7月9日は『アイドリッシュセブン』(以下、『アイナナ』)の七瀬 陸(IDOLiSH7)と九条 天(TRIGGER)の誕生日!
 
5月20日より全国劇場にて開催中の『劇場版アイドリッシュセブン LIVE 4bit BEYOND THE PERiOD』(以下、『劇場ライブ』)のステージで披露された「Incomplete Ruler」では、共演する陸と天の後方に、東地和生氏が描いた巨大なスクリーン背景が置かれた。
 
月刊『CGWORLD』vol.299では、48ページにわたって『劇場ライブ』を特集した。本記事では、陸と天の誕生日に合わせて、特集の中から「PART 4-1 作り手の理想が入った絵を背景に置く」を抜粋・再編集してお届けする。『劇場ライブ』の楽曲の中には、ステージ奥にあるメインスクリーンに巨大な背景の絵を表示するものもある。これらのスクリーン背景は、アニメの美術監督として知られる東地氏と飯島寿治氏が、本作の演出方針などを基に描き下ろしている。その制作の舞台裏を東地氏と飯島氏に語ってもらった。

記事の目次
    ※本記事は月刊『CGWORLD + digital video』vol.299(2023年7月号)掲載の「『劇場版アイドリッシュセブン LIVE 4bit BEYOND THE PERiOD』PART 4 リアリティを高めるスクリーン背景&映像/PART 4-1 作り手の理想が入った絵を背景に置く」を再編集したものです。

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    INFORMATION

    『劇場版アイドリッシュセブン LIVE 4bit BEYOND THE PERiOD』開催中PV

    『劇場版アイドリッシュセブン LIVE 4bit BEYOND THE PERiOD』

    <DAY 1>5月20日、<DAY 2>5月21日
    5月22日以降、<DAY 1>&<DAY 2>全国劇場にて開催!

    原作:バンダイナムコオンライン/都志見文太
    監督:錦織 博、山本健介
    制作:オレンジ
    製作:劇場版アイナナ製作委員会
    配給:バンダイナムコフィルムワークス、
       バンダイナムコオンライン、東映

    ©BNOI/劇場版アイナナ製作委員会
    idolish7.com/film-btp

    『アイドリッシュセブン』

    ジャンル:音楽・AVG(アドベンチャーゲーム)
    発売:バンダイナムコオンライン
    価格:無料(一部アイテム課金あり)
    対応OS:iOS・Android
    idolish7.com

    INTERVIEWEE

    東地和生氏

    美術/フリーランスの美術監督で、『Angel Beats!』(2010)、『凪のあすから』(2013)、『さよならの朝に約束の花をかざろう』(2018)など多くのアニメ作品を担当している。現在鋭意制作中の映画『アリスとテレスのまぼろし工場』は2023年9月15日(金)公開。

    飯島寿治氏

    美術/アニメの美術監督。『化物語』(2009)、『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』(2017) などで美術監督を務め、『RWBY 氷雪帝国』(2022)では美術ボードを担当した。
    (※飯島氏は写真非掲載)

    8,637×2,816pixelの超大判をひたすら細かく描いていく

    本作への東地氏の参加は、制作プロデューサーの安藤次郎氏(オレンジ)からの依頼で決まった。2人の間に接点はなかったが、安藤氏は『Angel Beats!』(2010)の美術が強く印象に残っており、その美術監督を担った東地氏の絵を『劇場ライブ』の背景に加えたいと願った。

    「私は『アイナナ』のことも、アイドルのことも詳しく知らなかったのですが、安藤さんをはじめ、作り手の熱量がすごかったんです。だからお手伝いできればと思いました」(東地氏)。

    同氏が担当した楽曲は「Crescent rise」(6点)、「Journey」(1点)、「Incomplete Ruler」(2点)の3曲で、合計9点のスクリーン背景を描いた。

    「Crescent rise」(TRIGGER)のステージ


    ▲「Crescent rise」のステージ。オーバーラップ機能などを使って6点の絵をシームレスにつないだ映像素材を鈴木正史氏(CGディレクター/オレンジ)が制作し、楽曲の進行に合わせて日が暮れていく様子を表現した


