5月27日(金)と28日(土)の2日間にわたり、CGWORLD主催のオンラインイベント「CGWORLD JAM ONLINE 2022」が開催された。最終日の最終セッション「自主制作アニメ最前線!『ミルキー☆ハイウェイ』、『プロメシアンナイト』のワークフローに迫る」では自主制作で大きな評価を得ている亀山陽平氏と吉武 薫氏が登壇。本誌編集長の若杉 遼が2人に話を聞く形式で開催された。

近年、SNSを中心に盛り上がる個人や小規模のチームによる自主制作のCGアニメーション。リソースが限られる中で高品質な作品をつくりあげるために必要なプランニングやワークフローについて語られた様子をレポートする。

記事の目次

    イベント概要

    「CGWORLD JAM ONLINE 2022」
    日時:5月27日(金)17:00〜22:00/5月28日(土)11:00〜19:00
    会場:オンライン配信
    主催:CGWORLD、株式会社ボーンデジタル
    cgworld.jp/special/jam/vol4/

    卒業制作という枠を超えた『ミルキー☆ハイウェイ』

    亀山氏は1996年の東京に生まれた。欧米スタイルの手描きアニメーションを学ぶためアメリカ留学をしたが、現在主流となっている3DCGに方向転換。帰国後、バンタンゲームアカデミーのCGアニメーター専攻で学び、卒業制作で『ミルキー☆ハイウェイ』を制作したという一風変わったキャリアをもつ。現在は白組に所属している。

    自主制作アニメーション『ミルキー☆ハイウェイ』本編

    『ミルキー☆ハイウェイ』をつくったきっかけは、早い段階で就職の内定が出たので、自由に使える時間ができたことだった。今後の人生でここまで時間を自由に使える時期もないと思い立ち、思いきり時間をかけてこだわった作品を1人でつくろうと制作を開始したという。

    ストーリーは今まで趣味で描いていたものをベースとして、テーマはあまり深掘りせず、そのときのアイデアをパッと絵にするライブ感を大事にした。

    手描きのコンセプトアート。手書きアニメーター志望だったこともあり表現力が高い

    この作品で表現したかったのは、アニメーションと音の融合のいわゆる「音ハメ」と、キャラクターの日常芝居のアニメーション。音楽の知識がなかったため学校のサウンド科の学生にコンタクトし、一緒に制作した。同様に、日常芝居は声優科の学生に依頼。作品の制作だけでなく、人のアサインやグループ制作をまとめる高いコミュニケーション力が窺える。

    作業は、まずキャラクターのモデリングとリギングからスタート。デザインは日常芝居をより引き立てるため、人間離れした見た目の宇宙人とロボットに設定。その2人が人間臭い演技をするギャップをねらったという。かわいさを重要視しながらデザインとモデリングを詰めていったが、1人での制作のためデザイン画は最低限だった。その後、クルマや警察のアセット、道路などの背景を揃えていった。ツールはBlenderを使用したが、リアルタイムで質感がわかるので完成形が見え、モチベーションの維持ができたという。

    モデリングがひと通り終わった後、サウンド科や声優科の学生と共同作業を開始。彼らと作品の方向性を共有するために簡単なビデオコンテなどを用意した。

    サウンド科や声優科の学生に作品のイメージを共有するために制作したVコンテ

    今回、アニメーションの演技にリアリティをもたせられたのは声優のおかげだという。声の収録を終えてからアニメーションをつけるプレスコのフローにして、ナチュラルな会話のテンションを動きに変えていった。

    その際、会話には演技をしている声優のパーソナリティがこもっているため、収録素材を聞くだけでタイミングや仕草が頭に浮かんで、疑問なくアニメーションが付けられたという。

    作品について説明をする亀山氏。話す内容も学生とは思えないほど、芯のあるものだった

    制作が進み、本編公開の1週間前にキャラクターがしゃべっているだけの予告編をTwitterにアップしたところ大反響だったことから、日常芝居こそが作品の魅力だと再確認。そこで、急遽一部の会話を録り直し、公開までに急いでアニメーションを付け直したという。

    本編公開1週間前にTwitterに投稿された予告編

    スケジュールは5月に制作開始。モデリングに約5カ月、アニメーションはひと通りつけるのに2ヵ月、その後ブラッシュアップや声の録り直しをして2月に公開された。「会社で仕事をしていると勉強することが多かったりして、なかなか自主制作できるものではない。学生のうちの今しかできないと危機感をもって臨んだのは間違っていなかった」と、濃密な制作期間を亀山氏はふり返る。

    亀山氏は、日常芝居のアニメーションこそが、人生を通してやりたいことだと明確に目標をもっている。きっかけは、子どもの頃に見た『アトランティス/失われた帝国』(2001)。作品の内容よりも、モノローグを語るキャラクターの手描きアニメーションに心奪われたという。「存在していないのに、本当に生きているみたいで感動しました」(亀山氏)。

    編集長の若杉も「真剣に取り組んでいてすごい。学生で、この時期しかないという危機感も気持ちがわかる。演技がズバ抜けて良く、単刀直入に映画のクオリティだと感じた。卒業制作なのに、心持ちからすでに学生レベルじゃない」と大絶賛だった。

