本連載では、CG映像制作におけるテクニカル系スタッフの仕事の現状と課題を、パイプライン開発の専門家である痴山紘史氏(日本CGサービス(JCGS)代表)が探っていく。第6回は少し方向性を変えて、2021年以来、3年ぶりに東京で開催されるSIGGRAPH Asia 2024にスポットを当てる。12月3日(火)〜6日(金)に東京国際フォーラムで開催される本イベントでは、世界各国から集結した研究者、エンジニア、アーティストと共に、CGとインタラクティブ技術の最前線を体感できる。

以降では、SIGGRAPH Asia 2024のローカルコミッティーを務める五十嵐 悠紀先生(お茶の水女子大学)と、Real-Time Live! チェアを務める手島孝人氏(ポリフォニー・デジタル)へのインタビューを通して、本イベントの楽しみ方を紹介する。特に、まだSIGGRAPHに参加したことがない学生や、CGプロダクションなどで働くエンジニア、およびアーティスト向けの情報を深掘りするので、ぜひ活用してほしい。

記事の目次

    五十嵐先生と、手島氏の自己紹介

    五十嵐 悠紀先生(以下、五十嵐):私の専門分野はCGやヒューマンコンピュータインタラクション(HCI)です。私の趣味でもある、ぬいぐるみ、あみぐるみ、ビーズ細工の制作と、CGやHCI技術を組み合わせることで、子供や手芸の専門知識がない人でも簡単に作品制作ができるようになるソフトウェアなどの研究開発を行なっています。

    手島孝人氏(以下、手島):前職では、Pixar Animation StudiosでOpenSubdivやOpenUSDの開発に携わっていました。その縁で、最近は本業のゲーム開発の傍ら、OpenUSDの標準化と、CG映像業界への普及活動にも従事しています。

    そもそも、SIGGRAPHとは何なのか?

    五十嵐:SIGGRAPHは、Special Interest Group on Computer GRAPHics and Interactive Techniquesの略称で、1974年に始まった歴史ある国際会議です。CGとインタラクティブ技術に関する最新の研究や技術が発表される場であり、研究者に加え、CGプロダクションやゲーム会社に勤務するエンジニア、アーティスト、CGを仕事にしたい学生など、多様なバックグラウンドをもつ人々が集まります。国際会議というとお堅い場所のようなイメージをもたれがちですが、SIGGRAPHにはCGとインタラクティブ技術に興味がある多様な人々が世界中から集まる祭典という側面もあるのです。

    手島:SIGGRAPHはTechnical Papers(技術論文)を発表する学会として始まり、今もその要素は大事にされています。しかし私はそもそも研究者ではなく、ゲーム開発者として2000年代初頭に初めてSIGGRAPHに参加し、毎年発表される論文を追いかけることで技術トレンドの推移を把握してきました。SIGGRAPHには、私のようなエンターテインメント業界のコンテンツ制作者も数多く参加しており、そういう人々が、業界外の研究者と交流できる場所でもあると思っています。

    Real-Time Live! の見どころ

    手島:SIGGRAPH Asia 2024のReal-Time Live! は非常に盛り上がっており、応募数は例年の約5倍に達したので、非常にハイレベルなデモンストレーションが期待できます。チェアを引き受けたときには応募が集まるか不安だったのですが、逆に選考が大変すぎて困りました(笑)。

    Real-Time Live! はその名の通りリアルタイムのデモンストレーションが求められるので技術的な難易度は高いのですが、それだけに成功したときのインパクトは絶大です。現地でその迫力を体感してほしいですね。例年同様、最終日である12月6日(金)の午後4時に開催するので、SIGGRAPH Asia全体の打ち上げのようなムードでワーッ!!と盛り上がりたいと思っています。選りすぐった11本のデモンストレーションをお届けするので、ご期待ください。

    7月28日〜8月1日にアメリカのデンバーで開催されたSIGGRAPH 2024にも私は参加しており、Real-Time Live! は非常に盛り上がっていましたね。Best of Showを獲得した ”Mesh Mortal Combat: Real-Time Voxelized Soft-Body Destruction” や、Pre-Showでのパペットと人間のやり取りはすごく楽しかったです。

    SIGGRAPH 2024のReal-Time Live! の様子

    ”Mesh Mortal Combat: Real-Time Voxelized Soft-Body Destruction” を発表し、Best of Showを獲得したPurdue UniversityのTim McGraw氏。ボクセル化されたメッシュを用いたソフトボディ破壊のためのリアルタイムシミュレーションと、レンダリング方法を紹介した
    ▲Real-Time Live! の発表者らによる集合写真。背後のスクリーンにはPre-Showに登場したパペットも映っている
    ▲フランス国立科学研究センター(CNRS)のDávid Maruscsák氏らによる、”Phases: Augmenting a Live Audio-Visual Performance with AR” の発表の様子。ドラム演奏とARを組み合わせた、ライブステージパフォーマンスを披露した

    ▲Microsoftによる、”AI in mixed reality - Copilot on HoloLens” の発表の様子。MRとAIを組み合わせることで業務を変革する、ヒューマン・ファーストのインターフェイスを紹介した

    ▲SIGGRAPH 2024 Real-Time Live! の録画映像。NVIDIAによる ”GenUSD: 3D scene generation made easy” という発表(30:30あたりから開始)での、リアルタイムAI生成技術に筆者は驚かされた。プロンプトで指示するだけでオブジェクトやHDRIが生成され、シーンのレイアウトまでできる様子は圧巻だった

    五十嵐:SIGGRAPH Asia 2024はオンライン配信がないので、体験するためには現地に足を運ぶ必要があります。オンラインでの体験と、現地での体験は全然ちがうのですよね。現地に行けば、最新のCG技術や作品を目の前で見ることができ、その研究者や開発者と直接対話することも可能です。現地の雰囲気や、参加者の熱気を肌で感じることは、ご自身の進学・就職活動・仕事などの良い刺激になるでしょう。

    初心者のための、SIGGRAPH Asia 2024の歩き方

    五十嵐:SIGGRAPHに初めて参加する方は、会場がとても広く、盛りだくさんのセッションや展示がある中で、何から見れば良いのかわからなくなると思います。その場合は、初日の12月3日(火)午後1時からBirds of a Feather(以下、BoF)として実施される、”Tips for First-Time Attendees. Perfect Guide to SIGGRAPH Asia 2024” と題した日本語セッションに参加することをオススメします。ローカルコミッティ・チェアで、シーグラフ東京の委員長でもある安藤幸央さんが、SIGGRAPH Asia 2024の全体像や、効率的な回り方、注目すべきセッションなどを詳しく紹介してくれます。

    SIGGRAPH初心者の方は、周囲の参加者は皆SIGGRAPHの歩き方やCGのことを熟知しており、自分だけが知らないと思いがちですが、実はSIGGRAPH参加者の約3割が学生で、初参加者も数多く含まれているのです。特に先程ご紹介したBoFには初参加者がたくさん集まるので、気後れせずに参加して、初心者同士が仲良くなる機会にしてください。

    日本語でTechnical Paper(技術論文)を解説するBoF

    五十嵐:Technical Papersは、最新の研究成果をまとめた技術論文を発表する場なので、内容は高度ですし、発表や議論は英語で行われます。専門外の方にはハードルが高いですし、研究者であっても、実は専門分野以外のことは理解するのが難しいというケースはよくあります。SIGGRAPH Asia 2024では、各分野で活躍する日本人の研究者が、日本語で論文内容を解説する ”Digging into the Technical Papers(テクニカルペーパーを知る)” と題したBoFも、3日(火)〜6日(金)の午後4時30分から実施するので、ぜひご活用ください。その分野の研究者が、自身の感想を交えて解説してくれるので、その場でしか聞けない生の意見を楽しめます。

    手島:SIGGRAPHやSIGGRAPH Asiaに毎年参加して、Technical Papersで発表される論文を追いかけていると、1年先、2年先のゲーム開発現場で起こることを予想できるようになります。例えば、ある分野の論文がたくさん発表されていたら、多くの人が注目している分野だから、今後活性化する可能性が高いとわかります。そういった情報を、効率良く、肌で感じられることがSIGGRAPHに参加する一番大きなメリットです。それを日本語で解説してくれるBoFは、すごく貴重な場だと思います。