    ▲スクリーン背景を寄りで映すカットを選別し、オレンジのエフェクトチームがディスプレイのドット処理を適用している。なるべく綺麗な状態の絵を見てほしかったので、やや引きのカットではあえてドット処理を適用していない

    なお、スクリーン背景のサイズは8,637×2,816pixel(500dpi)という超大判だった。「ピクセル数が半端ないので、じっくりじっくり、ひたすら細かく描いていきました(笑)」(東地氏)。

    「Crescent rise」(TRIGGER)のスクリーン背景






    ▲東地氏による「Crescent rise」のスクリーン背景。制作ツールとしてPhotoshopを使用。日中→夕景→夜の時間経過に沿って、6点の背景が描かれた。「錦織監督の要望は "グランドキャニオン的なものがほしい" というものでした。グランドキャニオンって実はイメージが固定されていて、画像検索すると一番見映えの良い地点から撮った写真ばかりが出てくるんです。それに似たインパクトのある案を複数出しつつ、異世界風のアーチの入った案も描いたのですが、"やっぱり定番の形が良い" というのが監督の意向でした。"時間帯の変化があった方が良いんじゃないか?" というのも、監督との話し合いの場で出てきたアイデアです。最初は3枚くらいの変化で見せるつもりだったんですが、描いていく中で6枚まで増えちゃいました」(東地氏)

    飯島氏は過去にも数回、錦織監督が手がけた作品の美術監督を担っており、本作でも「1枚描いてもらえませんか?」と直接打診された。「ほかの仕事もあったのですが、直々の依頼だったので "1枚であれば、なんとか!" とお引き受けしました。終わってみたら、背景と色味で、2.5枚分描いていました(笑)」(飯島氏)。

    同氏の担当は「STRONGER & STRONGER」(1点)、「NO DOUBT」(1点)の2曲で、合計2点のスクリーン背景に加え、前者の楽曲では工場跡地のスクリーン映像の色味を決める役割も担った。

    「STRONGER & STRONGER」(ŹOOĻ)のステージとスクリーン背景

    ▲「STRONGER & STRONGER」のステージ。工場跡地のスクリーン映像に続いて、対岸にあるビル街の夜景が表示される。錦織監督からは工場跡地のイメージとしてデトロイトの廃工場群が提示された。ビル街の方は打ち合わせ時に画像検索をしながら方向性を話し合った
    ▲飯島氏によるスクリーン背景。制作ツールとしてPhotoshopを使用

    「NO DOUBT」(Re:vale)のステージとスクリーン背景


    ▲「NO DOUBT」のステージ。巨大な廃教会の絵が、楽曲の開始から終了まで常にスクリーンに表示される。「一番ネックだったのがサイズです。アニメのTVシリーズでも大判の美術はありますが、大概カメラワークが付いているし、さほど画面に映らない場合が多いです。一方で本作の背景は舞台セットのようにひとつの場所に留まり、何度も映り、ときにはクロースアップになるので、それに耐えられる描き込みにする必要がありました。こういうのは初めての経験だったと思いますが、エフェクトが加わったことでだいぶ助けられました」(飯島氏)
    ▲飯島氏によるスクリーン背景。錦織監督からは廃教会のイメージとして、ベルギーのヴィレール修道院の遺跡が提示された。「最初にイメージを提示された後は、概ねお任せいただきました。ただ、よくわからない状態で描くと、よくわからない仕上がりになるという経験則があったので、まずはGoogleマップのストリートビューなどで実際の修道院の構造把握に努めました。日本国内であれば僕は現地まで取材に行くタイプなのですが、さすがにベルギーまでは簡単に行けませんでした(笑)。それをやったことで作業が軌道に乗り始めました」(飯島氏)

    3DCGでも、手で描いても、作り手の愛情が入っていれば、自ずと理想が入る

    東地氏との最初の打ち合わせの場で、錦織監督は「映画ではなく、ライブをやります。そのステージの背景に絵を置くことに意味があるんです」と語った。

    「"なるほど。『絵』が必要なんだな" ってすぐに納得できました。たまたまMrs. GREEN APPLEというロックバンドのライブ会場のスクリーンに投影する絵を描いた直後だったので、ねらっている効果がすぐに理解できたんです。その後、各楽曲のイメージとサイズの指定だけいただいて、わりと自由に描かせてもらいました。ただし、写真に寄せるのではなく、"絵として見せる" という点は強く意識しました」(東地氏)。

    「Journey」(Re:vale)のステージとスクリーン背景

    ▲「Journey」のステージ。このカットでも寄りで映したスクリーン背景にドット処理を適用しており、通常の劇場アニメとはちがう、ライブのリアリティが補強されている
    ▲東地氏による「Journey」のスクリーン背景。錦織監督からは「その場に立っているような背景がほしい」「天王洲アイルみたいな水辺の風景」というオーダーがあった。絵の中に描かれた「42」は、東地氏が好きな番号でもあり本作に仕込んだもの。調べてみると面白いかもしれない

    描きながら考えていた錦織監督のねらいは、完成映像を見てさらに鮮明になったという。

    「錦織監督はアナログ時代からアニメをつくってきた方なので、人がアニメのどこに魅力を感じているのか、よく知っていると思うんです。全て3DCGでつくられた空間の中に、人の手で描かれた絵を置くことで、お客さんの心に迫る画をつくりたいんだろうなと感じました。感覚的な話になりますが、お客さんとアイドルの緩衝材というか、距離を縮めるつなぎ役というか、そういうものを求めていたんだと思います」(東地氏)。


    3DCGの技術は日々発展を続けており、極めてリアルなアニメーションをつくれるようになった。しかしリアルを追求するだけでは、人は魅力を感じにくい。

    「人間が "描く" 背景は、どれだけ写真のように描いたとしても、一度頭の中を通ったものを描いているので、"理想" でできているんです。その理想がお客さんには響くんだろうなと思っています。これはオレンジさんが一番感じていることでもあると思うんです。いかに3DCGでお客さんが魅力を感じる画をつくるかを考えたとき、必ずぶつかる壁でしょう」(東地氏)。


    CGキャラクター制作において長年課題とされてきた "不気味の谷現象" とは別に、"見た人の感情が入るか入らないかの谷" が確実にあるという。

    「何がちがうかと言えば、青くさい精神論に聞こえるかもしれませんが、作り手の愛情の有無だと思うんです。言い換えれば、理想が入っているかどうかでしょう。それがお客さんの共感を呼ぶんです。20年前、アニメ業界に3DCGが入ってきた直後は、"あっという間に作画さんの描くアニメはなくなるんじゃないか"って思ったんですが、20年経った今でも、ベテランアニメーターの方々は鉛筆で描いています(笑)。お客さんは100%人の理想で描かれた絵が見たいんですよね。人の手で描かれたキャラクターの顔は、どの角度から見ても理想の顔なんです。背景も同じです。オレンジさんは、そこにどうやったら3DCGで行けるかという闘いをずっと続けてきたんだろうと思います。すごい領域まで来ているなって、今回の『劇場ライブ』を見て思いました」(東地氏)。

    「3DCGを使おうが、手で描こうが、作り手の愛情が入っていれば、自ずと理想が入ります。それがお客さんに愛される作品を生み出すんじゃないでしょうか」(東地氏)。

    「Incomplete Ruler」(陸と天)のステージとスクリーン背景

    ▲「Incomplete Ruler」のステージ。下手(しもて)の小さな木と上手(かみて)の大きな木の間で陸と天が交差し、楽曲の最後で天だけが下手からはける。湖は錦織監督のオーダーで、大きさのちがう2本の木は東地氏の発案だった。この木々からインスピレーションを得て、演技や演出が考案されていった

    ▲東地氏によるスクリーン背景。雪の舞う夜明け前の薄暗い湖面の絵と、陽光に照らされて輝く木々の絵の2点が描かれ、楽曲の進行に合わせて陽が昇っていく様子が表現された
    ©BNOI/劇場版アイナナ製作委員会

    INFORMATION

    月刊『CGWORLD +digitalvideo』vol.299(2023年7月号)

    特集:『劇場版アイドリッシュセブン LIVE 4bit BEYOND THE PERiOD』
    定価:1,540円(税込)
    判型:A4ワイド
    総ページ数:112
    発売日:2023年6月9日

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    TEXT_尾形美幸/Miyuki Ogata(CGWORLD)
    EDIT_李 承眞/Seungjin Lee(CGWORLD)
    文字起こし_大上陽一郎
    PHOTO_弘田 充/Mitsuru Hirota