今年公開されたニール・ブロムカンプ監督の最新作『チャッピー』でも、ブロムカンプ監督の長編デビュー作『第9地区』からタッグを組むImage EngineがVFX制作をリードした。人工知能ロボットが人間と同様の"心"をもつという、本作のテーマを映像化する上では、まさに"魂を込めたVFXワーク"が成否の鍵をにぎった。そんな『チャッピー』のVFX制作について、Image Engineのマーク・ウェンデルCGスーパーバイザーに話を聞いた。
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<1>ニール・ブロムカンプ監督の原点回帰とも言える意欲作
ニール・ブロムカンプ/Neil Blomkampにとって長編監督第3作目となる『チャッピー』(2015)。本作はある意味において、原点回帰だったのではないだろうか。彼の映画にとって、生まれ育った南アフリカの首都ヨハネスブルグは切っても切り離せない地である。彼の名を世界中に知らしめることになった『第9地区』(2009)の撮影の舞台になったのもヨハネスブルグであるし、物語もSF作品でありながらヨハネスブルグの世情を色濃く反映させたものであった。長編第2作であった『エリジウム』(2013)こそ、制作規模を拡大して、物語の舞台と撮影をLAに移しているが、主題はやはり南アフリカでの社会問題に通底している。
映画『チャッピー』 Blu-ray&DVD 9月18日(金)発売
脚本・監督・製作:ニール・ブロムカンプ/共同脚本:テリー・タッチェル
出演:シャールト・コプリー(チャッピー)、デーヴ・パテル(ディオン)、ニンジャ(ニンジャ)、ヨーランディ・ヴィッサー(ヨーランディ)、ホセ・パブロ・カンティージョ(ヤンキー/アメリカ)、シガニー・ウィーヴァー(ミシェル)、ヒュー・ジャックマン(ヴィンセント)
VFX制作:Image Engine、The Embassy、Ollin VFX、BOT VFXほか
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
そんな『チャッピー』のアイデアは、ブロムカンプ監督が2003年にVFXアーティストだった時期に制作した(※公開は2004年)自主製作短編『Tetra Vaal』に端を発している。そこではチャッピーと似たデザインの警察ロボットが、ヨハネスブルグの街中をパトロールしたり、銃撃事件に対処したりする様が描かれていたのだが、そのエッセンスを忠実に継承すべく本作のロケーションもヨハネスブルグが選ばれたと言っても過言ではないだろう。
『チャッピー』は果てしなく起こる凶悪な都市犯罪に対処するために警察が"スカウト"と呼ばれるヒト型ロボットを導入したところから始まる。スカウトの開発者である天才科学者ディオン(デーヴ・パテル)は、独自に研究していた人工知能プログラムの検証をするため、廃棄処理の決まっていたスカウトの1台に密かに人工知能プログラムをインストールする。人工知能は上手く動作し、感情や創造性までを持つことになる。このスカウトは、やがて"チャッピー"と名づけられるのであった。
<2>感情をもつロボット、チャッピーの機械としてのリアリティ
チャッピー(スカウト)の初期デザインは『Tetra Vaal』に登場する、ブロムカンプ監督自身がデザインしたロボットを下にWETA Workshop(以下、WETA)によって描かれた。2D上でのデザインが承認されると、すぐに3DCG制作を担当するImage Engineでの、3Dによるデザインワークが始まった。
CG制作全般を監修したCGスーパーバイザーのマーク・ウェンデル氏は次のように語る。「これは『エリジウム』のようなこれまで作品のプロセスとはちがっていました。『エリジウム』では最初にWETAでマケットを作り、それを下にImage Engineで3Dモデルを作成していました。ところが今回は、まったく逆の手順だったのです」。
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マーク・ウェンデル/Mark Wendell
Image EngineにCGスーパーバイザーとして在籍中。業界歴20年以上をほこるベテランとして、実写VFXから長編アニメーションまで幅広く手がけている。生物科学の修士号を取得後、Santa Barbara Studiosの初期メンバーとしてキャリアをスタート。パーティクル・ダイナミクス・システムの開発に携わるほか、エミー賞を受賞した『スタートレック:ヴォイジャー』のタイトルシークエンスの制作に参加。その後、Pacific Data Imagesに移籍。同社がPDI DreamWorks Animationとなってからも3DCGアニメーションのパイプライン構築をリードした。Sony Pictures Imageworks、オーストラリアのRising Sun Picturesを経て、『ホワイトハウス・ダウン』(2013)プロジェクトを機にImage Engineへ移籍し、現在に至る。
チャッピーは人間のように感情表現を行うため、ボディの動作範囲は人間にできるだけ近づけなくてはいけなかった。それと同時に、チャッピーの身体の構造は、実際の機械と同様に、本当に動作することが求められたのである。
「ボディの構造をデザインする上で、私たちの目標のひとつは"ごまかさないこと"でした。決して3DCG上で何かのパーツを曲げたり潰したりするのではなく、その機械的構造で実際にできることに忠実であることでした。そのことは結果として物理的に正しい動きでチャッピーに演技をさせることに成功しました。まあ、ときにはちょっとだけアニメーターのクリエイティビティに頼ることもありましたが(笑)」。
もうひとつの挑戦はMayaのIKソルバーの限界であった。
「チャッピーでは、ユニバーサル ボール ジョイントを使用しませんでした。彼の身体に使用されている全ての関節は一軸構造です。このことは、肩や肘と同じ動作範囲を、一軸構造の関節をいくつも連ねて実現しなくてはいけないということです。実験では、MayaのIKソルバーでは、この種の関節構造は上手く動作しないことがわかっていました。そこでわれわれのソフトウェアR&Dスタッフが、完全に新しいカスタムIKソルバーを書き上げ、チャッピーの腕や脊髄といった、いくつかの複雑な関節構造に使用したのです」。
3DCGでデザインすることは大変ではあったが、有効な点も多かったようだ。
「このようなデザイン工程が優れていたのは、デザインが完成したときには、同時に関節構造やリグの動作確認のとれている3DCGモデルも完成していたということ。2つの作業が一体化していたわけです。このやり方は大変有効だったので、できれば今後もこうしたタイプのデザイン作業を、ブロムカンプ監督をはじめ、その他の監督たちとも続けていきたいです」。
また、この有用性はWETAの撮影用プロップ制作でも証明されることになった。
「WETAはわれわれのモデルデータを3Dプリンティングし、そこからプロップを作成していましたが、立体出力後の調整はほとんど不要で、完全に動作するモデルを手に入れることができたのです」。この撮影用プロップは、ロボット組立工場のシーンなどで、スカウトたちが動力の入っていないシーンでのみ使用されている。また後のCGでの作業(VFXワーク)用に、大半の撮影時に、ライティングのリファレンスとしてグレイおよびクロムのボールと一緒に撮影された。
WETA Workshopが作成した、チャッピーの頭部の3DCGイメージ(左)と、それを下に作成されたメカトロニクス(右)
WETAでのプロップ組み立てが終了すると、次のステップとしてWETAの工房では大量のパーツ全てに、ペイントやマテリアルのデザイン作業が行われた。適切な素材の配置、塗装、シール、ペイントアート、汚れなどの処理が施されて完成された。そして今度は逆にそのプロップを使用して、様々なライティングの下でリファレンス撮影を行い、撮影した膨大な画像を取り込むことでCGモデルのテクスチャやマテリアル、シェーダの設定が行われていった。
「このように行ったり来たりの方法でチャッピーのデザインはブラッシュアップされていったので、最終的なデザインは、本当に皆の力が結集した、関わったスタッフの誰もが満足するものになっています」。
▶︎次ページ:<3>実写撮影の段階で演技の良し悪しを見定めるために
[[SplitPage]]3.実写撮影の段階で演技の良し悪しを見定めるために
実写撮影時には、俳優シャールト・コプリー/Sharlto Copleyがグレイのスーツを着用してチャッピー役を演じている。CGWORLD読者なら多くの方がご存知だと思うが、コプリーはブロムカンプ監督とは学生時代からの縁で全幅の信頼を得ている盟友であり、『第9地区』では主人公ヴィカス、『エリジウム』では傭兵クルーガーを、今回は感情をもつロボット、チャッピーを一部のスタントが必要なシーンをのぞいて演じている。
「グレイイスーツを着た俳優を使って撮影することは、ブロムカンプ監督からの要望でした。彼は1度の撮影で必要な演技要素を全て同時に演出したいと考えたのです。CGで演技をつける場合、その良し悪しの判断はポスト・プロダクションまで待つ必要がありますからね。この方法の良いところは、撮影の現場では全て俳優は実物の人間になるわけです。テニスボール相手に演じるのではなく、お互いに触れたり、見たりすることができますし、われわれも完璧なライティング・リファレンスを得ることができます。さらに、グレイイスーツの俳優が落とす影や反射は大変参考になり、最終合成時にCGキャラクターのリアリズムを向上させる際にも役立ちました」。
