バンダイナムコスタジオ(以下、BNS)が生み出してきた数多くのキャラクター。その中でも異色の存在であるミライ小町は、どんなプロセスでつくられていったのか、現場の声を全2回に分けてお届けします(PART 2はこちら)。
※本記事は月刊『CGWORLD + digital video』vol.269(2021年1月号)掲載の「キャラつく!ミライ小町 PART 1」を再編集したものです。
INTERVIEW & TEXT_安堂ひろゆき / Hiroyuki Ando(フライトユニット)
EDIT_尾形美幸 / Miyuki Ogata(CGWORLD)
みなさんの技術と創作活動をミライ小町が応援します!
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ミライ小町
バンダイナムコスタジオのゲーム開発技術や未来に向けた技術研究を紹介するために生まれたオリジナルキャラクター。技術と共に世界中の人たちを笑顔にしたいと願う未来型アイドル。ときどきボーカロイド。テクノロジー、ネコ、ニンジンが好き。
公式サイト:www.miraikomachi.com
※公式サイト内から、3Dモデルデータ(Unityプロジェクト・Blenderプロジェクト・VRM形式・MMD形式)をダウンロードできます。 『ミライ』 MV:youtu.be/0dlAbHms4rc
左から、アートディレクター・渡邉良子氏、リードアーティスト・阿部貴之氏、アーティスト・KS氏(以上、バンダイナムコスタジオ)
※本記事の取材は、ビデオ会議システムを使って実施しました
社内コンペで垣根を超えてデザインを募る
安堂ひろゆき(以下、安堂):まずは自己紹介をお願いします。
渡邉良子氏(以下、渡邉):アートディレクションや管理業務をやっており、『アイドルマスター』(以下、『アイマス』)シリーズなどに関わってきました。ミライ小町の企画が立ち上がったのは2016年で、当時はビジュアルアート(以下、VA)というアーティストを集めたセクションに所属していたんです。技術本部から「技術研究に使えるキャラクターをつくってくれないか」という相談があり、VA内で検討することにしました。
阿部貴之氏(以下、阿部):現在は『アイドルマスター ミリオンライブ! シアターデイズ』(スマホアプリ/以下、『ミリシタ』)のキャラクター班のリーダーをしています。その前は『アイドルマスター プラチナスターズ』や『アイドルマスター ステラステージ』(共にPS4)に関わっていました。
KS氏(以下、KS):BNSに入社したのは3年ほど前で、VAに所属して間もない頃にミライ小町のモデリングを阿部からふってもらいました。入社前はキャラクターモデラーとしてCG映像の会社に勤務していました。
渡邉:当時のKSは、新人に近い状態でしたね。ミライ小町のプロジェクトは「タイトルの垣根を超えて、VA内の適性のある人にやってもらおう」という感じだったので、新人研修を兼ねてKSにやってもらいました。
安堂:デザインは、社内コンペで決めたそうですね。
渡邉:はい。絵の方向性を決める前に、キャラクターデザインとしての特徴や、記号的なところを押さえておきたかったので、2Dアーティスト以外、例えばモデラーなどからも広く募りました。「BNSを象徴するキャラクターを描いてください」と依頼して、40点くらい集まりました。
▲コンペで集まったデザイン画の数々
安堂:カラーリングがBNSのコーポレートカラーになっていますね。
渡邉:技術研究から会社説明会のスライドまで、幅広く使えるキャラクターにしたいという要望があったので、コーポレートカラーの使用を推奨していました。さらに「女性キャラクターで、ボーカロイドとしても展開します」とも伝えました。当時活躍していたボーカロイドの影響を受けて、未来感のあるデザインが多く上がってきましたね。
安堂:普段のゲーム制作とのちがいはありましたか?
渡邉:普段のキャラクターデザインだと、もうちょっと細かく設定が決まっています。各タイトルのプロジェクト内で閉じていることが多いので、ここまで広範囲を対象にしたコンペは初めての試みでもありました。普段はタイトルごとの絵の方向性に縛られてしまうので、各アーティストがもっている絵の幅やスキルが見えにくくて、長らくそのタイトルをやっていると「そういう画風の人なんだ」と思われがちです。このコンペ以降、ここまでの規模ではないですが、コンペ形式でアイデアを募る機会は増えました。そうすると各々のポートフォリオが充実して、「この人は、ここまでのキャラクターデザインができる人なんだ」というのがわかってくるので、次のアート案件に抜擢するときに役立つんです。
▲選考された2点。【左】は前髪が短くモードな印象だったため、意見が割れた。最終的に【右】の羽のような髪型と組み合わせ、後述のデザイン画がつくられた
安堂:デザインが決まってから三面図は起こしましたか?
渡邉:いいえ。KSには、正面と背面のデザイン画だけを渡しました。
KS:造形しながら整合性をとっていこうと決めていたので、頭部の正面図のみ新規に起こしました。ミライ小町の大切な特徴である羽のような髪型、万人に愛される顔、優しそうな丸目などは、渡邉や阿部の要望を聞きながら正面図に反映させ、立体化していきました。
▲【左】ミライ小町のデザイン画/【右】モデリングに着手する前にKS氏が新規に起こした頭部の正面図
渡邉:デザイン画の丸写しでつくっても仕方ないので「3Dモデルとして魅力的に見えれば良いです」という感じで進めてもらいました。
安堂:ほかのプロジェクトでは三面図を起こしますか?
渡邉:私は背面のデザインやねらいがわからない部分だけ描き足せばいいと思っています。担当した『アイマス』シリーズのスタッフはほぼ社内メンバーで構成されていたので、基本的にきっちりとはつくりませんでした。
阿部:『ミリシタ』だと、側面図がないと問題が起きやすいので「あくまでも参考程度にしてください」という順位付けで用意してもらっています。
渡邉:3Dモデルとして魅力的に見えるようにしてほしいし、モデラーの自由度を上げたいので、私が関わるプロジェクトではデザイン画はあえて必要最低限の情報にすることも多いですが、プロジェクトによりけりですね。
安堂:デザイン画以外の資料はなかったのでしょうか?
渡邉:キービジュアル1点と、広報用イラスト2点もありました。ボーカロイドのパッケージ用の絵が必要だったこともあり、キービジュアルは多くの案件やタイトルで活躍中の2Dアーティストの小林くるみにお願いしました。そのおかげで、またちがった雰囲気が出てきましたね。
▲モデリングの参考にした広報用イラスト2点。ミライ小町は様々な用途で展開することを想定していたため、お披露目当初から、あえて画風の異なるアーティストにイラストを描いてもらっていた
▲小林くるみ氏によるキービジュアル。3Dモデルの頭身や肉感はこの絵を模して造形された
「こんなに少ないポリゴンで良いんですか?」
安堂:モデリングに使ったツールで、特殊なものはありますか?
阿部:輪郭線の表示には反転押し出し方式を採用しており、3Dモデルのあり方によってはラインが綺麗に出ないという弱点があります。それをカバーできる内製ツールをPS4の『アイマス』に携わっていたときに開発しており、ミライ小町にも使いました。頂点カラーの明度を基にラインの出し方を整理しており、ほぼ自動で手描きの線のようなブレや入り抜きを表現できます。
▲ミライ小町の頂点カラー。頂点カラーの明度を基にラインの凹凸具合をコントロールしており、黒は輪郭線を出さない、白は輪郭線を出す設定になっている。【右】ではワイヤーフレームも表示している
▲頂点カラーによるコントロールがない状態
▲コントロールがある状態。何もコントロールしていないときは、輪郭線が汚く途切れたり、意図しない部分に不必要な輪郭線が発生したりする。3Dモデルの谷になっている部分や、輪郭線が発生してほしくない部分に黒の頂点カラーを入れると、輪郭線の出方が整理され、クオリティを上げることができる。また、全体的に白黒をランダムに散りばめることで、手描きの線のようなブレを表現している
安堂:テクスチャはどうやってつくりましたか?
阿部:基本的にPhotoshopによる手描きです。髪のグラデーションをMayaでつくろうとすると、グラデーションのモデルをつくってからベイクしないといけないので、3D-CoatとPhotoshopを連動させ、リアルタイムに結果を確認しながらつくりました。
▲髪の【左】前面と【右】背面のテクスチャ。3D-CoatとPhotoshopを連動させ、グラデーションを表現した
安堂:関節まわりのポリゴンの割りが綺麗ですね。ほかのプロジェクトのノウハウが活かされているのでしょうか?
阿部:そこはKSのがんばりですね。
KS:今見ると割りすぎですね。入社前はCG映像をつくっていて、Subdivision Surfacesが使えたので、少ない割りで滑らかな曲線を表現できました。ミライ小町をつくっていた当時は「滑らかにしなければ」という強迫観念があって、必要以上に割ってしまいました。
渡邉:映像出身あるあるですね(笑)。
阿部:「こんなに少ないポリゴンで良いんですか?」と絶対聞かれる(笑)。
KS:映像とゲームでは、求められているところがちがいますね。
安堂:つくるにあたり、重宝した機能はありましたか?
KS:Mayaの[MeshTools→Insert Edge Loop Tool]で、「Insert with edge flow」のチェックを入れると、両隣のエッジの曲率を考慮したカーブをつくってくれるので重宝しました。
阿部:昔は手作業でカーブをつくっていましたが、ほぼ一発で意図したカーブができるようになったので、特に髪の毛で多用しましたね。
安堂:ルックはどのように決まっていった感じでしょうか?
阿部:最初はトゥーンシェーディングにしたいと考えていたので、ユニティちゃんトゥーンシェーダーでつくれるルックにするつもりでしたが(最終的にはMToonを使用)、KSから上がってきたのはテクスチャでふわっとした陰影を入れたルックでした。トゥーンの特徴は陰影情報を間引くことですが、上手に制御しないと低いクオリティに見られることが多いです。KSのルックはすごく上手にできていたので「これも良いかな」と。
渡邉:トゥーンだと、人物の存在感、実体感みたいなものが消えちゃう瞬間があるんです。そういう感じを上手く残しながら、よくまとめてくれたなと思っています。
安堂:ダウンロードできる3DモデルはTスタンスですが、KSさんの作業画面だとAスタンスですね。どちらが良いか、好みはありますか?
▲ウェイト調整時の作業画面。モデリングからリギングまで、全ての作業がAスタンスの状態で行われた
KS:BNSに入社したらTスタンスばかりで、びっくりしました。自分はAスタンス派で、その方がメリットが多いと思っています。
安堂:ミライ小町はAスタンスでつくって、ダウンロード用はTスタンスにしたわけですか?
KS:そうです。Tスタンスの姿勢や、手を挙げる動作は、通常の生活ではそんなにやらないですよね。Aスタンスの方が自然な姿勢なので、そのときに綺麗に見える割り方をしておきたいんです。Tスタンスで、体の構造や肩の動きを理解せずにつくると、すごくなで肩の3Dモデルができあがったりするので、個人的にはAスタンスでつくった方が、最終アウトプットが良くなると思っています。
阿部:Tスタンスだと、腕を上にも下にもそれなりに良い形のまま動かせるので、タイトル次第かなと思います。セットアップやモーションの都合によっても変わりますね。BNSでは長年Tスタンスでつくってきた人の方が多いです。モーションキャプチャを使う場合は、Tスタンスの方が都合が良いですし。
安堂:KSさんが3Dモデルをつくり始めてから、阿部さんにOKをもらうまでにどのくらいかかりましたか?
KS:だいたい2ヶ月くらいですね。キービジュアル、広報用イラスト、渡邉や阿部の要望など、数多ある情報の中からミライ小町という概念をすくい上げ、立体化させました。絵の方向性がバラバラだったこともあり、けっこう大変でしたね。人体の資料、アニメ系の3Dキャラクター、人気のVTuberなど、自分の頭の中になかった情報もかき集めながら作成していきました。造形時に意識したのは、デザイン画に描かれた特徴的なシルエットを強調することです。それによって、より魅力的になりますし、そのキャラクターだと判別できる要因のひとつになり得るので、メリットが多いです。
安堂:苦労した点は、ポリゴン数を増やしすぎたことでしょうか?
