2022年08月23日から25日にかけて、コンピュータエンターテインメントデベロッパーズカンファレンス2022(以下、CEDEC2022)が開催された。同イベントは、コンピュータエンターテインメント開発に携わる人々を対象に行われ、業界トップランナーたちが登壇し、数々の取り組み事例が紹介された。今回はその中から、25日(木)に発表が行われた株式会社ゲームフリークの「【アルセウス+スカーレット・バイオレット】ポケモン2つを同時に作る、ポケモンモデル制作環境」の内容をお伝えする。
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モデル総数が1,000体超え、ワークフローの見直しが必要に
今回登壇したのは、 株式会社ゲームフリークの研究開発部 CGテクノロジーディレクター、前澤圭一氏。
前澤氏は2018年10月にゲームフリークに移籍後、グラフィックス・アニメーション周辺分野の技術ディレクションを担当し、『Pokémon LEGENDS アルセウス』(以下、『アルセウス』)と『ポケットモンスター スカーレット・バイオレット』(以下、『スカーレット・バイオレット』)ではリードグラフィックスプログラマーを務めている。
前澤圭一/リードグラフィックスプログラマー
前澤氏によると、2019年発売の『ポケットモンスター ソード・シールド』(以下、『ソード・シールド』)までのポケモンたちのモデル制作は、タイトルごとに仕様を定め、それに応じたデータをMaya上で構築していくフロ―になっていたという。
この場合、マテリアルはShaderFXで作成し、ロケータもMaya上で仕込んでタイトルと同じ環境で納品チェックを行うことになる。
しかし、シリーズが追加されるごとにポケモンモデルの数は増え、ついにモデル総数が1,000種類を超え、毎回使用から練り直す既存の作業工程は限界を迎えていた。
また、『アルセウス』、『スカーレット・バイオレット』はゲーム性やキャラクターの見た目は異なるが、同時に開発しなければならず、環境・フローの見直しが急務となった。
そこで次に紹介するように、同社ではこれらの課題を解決する施策を進めることとなる。
納品プロセスやグラフィックスライブラリの見直し
まず取り組んだのは、納品仕様の共通化だ。ポケモンモデルを制作するには、協力会社と社内で制作されたモデルをチェックし、仕様に沿っているかを判定する「納品」の工程が存在する。
この納品プロセスにおいて仕様・環境をタイトル固有のものから納品専用のものに変更した。
「マテリアルはPBRベースの標準的なものとし、タイトル固有のルックは後工程と呼ばれる追加加工とランタイムで吸収することにしました。ゲーム内容と密接に関わるロケータなどについても、後工程での設定としました」(前澤氏)。
その後、納品前の検品としてメッシュオブジェクトやマテリアルの自動チェック、ルックに関する目視チェックなどを経て、納品が行われる。
また、同時開発に向けてはグラフィックスライブラリの一新も行われた。『ソード・シールド』の段階では、ShaderFXのマテリアルをそのままバイナリ化していたため、マテリアルの数だけファイルができ、結果的に保守難易度が高くなってしまっていた。
そこで同社ではMayaで制作したものをそのままファイルとしてはき出すのではなく、情報の後付けやランタイム加工が可能な構造にするべく、作業フローの転換を行なった。
具体的にはながし込むレンダリングパイプラインによって、同じアセットから異なるルックを出力できるようにフローを変更している。これにより、納品仕様と固有表現の分離が容易になるというメリットがある。
後工程でもひと工夫、シリーズごとに統一感のある質感を再現
次に、『アルセウス』に見られる版画風のルックの実現方法について具体例が紹介された。
パイプラインとしては、
①テクスチャカラーのみの状態
②ライティング
③グラデーション表現
④ポスト処理
という順番で進めていく
質感の調整に関しては、後工程で発光表現などタイトルに合わせた質感を追加しており、合わせてラフネスやノーマルマップなど、納品時に残ってしまったエラーの修正も行う。
ほかにも、ポケモンごとに半透明化、パーティクル、グラデーションなどの工夫を施し、本シリーズ独特の質感を表現している。
「例えば、カプセル状のポケモンは表面半透明・裏面不透明のマテリアルを用意、炎や煙をまとうポケモンには該当部分にパーティクルを後付けし、登場と同時にロケータからエフェクトが発生するようにしました。グラデーション表現も版画風のニュアンスを追加するために、奥行と高さに合わせてフォグをかけ、人物もテクスチャを変えるなどして雰囲気を出す工夫をしました」
一方で、『スカーレット・バイオレット』シリーズでは南国風の明るいイメージがコンセプトとなる。これを実現するため、パイプラインの拡張と後工程での質感追加を行なった。
例えば、ポケモンの毛の表現は『アルセウス』シリーズに比べてふさふさとしたリアルな質感が重視されている。
インハウスツールで独自に物量対策、リターゲットで制作効率を向上
セッションの後半では、同時開発に向けた取り組みとしてアニメーションの物量対策が紹介された。
「シリーズが増えるごとに増加するポケモンの制作に対応するためには、物量対策が必要不可欠です。ポケモンに注目すると似たような体形のものも多く、そのままは使えないにせよ、ベースとして同じモーションを活用できれば、アセット制作コストを削減できると考えました。そこでポケモンの体系に関する分類表を制作し、『ソード・シールド』世代のポケモンもリストに加え、活用を検討することにしました」(前澤氏)。
同社では専用のインハウスツールを作成し、大きさや骨格が近い場合は単純にコピー、大きさが異なる場合はスケールをかけてコピーすることで制作の手間を省いている。
また、骨構造が異なる場合はリターゲットで対応。腕なら腕、脚なら脚といった部位ごとに、IKベースでアニメーションを変換することで、制作スピードを上げることができたという。
こうして開発された『アルセウス』は2022年1月28日(金)に発売され好評を博している。一方の『スカーレット・バイオレット』は2022年11月18日(金)に発売予定だ。
同じ2022年に発売される2つの『ポケモン』シリーズの隠れた創意工夫を知ることのできる、興味深いセッションだった。
TEXT_江連良介 / Ryosuke Edure
EDIT_海老原朱里 / Akari Ebihara(CGWORLD)