米サンフランシスコで3月18日から22日まで開催されたGDC2019(ゲーム・ディベロッパーズ・カンファレンス2018)から、CGWORLD読者にとって注目度の高いトピックスを厳選してお届けするレポートシリーズの最終回。今回はエキスポエリアの展示を紹介しながら、この巨大なゲーム開発者会議の将来について考察する。

TEXT&PHOTO_小野憲史/Kenji Ono
EDIT_小村仁美/Hitomi Komura(CGWORLD)、山田桃子/Momoko Yamada

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会場の増築で展示エリアが拡大

GDC2019が過去最高となる2万9000人の来場者を数えて閉幕した。最大のトピックは会場となった米サンフランシスコ・モスコーニセンターの増築(サウスホールが平屋から3階建てに拡張)で、これによって参加者が昨年度の2万8000人から、さらに押し上げられた形だ。実際、エキスポエリアは従来のサウルホールとノースホールに加えて、両者を繋ぐセンターホールが増床し、約1.5倍の面積となった。



  • ウエストホール



  • ノースホール



  • サウスホール



  • GDC2019フロアマップ(中央の赤く囲まれたエリアが増床分)

エキスポエリアの面積拡大で、企業ブースが質・量ともに拡大した。中でも特徴的だったのはUnityブースだ。昨年度はモスコーニセンターから飛び出し、周辺の5会場に分散して出展したが、今年度は再びエキスポエリアに戻ってきた。これに伴いUnityは3箇所で合計1万5200平方フィートのブースを構えた。他に毎年恒例のキーノートスピーチを別会場で実施しており、大きな存在感を示した。

ゲームエンジンのもう1つの雄であるEPIC Gamesも合計10800平方フィートのブースを設置した。また、会期中にモスコーニセンターに隣接するYerba Buena Center for the Arts Theaterで、こちらも恒例のキーノートスピーチを行った。両ゲームエンジンはゲーム開発だけでなく、映像業界や建設業界などでも浸透が進んでおり、ゲーム業界と周辺領域をまたいで広大なエコシステムを形成しつつある。

新たなプラットフォームホルダーが登場

もっとも、エキスポエリアから飛び出し、会場内に独自のブースを構えた企業の姿もみられた。Oculus VRGoogleだ。

Oculus VRはGDC初日の18日、独自にプレスカンファレンスを行い、最新機種の「Oculus Rift S」を発表した。従来のRiftの後継モデルで、解像度と光学系が改良されており、ヘッドセットを装着したまま外部の様子がわかる「Passthrough+」機能も追加している。価格は4万9800円で今春発売の予定だ。Rift向けに発売されているコンテンツをそのまま利用することもできる。

Googleはクラウドゲームサービス「Stadia」を発表し、会場内外の特設ブースでデモを行なった。GoogleのChromeブラウザが動くデバイスであれば、Chromeの専用エクステンションをインストールするだけでゲームが楽しめるサービスで、テレビに接続する「Chromecast Ultra」の対応も発表されている。同社では4K解像度でHDR対応の映像を60fpsで出力し、8K解像度で120fpsの対応も見すえるという。

また、GDCの終了後にアップルは同社の発表会「Apple Special Event」で、サブスクリプション(定額制)サービス「Apple Arcade」を発表した。毎月一定額を支払うと、100種類以上の有料ゲームを楽しめるサービスで、iPhone・iPad・Mac・Apple TVに対応し、2019年秋から開始される。『ファイナルファンタジー』シリーズの生みの親として知られる坂口博信氏も登壇し、話題を集めた。

このようにGDC2019では期せずして、従来のゲームビジネスに対する新たな提案が続いた。しかし、これによってどのようなゲーム体験が生まれるのかは未知数だ。もっとも、映画とテレビでは(CMの有無によって)コンテンツのデザインが異なるように、ビジネスモデルはコンテンツの内容を規定する。そこで現状判明している情報で三者の可能性を分析してみよう。

三者のうち、古典的なビデオゲームの文脈を最も引き継いでいるのがOculus Rift Sだ。同社が運営するOculus Storeでは買い切り型の対応ゲームが多数発売されており(これはHTC VIVEPSVRでも同様だ)、ゲームの体験としてはPCや家庭用ゲームのパッケージゲームに近い。VRゲームは個人で楽しむゲームが多いため、同社は今後もこのスタイルを堅持していくものと考えられる。

これに対してGoogleはStadiaのビジネスモデルをあきらかにしていない。一番可能性が高いのが、Google Playと同じ買い切り型・広告型・アイテム課金型のハイブリッドモデルだ。またStadiaの特徴の1つに、Youtubeから視聴者が実況プレイ動画を見ながら、ゲーム世界にジャンプインできる機能がある。そのためストリーマーに配信されやすいゲームデザインが求められるようになる可能性もある。

一方でサブスクリプション型をとるApple Arcadeでは、売上の上限が会員数×会費に限定される。そのうえで、ゲームのプレイ回数によって収益が傾斜配分されると考えるのが自然だ。そのため1回のプレイ時間が短く、何度も繰り返し遊べるローグライクゲームや、サンドボックス型のサバイバルゲームなどが向くと考えられる。同じエンジンでエピソードだけを追加できるノベルゲームなども適しているだろう。

いずれにせよ、どのプラットフォームにおいても1本のキラーソフトが業界の常識を一変させる可能性は十分に残されている。近年で言えばEPIC Gamesのサバイバルシューティング『フォートナイト』の大ヒットが好例だ。また、GDC2019では大きな発表はなかったが、会場ではARとAIの組み合わせや、ヘルステック業界とゲーム業界の融合に注目する声も聞かれた。

Stadiaのアートスタイルを変更するデモ

GoogleがGDC2019でインディーディベロッパーのTequilia Worksと共に披露した「Style Transfer ML」のデモ。機械学習を使用することで、開発者はゲームのアートスタイルをイメージ画像(画面左下)に即した内容に、リアルタイムに変更することができる。ゲームの開発スタイルに影響を与えるかもしれない技術だ

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小規模ブースで尖った製品が登場

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小規模ブースで尖った製品が登場

このように新たな広がりが感じられた一方で、ツールやミドルウェア系の展示については、あまり目新しさは感じられなかった。ホットトピックとしてはUnityとUE4におけるリアルタイムレイトレーシング対応が挙げられるが、共に実用にはあと一息といったところだ。ここ数年トレンドだったモーションキャプチャーの進化も、フルボディトラッキングのながれが一巡し、今年は低価格化が中心のように感じられた。

もっとも、こうした中でも中小規模ブースで尖った製品やサービスが幾つか見受けられた。前述のようにGDCエキスポエリアは今年、飛躍的な増床を遂げた。これにより大規模ブースが増えた一方で、中小ブースもまた増加し、二極化の様相を呈してきたのだ。その姿には、かつて世界最大規模のゲーム展示会、E3で2006年まで存在したケンティアホールの様相を彷彿とさせるものがあった。

その中でも個人的におもしろかったのが、REALLUSION社が提供するCGキャラクター作成ソリューションの「CHARACTER CREATOR 3」だ。同社の3Dアニメーション作成ソフト「iClone7」をはじめ、さまざまなツールに対応している。ブースでは「iClone Motion LIVE」と組み合わせて、iPhone Xによるフェイシャルキャプチャのデモなどが行われていた。

ゲームエンジン関連では「MANU VIDEO GAME MAKER」にも関心がそそられた。2Dまたは3Dゲームをノードベースのプログラミング言語で制作できるエンジンで、オブジェクト同士の衝突などのイベント管理を、FlashのタイムラインエディタのようなUIで管理する点が特徴だ。キャラクターエディターやレベルエディターも附属しており、マルチプラットフォームにも対応している。

ブロックチェーンゲームの開発支援を行うミドルウェア「Enjin」も興味深い内容だった。ブロックチェーン技術は仮装通貨を成立させる基礎技術で、オンライン上で安全で透明性の高い取引を可能とするため、アイテム課金型のゲームと相性が良い。EnjinではUnity向けのSDKをアセットストアで公開しており、ブースではEnjinを活用したブロックチェーンゲームのデモが行われていた。

インタラクティブ・ストリーミングエンジンを提供する「Genvid」も、昨年に引き続いてブース出展を果たしていた。視聴者がブラウザを介してリアルタイムにゲーム内に参加できる配信ソリューションを提供するもので、中嶋謙互氏の2Dオンラインシューティングゲーム『Space Sweeper』などをデモ。視聴者参加型の新しいゲームデザインの可能性を感じさせた。

最後に紹介するのが、ファミコン風のゲームソフトをGUIベースの開発環境でつくることができる「NESmaker」だ。開発したゲームは実行ファイルに出力し、NES(海外版ファミコン)のエミュレーター上で実行させられる。権利関係がどうなっているのか不明だが、会場では1本14ドルで販売されていたほどだ。こうしたブースが存在している点にGDCの混沌とした雰囲気が感じられた。

インディゲーム開発者をリスペクトする気風

最後にアワードについても補足しておこう。GDCでは毎年、インディゲームの祭典である「IGF AWARD」と、商業ゲームを対象とした「GDCA(Game Developers Choice Awards)」の発表授与式が行われる。どちらもゲーム開発者の投票ベースで顕彰される点が特徴で、その時々の業界トレンドが感じられる。特にここ数年顕著なのがGDCAのIGF化で、今年も多くのインディゲームが表彰された。

ルーカス・ポープ氏

『Return of the Obra Dinn 』

最大のポイントは19世紀のイギリスを舞台に、保険調査員となって難破船の事故原因を探るアドベンチャーゲーム『Return of the Obra Dinn』が、IGFのExcellence in Narrative部門とSeumas McNally Grand Prize部門、そしてGDCAのBest Narrative部門と、アワードをまたいで三冠を達成したことだ。本作はルーカス・ポープ氏がほぼ1人でつくり上げたゲームとなる。

ちなみにGDCAのBest Narrative部門では、ゲームオブザイヤーに輝いた『ゴッド・オブ・ウォー』などがノミネートされた。最大300人規模の開発スタッフを抱え、制作費も数十億円にのぼるタイトルだ。こうした大作ゲームをおさえて、個人制作に近いゲームが表象される点に、GDCAのユニークさがある。これには個人ゲーム開発者の草の根勉強会から始まったGDCの文脈があると考えられるだろう。

もともとGDCは1988年に『バランス・オブ・パワー』などで知られるクリス・クロフォードの自宅で産声を上げた。約20人のゲーム開発者が集まり、私的な勉強会として誕生したのだ。第2回の会議はホテルで開催され、約150人の開発者が参加した。当時はComputer Game Developers Conference(CGDC)という名称で、PCゲーム向けの開発者会議だった。これがGDCになるのは1999年からだ。

当時のゲーム開発は数人のチームでつくられることが多く、今でいうインディゲームの開発スタイルに似ていた。ここから『シムシティ』や『DOOM』などのヒット作が生まれていったのだ。これを可能にしたのがコンピュータ業界の技術革新で、その背景にあるのが「個人の力をコンピュータで拡張する」思想だ。こうした考え方はアメリカの個人主義思想や起業家精神にも適合し、ゲーム産業の礎を担った。

こうした伝統からGDCでは今も昔もインディゲーム開発者に対するセッションや施策が充実している。実際、インディゲームの拡大をうまく取り込んだことが、GDCの成長に繋がったと言えるだろう。GDCでディレクターをつとめたジャミル・モルディナは2006年の筆者のインタビューで「拡大してもGDCが(パブリッシャーが主役の)E3になるわけではない」と回答しており、そのコンセプトが今も息づいている。

もっともGDCの成長で副作用も出てきた。最大の問題がホテル費用をはじめとした滞在費の増大と、治安の悪化だ。これには米サンフランシスコ・ベイエリアの物価高騰も関係している。会場となるモスコーニセンターの周辺は市内でも特に治安が悪いエリアで、夜は拳銃の音が鳴り響き、事件や事故も後を絶たない。個人的にも会場を別の都市に移して欲しいというのが本音だ。

実際、ゲーム産業の成長に伴い、世界中で「ミニGDC」が開催されるようになっている。そこで蓄積された知見が回り回ってGDCに集積され、再び各地に還元されるという循環構造が生まれているのだ。こうした中でGDCが今後もゲーム開発者会議のメジャーリーグとして機能し続けられるかが、ここ数年の大きな課題になるだろう。今後の動向に注目していきたい。