Walt Disney Animation Studiosのアニメーターであり、オンラインスクール「AnimationAid」(以下、アニメーションエイド)の講師、そしてCGWORLDの編集長でもある若杉 遼氏がTwitter上でお題に沿ったポーズ画を募集する「アニメーションエイド ポーズ宿題」。企画で集まった作品を若杉氏がドローオーバーで添削し、ポイントを解説してきた本連載は今回で最終回となる。
「アニメーションエイド ポーズ宿題」とは?
こんにちは、海外で働くCGアニメーター兼CGW.jp編集長の若杉(@ryowaks)です。
本連載では「お題に沿ったポーズをつくる」という課題に提出された作品を添削し、その内容を解説しています。お題として設定されるのはサブテキスト(ポーズから伝わってくる言葉)で、最終回となる今回のお題は「やったか!?」です。
以下の3つのポイントを考えながら、作品と添削内容を見ていきましょう。
①キャラクター(性格、年齢、性別など)
②コンテキスト(状況、話の流れ、時間経過など)
③サブテキスト(キャラクターの心の声など)
今回のお題について
これまで連載してきた「ポーズ宿題」のCGW.jpの連載は今月で最後になります。最後ということなので、これまでのまとめとして、一番大切な点の復習をしましょう。
お題として選んだのは、「やったか!?」というサブテキストと下画像の作例です。シンプルなセットながら状況がしっかりと伝わるポーズになっていて、表情も魅力的でとてもよかったと思います。
しかし一番大切な点、ということで、どうしても「緊張と緩和」の話は避けて通れません。
提出作品『やったか!?』
ポーズの正解と不正解
ポーズをつくるというのは、イラストレーションやアニメーションにおいてとても基本的なことである一方、「良いポーズとは何か?」と聞かれると答えに困ってしまうことも多いのではないでしょうか? そこでこれまでの連載では、正解があやふやになってしまいがちなポーズをつくるコツを、言語化して順序立てて説明してきました。
ただ単純に「こうすればカッコよくなる!」や「可愛くなる!」というような小手先の技ではなく「何をどうすれば、どういう印象がつくれるのか?」という本質を理解することで、あらゆる状況やストーリー、仕事で柔軟に対応することができるようになります。
ポーズの緊張と緩和の意味
僕の場合、ポーズづくりは「緊張と緩和」からはじまります。「緊張と緩和」についてはこの連載でも何度も登場していますし、クラスでも必ず触れる内容です。何回話しても深掘りできる、それほどポーズをつくる上で基盤となる、とても重要なコンセプトだからです。
なぜそこまで「緊張と緩和」が大事かという話をこれからします。
そもそも「緊張と緩和」というのは、シンプルに「力が入っているかどうか?」ということです。「緊張と緩和」がどうこうと言うよりも、ポーズをつくる上でこの「力が入っているかどうか?」というポイントがかなり重要になってきます。
なぜ大事かというのを、アニメーションにおける以下の2つのジャンルに分けてお話します。
①アクションシーン
②アクティング(演技)シーン
アクションシーンの緊張と緩和
どんな作品でも良いので、アニメーション映画のアクションシーンを思い浮かべてみてください。例えば、キャラクターが走ってジャンプして、反対側のビルに飛び移る……というシーンでも良いです。アクションが起こるそれぞれのポイントで、キャラクターは全身に力を入れたようなポーズ(ポスターにのるようなかっこいいポーズ)になると思います。
力強く走っている瞬間、ジャンプする前に予備動作でしゃがむ動き、大ジャンプで地面を強く蹴る瞬間、ビルに飛び移って掴む動き。
このそれぞれの瞬間にしっかりと力の入ったポーズをつくることで、アクションに勢いや迫力が生まれます。中級者のアニメーターで、ある程度キャラクターの動きはできるけど何か勢いが足りない……と感じてしまう方は、ほとんどの場合この力が入るべき時に、力が入っていないように見える場合が多いです。
いつも話していますが、力の入ったポーズのポイントは以下の3つです。
①眉毛
②肩
③指
アクションシーンで全身が映るようなショットの場合は、特に②の肩に注意しましょう。また、肩というのは、肩周辺のシルエットを含めて肩の上下の動きを意識するべきなので、場合によっては首の角度や長さにも気を配ることで、理想的なシルエットをつくることができます。
