本日、10月13日(金)に劇場公開を迎えた『大雪海のカイナ ほしのけんじゃ』。今年1〜3月に放送されていたTVシリーズ『大雪海のカイナ』と同様、ポリゴン・ピクチュアズ40周年記念作品として制作された。本作ではTVシリーズの続編として、主人公のカイナやリリハたちが水源となる「大軌道樹」へと向かう物語が描かれる。

今回は特別にメイキングを3回に分けて紹介。第3回目は、背景動画ショットを支える原図チームとエフェクトチームの取り組みを解説する。

記事の目次

    ※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 302(2023年10月号)からの転載となります。

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    Information

    『大雪海のカイナ ほしのけんじゃ』
    10月13日(金)劇場公開
    アニメーション制作:ポリゴン・ピクチュアズ/配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
    ooyukiumi.net

    美術とエフェクトをつなぐBGセットアップチーム

    • 池上裕貴氏
      BGセットアップスーパーバイザー
    • 須藤太一氏
      エフェクトスーパーバイザー

    地面が割れるシーンなど、背景にエフェクトが関与して変化を起こす広義の背景動画ショットは、美術チームとエフェクトチーム、そしてそれらの間を取り持つ原図チームが密接に連携して仕上げた。定義は様々だが、一般的にアニメ制作における原図といえば、コンテや3DCG背景から美術作成のための設計図を用意する部署のこと。

    しかしPPIでは、さらに発展してプロジェクションのための仮コンポジットと検証、マスク、作画のレタッチ、エフェクトからの相談対応など、複雑な背景動画ショットにおけるハブ役に発展している。そのためPPIの原図チームは、「原図」に留まらない守備範囲の広さからBGセットアップ(以下、BGS)チームと呼ばれている。

    BGセットアップスーパーバイザーの池上裕貴氏はこう語る。「本作は描かれるシチュエーションが地底から宇宙までとかなり幅広く、美術を動かして壊すといった特殊なショットも多めでした。ダイナミックなカットでは、観客にも“おっ!”と感じてもらえるように、魂を込めてつくりましたし、結果として上手くいったと自負しています」。

    背景動画ショットのフローは、エフェクト作業後に美術に進む、通称「FX後美術」と、美術が固まってからエフェクト作業を行う「美術後FX」に大別される。基本的には「FX後美術」のフローで進めたが、美術が確定しないとどんな要素が含まれるかわからず、エフェクト作業を進められないショットは「美術後FX」フローで進めた。この場合でも、美術確定前に進められる検証は進めておき、最終的に統合するようにした。

    「通常の作品ではエフェクトとBGSが密に絡むのは1ショットあるかどうか。でも今回はあちこちでありました。地面を踏み抜くショットは『BLAME!』(2017)での知見が役立ちましたが、それ以外はやってみないとわからないねと。技法的な面でどうやったらできるかを揉みながら進めたのですが、これがなかなかない経験で。楽しかったり嬉しかったりしながら進めました」と語るのは、エフェクトスーパーバイザーの須藤太一氏。

    エフェクトは全てHoudiniで制作しているが、飛沫など頻出するエフェクトは前述の通りアセットに組み込まれていたため、エフェクトチームはショット固有のエフェクトの精度を高める作業に注力できたという。

    ショットの基本となる「FX後美術」ワークフロー

    エフェクトと美術が絡むショット設計のうち、エフェクト後に美術工程が動くワークフロー。背景動画ショットは基本的にはこのフローで進められた。レイアウト・アニメーションを受けてエフェクトチームが作業を行い、BGSチームは美術前の原図作業を行いながら、美術後にはライティング・コンポジット用にmatteNuke(Nukeによるマットのセットアップ作業を指すPPI内部の用語)作業を行なった。

    ①FX後美術:レイアウト〜エフェクト

    ここからは「FX後美術」ワークフローにおける作業のながれを解説する。まずはレイアウトからエフェクトの作業例。 

    •  レイアウト
    • エフェクト。Houdiniで煙と地面破砕のシミュレーションを行なった
    Houdiniの破砕シミュレーション作業画面。Alembicで出力してBGSチームの作業に移る。この破砕シミュレーションによって見えてくる断面が確定するため、原図作業を経て美術作業が可能となる

    ②FX後美術:BGSチームの原図と仮セットアップ

    「FX後美術」ワークフローにおける、BGSチームの原図とプロジェクションの仮セットアップ作業。

    原図。美術チームへの申し送りが記入され、映る範囲の遷移が赤枠で示されている。破砕エフェクトのタイミングに沿ってプロジェクションするために、フジツボあり・なしの2種類を依頼。断面のシェーディングセットアップの下地として、BGボードが活用された
    • フジツボなし
    • フジツボあり。このほか、ひび割れや破砕したフジツボ破片のブックが含まれる
    Nukeでの仮組み(Nukeセットアップ)を原図PSDと同時並行で進め、検証を終えたところで原図を美術チームへ。「美術との差し替え後に修正しやすいように、仮の原図素材であらかじめトラブル対策を行なっていました。構成の工夫で美術の作業がスムーズに進みます」(池上氏)

    ③FX後美術:Nukeセットアップ(matteNuke)

    ライティング・コンポジットのために行うmatteNuke作業。

    • 表裏両面にプロジェクション
    • 表面にのみプロジェクション。この状態では各オブジェクトにエラーが出てしまうため【左画像】のようにマッピングした
    【左上の画像】と併せて、後からテクスチャの色味を変更できるように裏面は別マスク化
    • 美術をマッピングした背景
    • 土煙のエフェクト
    • キャラクター。隆起した地面に隠れる部分はマットアウトされる
    • Nukeでの仮組
    美術素材をBGSチームが受け取り、matteNukeセットアップ。「美術になってはじめてわかる情報や色味は、美術後のNukeセットアップでマットを再構築してからライティング・コンポジットチームに渡します」(池上氏)

    ④FX後美術:完成ショット

    BGSチームが用意したNukeスクリプト(NKファイル)を使って、ライティング済みのレンダリング素材(EXR形式)、美術からのPSD、エフェクト素材をコンポジットして完成となる。

    美術先行となるイレギュラーな「美術後FX」ワークフロー

    美術が確定してからエフェクト工程が動き出すワークフロー。レイアウト後、まず美術を進めるためにBGSチームが原図を起こす。そして美術の完成後にエフェクトチームが作業を行い、BGSチームがNukeでチェック用のマット動画を作成。修正があればエフェクトに差し戻し、OKであればmatteNukeをセットアップしてライティング・コンポジットへ進む。

    ①美術後FX:レイアウト

    ここからは「美術後FX」の制作のながれを解説する。まずはレイアウト。確認用に仮の破砕エフェクトが組み込まれている。池上氏は本カットについて「今回一番難しくて、すごくこだわったカット」と話した。

    ②美術後FX:BGSチームの原図と仮セットアップ

    「美術後FX」ワークフローにおける、BGSチームの原図とプロジェクションの仮セットアップ。

    • 原図
    • 仮素材をプロジェクションして構成を確認
    美術を受け取り、申し送りを記入してショット工程に渡す

    ③美術後FX:エフェクト

    膜が剥がれて吹き飛んでいくエフェクトを作成してAlembicで出力。崩壊して塵になる部分、カット終わりまでにエフェクトがおよばないスタティックな部分、遠景部の3要素に分かれている。物量的な問題なのか、キャッシュを読み込んで再生するとNukeがクラッシュしてしまうため、フレーム単位でAlembicキャッシュを分割し、スイッチノードで切り替えるというアプローチで構築した。なお本カットではデプスマットやロトマスクのつくり直しも発生したため、リテイク時には再構築にかなりの負担がかかったという。

    ④美術後FX:プロジェクションセットアップ テイク1

    チェック用のセットアップを作成し、監督チェックを受ける。

    BGSチームがエフェクトデータを受け取り、美術を乗せてプロジェクション。これで監督チェックを受けた
    チェックの結果、リテイクが出たため、エフェクトを再調整。「エフェクト工程で監督OKが出たので美術セットアップに進んだのですが、差し替えてルックチェックしたところ、やっぱり……となりました。本作で一番苦労したカットです」(池上氏)

    ⑤美術後FX:プロジェクションセットアップ テイク2

    調整したエフェクトデータを受け取って、BGSチームが再セットアップ。

    修正し再構築したシーン。エフェクトの動きについてはOKが出た

    ⑥美術後FX:matteNukeセットアップ

    エフェクトの動きではOKが出たが、セットアップ自体には修正の余地が見つかった。 

    • エフェクトでOKが出たショット
    • 同、OKが出たショット。つぶさにチェックしたところ、①透明の天膜が重なりあって見映えが良くない、②木の枝が上のレイヤーにあって、天膜に挟まれていない、③天膜のアルファが再現できておらず、美術との差が出ている、④木の枝の回転率を修正した方が良い、という4つの指摘が出た。以降、これらの修正に対応していくことになる

    ①重なり合った天膜の見映えを改善
    天膜の見映えについてはルミナンスキーで明るい部分をマスクし、マットになるように色味が調整された。

    • 調整前
    • 調整後

    ②木の枝が天膜に挟まれているように表現
    木の枝はエフェクトに含まれていないため、天膜と枝の前後関係を正すためには、エフェクトを分割して出力し直し、再セットアップする必要がある。そのための膨大な手間を省くため、NukeのFillMatノードで必要な部分だけをマスクした。

    • FillMatの使用前
    • FillMatで手前部分だけのマスクを得る。このマスクを使ってコンポジットで膜と枝の前後関係を正している

    ③天膜の透け感を表現
    天膜のアルファ再現。

    • 美術。天膜の向こうの森の描写から、天膜の透け具合を感じる
    • 調整前。美術で描かれている透けるような見映えが失われている
    アルファを調整し、できる限り美術の見えに近づけた。最終的にはここに油膜のような光彩も加えられる

    ④木の枝の回転の修正
    木の枝の回転を修正。

    監督からムービーでフィードバックされており、それに合わせるかたちで動きが修正された

    CGWORLD 2023年10月号 vol.302

    特集:『ポリゴン・ピクチュアズ40周年をふり返る』
    判型:A4ワイド
    総ページ数:112
    発売日:2023年9月10日
    価格:1,540 円(税込)

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    TEXT_岸本ひろゆき
    EDIT_海老原朱里 / Akari Ebihara(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada