こんにちは。CGWORLD編集長でCGアニメーターの若杉 遼です!

オレンジにはかつて一時帰国した際に見学に伺ったことがあり、モーションキャプチャを活かした独自のワークフローと、それが生み出す独創的なアニメCGに感銘を受けました。本記事では『TRIGUN STAMPEDE』とオレンジの物語を全3回に分けてお届けします。

記事の目次

    若杉 遼/Ryo Wakasugi

    CGWORLD編集長/CGアニメーター

    ※本記事は月刊『CGWORLD + digital video』vol.295(2023年3月号)掲載の「編集長が聞く〜作り手たちの物語〜 第6話 オレンジ流フェイシャルの最前線『TRIGUN STAMPEDE』の物語」を再編集したものです。

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    全12話各配信サイトにて配信中&シリーズ完結編製作決定!
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    trigun-anime.com

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    左から、井野元英二さん(オレンジ代表/CGチーフディレクター)、都田崇之さん(CGディレクター)、織笠晃彦さん(CGディレクター)、長川 準さん(リードモデラー)、和氣澄賢さん(制作統括・制作プロデューサー)

    自動変形や補正ツールには、絵心を補完する役割もある

    若杉 遼(以下、若杉):カット担当のアニメーターは何人くらいですか?

    織笠晃彦さん(以下、織笠):53人で、5班に分かれています。ただし作品全体の指針となる第1話は全班総がかりでつくりました。第2話以降は段階的にばらけていき、最終話に近づくほど総がかりに戻っていくという感じで回しています。

    井野元英二さん(以下、井野元):この点に関しては、どういう分け方が最適なのか今も手探りしています。『宝石の国』でも『BEASTARS』でも班分けはしていましたが、実は総がかりでつくった方が効率が良いのではという気もしているのです。

    若杉:総がかりでつくった場合のメリットは何ですか?

    井野元:1話に占める1人あたりの担当カット数が減るからなのか、リテイクを出すカットや、私が直すカットの数が減るんです。結果的に若干ではありますが効率が上がります。

    アニメーションのワークフロー

    第1話のプライマリアニメーション

    第1話のセカンダリアニメーション

    第1話の完成カット

    若杉:まだ第1話を観ただけですが『TRIGUN STAMPEDE』には良い意味で何とも言えない、これまで見たことのない表情のカットがありました。作画アニメのようにちゃんとデザインされているのに、しっかり動いており、なおかつ従来の3Dアニメーションともちがう新しい表現になっていて、見入ってしまいました。どうやったらこうなるんだろうと不思議に思っていたのですが、フェイシャルキャプチャした現実の口の動きをベースにしつつ、アニメ的な動きへと補正するというワークフローをお伺いして「なるほど!」と腑に落ちました。

    都田崇之さん(以下、都田):そう感じてもらえたなら、本当に嬉しいです(笑)。顔の輪郭を自動変形させる機能や、口の形状を補正する機能など、いろいろなものを追加していった結果、作画アニメの線の揺らぎのようなものが作品に入ったんじゃないかなと私は思っています。偶然の産物ですが、それがほかにない味を出しているんじゃないでしょうか。

    織笠:カット担当のアニメーターたちの思い入れも大きいでしょうね。力量のある担当者のカットは、確実に差が出るのです。若杉さんの目に留まったカットは、そういう担当者が手がけたものだと思います。

    都田:誰がつくっても一定のクオリティになるワークフローを構築しているつもりですが、その均衡が崩れた結果、作画アニメに匹敵する魅力が出せたという側面もあるかもしれないですね。

    第1話の完成カット

    若杉:所々に神作画のカットが入っているみたいな感じですね(笑)。僕自身『スパイダーマン:スパイダーバース』(2018)でペニー・パーカーのリグを触ったときには、目や口の位置をわりと自由に動かせるようになっていました。その結果、作画崩壊まではいかないものの、「ペニーらしく見えない」という事態が簡単に起こってしまったんです。そうならないように工夫したことはありますか?

    織笠:Camera-O-Matic(オレンジのオリジナル自動変形ツール)による自動変形や補正には、それを防ぐ役割もあると思います。

    井野元:そうですね。若杉さんがおっしゃったのと同じようなことは『宝石の国』や『モンスターストライク THE MOVIE ソラノカナタ』(2018)の制作時にいっぱい起こりました。例えば『宝石の国』の口パクは作画素材で表現していましたが、絵心がないと、どこに置くのが最適なのか判断が難しかったのです。ツールによる補完が必要だという結論になり、現在のしくみが構築されていったという背景があります。最新のツールは『宝石の国』の時代とは全然ちがう、より複雑なしくみになっています。今もツールだけで完璧な画をつくれるわけではなくて、若干の調整は必要ですが、70%くらいの完成度は出せるようになりました。それ以降の詰めは、カット担当のアニメーターが行うというながれになっています。

    レイアウトから最終的な画づくりまで一貫して担当してほしい

    若杉:残り30%を詰めるときに、よく手を入れるのはどんな部分ですか?

    井野元:口の場合だと、斜め横から見たときのカメラから遠い側の唇の形状や厚みですね。立体として整合性がとれていなくても、アニメやマンガで見慣れている形状にした方が視聴者は安心できます。ちょっとちがう形状にすると悪目立ちするので、そういうのはちまちま直します。

    織笠:眉の下や鼻の影はポリゴンで置いてあるので、シェイプマップによる顔の影とたまにバッティングします。例えば、鼻の影は右側に入っているのに、顔の影が左側に入っているとか。そういうときは鼻の影を左右反転させたりして、ちまちま直しますね。

    井野元:鼻の影はアニメ的な記号なので1コマずつチェックして整えていく必要があります。このへんは日本人にしか理解できないような気がします。ほかの国の人が見たら「手間ひまかけて、なんで鼻をこんなふうに描くんだ?」と思うんじゃないでしょうか。

    都田:アニメやマンガの文脈に則ったキャラクターデザインを大切にしないと、日本のアニメとして受け入れてもらえず、視聴者が離れていってしまいますからね(笑)

    第2話の完成カット

    織笠:身体の影に関してもアニメ的な記号として必要なものはテクスチャに描いてあります。それとライティングによる影をブレンドすることで、アニメ的なデザインに寄せているのです。

    若杉:目元や口まわりのシワも消したり出したりできるのでしょうか?

    都田:3ds Max上で表示・非表示・変形などができるようになっています。After Effects(以下、AE)上で2Dのパスを乗せたり、アニメーションさせたりもしますね。最後の最後はAE上でパスを微調整するので、作画に近いことをやっていると思います。

    若杉:AE上でのコンポジットも含めて、カット担当のアニメーターに任せるのですか?

    織笠:そうです。その点もオレンジの特徴だと思います。アニメーターは3da Max上でのレイアウトやアニメーションから、レンダリング、AE上でのコマ打ち、コンポジット、場合によってはエフェクトの配置まで一貫して担当するのがオレンジの良い部分であり、……課題でもありますかね?(笑)

    涙をコンポジット工程で追加

    涙はAE上で追加しており、涙の出るポイントの位置と回転の3D情報を3ds Maxから取り出してAEに読み込む。その3D情報とAE上の2Dの画をリンクさせ、マスクアニメーションで顔の形状に沿った立体的な涙のながれを表現している
    第1話の完成カット

    井野元:レイアウトから最終的な画づくりまで、アニメーターにやってほしいというのが私の理想なのですが、分業しているスタジオの方が多いと思いますし、今後も同様のスタイルを継続するかどうかはわかりません。ただ「このカットは全て自分がやりました」と言えた方が、やりがいにつながると思うし、自由度の高い画づくりができるのですよね。それに「このカットは3ds Max上のカメラで撮るのか、AE上で大判の画を引っぱるのか」といった判断はレイアウト段階でアニメーターがやるべきだと思うのです。例えば、絵コンテに「大判の引きで表現する」と書いてあっても「無理があるので、3ds Max上でカメラをパンさせましょう」と提案して、絵コンテを変更する場合だってあるのです。そう判断したら、最後までそのカットの面倒をみてもらった方が良い仕上がりになります。

    都田:尺を変えたりもするので、担当者しかわからない領域がけっこうあって分業化しづらいという事情もありますね。

    もっとアニメの情報量を上げたいと思い続けてきた

    若杉:アニメーターの負担は大きいかもしれませんが、レイアウトから最終的な画づくりまで視野に入っていた方が、アニメーションのスキルアップにつながると思います。インタビューの最後に、本誌の読者に向けて『TRIGUN STAMPEDE』を観るならここに注目してほしい、というポイントを教えていただけますか?

    和氣澄賢さん:話の面白さは脚本がつくりますが、役者が駄目だと感情が伝わりません。ちょっとした表情のちがいで、伝わる感情がちがってきたりもします。この点はこれまでにオレンジが手がけてきた全ての作品における課題でした。だから『TRIGUN STAMPEDE』ではキャラクターの表情に特に力を入れて、多くの時間を費やしています。ヴァッシュたちの表情にぜひ注目していただきたいです。

    第1話の完成カット

    井野元:若杉さんがおっしゃたように、オレンジの画づくりは作画アニメとはちがうし、ほかの3Dアニメーションともちがうものになってきたと思います。最近は参考にできそうな作品が見当たらないので、新しい表現になっているんじゃないでしょうか。『TRIGUN STAMPEDE』が評価されれば私の勘が狂っていなかったということになるし、逆に叩かれれば間違った方向に進みつつあるということでしょう。ただ2022年12月に第1話~第3話を先行上映したときにはすごく好評だったので、もしかすると成功なのかなと思い始めています。まだご覧になっていない方も、ぜひ最終話まで観ていただければと願っています。

    長川 準さん :『TRIGUN STAMPEDE』のキャラクターモデルが今後のオレンジの指針になるようにがんばりました。ぜひご覧ください。

    第3話の完成カット

    織笠:アニメーターたちもあらゆる手段を尽くして画づくりをがんばっています。それは作品に現れていると思います。

    都田:『スパイダーマン:スパイダーバース』に並び立つものをつくりたいです(笑)

    織笠:いやいやいや! 冗談です!(笑) 

    若杉:(笑)

    井野元:(笑)。アニメCGをつくり始めてから『TRIGUN STAMPEDE』にいたるまでの間、もっとアニメの情報量を上げたいと思い続けてきました。実際、オレンジがつくってきた作品を見比べていただくと、段階的に情報量が上がっていると思います。どこまで上げて良いのか、どこが上限なのか、探り続けています。ただ、情報量が多くても気持ちの良い動きになっていれば支持されると思うのです。それを目指して今後もがんばっていこうと思っています。

    若杉:オレンジのアニメCGは良い意味で海外とはちがう新しい世界に踏み込んで、新しい文化をつくっていると思います。最終話まで、じっくり鑑賞させていただきます!

    © 2023 内藤泰弘・少年画報社/「TRIGAN STAMPEDE」製作委員会

    information

    月刊『CGWORLD +digitalvideo』vol.295(2023年3月号)

    特集:アニメCGの現場 SPECIAL
    定価:1,540円(税込)
    判型:A4ワイド
    総ページ数:112
    発売日:2023年2月10日発売

    詳細・ご購入はこちらから

    INTERVIEWER_若杉 遼/Ryo Wakasugi(CGWORLD)
    TEXT_尾形美幸/Miyuki Ogata(CGWORLD)
    EDIT_李 承眞/Seungjin Lee(CGWORLD)
    文字起こし_奥村ひとみ/Hitomi Okumura
    PHOTO_弘田 充/Mitsuru Hirota