もう1つ、アクションシーンにおける緊張と緩和で覚えておいて欲しいことがあります。それは、アニメーションに限らず映像の基本的な原則は常に「コントラスト」になる、という点です。
これは力が入っているポーズを見せるためには、力が入っていないポーズも大事になってくるということです。「緊張と緩和」の話をすると、半分半分くらいで緊張と緩和のポーズが入ってくるような印象をもってしまいがちですが、感覚としては、80〜90%くらいが緩和(力が抜けている)で、残りが緊張(力が入っている)です。
つまり、実質そこまで緊張の部分は多くないので、だからこそ、この緊張のポーズでバチッとポーズを決めることがとても重要なわけです。この緊張のポーズの達成度でショット全体の印象も大きく変わってきます。
アクティングシーンの緊張と緩和
「緊張と緩和」というのは単にアクションシーンにおける「力が入っているかどうか?」だけではありません。むしろ個人的には、このアクティングシーンにおける「緊張と緩和」の活用の方が、よりアニメーションにおいて力を発揮すると思っています。
アクティング、つまり演技と「緊張と緩和」はどのようにつながっているかというと、ほとんどの人は感情の種類と関わりがあると思ってしまうようです。例えば、「怒っている」という感情では、力が入っているから緊張、「喜んでいる」という感情ではリラックスしているから緩和というようなイメージです。
これは、実は間違いです。「緊張と緩和」は感情の種類と関わりがあるのでなく、感情の強度と関わりがあります。
イライラくらいの弱い怒り方であれば、怒っていても緩和寄りになりますし、逆に最高にハッピーな状況であれば、嬉しすぎて叫んだりするため、幸せで緊張も十分ありえるのです。
つまり、どんな感情にも強度があり、「緊張と緩和」を使うことによって感情の強さを表現できるということです。これが演技の観点から見ると本当に強力な武器になります。なぜなら、例えば怒っているというひとつの感情でも、単純に眉毛を釣り上げて、口角を下げればどんな怒っているシチュエーションにも対応できる……なんてことはないですよね。
同じ怒るという感情でも「なぜ怒っているのか?」によって、その怒りの感情の強さは大きく変わってきます。
友達と待ち合わせをして、5分遅れて来た場合と30分遅れて来た場合で、怒りの強さは違うはずですよね。
とても強力な武器になるのですが、考え方は至ってシンプルです。アクションと同じく、眉毛、肩、指のポーズを中心に、
力が入っている(緊張)=強い感情
力が抜けている(緩和)=弱い感情
ということです。
アクティングシーン 補足①演技の考え方
もちろん、感情による緊張と緩和は、キャラクターの性格やどのような話のながれなのか、などの要素によっても変わってきます。ここで少し「緊張と緩和」の話から脇道に逸れるのですが、とても大切な、演技の根本的な考え方に影響してくる部分に触れておきます。
例えば先程の例で、「緊張と緩和」を使って怒り具合をコントロールできる、という話をしたのですが、キャラクターがとても温厚な性格であれば、5分でも30分でもそんなに怒ったりしなさそうですよね。ということで、演技という観点からも精確に「緊張と緩和」を使って感情の強度を決めるときには、以下の3つの要素を考えてみてください。
①キャラクター(キャラクターの性格、年齢や家族、性別など)
②コンテキスト(話のながれ、どのような場所なのか、感情のながれなど)
③サブテキスト(キャラクターの心情や本心、考えていることなど)
最低限この3つを抑えておくことで、しっかりとした土台の演技を考えることができます。例えば演技のアニメーションをつくるときには、自分で動画を撮り、リファレンスとして使ったりします。そんなときにも、自分で動くときは、この3つの点がしっかり動きから伝わるかを確認することで、良い演技になっているかの指標にできます。
アクティングシーン 補足②表情の緊張
アクティングシーンの場合でも、「緊張と緩和」を表現するために、肩、眉毛、指のポーズに気をつけてほしいのですが、アクティングの場合は中でも表情が重要になってきます。つまり、眉毛の動きがとても大切ということです。ただし、ひとつ気をつけて欲しいことがあります。力を入れるということは筋肉の動きなので、ゴムのように……
①内側への力の入り方(輪ゴムを引いて内側へ戻ろうとするような力)
②外側への力の入り方(ゴムボールを潰して外側へ戻ろうとするような力)
この2つの力の方向を意識しましょう。