もちろん反対に大変になる作業も出てくることは覚悟しなくてはならない。
「チャッピーはシャールトの身体とは形状が大きく異なります。そのため背景素材チームは、非常に多くの複雑な(オーバー)ペイント作業をしなければなりませんでした。それでも、このペイント作業を始めるのを、1回目のアニメーション作業が承認されるまで待つことにしたので、作業負荷はかなり軽減できたと思います。ペインターたちは必要な部分に集中して作業することができますから。実は撮影チームは、大半のショットでグレイイスーツの俳優のいないテイクも撮影してくれていたのですが、ほとんど手持ちカメラだったため、背景の見えなかったところをペイントで足す際に、ちょっとだけ役立ったかなという感じです(苦笑)。それゆえに膨大な量のペイントワークの成果は素晴らしいものだと思います。彼らの仕事の痕跡が、完成した作品ではまったく見えないということこそが、彼らにとっては誇りだと思いますね」。
CHAPPiE BREAKDOWN REEL from Image Engine
<4>新たに導入された「ポストビズ」工程とは
本作品の制作において、非常に有効だったのが「ポストビズ」と呼ばれた制作工程だという。これは全ショット撮影直後に、最短期間で簡易版CGを制作し、全編を合成し試写できるようにしたもののことを指す。
ウェンデル氏は言う、「撮影が始まった早い時点で監督から要望がありました。監督は、内部的な試写ですら、チャッピーをグレイイスーツを着た俳優の姿ではなく、あくまでロボットの姿でしか見せたくなかったのです」。
VFXチームはこのために極短期間で900ショットを制作する必要があったという(ちなみに、本作の全VFXショットは1,300以上に達した)。しかも、この作業は本番用の作業と同時平行で進められたため、非常にハードだったそうだが、その後の制作を考えると得られるものは大きかったとのこと。
「これがアニメーターたちにとっては大変良いレッスンになりましたね。最大の収穫は、どうやってチャッピーの限られた顔のパーツで、感情豊かな演技を行うかということについて、道筋をつけることができたこと。チャッピーの顔まわりで可動できる部位は目の上にある眉と口元にある2つの棒、それに耳の動きだけでした。シャールト・コプリーはボディ・ランゲージだけで説得力のある演技を生み出すことにおいて定評があります。そこでまず、アニメーターたちはできる限りシャールトの演技を忠実に、チャッピーを合わせるようにしました。その上でチャッピーにしかないパーツに動きを加えていきました。くり返しますが、ポストビズにおける最大の成果は、本制作の前に演技の問題の大部分をクリアすることができたということです」。
▶︎次ページ:<5>本作品における大きなチャレンジ、「自動化システム」
[[SplitPage]]<5>本作品における大きなチャレンジ、「自動化システム」
本作のCGに求められたひとつの大きな課題は、できる限りフォトリアルにすることではあったが、ウェンデル氏にとってそれが最大の課題ではなかったようだ。
「フォトリアルなロボットのキャラクター制作は、『エリジウム』など今まで手がけてきた作品を通してすでに経験済みでしたからね。それよりも本作では、すさまじいハイクォリティへの要求に応えつつも、制作効率をいかに向上させるかということがテーマでした。そこで、制作工程の自動化とクオリティ管理のために、新たな手法をいくつも導入したのです」。
その好例が、チャッピーのモデルデータのバージョン管理である。ウェンデル氏は説明する、「チャッピーはこれまでImage Engineで制作した中でも最も複雑なモデルのひとつでした。チャッピーのモデルは劇中、次々にダメージの状態が変化していきます。弾痕、焦げた痕、交換された腕、引き裂かれた金属部品などです。これらの変化はジオメトリ、テクスチャ、シェーダの差し替えによって表現されているのですが、各々の状態に応じた、膨大な量のアセットのバリエーションが必要となりました。そのため、アーティストが間違ったバージョンのデータを使用して、レンダリング時間を無駄に費やす危険性が常にあったわけです。そうしたエラーを極力排除すべく、SHOTGUNのカスタム・フィールドを使って、制作管理の人間が各カットに適切なデータの組み合わせを指定することができるシステムを作り上げました」。
ショットブレイク<要素1>:(左)背景プレート/(右)チャッピーCGモデル
ショットブレイク<要素2>:(左)炎の素材/(右)ガソリンの流体素材
ショットブレイク<要素3>:(左)陽炎のゆらめき素材/(右)発火の素材
「これにより、アセットチームはチャッピーのパーツの全てのバリエーションを、コンフィグファイルひとつで管理できます。例えばライティング・アーティストがチャッピーをMayaに読み込んだ際、システムが自動的にSHOTGUNを参照し、どのダメージ状況が適切かを認識し、必要なジオメトリやテクスチャを読み込み、シェーダの値を全て適正なものにすることで、正しいルックにすることができるわけです。アーティストはどのパーツ、どのバージョンのデータに設定するかということをまったく意識する必要がありません。一連の処理は完全に自動で行われます。このシステムを構築したおかげで作業時間を大幅に節約できました」(ウェンデル氏)。
このシステムは、プリプロダクション中に構築され、本制作が開始する頃には機能していたため、比較的少ないアーティストで、短期間に多くのショットを制作することができたという。
コンポジット処理を施した完成連番
また、本作におけるもっとも負荷の大きなシミュレーションは、チャッピーの首にかけられたネックレスだそうで、この表現は約400ショットにも登場するそうだが、このシミュレーションにも自動化システムが大きく役立ったという。ネックレスはHoudiniを使用して、リジッド・ボディのダイナミック・シミュレーションで表現されている。シミュレーションの計算は、アニメーション作業が承認された後、自動的に開始されるように設計された。こうすることでアニメーターが上手くプリロールのアニメーションを作成さえしていれば、約50%のシミュレーションが完全に自動で済んだそうだ。アニメーションが承認されると、自動化システムによって、シミュレーション計算がシミュレーション・ファーム内で起動され、計算が終わると、レンダリングの要請が自動的にSHOTGUNに送られる。日々レンダリング結果はチェックされ、もしシミュレーションが上手くいっていれば、SHOTGUNでそのデイリーは承認済みとなる。それと同時に、自動的に次のネックレスのライティング作業に引き継がれることにもなる。上手くいかなかったシミュレーションは、FXアーティストが少し手を入れ、再び計算に入れる。この自動化システムは絶大なる作業時間の節減をもたらしたそうだ。
▶︎次ページ:<6>Image Engineを次なる高みへと引き上げた『チャッピー』プロジェクト
[[SplitPage]]<6>Image Engineを次なる高みへと引き上げた『チャッピー』プロジェクト
本プロジェクトは、ちょうどImage Engineで使用するインハウスツールを刷新しようとしていた時期に行われたという。同社ではツールR&Dにも積極的に取り組んでおり、ノードベースのアプリケーション開発ツールである「Gaffer」をオープンソースで公開している。『チャッピー』でもGafferをベースに、シェーディングとライティング作業のためのシステムを構築。そしてフィジカルベースのレンダラが投入されようとしていた。ルックデヴの段階でこれらは試験導入され、大変上手く機能したため、その後の制作ではより幅広く用いられたそうだ。自社開発の利点を活かし、上述のバージョンの自動管理システムとも上手く組み合わせることができたとのこと。
「『チャッピー』の制作を通して様々なことを学ぶことができました。このままGafferが完全なライティングとシェーディングのシステムとなるよう開発を継続するつもりです。Gafferの今後の展開が楽しみですね」。
本プロジェクトにおけるCG制作チームの成果をウェンデル氏は次のようにふり返る。
「各セクションが膨大な量の課題を、優秀なスキルと芸術性でクリアしてくれたおかげで、チャッピーはこれだけ存在感のあるキャラクターになりました。アニメーターたちはシャールトの素晴らしい演技をチャッピーに反映させ、さらに自分たちの芸術性を加えました。アセットとルックデヴのチームはすさまじいディテールと、大量のマテリアルを作成し、どんなライティング環境下でも自然な見た目に仕上げてくれました。ライティングチームは各シーンに合わせた正確なジオメトリ・ライトリグを作り、素早く完全に実写素材とライティングをマッチングさせ、そのおかげでコンポジターは、画的な調整やキャラクターと背景とのバランスに集中することができました。自動化システムを構築させたことで、FXチームは人為的な(アーティスティックな)操作が必要な部分に神経を集中させることができましたし、その他のチームもバージョン管理に時間をロスすることがありませんでした。映像制作においては、事前に投資しておけば必ず大きな見返りが得られるのです」。
TEXT_奥居晃二 / TEXT_Kouji Okui
EDIT_沼倉有人(CGWORLD) / EDIT_Arihito Numakura(CGWORLD)
Special thanks to Image Engine & GRAMMATIK