    SIGGRAPH Asia 2023の様子

    • ▲SIGGRAPH Asia 2023の、会場でのレジストレーションの様子。2023年12月12日〜15日にオーストラリアのシドニー国際会議場で開催された
    • ▲マスコットキャラクターと一緒に記念撮影する手島氏
    ▲Exhibition(展示会)での、フォーラムエイトのブースの様子。SIGGRAPH Asia 2024ではプラチナスポンサーとして出展する
    ▲同じくExhibitionのIndustrial Light & Magicのブース。運が良ければ、リクルーターがその場でデモリールやポートフォリオを見てくれる
    ▲Technical Papers Fast-Forwardの様子。SIGGRAPHやSIGGRAPH Asiaの初日に開催される恒例のセッションで、会期中に発表される全ての論文の要点を、講演者自身が短時間でプレゼンテーションしていく
    ▲Postersの様子。研究成果をまとめたポスターが会期中を通して掲示される。若い研究者にとっては、登竜門のような位置付けだ。執筆者自身がポスターの前でプレゼンテーションする時間帯(Posters Presentation)も設定されており、直接説明を聞くことができる

    初心者にはProduction Sessionもオススメ

    手島:Technical Papersの内容は最先端すぎて難しい、あるいは自分の仕事や勉強に結び付くイメージが湧かないという方には、Computer Animation FestivalのProduction Sessionがオススメです。著名な映像作品のワークフローや、そこで使われているCG技術を制作者自身が解説してくれます。「こういう技術があるから、こんな表現ができたのか」といった著名作品の舞台裏が見えてくると、研究意欲や制作意欲がさらに高まると思います。SIGGRAPH Asia 2024では、ドラマ『SHOGUN 将軍』のVFXを解説するセッションや、Wētā FXによる映画『エイリアン:ロムルス』のセッション、MAPPAのアニメーションのワークフローを解説するセッションなどが実施されます。

    五十嵐:Art GalleryではCGとインタラクティブ技術を用いたアート作品が展示されますし、Computer Animation FestivalのElectronic TheaterやAnimation Theaterでは映像作品が上映されます。テクノロジーだけでなく、世界各国の最先端のアートや映像作品を見る機会も得られて、その制作者に出会える可能性があることも、SIGGRAPHの大きな特徴だと思います。

    3年前に東京で開催されたSIGGRAPH Asia 2021のTalkステージでは、ゲーム会社やCGプロダクションのアーティストが1時間の制限時間内にアートを描き上げ、参加者からの質問にも答えるLive Drawing Performanceが実施されました。一流のアーティストが、どんなツールを使い、どんなテクニックを駆使しているのかを目の前で披露してくれるので、参加者の多くが食い入るように見入っていたのが印象的でした。まだ詳細は調整中ですが、SIGGRAPH Asia 2024でも、同様の素晴らしい刺激を受けられるセッションを多数企画しています。

    SIGGRAPH Asia 2021の様子

    • ▲SIGGRAPH Asia 2021の ”Digging into the Technical Papers(テクニカルペーパーを知る)” の様子。コロナ禍の影響で会場に足を運んだ参加者は少なかったにもかかわらず、連日満席になるほどの人気セッションだった
    • ▲Real-Time Live! の様子。この年は加藤 淳氏(産業技術総合研究所 主任研究員/アーチ 技術顧問)がチェアを務めた
    ▲Live Drawing Performanceの様子。バンダイナムコスタジオのアーティストが、ハイテンションな2名のサウンドスタッフを背後に『サバイバルクイズシティ』のアートを描き上げた
    ▲同じくスクウェア・エニックスのアーティストが、『ファイナルファンタジー』シリーズの名曲に合わせ、オーディンと王女を描き上げた

    就職・転職活動の機会でもある

    五十嵐:SIGGRAPH Asia 2024は、就職活動中の学生や転職を検討している方にとっても絶好の機会です。講演者や参加者の中にはCG映像業界の関係者が数多く含まれているので、交流を通して人脈を広げることができます。Exhibitionの企業ブースにいる方々の多くはその企業で働いているので、気になる企業があれば積極的に声をかけてみてください。企業は常に優秀な人材を探しているので、リクルーティング目的のブースでなくても、アピールする価値はあります。

    12月5日(木)、6日(金)には、学生、教員、プロフェッショナルが集うプロダクションミートアップを、ローカルコミッティーとCG-ARTSが共同開催します。リクルーティングを含めた産学交流の機会として、ぜひご活用ください。VFX・アニメ・ゲームなどの制作に携わる、様々な企業の、様々な職種のプロフェッショナルが参加するので、学生は自分が抱えている悩みや課題を相談したり、デモリールやポートフォリオを見てもらったりすることができます。希望者は3分程度のプレゼンテーションができる時間も設けられているので、ぜひ有効活用してください。

