映画『チャッピー』におけるアセット制作では、主役チャッピーそのもののデザインが制作の中核を占め、その中でも3DCGによるデザイン作業は長く、密度の濃いものであったという。その道のりをImage Engineモデラーチームの一員として歩んだ松村智香氏に、Image Engineがこれまで手がけた中でも最も複雑だったと言わしめる本作のモデル制作について話を聞いた。
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<1>機械としてリアリティのある機構・構造
ニール・ブロムカンプ/Neil Blomkamp監督と、WETA Workshop(以下、WETA)が作成したコンセプトアートはImage Engine社に渡され、そこから3Dでのデザイン作業が始まった。
監督の要望により、チャッピーは実在すると信じさせるための1つ方策として、チャッピーにロボットとして実際に動作する構造を持たせることが求められた。そのため、モデリングはリグ担当者と関節の構造を検討しながら進められたという。こうして作成されたコンセプトモデルを下に、ディテールや関節の細部構造が作り込まれていった。
映画『チャッピー』 Blu-ray&DVD 9月18日(金)発売
脚本・監督・製作:ニール・ブロムカンプ/共同脚本:テリー・タッチェル
出演:シャールト・コプリー(チャッピー)、デーヴ・パテル(ディオン)、ニンジャ(ニンジャ)、ヨーランディ・ヴィッサー(ヨーランディ)、ホセ・パブロ・カンティージョ(ヤンキー/アメリカ)、シガニー・ウィーヴァー(ミシェル)、ヒュー・ジャックマン(ヴィンセント)
VFX制作:Image Engine、The Embassy、Ollin VFX、BOT VFXほか
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
Image Engineで作られたチャッピーのモデルデータはその後WETAに戻され、3Dプリンタで各パーツがプリントされ、等身大プロップが作られる予定だった。CGのチャッピーが実際に動くように見える以上に、プロップのチャッピーは実際に関節が動く必要があった。
「各パーツがきちんとメカニカルに動くように、ボルトやジョイント、ギア、ピストンなど、大小の部品を1つ1つ組み立てながらデザインを決めていきました。まさに設計図を作成するかのような作業でした」と、松村智香氏はふり返る。
WETAが描いたコンセプトアートの一例
<2>3Dプリントでプロップとしても使用されるモデルデータ
3Dプリントでもモデリングデータが使用されるということは、1つ1つのパーツのモデリングにも以下のような制約が特別に課されることになった。
・パーツ同士が相関してはいけない
・薄い部位でも最低限の厚みがあるようにする
・立体として、"閉じた構造"にする
......これらのルールは表から見えないどんなに小さな部品でも徹底された。
松村氏は次のように語る、「普段は板ポリで作る部分も裏面を作ってあげたり、ぶっ刺しで済ませられる部分も穴をくり抜いたりしなければならず、やってみると意外と通常のモデリングよりも時間がかかることに気がつきました」。
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松村智香/Tomoka Matsumura
東京都出身。慶應義塾大学の理工学部を卒業後、2001年に日本テレビ入社。同年にスタジオジブリに出向。日本テレビ退社後、2007年にポリゴン・ピクチュアズにてプロダクション・マネージャーとして働きながら、モデリングを学ぶ。2009年、ワーキング・ホリデーを利用してバンクーバーへ移住。同年からImage Engineにて、ハードサーフェス・モデラーとして活躍中。
vimeo.com/user14692876
またチャッピーは基本的に工業用ロボットと同様に実在しうるパーツで作られているように見せるため、サブディビジョン・サーフェスをかけた状態でもエッジのベベルが滑らかすぎず、硬すぎず、どのパーツも均一であること、曲面に穴や切込みがある場合でも曲面がきちんとスムースになっているなど、通常のモデリング以上に高い精度が求められたようだ。その一方で、本作品のモデリングに実際に使用されたテクニックとしては必ずしも特別なものではなく、これまでに積み上げてきたテクニックの集積であったという。
「分解してみると、パネル、フレーム、ボルト、ピストン、ギア、ジョイント、モーター、コネクター、ポートのように工業パーツの組合せなので、作成した部品の数は大量でしたが、実はモデリング作業としては普段のハードサーフェスモデリングと大差ありません。また、内部のメカニカルな構造にはブーリアンを多用して、複雑そうに見える部品を幾つか作成し、各部の仕様に合わせて根気よく組合せていきました」。
▶︎次ページ:<3>感情をもつロボットとして人間らしい動きを
[[SplitPage]]<3>感情をもつロボットとして人間らしい動きを
チャッピーはロボットでありながら「感情をもつ」キャラクターであるため、実写撮影時にはグレイスーツを着た俳優シャールト・コプリーが演じ、その演技を下に、CGアニメーターがアニメーションさせることになっていた。このためチャッピーのモデルは機械として実際に動作する構造であるだけではなく、人間と全く同じ動きができることも求められた。
「メカニカルな構造でありながら、ヒューマンモデルと同じレベルのアニメーションができることが求められました。そのことを常に考慮して、ロボットでありながら、なるべく動作に制限がなく、スムースに動くように設計していきました。ブロムカンプ監督にはパーツごとにほぼ毎日チェックしていただき、デザインと動作の両面からできるだけ多くのフィードバックもらい、ディスカッションを繰り返して、デザインを完成させていきました」。
CHAPPiE BREAKDOWN REEL from Image Engine
当初からデザインの目標の1つは、シャールト・コプリーの演技や感情表現をチャッピーで再現することにあった。コンセプトデザインを決定する段階からずっと、ブロムカンプ監督やVFXスーパーバイザーと共にモデリングチームは、シャールト・コプリーの演技を再現するために、「メカニカル」なのに「人間の動作」ができるモデルとはどういうものかを話し合っていた。人間らしい感情表現をするために必要な方法を検討した結果、いくつかのパーツが着目された。
「彼の演技を分析したところ、特に手や指の動きが重要であると考えました。そこで手や指に関してはヒューマンモデルと同様の動きができるように設計し、作り込みました。また耳や、ブロー・バー(眉の棒)と私達が呼んでいた目の上のパーツも、ロボットの部品に見えますが、人間らしい感情表現に有効と考え、なるべく可動・回転域を大きく取れるようにデザインしました」。
その他にも細かな部分まで調整が続けられた。
「些細なことですが、チャッピーは色々学習する中で、人間のような歩き方や怖がり方をするようになります。そのような場合、アニメーションでは微妙な重心変化やポーズの調整をする必要がありますが、そのようなことも考慮して、『人間』としても『ロボット』としても 自然な動きができるようにモデリングしました。チャッピーは工業的なパーツのみで構成されていますが、ほぼ完全に人間の取る動きやポーズを再現することが出来ます」。
このようにしてチャッピーを構成する1つ1つのパーツは、「人間らしい動き」の実現と、デザイン的な面白さの両面を追求して作り上げられた。
<4>チャッピーのモデルのバリエーション
さらにチャッピーのモデル制作を複雑にした要因として、チャッピーが物語中で様々な状況の中でディテールが変化していくことが挙げられる。最初は警察用に作られた汎用ロボット(劇中では"スカウト"と呼ばれる)として登場し、事件に巻き込まれることで、一部が破損したり、汚れたり傷ついたりしていく。またパーツが取り替えられたり、表面にペイントされたり、シールが貼られたりもする。モデルチームでは、このようなチャッピーの変化に対応するため、壊れ具合やペイントのちがいなどで大きく分けて8つのバージョン(STATE)を作成した。そのうち、モデルによるバージョンちがいは以下の6種類となった。
・STATE 1:スカウト基本形
・STATE 2:ダメージスカウト
・STATE 5:顔面に石をぶつけられたチャッピー
・STATE 6:腕を切られたチャッピー
・STATE 7:腕を付け直してもらったチャッピー(付属でアクセサリー着用)
・STATE 8:様々なパーツが壊れているチャッピー
......残りのバージョンはテクスチャのちがいで表現された。敵役となるロボットのムースも同様に壊れ状態によってSTATE AからFまで作成された。壊れたり、弾丸を受けたりしたモデル作成にはZBrushも使用されている。このようにして作成された各バージョンのモデルはレンダーレイヤーの形でデータベースに登録された。そしてレンダリングする際には、そのシーンでどのSTATEを使用するべきかを自動参照できるインハウスの管理ツールを使用して、適切なバージョンのデータが読み込まれるワークフローが構築された。
WETAが作成した「ムース」のコンセプトアートの一例
▶︎次ページ:<5>大人数で1つのモデルに取り組んだ『チャッピー』
[[SplitPage]]<5>大人数で1つのモデルに取り組んだ『チャッピー』
このように大規模になった本作品のモデリング工程全体について、松村氏は次のようにふり返る。
「外装に関してはコンセプトアートをある程度参考にすれば良いので、いわゆるモデリングという感じでしたが、内部構造を作成する作業は、まさにエンジニアになってデザイン、設計をしているという感じでした」。
image courtesy of Image Engine
ムースのVFXショットブレイク例。(左上)背景プレート、ムースのガイドとなるドローンが視認できる/(右上)ムース3DCGモデル/(左下)マズルフラッシュや粉じん等のエフェクト素材/(右下)完成形
チャッピーとムースはそれぞれ3~4人ずつのモデラーがパーツごとに分担して同時に制作が進められた。
「モデルチーム全員で工業用ロボットや工場の機械、車のパーツなどの参考写真を集め、使用できそうな部品を3Dで作成し、チーム内で共有することで統一感のある、かつ工業デザインとして説得力のあるモデルを構築していきました。お互いのパーツを常にチェックしつつ、またスケジュール的に厳しいパーツは、チャッピー、ムース問わず助け合いながら作業したので、個別のモデルを担当するような今までのプロジェクトでは得られなかったチームの一体感を味わうことができました」。
各モデラーがパーツごとのファイルを更新し続ける一方で、モデルリードが常に最新のパーツを集め、統合モデルをアップデートし、全体のバランスを確認し、必要に応じてパーツの追加、削除、置き換えを行なった。複数のモデラーで1つのモデルに同時に取り組むため、チーム内でパーツ共有のための管理ファイルを作成し、他でも使えそうな部品があれば、そのファイルにインポートし、更新することで効率化が図られたという。
「プロジェクトの終わる頃には、ホームセンターの商品棚のように、大小の工業パーツが並んだ面白いファイルができていましたよ」。
<6>ニール・ブロムカンプ監督について
最後に、プリプロの段階から本作品におけるモデリングの全工程を通して、ブロムカンプ監督と密に付き合うことになった松村氏に、監督の印象を語っていただいた。
「ブロムカンプ監督はVFX全般について知識が深く、全てのプロセスにとても積極的に参加してくれます。監督の中には断固としたワークフローや要望があり、その上で共に働く私達に何をしてほしいか、どんな問題を解決してほしいかということを常に明確にしてくれました。とは言え、全てを事細かに指示するわけではなく、アーティストたちにも色々と試行錯誤させてくれたり、クリエイティビティを発揮させてくれたりもしました。スタジオに来て、ジョークを言いながらエネルギッシュにアーティストの席をひとりひとり回って、チェックをすることも度々でしたね」。
また制作業務以外でも、ブロムカンプ監督の人懐っこいパーソナリティに魅了されたスタッフは多かったようだ。
「チェックをしながらも、普通の同僚のようにこんなスーパーカーを買いたいんだよねというような会話をしたりもします。それから、夏にディナークルーズを私たちスタッフ全員のためにチャーターしてくれたときには、突然操縦席から現れ、私たちを驚かせたり、といった思い出もあります。ブロムカンプ監督は制作期間中、常にスタッフやプロダクションと協力的な関係にあり、皆がぜひまた一緒に働きたいと思わせる監督です」。
TEXT_奥居晃二 / TEXT_Kouji Okui
EDIT_沼倉有人(CGWORLD) / EDIT_Arihito Numakura(CGWORLD)
Special thanks to Image Engine & GRAMMATIK