人気スマホゲーム『ORDINAL STRATA -オーディナル ストラータ』をフィギュアルックで表現したPVに登場する、主人公とヒロイン アスセナを、実際にフルカラーの3Dプリンタで出力してみた。映像用の3Dモデルをフィギュア化していく試行錯誤をお届けする。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 238(2018年6月号)からの転載となります
TEXT_永岡 聡(lunaworks)
EDIT_斉藤美絵 / Mie Saito(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
INFO.
原作:『ORDINAL STRATA -オーディナル ストラータ』
公式サイト:ordinal-strata.com/3Dモデル制作:StudioGOONEYS/出力協力:DMM.make
gooneys.co.jp
make.dmm.com/print
© Fuji Games, Inc. / Marvelous Inc.
© 2018 StudioGOONEYS, Inc.
映像からフィギュアへ! CGWORLD特別企画の挑戦
本誌『vol.236』にて紹介したスマホゲーム『ORDINAL STRATA -オーディナル ストラータ』特集は読んでいただいただろうか? StudioGOONEYS主導で制作されたPVでは、主人公とヒロイン アスセナがフィギュアをモチーフとしたかわいいキャラクターとして生み出され、実写合成の中で活き活きと走りまわっている。今回はその主人公とアスセナを本当にフィギュア化してみようと、DMM.make協力の下で実現したフィギュア化企画を紹介していく。
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STAFF
左から、設計マネージャー・筧 春輝氏(DMM.com .make事業部 3Dプリント部)、モデラー・伊藤あいほ氏(StudioGOONEYS)、モデラー・李 郁瑄氏(StudioGOONEYS)、リガー・小甲竜紀氏(StudioGOONEYS)
まず、本企画を引き受けていただいた経緯についてお聞きした。「PVはもともとフィギュア調の質感を想定して作成したこともあって、実際にフィギュアになったらどういう色になるか、CGと印象は変わるのか、興味がありました。すでにあるフィギュアをCG化するのではなく、CGでフィギュアを目指した映像だったので、本物とのちがいを知ってみたかったことが、この企画を引き受けた要因です」と話すのは、StudioGOONEYS代表取締役であり、モデル監修なども務めた斎藤瑞季氏だ。「アニメーション用のデータを出力したことは今までもありましたが、ここまでフィギュアに寄せてつくり込まれた3Dモデルを出力することはありませんでした。CG用につくられた色や発色と、出力されたものの結果がどこまで変わってくるのか、テクスチャもどこまで3Dプリントで再現できるのか、結果が気になったのです。これは良いリファレンスになるのではないかとお受けさせていただきました」。そう話すのは、DMM.makeでモデリングチームのマネージャーを務める筧 春輝氏である。
では、制作のながれをみていこう。
<1>アニメーションモデルのテスト出力
薄いパーツの厚みを増す
まずはアニメーションモデルをベースにテスト出力を行うため、3Dモデルの調整作業からスタートした。調整を行なったのは、PVでもモデリングを担当したおふたりだ。主人公を担当した李 郁瑄氏は「主人公は胸のアクセサリが完全に浮いた状態だったので、体と繋げています。3Dプリントでどこまで再現されるか見たかったので、ほぼそのままでデータをお渡ししました」と話す。アスセナを担当した伊藤あいほ氏も「テスト出力の際に変更した箇所は、アニメーションモデルではウェイトやめり込みを考慮してあまり厚みを付けていなかったので、スカートなど薄すぎて不安な部分を中心に少し厚くしています。造形の細かな砂時計は、どこまで再現できるか興味もありましたので、そのままの状態にしました」と語る。
今回使用したのは、MIMAKIのフルカラーUV硬化インクジェット方式の3Dプリンタ3DUJ-553だ。「発色と強度などを考慮してプリンタを選択しています。出力にあたって、CGデータからどのように調整をかけたら良いか、プリントの際に何がネックになるか、洗い出しと確認作業を担当しました」(筧氏)。最初のテスト出力でもテクスチャの再現度が高く、薄いパーツも予想以上に成形できたことは収穫だったという。しかし肌の色味やパース感など、画面上で見ていた印象と出力品に差があり、また再現できなかった部品もあったことで、この時点での課題も浮き彫りとなった。
目指したCGの画
企画の基となった、アニメーションモデルによるレンダリング画像。見ての通り、目指したのは徹底したフィギュアルックだ。発売されているフィギュアを研究し、それに近づけるための構造と質感の再現に徹底してこだわり作成されている。実写合成がメインのため、質感を出すためのライティングやレンダリング設定をしっかりつくろうと研究し、PBR(Physically-based rendering)が意識された(詳細は本誌『vol.236』へ)
アニメーションモデルからの修正
主人公のテストモデル。アニメーションモデルからほぼ変えず、テスト出力に堪えうる最低限の調整を行なっている
アニメーションモデル【画像左】では装飾品などが体から離れた状態だったため、【画像右】のように装飾品と体が繋がるよう調整された
【画像上】アスセナのアニメーションモデル(左)、テストモデル(右)。この時点では見た目の変化はほぼわからないが、アニメーションモデルのスカート【画像左下】に比べて、テストモデル【画像右下】では出力時の強度を意識して少し厚みを増している。厚さは事前情報に基づき、最低1mmを確保すべく調整を行なったとのこと
テスト出力に向けた調整
DMM.make側では、3Dモデルの分割や統合にはブーリアン演算に強いMaterialise Magics(マジックス)が使用された。【A】はアニメーションモデルの断面図。目は動かせるように板ポリゴンで顔から分かれている。口内も表情付けができるようにつくり込まれた状態だ。まずは板ポリゴン以外のパーツを一体化させ、エラーが起きないようにひと塊のパーツとする【B】。目も板ポリゴンのままだと厚みがないため出力できない。そこで、押し出して厚みを付けた目【C】を頭部と合わせ【D】、マジックスで頭のパーツを一体化成させた【E】。パーツ分割後、組み上げたアスセナの完成図【F】。各パーツ【G】のまわりに表示されているのはバウンディングボックスとXYZの正確な寸法で、最終出力の数値だ。全長約12cmの、PVに即した1/1スケールフィギュアである
テストフィギュア
3Dプリンタによる出力中の様子。1,000万色以上のフルカラー造形を実現し、発色も良い。サポート剤が水溶性のため、水でサポート剤のみを溶かし、造形部分を容易に取り出すことで、かなり薄いパーツでも壊さずに仕上げることができる
テスト出力されたフィギュア
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<2>テストから完成品へ
細かなパーツと色味を調整する
テスト出力を終え、厚みが足りない箇所で色が透けたり、造形できない箇所が見つかったりしたところを解決すべく、3Dモデルのさらなる調整に入る。色味に関しても想定とちがった印象となった。「今まで見ていたレンダリング画像は、ライティングなどで調整したものだったので、テストフィギュアはモニタで見ていた色味と異なる印象を受けました。映像制作では媒体(TVや劇場など)に合わせてマスターモニタを決めますが、フィギュアの場合、媒体はモニタではないので、どのように色をイメージと合わせるか、新しい基準が生まれそうな気がします」(斎藤氏)。
3Dプリンタはカラーマップの色がダイレクトに出るため、ライティングなどで調整された色味や、マテリアルの設定により引き出された色味は出力されない。フルカラープリンタを使用する場合、この点を考慮してテクスチャを調整すると良いだろう。テクスチャサイズは目が1K、顔・髪・体がそれぞれ4K。高解像度のテクスチャにより、細部の模様もしっかり印刷できたため、服の模様は立体に起こさず、テクスチャ表現のままとしている。
また最終調整する際、3Dモデルの厚みを増やしたことでリグ構造も修正することとなった。リグ修正を担当したのは小甲竜紀氏だ。「スカートや装飾を厚くしたことで動きに支障が出たので、リグを再配置しました。リグはハイモデルとは別にローモデルも用意し、それにウェイトを塗ってラップするようにハイモデルを動かしています。これにより、リグ設定後に3Dモデルを調整しても反映できるのですが、今回はそれ以上に増した厚みが大きかったため、ローモデルからつくり直しました」(小甲氏)。
最終モデル:主人公
主人公で一番大きな変更点は、髪の毛だ。テストモデルの段階【A】では、房の間に隙間が多数あり、房の数も多いことから、出力後に全て手で磨くのは難しいと判断し、房の数を減らした【B】。レンダリングした状態で比較したのが【C】だ。結果として、スッキリと見た目もよりフィギュアらしい良い印象となった
厚みが薄く透明になっていた胸の赤いベルト【D】も、体まで密着するようにしっかり厚みを付け隙間を埋めている【E】
もともとアクセサリは単色だったため、形状的にも平面に見えた【F】。そこで中央のエッジを出し、ニュアンスを付けることで立体映えするデザインに調整されている【G】
強度的に心配な細く折れやすかった指や手【H】も、最終モデルではしっかり厚みが付けられた【I】
最終モデル:アスセナ
スカートは外側と内側が重なった、隙間のある状態【画像左】だったが、見た目の印象は変わらぬように厚みを加え、その隙間をしっかりと埋めている【画像右】
アスセナの変更点で一番大きい砂時計は、テストモデル【画像左】では途切れ途切れで辛うじて繋がって出力されていた。そこでテクニカルディレクターの小森俊輔氏からの助言を受け、デフォルメして大きくフィギュア用に修正された【画像右】
胸元の装飾は薄く、肌から浮いている状態【画像左】であったが、耐久性を考えて内側にまっすぐオフセットして体に密着させている【画像右】
髪飾りは元のデザインだと細く、厚みも薄かったため【画像左】、テスト出力時には造形できなかった。そこで髪にしっかりと密着させ【画像右】出力できるように調整されている
リグの修正
アニメーションモデル【画像左】と袖や各部位で厚みを付けた最終モデル【画像右】。厚みが増した部分はアニメーション用にセットアップしたそのままのリグでは対応できなかったため、新しくローモデルをつくり直し、その部分にウェイトを塗り直して、めり込みなく動かせるように改めて調整を行なっている
アニメーション用のアスセナの髪飾りは、結び目からぶら下がって髪から離れて揺れるように配置されていた【画像左】。このままでは飾りも細く、厚みも薄すぎて造形できなかったため、後ろ髪に密着させるように3Dモデルの形状も調整され、それに合わせてジョイントの再配置が行われている【画像右】
[[SplitPage]]肌の色調整
左からアニメーションモデル(レンダリング画)、テストモデル、最終モデル。最終モデルはMayaのフラットライト表示で見ることで、CGの画とフィギュアとして出力される色のイメージとの見え方を近づけ、色の調整作業が行われた
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左からテストフィギュア、ポージングのテストフィギュア2種、完成フィギュア。テストフィギュアは髪の色と比べて肌の色が少し暗く感じる。特に影色が濃く出たようだ。これは後工程のライティングなどによって調整されることを前提とした映像用のテクスチャを使用していたためである。フィギュアとして出力するには別の調整が必要となった
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テストフィギュアと完成フィギュアの比較。完成フィギュアは後述の積層調整を行なっているため全体的に濃く見えるが、髪と肌を比較すると、肌が明るくなっていることがわかる
口の調整
テストモデルでは、本来無表情であったはずの口元が少し笑っているように赤く出力された【A】。基となったアニメーションモデルは、フェイシャルを動かせるように口の中も造形されていたが、それを3Dプリンタ側が参照し、袋状となった口をそのまま再現したため、口内にサポート剤が入り込み、顔表面の厚みが薄くなって口の中の赤色が表面に透けてしまったのである。「分割するタイミングで口の中を全て削除し、唇の頂点をマージしてひと塊にし、唇の表面だけ残して中身が詰まった状態にすることで解決しました」(筧氏)。UVシェルで分かれていた口内【C】が一体化された【D】。調整後の完成フィギュアが【B】だ
磨きのテスト
テストモデルは表面のクリア層を「なし」に設定していたため、積層痕が残る結果となってしまった。「テスト結果を見て予想外に積層痕が食い込んでいたので、最終モデルは表面のクリア層を0.3mmの厚さで設定しました。ナイフで全体的にカンナがけを行なった後、耐水ペーパーで番手の粗い順に表面を研磨し綺麗に仕上げています」(筧氏)
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テストフィギュアの磨き後。積層痕がかなり奥まで残ってしまっている
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完成フィギュアの磨き後。テストを踏まえてクリア層を厚くしたことで、なめらかな仕上がりとなった。現状の3Dプリンタでは、表面を綺麗に仕上げるためにこのような手作業の後工程が必要となる。しかし近い将来、技術の進歩により機械が解決してくれる日がくることに期待したい
完成フィギュア
【A】~【F】は磨き作業前。「スカートの内側や首周りなど、仕上げの磨き作業で手が入らない部分に関して最低限分割しています。頭部は顔を磨やすくするため、前髪を分割しました。基の3Dモデルがしっかりつくられていたので、分割作業もしやすかったです」(筧氏)。【A】服やズボンの裾を埋めることで体は分割せずに済み、全部で3パーツとなった主人公/【B】指のような細いパーツもしっかり出力されている/【C】アスセナは5パーツに分けられた/【D】デフォルメされた砂時計もきちんと再現されている/【E】胸と肩飾りの装飾も厚みを増して再現された/【F】隙間を埋めたスカートは十分な厚みがある
【G】~【J】は磨き作業後。【G】【H】磨き後の主人公。テストフィギュアでは薄く半透明だった赤いベルトや服の裾もしっかり造形された/【I】アスセナの衣装の模様もテクスチャだけで細部まで再現されている/【J】カラープリントでここまで表情を出せるようになった