ショートショート フィルムフェスティバル & アジア(以下:SSFF & ASIA)は、今年で21周年を迎えるアジア最大級の国際短編映画祭だ。5月29日(水)〜6月16日(日)に開催されるSSFF & ASIA 2019では、130の国と地域から集まったおよそ10,000の応募作品の中から選ばれた約200作品が都内複数の会場で無料上映される(一部イベントは有料予定)。本記事ではSSFF & ASIAのCGアニメーション部門にフォーカスし、CGアニメーションによるショートフィルムの魅力を複数回に分けてお伝えする。

第2回では、SSFF & ASIA 2018のCGアニメーション部門で優秀賞を獲得した『コトリのさえずり(Tweet-Tweet)』を手がけたZhanna Bekmambetova監督と、リニアプロデューサー(linear producer)のSvetlana Guslova氏へのメールインタビューを通して、本作の制作背景をひもといていく。

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No.1 ショートフィルムとデモリール、デジタルハリウッドはどちらの制作を推奨するか?

TEXT_尾形美幸 / Miyuki Ogata(CGWORLD)
取材協力_ショートショート実行委員会

▲『コトリのさえずり(Tweet-Tweet)』トレイラー。本作は約11分のCGアニメーション作品で、ある女性の生涯を綱渡りに見立てて表現している。タイトルやトレイラーに登場するコトリは、不安定なロープの上で女性を導き、励ましてくれる愛らしい親友として描かれている

本作の起点は、「私たちの生涯は綱渡りのようなもの」というアイデア

本作が初監督作品となるBekmambetova氏は、ウズベキスタンで生まれ、6歳の時に両親と共にモスクワへ移住し、VGIK(全ロシア映画大学/Всероссийский государственный институт кинематографии)でアニメーション映画のコンセプトデザインを専攻した。1919年設立の同大学は非常に長い歴史をもち、歴代の教授経験者の中には、モンタージュ理論を確立し『戦艦ポチョムキン』(1925)を手がけたセルゲイ・エイゼンシュテイン監督(1898〜1948)も含まれている。

そんな同大学において、Bekmambetova監督は「ほとんどの時間を、アーティストとして絵を描くことに費やしました。学期が変わるたびに新たなストーリーを選び、キャラクターや舞台を設定し、ストーリーボードを完成させました」とふり返る。2009年に同大学を卒業したBekmambetova監督は、2010年〜2013年にかけてロサンゼルスに移住し、2013年以降はモスクワを拠点に活動している。なおBekmambetova監督の父は、ロシア映画の『デイ・ウォッチ』(2006)やハリウッド映画の『リンカーン/秘密の書』(2012)などを手がけた映画監督のTimur Bekmambetov氏で、本作のスタッフロールにはプロデューサーのひとりとして名を連ねている。

「絵を描いているときに、『私たちの生涯は綱渡りのようなもの』という本作のアイデアを思いつき、数点のスケッチを描いて1年ほど寝かせておきました。それを父に見せたら『面白いね』と言ってもらえたのです。その言葉をきっかけに、脚本やイメージボードの制作を始めました」(Bekmambetova監督)。最初期のスケッチは、愛らしいコトリや、年老いた裸足の女性がロープの端に立つ絵などで構成されており、本作のイメージや主要ショットの原石が既に生み出されていたことがわかる。

▲最初期に描かれたスケッチ。「私たちの生涯は綱渡りのようなもの」というアイデアが起点となり、本作のビジュアルやストーリーが生み出された。本作におけるロープは人の生涯を象徴しており、切れたロープの端は人生の終端を表している


前述の通り、本作はある女性の生涯を表現しているが、意外なことに女性の顔はまったく描かれない。女性の喜び、悲しみ、恐怖などの感情は、ロープの張り具合、その上での足どりやバランス、コトリの感情などを通して表現される。「私は怠け者なので、顔を映さなければ表現が簡単になるだろうと最初は思っていました。でも、そうではないと途中で気がつきました。本作で最も伝えたかったのは、人生というロープの上でバランスをとりながら歩き続けるというストーリーでした。だからこそ、顔ではなく、ロープの上での足どりにフォーカスすることが最適な表現だと考えたのです。本作の中で顔が見えるのは、小さなコトリだけです。そしてコトリの感情は、基本的に女性の感情です。コトリを通して、女性のエモーションを表現しました」(Bekmambetova監督)。

▲Bekmambetova監督による本作のストーリーボード


SSFF & ASIAのCGアニメーション部門で毎年審査員を務めているデジタルハリウッド大学の杉山知之学長は、「CGならではの表現力を活かした素晴らしい作品です。同じことを実写でやっても興ざめするだろうなと思いました」と本作を評した。確かに、前述のストーリーを表現する上で、CGアニメーションは最適な手段と言えるだろう。「15年前には、3DCGがアートになりえるとは考えもしませんでした。しかし『カールじいさんの空飛ぶ家』(2009)や『レミーのおいしいレストラン』(2007)などを見れば、3DCGが美しいアートの表現手段になりえたことは疑いようがありません。でも、私は2Dアニメーションも好きです。宮崎駿監督は、私に多大なるインスピレーションを与えてくれました」(Bekmambetova監督)。

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信頼できるプロダクションマネージャー
を見つけることが不可欠

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信頼できるプロダクションマネージャーを見つけることが不可欠

Bekmambetova監督は当初自分ひとりで本作を制作しようとしたものの早々にその難しさに気付き、フリーランスのアーティストたちとのコラボレーションを試みたが、プロジェクトはほとんど進行しなかった。そこでロシア最大規模のVFXスタジオであるCGFに本企画をもち込み、協力を依頼した。2004年に設立されたCGFは、前述の『リンカーン/秘密の書』(2012)をはじめとするTimur Bekmambetov監督のいくつかのプロジェクトにおいてVFXを手がけていた。また『The Spacewalker』(2017)や『フライト・クルー』(2016)では、ロシアのGolden Eagle AwardのBest Visual Effectsを受賞している。