    自主制作をするために退社、作品の規模を大きくしていく方法論

    続いて吉武 薫氏が登場。吉武氏は元々、『攻殻機動隊』や『AKIRA』などの海外で評価の高いアニメのファンだった。しかし、アニメに興味をもった2012年頃はライトノベル系アニメが全盛の時代で、自分の見たい作品がなかった。そのため、自分で見たいものをつくるという気持ちで専門学校の門を叩いたという。現在も、自主制作の根底にある「自分で見たいものを、自分でつくりたい」という部分は変わっていない。

    自主制作の1作目は『不溶の銀』(2018)。シナリオ的には『レヴェナント: 蘇えりし者』(2015)や『ノーカントリー』(2007)といった映画から影響を受けたもので、流行りではないが、自分で見たいもので構成された。当時からUnreal Engineを使って背景制作のカロリーを下げ、なるべく多くのカットをつくることを目指すなどの工夫をしている。

    『不溶の銀』

    この作品の目標は10分を超える長尺の作品をつくること。10分つくれれば、30分のTVシリーズ(正味20分)の作品もつくれるのではないかという目論見からだった。

    1作目の制作後、“エヴァ”に人生を捧げるつもりでスタジオカラーに入社するも、いちアニメーターでいることに満足できず、自主制作をするために退社。

    2作目の『羅城』(2019)はストーリーよりも出来上がる画を重視したエンターテインメント性の高い4分ほどの作品。スタッフは3人ほどだった。

    『羅城』

    そして現在3作目の『プロメシアンナイト』を制作中だ。この作品では、1作目の長尺と2作目のエンターテインメント性の要素を組み合わせている。元々は『羅城』のアップグレード版としてスタートしたが、さらにバトル要素を強くして、モチーフもメカから動物にし、前作と同じにならないように方向性を変更している。

    『プロメシアンナイト』ティザーPV
    『プロメシアンナイト』のコンセプトアートの変遷

    現在、アートを描いてストーリーを精査中だが、2時間を超えるほどの密度になっているという。そのため企業と協業したり、出資先を探すなど実現に向けての活動を行い、もはや自主制作とは言えない規模の大作となってきている、と吉武氏。自分たちで面白いものを企画し、パイロット映像をつくってプレゼンする準備を進めているという。

    ストーリーの構想に沿って描かれているアート

    スタッフもいまや10人を超える規模になっている。2~3人が常駐し、コンセプトアートなどセクションごとにスタッフを招集するスタイルだ。海外にもスタッフがおり、好きな作品が同じだから言葉の壁を超えたコミュニケーションができているとのこと。一方で、自分のやりたい方向と乖離してしまうため、あまり人数を増やすことは考えていないという。

    一度就職した経験から、人が増えるとチェック体制が大規模になっていき、構造が複雑化していくことが心配だと話す。一方で、少人数の制作体制では構造がシンプルなため、設計図の段階まで戻ることも可能だ。大人の事情が入らないのもいいという。そのため、10人以上にはしたくない。コスト的にも、そのあたりが妥当なのかもしれない。

    また、自主制作をしながらも、仕事は可能だという。むしろ、自主制作での経験が、仕事に活きる。一番大きいのは責任感で、自分の責任で完遂した人はちがうものが見えるとのことだ。

    吉武氏の自主制作の視点で独特なのは、「見たいものがないから自分でつくる」という姿勢。言い換えれば、他の人が見たいものをつくってくれたら、視聴者に戻りたいとさえ言う。

    自主制作について語る吉武氏。3作目はスケールも大きくなっているという

    だからこそ制作する上で、一般的な視聴者目線を大事にしている。例えば、今まで好きだった作品の神カットの間に自分の作品を挟んでどう見えるかを検証するなど、一般目線でのチェックを欠かさない。

    クリエイターばかりが周りにいると、感覚が一般から離れていってしまうのが悩みだと話す吉武氏。技術的なものと、面白いものはちがう。動画サイトへ投稿して、多くの人から面白いと言われる作品にしていきたいと考えているとのことだった。

    2人の自主制作に対する役割のちがいとこれから

    吉武氏の自主制作の姿勢に、亀山氏は「ゴールがあって、そこに向けてリソースを集めてつくっていく感じ。自分とは規模感がちがう」と感心することしきり。

    吉武氏は、「監督は全部自分でやるか、全部人に任せるかのいずれか。それを強く感じます」と現在の心境を語った。今は自分の作業をするよりも、全体を見る新しい仕事を始めた感じだという。自分の手でひとつの表現にこだわれない寂しさはあるが、何かを失う分、得ているものも大きいとのことだ。

    自分で手を動かさなくなる環境をつくるまで4年かかったという。今は、新しいクリエイターが集まってきたので、やってみたいことが増えているのが楽しいと語る吉武氏。それに対して、亀山氏は自分の手を動かすことにこだわっているという。

    そんな2人を見て若杉は「一般のクリエイターとは目線がちがう。作品をつくるということを、より深く見ている気がします」という感想。自主制作の経験は、働き始めてからもその人の大きな魅力になるという。学生時代という、比較的自由な時間に参加できる機会があれば、ぜひ参加した方が良いということだった。今後の2人の活躍に期待だ。

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    TEXT_石井勇夫 / Isao Ishii(ねぎデ
    EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada