米サンフランシスコで3月19日から23日まで開催されたGDC2019(ゲーム・ディベロッパーズ・カンファレンス2018)から、CGWORLD読者にとって注目度の高いトピックスを厳選してお届けするレポートシリーズの第2回。今回はゲーム・映像・出版と分野を超えて活躍するAlessandro Taini氏の講演「ART DIRECTION BOOTCAMP: DIGITAL BEAUTY: VISUAL EMOTIONS IN GAME DEVELOPMENT」の内容を紹介する。

TEXT&PHOTO_小野憲史/Kenji Ono
EDIT_小村仁美/Hitomi Komura(CGWORLD)、山田桃子/Momoko Yamada

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アート系のBoot Campが充実するGDCのサミット

GDCは5日間の会期中、前半2日をサミットとして、後半3日のメインカンファレンスと区別している。サミットでは分野別のトラックが編成され、より専門的な議論が1日、または2日通しで行われるのだ。専門分野によっては、このサミットを利用して初学者向けに体系的・普遍的なセッションを行う「Boot Camp」が実施される。ビジュアルアート分野はこのBoot Campが最も多く、今年も「エフェクト」、「テクニカルアーティスト」、「アニメーション」、「アートディレクション」の4分野にわたって、合計28セッションが行われた。

本講演もそうしたアートディレクション分野でのBoot Campセッションの1つだ。「デジタルな美:ゲーム開発における映像的な感情表現」とでも訳せるタイトルで、「美とは何か」、「人間はどのように美を捉えているのか」、「ゲームにおける美とは何か」といったテーマを、認知心理学の見地から掘り起こすという挑戦的なもの。スピーカーのTaini氏は自身の経験も交えて解説しながら、総じてゲームのビジュアルが「リアリズム」から「リアリティ」の段階を越えて、より絵画的・芸術的な高みに進みつつあると指摘した。

Taini氏はこれまで、アートディレクター・コンセプトアーティスト・イラストレーターとしてゲーム・映像・出版の各分野で活躍してきた。『Heavenly Sword ~ヘブンリーソード~』『Dmc Devil May Cry』などが代表作で、The Imaginarium StudiosPrime FocusReel FxなどのCGスタジオにも係わっている。他に『Throne of Glass』『Forever Red』シリーズなどの小説でカバーイラストも手がけてきた。現在はLuma Picturesのアートディレクター兼コンセプトアーティストとして、実写とCGを組み合わせたオリジナルコンテンツの制作に携わっている。


セッションはTaini氏がオリジナルの物語『The Walking City』を朗読するというユニークなスタイルで始まった。その後、過去多くの偉人が美について語ってきたことを示し、「美の定義」が個々人のコンテキストに依存しがちな状況を整理。Taini氏自身も子どもの頃に郊外で自然に囲まれて育ったことと、父親の自動車がオレンジ色だったことから、今でも自分の作品で「緑とオレンジ」を多用しがちな傾向にあると解説した。実際にTaini氏がコンセプトアートをつとめた、西洋版西遊記とも言えるアクションアドベンチャー『ENSLAVED ODYSSEY TO THE WEST』では、2つの色が効果的に使われていることがわかる。


『ENSLAVED ODYSSEY TO THE WEST』コンセプトアート

その一方でTaini氏は誰もが普遍的に感じる「美」もあるはずだとして、人間は「どのように美を知覚するのか」、「どこで美を知覚するのか」、「何に対して美を知覚するのか」という3つのテーマについて、脳科学の知見を紐解きながら解説していった。

人間が美しさを知覚するしくみについて

はじめにTaini氏が紹介したのが「Visual Solving」という概念だ。Taini氏によると、人間はわかりやすく綺麗なイメージだけでなく、わかりにくく混沌としたイメージにも、特定の条件下で惹きつけられるのだという。これは脳の「一見すると無秩序で無関係な要素でも、何かしら意味を見いだして、理解したがる」性質によるものだ。Taini氏は認知神経科学者のラマチャンドラン夫妻による「だまし絵」を引用しつつ、この特性を効果的に活用したゲームとして『The Unfinished Swan』を上げた。白一色の世界に黒い水滴をまき散らしながら、マップの構造を浮かび上がらせてゴールをめざすアクションパズルだ。


モノクロで表現されただまし絵。注意深くみると犬が浮かび上がる

『The Unfinished Swan』

続いてTaini氏はSemir Zeki氏の書籍『A Vision of the Brain』を引用しつつ、脳の中で「動き・形・色彩」と「美」を認識する部位が異なる様を示した。「動き・形・色彩」は後頭葉の視覚部位で認識するのに対して、「美」は前頭葉の前頭前野で認識するのだ。このことは眼球で認識した視覚的情報が脳の異なる分野を同時に活性化させ、互いに影響を及ぼすことを示している。印象派の絵画は好例で、人間が静止画である絵画から光のきらめきや、水がながれる様を感じ取れるのも、こうした脳の特性ゆえだという。ゲームのスクリーンショットや、マンガのコマから「動き」が認識できるのも、同じ理屈だ。


美の構成要素である「動き・形・色」を認識する部分と、美を認識する部分は異なる


印象派の絵画が楽しめるのも脳の異なる部位が互いに刺激を与えあうから

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絵画から映画そしてゲームへと続く美の系譜

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絵画から映画そしてゲームへと続く美の系譜

最後にTaini氏は「何に対して美を知覚するのか」というテーマを、「不均衡さと対称性」、「形状と輪郭」、「コントラスト(光と色)」という3つの要素に分解し、解説していった。

はじめに「不均衡さと対称性」についてだが、ここでは画面上における物の配置や関係性や焦点など、いわゆる「構図」が重要になる。人間は長い歴史の中で日の丸構図やサンドイッチ構図、放射構図、黄金分割など、人が本能的に好ましいと感じる様々な構図を体系化し、絵画や映画で数多く応用してきた。こうしたながれはゲームにも及んでおり、近年では開発段階から画面の構図を意識したものが登場しつつある。カットシーンやプリレンダームービーだけでなく、『ワンダと巨像』のようにゲーム中のフリーカメラでも構図を意識した作品が登場しているほどだ。


絵画における形状


映画における構図


『ワンダと巨像』における三分割法

続いて「形状と輪郭」について、Train氏は「三角形」の奇妙な特性について指摘した。三角形をした土器は地理や文化を越えて世界中から発掘されており、多くの絵画・映画・ゲームでもモチーフとされている。3DCGを形づくるポリゴンも三角形であり、三角形の組み合わせだけであらゆる形状を表現可能だ。絵画においても三角形を意識した構図をとることで、作品に立体感を与えられる。

これに対して輪郭はキャラクターデザインで重要な要素で、シルエットだけでキャラクターの意味や特性を理解させることが重要だ。Train氏はフランス新古典主義の画家ドミニク・アングルの絵画『泉』について、ルドルフ・アルンハイムの書籍『Art and visual perception』の内容を引用しつつ、「写実的なようでいて、鑑賞者の視線を誘導するための綿密な計算がなされている」と分析。「優れた芸術家は生理学的に正しい人体ではなく、人体の本質的な要素を描き出すことができる」という言葉を紹介した。

こうしたながれを受けて、Taini氏は2010年代に入ってから、ゲームでも映像がもつ「情感を沸き立たせる力に注目が集まりつつある」と語った。「『LIMBO』『INSIDE』で描かれる世界は、現実の世界よりも暗く沈んでいますが、それはつくり手によって意図されたものです。また『Firewatch』ではゲーム中で写真のような風景が広がりますが、完全に同じではありません。逆に些細なちがいが現実らしさを引き立てています」。


『LIMBO』のアートワーク


『Firewatch』のアートワークと写真の比較

その上でTaini氏はラマチャンドラン夫妻の「芸術の目的とは現実を忠実に複製することではなく、現実を超越する点にある」という言葉を紹介した。実際にTrain氏がコンセプトアートを描いた『Dmc Devil May Cry』では、魔界と人間界が接する狭間の世界「リンボ(辺獄)」が舞台になっており、現実界の地形を歪ませたような、シュールレアリズム的な世界観が特徴だ。他に『モニュメントバレー』『バウンド:王国の欠片』など、同様のアートスタイルをもつインディゲームも人気を博している。


『Dmc Devil May Cry』の世界観

その後Taini氏は、コレージュ・ド・フランス名誉教授で神経科学者のジーン・ピア・シャンジュー氏による「アートワークによって表される形態は、分類されるのに十分なほど自然であり、記憶されるのに十分なほど人工的でなければならない」という言葉を紹介。アポカリプス後の世界で冒険を繰り広げる『ENSLAVED ODYSSEY TO THE WEST』で、植物に侵食された廃墟をモチーフとしたのも、こうした考え方が下敷きにあったと明かした。

色と光のコントラストがプレイヤーに与える感情


最後にトピックはコントラストと、それを構成する「色と光」にうつった。まず色については、色彩心理学などの知見から、色が人に与える様々な印象が知られている。赤は情熱的で青はクール、黄色は好奇心旺盛といった具合だ。映画『インサイド・ヘッド』のように、色彩感情と形状を組み合わし、キャラクターデザインに応用する例もみられる。

また、色彩感情は背景に活用するのも有効だ。映画でもポストエフェクトの段階でカラーグレーディングを行い、シーンの意図を色で強調する演出が一般的になっている。Taini氏も『Dmc Devil May Cry』で主人公ダンテのステージを赤、双子の兄のバージルのステージを青基調とし、各々のキャラクター性を強調したという。

色彩と共に多用されるのが光(照明)だ。ホラー映画では「下からの照明」、「バックライト」、「懐中電灯」、「赤」、「長い影」などが定番の演出となっている。ここでTaini氏が紹介したのは、水面や夜空がキラキラと光るエフェクトだ。これらは見る者に希望や、何か幸せな感情をもたらしてくれる。ゲームでもこうしたエフェクトは様々なシーンで多用され、ときに命の象徴としても扱われる。こうした技法をうまく活用することがゲームを次の段階に進めるとして、講演を締めくくった。