2015年11月中旬に開催された「2015 MEDIA TECHNOLOGY!」。その目玉企画となったのが、8Kサイズの立体視コンテンツである本作だ。22.2chの立体音響、さらに会場でのレーザー演出も組み合わせた、未来感に満ちあふれた本プロジェクトの実像にせまる。

※本記事は、月刊「CGWORLD + digital video」vol. 210(2016年2月号)からの転載記事になります。

<8KにS3Dと立体音響を組み合わせた"未知なる体験"の実現を目指す

昨秋の「Inter BEE 2014」と同時開催したNHKメディアテクノロジー(以下、MT)「創立30周年記念技術展」で8K×S3D展示上映を行い好評を博したことから、本企画がスタートしたという。「昨年は、MT内で完結していたのですが、今回はさらにハイクオリティなものを実現すべく、NHKエンタープライズ(以下、NEP)さんにご協力いただきました。NEPの演出力とMTの技術力を融合させた8K×S3D作品を目指しました」と、MTの斉藤 晶氏はふりかえる。そして、本作の演出・プロデュースを務めた、NEPの田邊浩介氏が掲げた「最先端のMV」というコンセプトの下、まずはコラボレーションするアーティスト探しがスタート。「先進的な表現や技法を積極的に取り入れているアーティストということで、サカナクションさんにお願いしたところ、快諾していただきました」(田邊氏)。

  • 8K×S3D×22.2ch立体音響『Aoi - 碧 - サカナクション』
  • 左から、斉藤 晶氏(TD/ステレオグラファー)、大塚悌 二朗氏(CGステレオグラファー)、田邊浩介氏(演出/ プロデューサー)、平嶋将成氏(CG Iスーパーバイザー)、 近藤貴弓氏(オンライン編集/グレーディング)、原口麻 衣子氏(CG Iデザイナー)、高橋和也氏(CG Iプロデュー サー)、森田 輝氏(CG Iデザイナー)。以上、『Aoi - 碧 - サカナクション』映像系の中核スタッフ


8月中旬からプリプロがスタート、9月には3DCG制作に取りかかった。担当したのは田邊氏と18年来の付き合いでもあるデジタル・ガーデン(以下、DG)の高橋和也CGIプロデューサーのチーム。DGは、S3Dのみならず「NHK技研 公開2015」向け8Kコンテンツの3DCG制作も経験していた。立体設計では、20年以上の実績をもつMTが独自に開発した立体設計ツールを活用。「スクリーンが大きくなるほど視差が増すのでS3Dの効果も増すため、立体設計がさらに重要になります」とは、大塚悌二朗CGステレオグラファー。フルHDの64倍という大容量データを扱うため、制作中は相応の忍耐力が求められたそうだが、確かな立体設計により、実写とCGが見事に調和されている。「8K×S3Dは、8Kの中でも非常に特別な存在だと思います。今回はレーザー演出を取り入れるなど空間デザイン的なことまで行えたことでアトラクションをつくる感覚もありましたね。実空間と映像の融合という未知なる体感を提供できたと思います」(田邊氏)。

8K×S3D×22.2ch立体音響『Aoi - 碧 - サカナクション』

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Topic 1:プリプロダクション

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Topic 1:プリプロダクション

<フルHDの実に64倍という8K×S3Dのデータ負荷>

本作はグリッドの世界から始まり、さらに海底から都市を抜け宇宙へ飛び出しライブ会場にたどり着くという5つのシーンで構成されており、S3Dはパンフォーカスとの親和性が高く効果的なため初期のコンテはほぼフル3DCGに近い演出内容となっていた。「本作の映像フォーマットは、8K(W7,680×4,320、60FPS)かつS3D(=L/Rの2種類)ということでフルHDの約64倍のデータ負荷となりスケジュールなども考慮すると3DCGを多用するのは難しく、中盤の都市を描くタイムラプスなど実写パートの比重を高めることで制作のバランスを調整してもらいました」と高橋氏。それでもほとんどのパートに何かしら3DCGの要素が入っているのだという。

8K×S3D×22.2ch立体音響『Aoi - 碧 - サカナクション』

実写素材は8Kデュアルグリーン信号をオリジナル形式の連番ファイルで収録したものをDPX方式に変換したが、高速の変換でも12倍を要したという(しかもL/Rだ)。
「レンダリング、コンポジット、編集素材などデータ受け渡しのためにハードディスクへコピーするだけでも膨大な時間を要するため、事前に仕様やスケジュールを厳格に定め、それに忠実に作業を行うことが大前提でした。小さなミスも許されないのでいつも以上に慎重に作業する必要もあり常に時間との戦いでした」とオンライン編集とグレーディングを担当した近藤貴弓氏。

9月中旬にはMTの駐車場に250インチのスクリーンを設置し、フルHD画質でのプリビズ試写が行われた。本番環境の奥行きや飛び出し感、1/1スケールの見え方をスタッフ間で共有。その後も久里浜にあるJVCケンウッドの研究所内のホールに8Kプロジェクタ(MT所有×1台、JVCケンウッドからのレンタル×1台)を設営するなどして試写を実施したという。「データ転送負荷などの問題から試写は3回が限界でした。完成したのはイベント上映前日で全体を通して見るのもその日が初めてでしたね。イベントに間に合うか不安もありましたが、全スタッフがプロフェッショナルな仕事をしてくれたおかげで無事完成に漕ぎ着けました」と、斉藤氏は語る。

8K×S3D×22.2ch立体音響『Aoi - 碧 - サカナクション』



■絵コンテ



  • 8K×S3D×22.2ch立体音響『Aoi - 碧 - サカナクション』
  • 8K×S3D×22.2ch立体音響『Aoi - 碧 - サカナクション』

演出コンテ(抜粋)。5.1chでレコーディングされたライブBlu-ray『SAKANAQUARIUM 2013 sakanaction ーLIVE at MAKUHARI MESSE 2013.5.19ー』収録曲、かつ最新ツアーのセットリストという条件に加えてMV化されていない(=固定イメージのない)曲ということで『Aoi』が選ばれた。「『Aoi』という楽曲は、サラウンドに適したコーラス、メリハリのある構成が本作にとてもマッチしていました」(田邊氏)。

■事前の検証



8K×S3D×22.2ch立体音響『Aoi - 碧 - サカナクション』

<A> プリビズ(プリ・ビジュアライゼーション)のMayaシーンファイル。UI中のハイライトした箇所がMTが開発したS3DツールのMayaプラグイン。アトリビュート(図・右下)でコンバージェンス(視差)等の値を入力すると、near limit、far limit、コンバージェンスのガイドがビューポート上で確認できるので、感覚的に立体設計が行える。

8K×S3D×22.2ch立体音響『Aoi - 碧 - サカナクション』

<B> サイドバイサイドのプリビズ映像。

8K×S3D×22.2ch立体音響『Aoi - 碧 - サカナクション』

<C> 9月11日(金)に実施されたプリビズ試写の様子。本番環境でも使用するスクリーンにHD品質のプリビズをS3D投影し、250インチでの立体感を検証。レーザー照明装置も持ち込み、立体映像との複合的な演出効果がテストされた。「映像制作に関わるスタッフ、レーザーや美術など空間デザインに関わるスタッフが一同に会し、本番環境での立体感を全員で共有しました」(田邊氏)。

■制作途中の試写と本番



8K×S3D×22.2ch立体音響『Aoi - 碧 - サカナクション』

<A> 久里浜にあるJVCケンウッドの研究所内に設けられたホールでの試写の様子。機材やデータ負荷の制約から、制作途中における8K×S3Dによる試写は3回に限られた

8K×S3D×22.2ch立体音響『Aoi - 碧 - サカナクション』

<B> 今回用いられたJVCケンウッドの業務用8Kプロジェクタ「DLA-VS4800」。S3D投影のために2台を縦置きしている

  • 8K×S3D×22.2ch立体音響『Aoi - 碧 - サカナクション』
  • 8K×S3D×22.2ch立体音響『Aoi - 碧 - サカナクション』

<C> 開催前日である2015年 11月11日(水)、ヒカリエホールでのキャリブレーション作業の様子。8K×S3D、そして22.2ch立体音響である本作は、上映できる環境が限られるため今のところ再演の予定はないそうだが、大いに期待したいところだ

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Topic 2:立体視差&3DCG

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Topic 2:立体視差&3DCG

<作業中のプレビューと実際の8K上映のギャップに苦悩>

3DCG制作については、過去のS3Dや8Kコンテンツの制作経験からデータ管理とクオリティを維持しつつレンダリングコストをいかに抑えるかが課題になると考え、まずは要素ごとに制作手法の検討が行われた。
「MayaとSoftimage、そしてAfter Effectsといった複数のツールをバランス良く使い分け、レンダリングの負荷やスタッフの負担を分散することにしました。世界観の統一と立体設計を順守すれば複数のツールが混在しても作業に大きな支障はありません。ただ、制作当初は8Kという大容量のデータマネジメントに気がとられてしまい立体視にまで意識がまわりきらず、オブジェクトが予想以上に飛び出していたり突き刺さっていたりしました(苦笑)。

また、作業中は最大でも50インチのモニタでしかチェックできなかったため、本番と同じ250インチに映してみると数ピクセルの誤差が数倍に拡大されてしまうという問題もありました。8K×S3Dは、HDサイズの立体視とは完全に別物でしたね」と、平嶋将成CGIスーパーバイザーはふり返る。

8K×S3D×22.2ch立体音響『Aoi - 碧 - サカナクション』

海底のシーンはMayaで作成しているが気泡はAEのParticularを使用しているためMTが開発したアプリを用いてMayaと同じカメラリグをAE上で再現しLRの出力を行なっている。海底を泳ぎ回る魚の群れはSIのICEを用いてベースの動きを作成し、その後Mayaに持ち込みアニメーションの微調整を行なっている。
「8K×S3Dは奥行き情報のレンジも広いため、少しの移動幅で魚が想定以上に飛び出て見えたり見えなかったりするのでシミュレーションだけではコントロールが難しいんです」とは、前半の海底シーンをリードした森田 輝CGI デザイナー。

Mayaでの作業自体はフルHDとさほど変わらないが、出力や画像ファイルの転送には膨大な時間がかかるためトライ&エラーが非常に限られるというジレンマもあったとか。同様に出力のミスやエラーも許されないため、ラングラー(レンダリングを管理する職種)的なスタッフが1名配備された。
「冒頭シーンで描かれるグリッドの太さも作業時と本番の8Kスクリーンで見たときとでは印象が大きく異なりました。数値だけでなく、8Kをイメージして画づくりをする必要にせまられました」(原口麻衣子CGIデザイナー)。

■自社開発したS3D設計ツール



8K×S3D×22.2ch立体音響『Aoi - 碧 - サカナクション』

NHKメディアテクノロジーが自社開発した「S3D Tool」アプリ版のUI。適切な立体設計をするためには、(1)上映スクリーンの大きさ(2)撮影時のカメラセッティング(Inter Axial、Convergence Distance、Focal Length等)、(3)視聴条件(View Postion、Eye Distance等)という3要素が必要となる。本ツールでは、これらの要素をパラメータとして、最適な撮影条件が手早く算出できる

■3DCG(その1)海中シーン



8K×S3D×22.2ch立体音響『Aoi - 碧 - サカナクション』

<A> 海中シーンの背景用Mayaシーンファイル

8K×S3D×22.2ch立体音響『Aoi - 碧 - サカナクション』

<B> 同シーンの魚群アニ メーションデータ

  • 8K×S3D×22.2ch立体音響『Aoi - 碧 - サカナクション』
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<C> 8K×S3Dという膨大なデータ負荷への対応から、魚群アニメーションを作成する上ではSoftimageのICEを用いて、全体的な動きや質感のトライ&エラーをプロシージャルに行い、そのデータをMayaへ読み込みブラッシュアップするというワークフローが採られた。「特に画面から飛び出るような大きな動きについては、手付けで細かく調整しました」(森田氏)

8K×S3D×22.2ch立体音響『Aoi - 碧 - サカナクション』

<D> 同シーンのAEコンポファイル。8Kサイズのコンポジットワークは非常に負荷が大きいため、まずはHDサイズで作業し、演出チェックが済んだものを8K用コンポファイルへ流し込むという手順で作業を徹底したという

■3DCG(その2)地球に浮かぶモーションタイポグラフィー



8K×S3D×22.2ch立体音響『Aoi - 碧 - サカナクション』

<A> クライマックス前に登場する、地球の上に歌詞が浮かび上がるモーションタイポグラフィーは、Maya上で3Dベースで作成。地球はAEプラグイン「Trapcode Form」を利用することで作業負荷が軽減された

8K×S3D×22.2ch立体音響『Aoi - 碧 - サカナクション』

<B> AEのコンポファイル。「Mayaによるプリビズ作業時に設計した、3D空間の数値やカメラリグをAE上で再現することでCGで作成したタイポグラフィーとの合成を行なっています」(原口氏)

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Topic 3:S3D収録&コンポジット

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Topic 3:S3D収録&コンポジット

<8K時代の幕開けを感じた『Aoi - 碧 - サカナクション』>

サカナクションが登場するオープニングやライブシーンは、スタジオにアストロデザイン社の8KカメラAH4800を持ち込みクロマキー収録が行われ、同時にFlame AssistでHD収録した素材のクロマキー合成チェックも行われた。

「マスクのロトスコープを減らすため照明バランスやバレ消しなどを確認しながら収録に挑んだのですが、実際に8Kの素材を確認すると楽器の金属部分やコーティングされたラメにグリーンが映り込んでいて、マスクが穴だらけになってしまったんです。HDの創世記に戻ってしまったような感覚でしたね。3DCGと実写の合成はあえてフォトリアルな馴染ませを避け、モーションブラーなども使用せずに8Kの高精細を楽しめるようシャープな画づくりを行いました。」と近藤氏。8Kは高精細でマスクが綺麗に抜ける反面、HDモニタでは視認できなかった細部がクリアに見えてしまい、キーイング作業はむしろ難航したという。

8K×S3D×22.2ch立体音響『Aoi - 碧 - サカナクション』

サカナクションを取り囲む観客の素材撮影は実際のライブに同行しアンコール時に一発勝負の収録が行われた。スタジオ撮影と異なり機材の持ち込みが制限されていたため、先に撮影されたサカナクションのクロマキー素材とアナログで合わせる必要があった。「回転のタイミングは完璧でした。ただ、HDモニタでは気づかないリフターの微振動が8Kでは視認できてしまいスタビライズが必要になりました。全体的にレンダリング時間が非常に長く、コンポジットを修正するチャンスは限られました。ですが、それでも立体設計通りにつくれたことはとても満足していますし、PCのスペックが向上すればもっと面白いコンテンツを生み出せると思います」と近藤氏。完成した本作は、「自分たちがライブ中に体感しているのと同じ感覚が味わえた」と、サカナクションのメンバーたちにも好評だったという。

8K×S3D×22.2ch立体音響『Aoi - 碧 - サカナクション』

ちなみに、スクリーンから飛び出す自身の姿があまりにもリアルなため、観ていて恥ずかしくなったとも語っていたそうだが、それは本コンテンツの実在感、没入感の高さの証とも言えよう。

■8K×S3Dによる収録



8K×S3D×22.2ch立体音響『Aoi - 碧 - サカナクション』

<A> 直径5.4mの回転ステージをスタジオに持ち込み、ライブ用機材をフルセット。180度回転するステージの上で演奏するメンバーをクロマキー収録した

8K×S3D×22.2ch立体音響『Aoi - 碧 - サカナクション』

<B> 収録に用いられた8Kカメラ。「MTが独自に開発した3Dリグに、アストロデザイン『AH-4800』(Cube型8Kカメラヘッド)を2台搭載。ハーフミラーを採用して、2台のカメラを直角に配置しています」(斉藤氏)

8K×S3D×22.2ch立体音響『Aoi - 碧 - サカナクション』

<C> 背景となる観客の実写素材は、大阪城ホールで行われた実際のサカナクションのライブで収録された(写真はリハーサル時の様子)

8K×S3D×22.2ch立体音響『Aoi - 碧 - サカナクション』

<D> アンコールのタイミングで床下からせり上がるために、リフターに乗せられたSony「F65RS」。アーティストが180度回転する収録素材に合わせてパンニングするのだが(しかも一発勝負だ )、撮影の伊藤 毅氏は手動で見事にタイミングを合わせたという

■オンライン編集



8K×S3D×22.2ch立体音響『Aoi - 碧 - サカナクション』

オンライン編集はFlameで行われた。左図は全体のタイムライン、8Kのステレオクリップをトラックベースで配置している。「F65RSで収録した観客のRAW素材を8Kに超解像アップコンバートすると、元データでは気づかなかったリフターの微妙な振動(約10ピクセル)が視認できたため、スタビライズする必要がありました」(近藤氏)

■8K×S3D収録のデータフロー



8K×S3D×22.2ch立体音響『Aoi - 碧 - サカナクション』

本作で導入された、8K×S3Dの収録系統を図示したもの。後述する、大阪城ホールのオーディエンスの収録は機材の可搬性などを考慮して、Sony「F65RS」で収録したRAWデータを超解像アップコンバートするかたちで対応した

TEXT_村上 浩(夢幻PICTURES) / Hiroshi Murakami(MUGENPICTURES
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)



  • 8K×S3D×22.2ch立体音響『Aoi - 碧 - サカナクション』
  • 8K×S3D×22.2ch立体音響『Aoi - 碧 - サカナクション』

    「SXSW2016」のVR/AR Trackにて再上映!

    【STAFF】
    NHKメディアテクノロジー
    TD&ステレオグラファー:斉藤 晶、撮影監督:出頭清美、撮影:伊藤 毅、タイムラプス:内藤一輝、VE:髙栁紘平、照明:貫井聡一、音声:山口朗史、青山真之、ポスプロコーディネーター:田畑英之、オンライン編集&グレーディング:近藤貴弓、CGステレオグラファー:大塚悌二朗、制作:和田浩二、渡辺琴美

    NHKエンタープライズ
    演出&プロデューサー:田邊浩介、演出&制作進行:立花達史

    デジタル・ガーデン
    CGIプロデューサー:高橋和也、CGIスーパーバイザー:平嶋将成、CGIデザイナー:森田 輝、原口麻衣子

    アートディレクター:木村浩康(Rhizomatiks Design)
    レーザー照明演出:MIU
    サウンド・クリエイター:evala


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