    パス(入場券)の選び方と費用

    五十嵐:SIGGRAPH Asia 2024には以下で紹介する4種類のパス(入場券)があるので、初めて参加する方は「どれを買えば良いの!?」と混乱するでしょう。自分の興味の範囲や、予算に合わせて選んでください。

    ・EXHIBIT & EXPERIENCE ACCESS
    参加可能なプログラム:Art Gallery 、Emerging Technologies、XR、BoF、Posters、Exhibition、Exhibitors Talksなど
    オススメ:初心者や学生、予算を抑えたい方

    ・ENHANCED ACCESS
    参加可能なプログラム:上記に加え、Real-Time Live!、Computer Animation Festivalなど
    オススメ:エンジニアやアーティスト、業界の最新動向を知りたい方

    ・FULL ACCESS
    参加可能なプログラム:全てのセッション
    オススメ:研究者、専門的な学習をしたい学生やプロフェッショナル

    ・FULL ACCESS SUPPORTER
    参加可能なプログラム:全てのセッション(優先アクセス付き)
    オススメ:研究者、専門的な学習をしたい学生やプロフェッショナル

    五十嵐:最も安いEXHIBIT & EXPERIENCE ACCESSは、12月2日(月)までなら3,750円で購入できます。Exhibitionに加えて、Emerging TechnologiesやXRといったデモ展示に参加できます。また、”Digging into the Technical Papers(テクニカルペーパーを知る)” や、プロダクションミートアップといったBoFにも参加できます。

    ただ、せっかくSIGGRAPHに参加するのであれば、Real-TimeLive!や、Computer Animation Festivalも楽しんでほしいです。これらも楽しみたい場合は、ENHANCED ACCESS以上のパスが必要で、12月2日(月)までなら75,000円です。

    Technical PapersやCoursesなどの、より専門的なセッションに参加したい場合はFULL ACCESS以上のパスが必要になります。学生であれば、ACM(Association for Computing Machinery)学会の学生会員になると(年額:$19)、12月2日(月)までは60,000円で購入でるので非常にお得です。学生以外の方も、ACM会員(年額:$99)は148,000円で購入できます。それ以外の金額の詳細はSIGGRAPH ASIA 2024の公式サイトをご覧になってください。

    手島:SIGGRAPHは、CGに興味がある人であれば、一度は見ておいてほしいイベントです。日本で開催されるSIGGRAPH Asiaは、アメリカまで行くのと比較すれば交通費も抑えられるので、良い機会だと思います。五十嵐先生のようなアカデミックの研究者と、僕のようなインダストリーの開発者の距離が近づく場所でもあるので、アカデミックとインダストリーの間に距離を感じている人には、きっと新鮮な出会いがあります。

    五十嵐:私たちが日常生活の中で目にする映画、TV番組、ゲームなどには、CGが多用されています。SIGGRAPHに参加すれば、改めてそれを実感できるでしょう。自分には関係ない、難しいことをやっている場所だと遠巻きに見るのではなく、ぜひ足を運んでみてください。その経験は、ご自身のキャリアの良い刺激になると思います。

    INFORMATION

    SIGGRAPH Asia 2024


    大会:2024年12月3日(火)~6日(金)
    展示会:2024年12月4日(水)~6日(金)
    会場:東京国際フォーラム(有楽町/オンサイトのみ)
    CGとインタラクティブ技術に関する国際会議と展示会。以下の公式サイトより、参加登録受付中。
    10%割引コード:SA24CGW

    asia.siggraph.org/2024/ja

    痴山紘史

    日本CGサービス(JCGS) 代表

    大学卒業後、株式会社IMAGICA入社。放送局向けリアルタイムCGシステムの構築・運用に携わる。その後、株式会社リンクス・デジワークスにて映画・ゲームなどの映像制作に携わる。2010年独立、現職。映像制作プロダクション向けのパイプラインの開発と提供を行なっている。

    TEXT_痴山紘史/Hiroshi Chiyama(日本CGサービス
    EDIT_尾形美幸/Miyuki Ogata(CGWORLD)
    PHOTO_弘田 充/Mitsuru Hirota