが、時短勤務に切り替えると適用されなくなり、決まった時間に出社・退社する必要があったのです。時間の融通がきかなくなり、多くのワーキングペアレンツが困っていました。

    育児をしていると、保育園の登園時に子供がグズるなど、いろんなトラブルが起こるので、どうしても遅刻が増えてしまいます。だから「時短勤務であっても、出社・退社時間の融通がきく制度を適用してもらえませんか?」という意見を出したのです。ちょうど同じ頃、本部長が当時私が所属していたセガ・インタラクティブの杉野社長(※3)に「うちの開発チームの鈴木が、タスクフォースやCEDECでもがんばっているんです。機会があったら、声をかけてやってください」というようなことを伝えてくれました。

    ※3 現セガ 代表取締役社長COO 杉野行雄氏のこと。当時はセガ・インタラクティブ 代表取締役社長CEO。


    その直後、なんと社長から「私にできることがあったら、何でも言ってください」というような内容のメールが届きました。「えー! うそー! 社長からメール来たー!」と、ものすごく驚きましたね(笑)。

    せっかくの機会なので「時短勤務にもフレックスタイム制を適用していただきたいです」と、しっかり要望を伝えました。その後、社長は関係各所に対していろんな働きかけをし、わずか半年で実現してくださいました。多くの人が望みつつ、ずっと導入されなかった制度が、わずか半年で導入されたのです。「社長! ありがとうございます〜!」と感謝しましたね。

    南家:出産後、仕事に復帰し、少しずつ仲間を増やし、コミュニティをつくり、タスクフォースに参加し、CEDECで登壇もして、という鈴木さんの粘り強い行動が、社長の行動を促し、変化につながったのしょうね。

    鈴木:社長は、多くのワーキングマザーがこの制度の導入を望んでいたことを以前からご存じだったそうです。たくさんの声が積み重さなり、機が熟し、変化が起こったのだと思います。

    南家:「開発職にも在宅でのリモートワークを認めてほしい」という意見の方はどうなりましたか? コロナ禍の影響で、今では多くのゲーム会社が認めるようになっていますが、当時はそうじゃなかったわけですよね?

    鈴木:在宅でのリモートワークのテストは実施されました。ただ「開発職のリモートワークは無理だろう」「環境を整えられない」という意見が多かったですね。それでも「月1回でもいいから、テストさせてください」とお願いして、2018年の12月からやらせていただきました。当時、私の子供は小学校2年生でした。

    月1回のテストからスタートし、多くて月4回ほどでしたが、少しずつ回数を増やし、生産性などに問題がないか確認しました。私は復職後もフルタイムのフレックスタイム制、または裁量労働制で勤務してきましたが、リモートワークが可能になれば、フルタイムを維持しながら子供と長く接することができ、時間の融通もきくので、実現を望んでいましたね。

    南家:「無理だろう」という意見が多かった理由を教えていただけますか?

    鈴木:開発に使うツールの多くは社内での使用が前提になっていて、社外で使えるようにするためには、ライセンスやインフラなど、いろんな要件を見直す必要がありました。また、本来なら社内に留めておくべきデータを社外にもち出すとなると、セキュリティの面でもリスクが高くなります。データは社内に留めておき、社外からアクセスするという選択肢もありますが、ゲーム開発で扱うデータは容量が大きいので、できる作業が限られてしまうという問題がありました。

    先のような事情から、社内にいる場合と全く同じ業務をリモートワークでも実施できたわけではないので、テストの時点では、一部のデータだけを切り出して在宅環境にもっていって作業していました。あくまで暫定的な処置という前提だったんです。それでも「週1回、一部のデータだけを切り出して在宅で作業する程度であれば問題ない」ということは証明できました。けれど、当社には「在宅でのリモートワークは、子供が小学校3年生になるまで」というルールがあったんです(※4)。

    ※4 テスト期間を経て「育児・介護支援」を目的とした在宅勤務制度が会社に正式導入されました。ただ、育児短時間勤務も含めて「育児」と認定されるのが小学校3年生までの子供がいる家庭となっていたため、子供が小学校4年生になるとリモートワークが利用できなくなる状況でした。


    リモートワークを続けるうちに子供が3年生になり、進級後も制度を活用したかったので適用範囲の延長を何度か相談しましたが、社内規程をすぐに変更することが難しく、進展がない状況でした。そして、来月から4年生になるという2020年3月、コロナ禍の影響で小学校が一斉休校になったのです。この時点では緊急事態宣言が発令されておらず、会社は通常勤務の状態で、私は週1回のリモートワーク中でした。

    南家:突然の一斉休校は、小学生のいるご家庭に深刻な影響を与えましたね。

    鈴木:はい。一斉休校に対応しなければいけない一方で、所属部署からは「リモートワークは生産性が下がるから、なるべく控えてほしい」と言われました(苦笑)。当時は、現在ほどリモートワーク環境が整っていなかったのです。小学校併設の学童保育も閉鎖になり、民間の学童保育で8時から19時まで預かってもらいました。夫婦交替で定時退社して迎えに行きましたが、連日長時間預けることになって、1ヶ月で15万円以上かかりました。経済面、体力面、精神面の全てにおいて本当にきつかったです。「この状態がずっと続いたらどうしよう......」と不安でたまりませんでした。

    南家:その状況はつらかったでしょうね。そんな中、2020年4月7日に7都道府県(東京・神奈川・埼玉・千葉・大阪・兵庫・福岡)で緊急事態宣言が出されました。その結果、在宅でのリモートワークが一気に推進された......というながれでしょうか?

    鈴木:はい。リモートワークを始めてから約1年半、一斉休校の開始から約1ヶ月のタイミングでした。しかも暫定的な処置ではなく、長期運用を前提にしての推進だったので驚きました。ITサポート担当の方々がものすごくがんばってくださり、インフラやセキュリティが強化されていきました。社外での使用を想定していなかった各種ツールも、全て社外で使えるように調整され、リモートワークの生産性はどんどん上がっていったんです。

    南家:鈴木さんの所属はアーケードゲーム開発チームなので、家庭用ゲームやスマホゲーム以上にリモートワークへの対応が難しかったのではないでしょうか?

    鈴木:実機(筐体)での確認が必要な場合は、今でも出社する必要がありますね。ただ、それ以外の業務の多くはリモートワークで対応できるようになりました。私たちのチームに限らず、ゲーム業界では「データ容量的にかなり重い」「セキュリティが厳しい」などの理由で社外にもち出せないものがあるので、苦労している方が多いと思います。

    ただ、当社にはアグレッシブなプログラマーがいて「自宅PCからでも、社内PCを経由すれば実機にアクセスできるはず」と言って、実機のリモート操作に無理やり取り組んでいました(笑)。こんな状況であっても、開発メンバーはいろんなアイデアを出し合って、前向きに行動していますね。

    南家:コロナ禍であっても、ポジティブにアイデアを出し合う開発メンバーの存在は本当に頼もしいですね。また結果として、お子さんが小学校4年生になった現在も、在宅でのリモートワークが続いているわけですよね?

    鈴木:はい! 子供が小学校から帰宅して、宿題に取り組んでいる様子をそっと見守りながら働けるので、本当に助かっています。塾や習い事の送迎、小学校の面談やPTAの当番などにも離席して対応できます。おかげで、世に言う「小4の壁」も乗り越えられそうです。この経験を通して、在宅でのリモートワークによって、ワークライフバランスが整うことを強く実感しています。



    前篇は以上です。後篇の公開は、2021年6月以降を予定しております。

    プロフィール

    • 南家 真紀子
      アニメーションアーティスト

      アニメーションに関わるいろいろな仕事をしているフリーランスのアーティストで、3人の息子をもつ親でもあります。
      〈仕事内容〉企画/デザイン/アート/絵コンテ/ディレクション/手描きアニメーション。アニメーションとデザインに関わるいろいろ。
      makiko-nanke.mystrikingly.com

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