つまり、同じ緊張(力が入っている)状態でも、内側への緊張と外側への緊張の両方があるということです。感情が強い場合など、緊張にしたいときに内側と外側のどちらを使えば良いのかというと、僕の場合は、キャラクターデザインと前後のポーズのながれによって決めています。
キャラクターデザイン的に、特に小さい子供のキャラクターなどは目が大きい場合が多いので、緊張にするとき目を細めるような内側への力の入り方を選んでしまうと、魅力的にポーズをつくるのがとても難しくなってしまいます。そのため、どうしても外側への力の入り方の緊張を選んでしまいがちです。
ポーズのながれ、についても説明します。先程も触れた通り、アニメーションの原則は「コントラスト」です。なので例えば、ショットの後半でキャラクターが突然、激怒するような演技がある場合、その前のポーズで眉毛の位置が低ければ、激怒したときには外側へ広がるようなデザインにした方が、シンプルに動きの量が大きくなるので、よりコントラストが強くなり、ビジュアル的に変化が分かりやすくなります。
もちろん、コントラストは常に強ければ良いというわけではないので、あえてコントラストを低くし、目立たなくさせるほうが良い場合もあります。
<添削前のポーズ>
<添削ノート>
冒頭でもお話した通り、CGW.jpの連載としては今回が最後になります。なので、お話してきた中で、個人的に最も大事にしている「緊張と緩和」について改めて深掘りして、演技という観点からもどのように使えば良いのか、解説しました。
アニメーションでは、大きく分けて「ポーズの技術」と「タイミングの技術」が求められます。タイミングに関しては、どうしてもアニメーションをたくさんつくらないと身につかない部分が多いのですが、ポーズの方は、理論と知識によって成り立つ部分が多い印象です。また、ポーズに関してはアニメーションを触らなくても、例えばドローイングなど絵を描いたり日頃からできることで、簡単に上達することができます。
この連載をきっかけに、ポーズの勉強を始めたり、何か読者の皆さんに少しでもプラスになる知識を提供できていたら幸いです。
これまでご覧いただき、ありがとうございました。連載は一旦終了しますが、アニメーションエイドやCGWORLDでこれからも活動してまいりますので、どうぞよろしくお願いいたします。
「アニメーションエイド ポーズ宿題」について
オンラインスクール「アニメーションエイド」のクラス内で出している「ポーズをつくる」という課題を、Twitterでみんなでやってみようというとってもシンプルな企画です。
●参加方法とやり方
・毎週月曜日にTwitter(@ryowaks)でその週のお題を発表するので、そのお題に沿ったポーズをつくってみましょう。
・CGでつくった、もしくは絵で描いたポーズにハッシュタグ(#エイド宿題)をつけてTwitterに上げましょう
・ぜひハッシュタグで検索して、他の人がつくったポーズも見てみましょう。
●参考
・「アニメーションエイド ポーズ宿題(旧・エイド宿題)」とは?
https://ryowaks.com/what-is-aidshukudai/
・これまでのお題
https://ryowaks.com/category/aidshukudai/
若杉 遼/Ryo Wakasugi
2012年にサンフランシスコの美術大学Academy of Art Universityを卒業後、Pixar Animation StudiosにてCGアニメーターとしてキャリアを始める。2015年にサンフランシスコからカナダのバンクーバーに移り、現在はウォルトディズニーアニメーションスタジオに所属。CGアニメーターとしての仕事の傍ら、CGアニメーションに特化したオンラインスクール「AnimationAid」を創設、現在も運営のほか講師としてクラスも教えている。これまでに参加した作品は『アングリーバード』(2016)、『コウノトリ大作戦!』(2016)、『スマーフ スマーフェットと秘密の大冒険』(2017)、『絵文字の国のジーン』(2018)、『スモールフット』(2018)、『スパイダーマン:スパイダーバース』(2019)など
●若杉遼 ブログ わかすぎものがたり
ryowaks.com
●AnimationAid
animation-aid.com
TEXT_若杉 遼 / Ryo Wakasugi(Sony Pictures Imageworks)
EDIT_海老原朱里 / Akari Ebihara(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada