製鉄所の爆発により時が止まった冬の街を舞台に、少年少女たちの葛藤と未来への挑戦を描く、映画『アリスとテレスのまぼろし工場』。アニメ『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』(2011)の脚本などで知られる岡田麿里氏が脚本・監督を務め、MAPPAが制作を担った長編アニメーション作品で、2023年9月15(金)から劇場公開された。今回はそのメイキングを全3回に渡ってお届けする。

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    関連記事:MAPPAこだわりの映像美を3DCG&撮影を中心に紐解く、映画『アリスとテレスのまぼろし工場』(1)(2)

    ※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 304(2023年12月号)からの転載となります。

    映画『アリスとテレスのまぼろし工場』
    脚本・監督:岡田麿里、副監督:平松禎史、キャラクターデザイン:石井百合子、演出チーフ:城所聖明、美術監督:東地和生、音楽:横山克、制作:MAPPA、配給:ワーナー・ブラザース映画、MAPPA
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    ©新見伏製鐵保存会

    作品のクオリティと効率を上げるMAPPAの取り組み

    本作では最終画面をメインスタッフ間で共有するため、撮影作業の指標となる「画面設計」を作成した。これは淡輪氏が撮影作業に先立ち、背景・セル・合成素材などを用いてPhotoshopで構成した、撮影の仕上がりイメージである。

    背景のボケ幅や彩度の調整、落ち影の明度など、タイムシートなどでは上手く伝えられない内容を、この画を使ってスタッフ間で共有した。そもそも画面設計には、上がってきた素材で実際のカットが作成できるかという試作の意味もあり、設計の過程で不具合のある素材は担当部署に戻すこともあったという。

    なお、画面設計にある描画モードやレイヤーの重ね順などは撮影作業の時短にもつながったそうだ。MAPPAはまた、カットチェックの効率化を図るために、カット確認用の「スチルビューア」を自社開発。これはWebベースのツールで、サーバにアップされたカットの動画をプレビューできるほか、テイクの管理や進捗確認なども行える。

    非常に軽快な検索性をもち、MAPPA全部署において制作を支える重要なツールになっている。最新のアップデートでは連続再生機能とボールドスキップ機能が追加され、今後は画像から検索できる機能の実装をも予定されている。

    撮影監督・淡輪氏による撮影作業の指標「画面設計」

    淡輪氏が作成した画面設計。撮影処理の具体的なパラメータを含め、撮影スタッフに対する細かい指示が書き込まれている
    画面設計のレイヤー部分。本作は背景美術の段階で光源や遠近感がしっかり設計されているため、画面設計では主に作画と3DCG、そして背景のマッチングに徹しているという。「撮影工程でも処理の足しすぎや安易なテンプレ作業になってしまわないように、ワンショットずつ、演出意図に向き合った撮影を心がけてもらいました」(淡輪氏)

    MAPPA開発の「スチルビューア」でチェックを効率化

    撮影班の依頼を受け、R&Dスタッフが開発したWebアプリケーション「スチルビューア」。サーバにアップされた過去テイクを含む全カットを任意の条件で一覧表示できる。ムービーファイルはビューア用に最適化されており軽快に再生やコマ送りができるほか、カット情報の表示や撮影のプロジェクトファイルなど、そのカットに関連したファイルへのアクセスも提供している。

    Webベースのためアプリケーションのインストールも不要で、社内ネットワークに接続されていれば、作業環境を問わず容易にカットをプレビュー可能。制作側も作業側も管理コストが下がり、映像制作に専念できる工夫のひとつである。

    第五高炉に差し込む木漏れ日のアニメーション

    ここからは特に注目すべきカットについて、紹介していこう。まずは作中でも特に美麗なシーンである、第五高炉内に陽が差し、落ちた影がゆっくり動いていくカット。これもマスクワークで表現している。建屋内のベースカラーと影素材、光用のフィルタ素材などを合成し、ライトにアニメーションを付けてArnoldでレンダリング。

    それをライトマスクとして、影が動いていく効果をつくっている。「CG制作サイドとして、ここは本当に大変なカットでした。時間経過をモデルでも表現するために、建物の一部を壊したり草を生やしたり、テクスチャや形状などをかなり修正したんです」(小川氏)。

    修正加工した第五高炉のモデル。影を落とすため、天井には穴の空いたメッシュを配置している
    完成カット

    緩やかに波打ち煌めく水面

    キラキラと輝きながら揺れる水面のカット。ピントも上手い具合にはまっており、見ていて気持ちが良い。「このカットは東地さんから『水面にディテールがあって、てらてらしているような感じはNG』と言われていたので、てらてら感の状態からディテールを間引いて仕上げました」(藤田氏)。

    AEで素材を素組みしたところ
    • 【上画像】に水面の質感を追加
    • 【左画像】に、さらに画面外から流れてくる波のテクスチャを加え、波の起伏に合わせて高低差に沿って水が流れるように。さらに反射部分にキラキラを足し、玉ボケのグラデーションを追加して完成
    レイヤー構成。BG素材に水面の反射素材を合成し、その上に2種類のフレアを合成している

    マスクワークで実現する自然なライティング

    本作では光源設計をしっかり行なってから撮影することが心がけられていたため、作品全体を通してエフェクトは控えめで、キャラクターがなるべく自然にシーンに溶け込むような画になっている。例としてトンネル内のシーンでは、懐中電灯に照らされている部分だけが明るく、奥側は暗い。これによりキャラクターがシーン内で不自然に浮くことを回避している。

    • 素材の素組みの上に懐中電灯の光のマスクを乗せたところ
    • 完成ショット。【左画像】のマスクのうち、キャラクターと壁には光を当て、図中央にある中空の背景には光を拡散しないようマスクワークが行われた

    印象的なカットでのカメラマップの活用

    本作では随所にカメラマップを利用したカメラワークが使用されている。下記の例はその一例で作中、睦美が正宗の家を訪れて居間に入っていくというカットだが、睦美の動きに合わせてカメラが3次元に動いていく。このカメラマップの処理は小川氏が率いるMarcoによって作成されている。

    3ds Maxによるカメラマップの作業画面。美術から上がってきた背景素材を切り出してメッシュにプロジェクションし、構成されている
    完成したカットから一部を抜き出したもの。一見すると止めの背景でも成立するようなカットだが、背景パースが変化することで観ている人に強い印象が残るカットに仕上げられている

    80年代の小型乗用車を再現

    作中に登場する多くの自動車は3DCGアセットによってアニメーションされている。物語が進行する時代が80年代の地方都市をベースにしているため、登場する車種も懐かしい自動車が多い。これらの車輌モデルは主にMarcoが作成している。車輌のモデルは、セルアニメ調では立体感が伝わりにくいということもあり、アンビエントオクルージョンとリフレクションを載せるリッチな質感を採用。背景に馴染むルックに仕上げられており、背景の密度に負けていないアセットとなっている。

    作中で登場するNISSAN PAOのレンダリング画像。当時の資料を基に忠実にモデリングされている
    PAOの登場カットを抜粋したもの。美術背景にしっかりと馴染んで、背景美術の一部として違和感なく溶け込んでいる

    取材協力

    撮影監督・淡輪雄介氏、撮影監督補佐・藤田健太氏(以上、MAPPA)、3Dディレクター・小川耕平氏(Marco

    CGWORLD 2023年12月号 vol.304

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    発売日:2023年11月10日
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    TEXT_大河原浩一
    EDIT_海老原朱里(CGWORLD)/ Akari Ebihara、山田桃子 / Momoko Yamada