2015年8月にゲームのサービスを開始し、アニメ化やライブ開催など様々に展開している『アイドリッシュセブン』(以下、『アイナナ』)。5月20日(土)より、4グループ16人のアイドルが一堂に会する壮大なライブステージ『劇場版アイドリッシュセブン LIVE 4bit BEYOND THE PERiOD』(以下、『劇場ライブ』)が全国劇場にて開催されている。月刊『CGWORLD』vol.299では、48ページにわたって『劇場ライブ』を特集した。『アイナナ』の記念日(7月7日)に合わせて、特集の中から「PART 2 錦織 博監督&山本健介監督インタビュー」を抜粋・再編集し、全2回に分けてお届けする。

記事の目次
    ※本記事は月刊『CGWORLD + digital video』vol.299(2023年7月号)掲載の「『劇場版アイドリッシュセブン LIVE 4bit BEYOND THE PERiOD』PART 2 錦織 博監督&山本健介監督インタビュー」を再編集したものです。

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    連載:IDOLiSH7『Mr.AFFECTiON』MVの舞台裏

    INFORMATION

    『劇場版アイドリッシュセブン LIVE 4bit BEYOND THE PERiOD』開催中PV

    『劇場版アイドリッシュセブン LIVE 4bit BEYOND THE PERiOD』

    <DAY 1>5月20日、<DAY 2>5月21日
    5月22日以降、<DAY 1>&<DAY 2>全国劇場にて開催!

    原作:バンダイナムコオンライン/都志見文太
    監督:錦織 博、山本健介
    制作:オレンジ
    製作:劇場版アイナナ製作委員会
    配給:バンダイナムコフィルムワークス、
       バンダイナムコオンライン、東映

    ©BNOI/劇場版アイナナ製作委員会
    idolish7.com/film-btp

    『アイドリッシュセブン』

    ジャンル:音楽・AVG(アドベンチャーゲーム)
    発売:バンダイナムコオンライン
    価格:無料(一部アイテム課金あり)
    対応OS:iOS・Android
    idolish7.com

    INTERVIEWEE

    左から、錦織 博監督(アニメーション演出家)、山本健介監督(CGアーティスト/オレンジ)。プリプロ時に下岡聡吉氏(エグゼクティブプロデューサー)らと共に延々と話し合ったオレンジの会議室にて、インタビューに応じてもらった

    リアルなリアクションや息づかいを拾い上げたかった

    CGWORLD(以下、CGW):実制作はどのようなワークフローで進めたのですか?

    ​​山本健介監督(以下、山本):かなり特殊なやり方をしています。まずは映像作品ではなくライブを収録する第1ステップがあって、そのデータをVR空間で撮影してから編集する第2ステップがあり、最後に画を仕上げていく第3ステップがありました。

    ​​錦織 博監督(以下、錦織):制作の序盤はひとつのライブをつくることに大半のエネルギーを使いました。1曲単位で映像をつくるのではなく、4グループのアイドルがどこから出てきて何をするのか、そのながれを振付師さんやモーションアクターさんと一緒につくっていったんです。僕らはライブの専門家ではないので、振付師さんやアクターさんから教わることも多かったですね。第1ステップではレイアウトやカット割りは一切やっていません。

    『劇場ライブ』のワークフロー

    ▲『劇場ライブ』では、進行表やモーションキャプチャを基にひとつのライブをつくり、それをVR撮影してから<DAY 1>と<DAY 2>の映像を編集し、最後に各カットの画を仕上げるというワークフローが採用された(本作では、VR撮影後に編集した映像のことを「プリビズ」と呼んでいる)。一般的なアニメでは、脚本を基に絵コンテをつくり、そこに描かれたカットだけを制作するため、本作のワークフローは異例と言える。使用したレンダラも非常に特殊で、アイドルをPencil+ 4 for 3ds Maxでレンダリングする一方で、それ以外はゲームエンジンでレンダリングしている。しかも観客にはUnity、ステージ演出・エフェクトにはUnreal Engine 5を用いた。各工程の詳細は月刊『CGWORLD』vol.299(2023年7月号)で解説している

    ​​山本:収録時にはあえて絵コンテをつくらなかったんです。モーションキャプチャの段階では、ライブのおおまかな進行表だけをたよりに、同じアクターさんにダンスもMCもやっていただきました。ダンスが専門のアクターさんにMCの台詞まで喋ってもらったので、無茶振りだったと思います。錦織監督は収録現場で舞台稽古をしていました(笑)。後日キャストさんに本番用のボイスを入れていただきましたが、編集まではアクターさんのボイスを指針にしたんです。

    ​​錦織:本作のモーションキャプチャには『アイナナ』のアイドルを熟知しているアクターさんが参加してくれたので、それぞれのシチュエーションで16人がどう動き、どんなリアクションをするのか、自ら考えて演じてくださいました。おかげで最終的な画面に映る・映らないに関わらず、最大16人のステージ上でのふるまいを最初から最後まで全部つくって収録できました。

    ▲「NiGHTFALL」(IDOLiSH7)のカット。和泉三月(画面中央)が耳を触る仕草が印象的で「目に残る滅茶苦茶良い三月」と下岡氏(エグゼクティブプロデューサー)が絶賛していた
    ▲「TOMORROW EViDENCE」のカット。右腕を高く上げる四葉 環(手前から2人目)のポージングが愛らしく、こちらも下岡氏のお気に入りのひとつだ

    CGW:ライブの最初から最後まで、同じアクターさんで首尾一貫して収録するというのは聞いたことがありません。ものすごいカロリーを要しますよね?

    ​​山本:要しましたね(笑)

    ​​錦織:これまでに手がけたアニメでもライブのモーションキャプチャに立ち合ったことはありますが、けっこうコストがかかるので基本的には必要な部分だけを秒単位で収録していました。楽曲中のダンスやパフォーマンスを担当する人と、入退場やMCを担当する人は別で、つくり方もちがうというケースも多いです。例えばMCは絵コンテを用意して、それに沿って収録したりします。

    CGW:そのやり方が多数派だと思います。

    ​​錦織:本作では、歌い終わった後に少し息を切らすとか、ちょっとよろけるといったものまで止めずに収録していただきました。僕が計算したものではないリアルなリアクションや息づかいを拾い上げて、それを前面に出したライブをつくりたいという野望があったんです。『劇場ライブ』のお話をいただいた直後から、「そこは逃げずに全部やろう」と決めていました。極端なことを言うと、楽曲が終わったら、そのままMCにながれ込んでいく感じを収録したいと思っていたんです。実際には様々な物理的・技術的な制約があって、そこまでシームレスにはいかない場合が多かったんですけどね。そういう構想を僕がぶち上げさせてもらい、山本監督とオレンジの方々が実現する術を考えてくださいました。

    ​​山本:オレンジにとっても初めての試みだったので、手探りで本作のワークフローを構築していきました。今回は大きなステージに16人が並んでいる画を撮る必要があったので、モーションキャプチャの収録自体もけっこう苦労しましたね。

    ​​錦織:途中でくじけてスケールを小さくしようかという誘惑もあったのですが、花道からステージ、階段にいたるまで、ほとんどの楽曲で実寸のリアルな移動やパフォーマンスを収録できました。皆の協力のおかげです。

    ​​山本:やりきりましたね。

    ▲「ZONE OF OVERLAP」(ŹOOĻ)での亥清 悠のモーションキャプチャ風景(写真協力:ソリッド・キューブ)。4人のアイドルが揃って階段を下りるシーンを個別に収録している

    CGW:そうやって収録したデータを使って、VR空間で1本のライブをつくったのでしょうか?

    ​​錦織:そうです。だから第1ステップが終わったときには、4グループが次々とステージに入ってきて、歌やMCを披露するライブを好きな位置から撮れる環境ができあがっていました。

    ​​山本:第2ステップの前半では実写撮影に近いことをやっていたと思います。会場内にオートで動く固定カメラ、ドリーカメラ、ドローンカメラを大量に配置して、ライブの開始から終了までを撮影したんです。さらに錦織監督と僕がHMDを装着して、VR空間のハンディカメラで何回もアイドルを撮影しました。1曲につき10回くらいは撮影したように思います。現実のパフォーマンスとはちがって無限に同じことをくり返してもらえるので、何回でも撮り直しできるのが良かったですね(笑)

    CGW:それは新しいですね。アニメをつくるというよりも、ライブを撮ると言った方がしっくりくるやり方です。

    ​​錦織:最初は2人とも撮影の経験が乏しかったので、ハンディカメラは補助的に使うつもりでした。でも撮れば撮るほど上手くなって、アイドルが面白い動きをしたら、それに合わせてほしい映像を撮れるようになったんです。最終的には2人で手分けして撮った画が大半を占めることになりました。

    特定のアイドルではなく、全員の全部を入れたいと思った

    ▲「DAYBREAK INTERLUDE」(TRIGGER)のステージ

    ​​山本:第2ステップの後半では、リアル・ティさんの編集チームと一緒にカットを厳選してつなぎ、<DAY 1>と<DAY 2>のプリビズをつくりました。

    ​​CGW:リアル・ティさんはアニメ編集の老舗スタジオですね。

    ​​錦織:代表の西山 茂さん(編集スーパーバイザー)と僕との付き合いは20年以上で、『モンスターストライク THE MOVIE ソラノカナタ』でも編集を依頼したんです。今回も頼りになりました。

    ​​山本:プリビズを見ながらキャストさんにボイスを入れてもらったんですが、アクターさんの収録のときと同様に、画面に映っていないアイドルの台詞も全部喋っていただきました。錦織監督が「映っていないだけで、ステージ上にはいるから声を出してください」とお願いしたんです。そのあたりのこだわりは徹底していました。

    ​​CGW:そうやって収録した、映っていないアイドルのボイスも使ったんですか?

    ​​錦織:極力切り捨てずに使いました。例えばMCでアイドルが喋っていると、ほかのアイドルからツッコミが入ったりするんですが、画面内はもちろん、画面の外からのツッコミも入れました。良い環境の劇場だと、いろんなところで、いろんなことを言っているのが聴こえると思います(笑)

    ​​山本:良い環境で聴いてほしいですね(笑)

    ​​錦織:本作をシネマスコープサイズ(1:2.35。以下、シネスコ)にしたのも、16人の表情や動きをなるべく拾いたかったからです。現実のライブだと、ファンは自分の好きなアイドルを自分の目で追いかけますよね。だから『劇場ライブ』でも、特定のアイドルをクロースアップで撮るのではなくて、全員の全部を入れたいと思いました。とはいえ似たような画が続くと退屈なので、「どうやったら素敵なライブがつくれるだろう?」というのを皆で考え続けました。

    ​​山本:第3ステップでは、プリビズを指針にしながら各セクションの総力戦で画を仕上げていただきました。例えば、アニメの美術さんに描いていただいた絵をステージ上のスクリーンに貼り込んだり、背景モデラーがステージセットのモデルをブラッシュアップしたり、アニメーターがアイドルのアニメーションやフェイシャル、カメラワークを調整したりといった感じです。

    CGW:そのあたりは一般的なアニメCGのつくり方ですね。

    チラっとカメラに目線を送るカットも差し込む

    ▲『劇場ライブ』の大半のカットにおいて、アイドルたちは会場内の観客を見ているが、カメラの存在を忘れているわけではなく、ちゃんとチラっとカメラに目線を送るカットも差し込まれている。一瞬の演技だが、これも「ライブらしさ」を意識したオレンジの工夫で、種村有菜氏(キャラクター原案)が絶賛していたという。上は「ZONE OF OVERLAP」(ŹOOĻ)で棗 巳波(画面左)がカメラに目線を送るカット
    ▲「NO DOUBT」(Re:vale)で百がカメラに目線を送るカット
    ▲「BEAUTIFUL PRAYER」(TRIGGER)で九条 天がカメラに目線を送るカット

    ​​山本:第2ステップでライブをカメラで撮ったことは、リアリティを支える大事なポイントのひとつだったと思います。第3ステップに入ってからも、そこから足を踏み外さないように心がけました。本作のプリビズはVR空間のハンディカメラで素人が撮ったものが中心だったので、完璧な動きではなく、いろいろなノイズもありました。それをアニメーターが調整してくれたのですが、カメラマンがやらないであろう動きに突入したときにはNGを出させてもらいました。アニメ的にはカッコ良いカメラワークだったとしても、物理的に不可能な動きや、カメラマンだったら通常はやらないだろうと思える動きは避けてもらったんです。

    ​​錦織:ステージ演出や撮影処理のディレクションでも、山本監督はライブのリアリティにこだわってくださいました。

    ​​山本:プリプロ段階から錦織監督が大事にしていた部分でもあったので、自分なりにこだわりました。例えば撮影処理でフレアやボケを入れるときには、撮影監督さんにお願いして、アナモルフィックレンズ特有の横方向のフレアや縦長のボケを表現していただきました。本作はシネスコなので、専用レンズで撮ったことが伝わればと思ったんです。

    アナモルフィックレンズのフレアやボケを再現し、ライブのリアリティを追求

    ▲「Bang!Bang!Bang!」(ŹOOĻ)のステージ。本作はシネスコで制作しているため、アナモルフィックレンズ(シネスコ映像を撮影するためのレンズ)で光源を撮影した場合に生じる強い横方向の青色のフレアを随所に散りばめることでライブのリアリティを演出している
    ▲「Re-raise」(Re:vale)のステージ。ピントのボケが縦長になるのもアナモルフィックレンズの特徴だ

    CGW:一貫して、ライブのリアリティを追求したんですね。

    ​​山本:僕が言わなくても、スタッフのひとりひとりが『劇場ライブ』のリアリティを考えて実践してくれました。本当にたくさんの方々の尽力のおかげで良いものになったんです。感謝、感謝、感謝しかないです。

    ​​錦織:アニメともライブともちがう、『劇場ライブ』という新しいエンターテインメントを実現できたと思います。多くの方々に楽しんでいただけることを願っています。

    ▲「Pieces of The World」(16人歌唱新曲)のステージ
    ©BNOI/劇場版アイナナ製作委員会
    アニメの美術監督が描いた
    『劇場版アイナナ』のスクリーン背景

    INFORMATION

    月刊『CGWORLD +digitalvideo』vol.299(2023年7月号)

    特集:『劇場版アイドリッシュセブン LIVE 4bit BEYOND THE PERiOD』
    定価:1,540円(税込)
    判型:A4ワイド
    総ページ数:112
    発売日:2023年6月9日

    詳細・ご購入はこちら

    TEXT_尾形美幸/Miyuki Ogata(CGWORLD)
    EDIT_李 承眞/Seungjin Lee(CGWORLD)
    文字起こし_大上陽一郎
    PHOTO_弘田 充/Mitsuru Hirota