KS:はい。ポリゴンのカクカク感を消したいと思ってつくっていたら、すごく増えてしまい、ウェイト調整が大変でした(笑)。シルエットを微調整するときにも頂点が多いと制御が大変なので、少ないポリゴンでおおまかなシルエットをつくるべきでした。ポリゴン数の少ない3Dモデルを別途用意して、そこでウェイト調整をして、ポリゴン数の多い3Dモデルに転写するやり方もあるので、それを試せば良かったのかもしれません。
安堂:キャラクターの3Dモデルをつくるとき、素体というか、頭身バランスをイチから起こしていくのは大変だと思います。何かベースになったものはありましたか?
渡邉:特にベースはなく、今回はキービジュアルの頭身や、肉感的な形に合わせていきました。最初は太ももや腕の太さが若干合っていなかったので、地道に合わせながらバランスをとってもらいました。
安堂:BNSのモデラーが素体からキャラクターをつくる場合、どれくらいの期間を想定していますか?
渡邉:何もない状態からであれば、2〜2ヶ月半くらい幅をもたせておきます。
阿部:ベテランだと1ヶ月半くらい。KSは当時新人だったので、いろいろありました。
渡邉:特に顔はどこから見てもバランスの良い形にしないといけないので、詰め始めると時間がかかるだろうと思います。
阿部:思っていた以上にKSが優秀だったので、そんなに造形は困らなかったです。ただ、ウェイト調整は不慣れだったので、むちゃくちゃ困っていました。最初からポリゴン数が多いと手こずるので、学生さんはローポリから始めることをオススメします。その方がゴールが近くなります。
安堂:モデラーがウェイト調整まで担当することが多いのですか?
阿部:そうですね。BNSではほぼモデラーがやりますね。ウェイトまでやってから、アニメーターに渡します。
安堂:KSさんがCG映像をつくっていたときは、別の方がウェイトを担当していたのでしょうか?
KS:リグの専門部署があり、ジョイントもウェイトもやってくれました。
渡邉:BNSでも、シンガポールスタジオではリガーに任せているそうです。海外スタジオでは、そういう分業の方が多いのかもしれませんね。
▲社内ライブラリには有志のアニメーターによってつくられたミライ小町のポーズ集が格納されており、広報をはじめ、様々な用途で活用されている。可愛いポーズはもちろん、アクロバチックなポーズもあるのがBNSらしい遊び心だ
インタビューを終えて
- ミライ小町のプロジェクトが発端となり、コンペ形式でアイデアを募る機会が増え、各アーティストのポートフォリオが充実し、次のアート案件での抜擢につながっているという話は非常に興味深かったです。BNSでは、個人の創作物の展示会や、プラモデルの塗装ブースなどもあり、各々の創作意欲を発掘・紹介しようとする社風があるようです。ウェイト調整をモデラーがやるのか、分業化するかは難しい課題ですが、KSさんは苦労してやり遂げた結果、その後の仕事がより良いものになったとのこと。特に初学者は自分で全工程をやってみることを勧めたいと阿部さんは語っていました。今回はあえてメッシュをほとんど掲載せず、制作過程を中心に紹介しました。ミライ小町の3Dモデルデータは公式サイトからダウンロードできるので、ぜひご自分で確かめてみてください。
▲ミライ小町 公式サイト用イラスト。月替わりで新作が公開されており、BNSのアーティストたちの中から希望者を募ったり、渡邉氏が声をかけたりするなどして、様々な画風の人に参加を呼びかけている
PART 2ではミライ小町のMV制作にスポットを当てます。
©ミライ小町プロジェクト
info.
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月刊『CGWORLD + digital video』vol.269(2021年1月号)
第1特集:Unreal Engine ここが好き!
第2特集:映画『STAND BY ME ドラえもん 2』
定価:1,540円(税込)
判型:A4ワイド
総ページ数:112
発売日:2020年12月10日
cgworld.jp/magazine/cgw269.html