「CGFとプロジェクトを共にできたことは、本当にラッキーでした。特にプロダクションマネージャー(以下、PM)のGuslovaの協力がなければ、本作は完成しなかったでしょう。映像作家は、信頼できるPMを見つけることが不可欠だと思います。フリーランスとして活動するのではあれば、締め切りや仕事の進め方を常に見守りリードしてくれるPMの存在は特に重要です。加えて3DCGは非常にコストのかかる技術なので、プロジェクトの一部でも賄ってくれるファンドへの申請も有効です。本作ではTimur Bekmambetov Cultural initiatives foundationから制作資金の一部を調達しました」(Bekmambetova監督)。

Guslova氏はレイアウトアーティスト、エフェクトアーティスト、モーションキャプチャスペシャリストなどを経た後にCGFへ移籍し、現在はプロジェクトのコーディネートやスーパーバイズを担当している。なお、本作のスタッフロールにはリニアプロデューサーと記されている。「私の役割は、プロジェクトの予算配分、プランニング、支出管理、コーディネートなどで、作品の仕上がり具合に目を光らせていました」(Guslova氏)。CGFはロシアでトップクラスの制作力を誇るVFXスタジオだが、CGアニメーションを手がけるのは初めての経験だった。本作のプロジェクトは2016年10月に始まり2017年12月に終了し、約100人のアーティストが関わった。

「プロジェクトにおいて、私は脚本を書き、ストーリーボードも描きました。モデラーのためにキャラクターのデザイン画も描きました。その後は、作品の監督と編集に徹しました。優秀なCGスーパーバイザーのGrigory Obiddenov(本作ではテクニカルディレクターを担当)は、リアリスティックでありながらシュールでもある、本作のルック制作を手伝ってくれました。アニメーションの仕事については、才能あふれるアニメーターのOlga Baulina(本作ではアニメーションのスーパーバイズを担当)に教えてもらいました。Timur Bekmambetovは、クリエイティブ・プロデューサーとして制作の全工程において意見をくれました」(Bekmambetova監督)。

▲コトリのCGモデルに対するBekmambetova監督のコメントと修正指示


▲【左】コトリのワイヤーフレーム/【右】同じくシェーディング


Bekmambetova監督は作品制作に対して非常に情熱的で、制作の全工程において自身の役割を果たそうと努力していたとGuslova氏は語る。「プロジェクトには、コンセプトアーティスト、キャラクターアーティスト、モデラー、テクスチャアーティスト、リガー、アニメーター、エフェクトアーティスト、コンポジターなど、数多くのセクションから才能あふれる素晴らしい面々が参加しました。Bekmambetova監督は各メンバーに声をかけ、彼女が思い描くイメージやアイデアを説明しようと努力していました。ですから、私たちは問題なくゴールを共有することができました」(Guslova氏)。

▲コトリのアニメーションを制作中のMayaの画面


▲完成ショット

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VFXスタジオとしての経験や
バーチャルカメラが役立った

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VFXスタジオとしての経験や、バーチャルカメラが役立った

チームメンバー全員に共通する課題は、本作の最も重要なキャラクターとも言えるロープの表現だった。本格的な制作に入る前のリサーチ段階から、アーティストたちは常にロープにフォーカスしていたとGuslova氏はふり返る。「私たちはいくつかの本物のロープを用意し、モデラーはそれらを参考にロープをモデリングしました。プロの綱渡りにそのロープの上を歩いてもらい、アニメーターはその動きを基にアニメーションをつけました。ロープの上に雪を投げ、どんなふうに動くのかを観察したりもしました。エフェクトアーティストは、それを基にリアリスティックな雪を表現することができました」(Guslova氏)。なお、本作のメインツールはMayaで、エフェクト制作にはHoudiniが使われたという。

▲ロープのCGモデル


「コトリや女性といったほかのキャラクターたちを、自然な形でロープとインタラクションさせ、バランスをとらせることは特に難しかったです。この課題を解決するに当たり、長年培ってきたVFXの経験がとても役立ちました。リガーがロープのセットアップを担当し、アニメーターによるブロッキングをベースに、エフェクトアーティストがロープの自然な動きをシュミレーションすることで課題をクリアしていったのです」(Guslova氏)。

▲ロープのアニメーションを制作中のMayaの画面


▲完成ショット


レイアウトやアニメーションでは、ViewGAというCGFの社内ツールが役立った。「ViewGAは、3D空間を撮影できるバーチャルカメラです。本作のカメラワークはViewGAで設定しており、Bekmambetova監督も自らこのカメラを使って自身のイメージを私たちに伝えてくれました」(Guslova氏)。本作では、最初にアニメーターがラフなアニメーション(ブロッキング)をつけ、それをバーチャルセット内のViewGAで撮影することでカメラワークをつけ、そのカメラワークを基にアニメーションをブラッシュアップするというワークフローがとられた。

▲ViewGAを使用中のCGFのアーティストとBekmambetova監督


Bekmambetova監督が最初のアイデアを思いついてから、本作が完成するまでに約5年の年月を要した。その間の全てが素晴らしい経験だったとBekmambetova監督は語った。「このプロジェクトに参加し、たくさんの才能あふれる人たちとコミュニケーションできたことは素晴らしい経験でした。私たちのスタジオは、まるでわが子のようにこのプロジェクトを愛し、大切に育てました。スタジオにとって最初のCGアニメーションだったからこそ、全力を尽くしました」(Guslova氏)。

そしてSSFF & ASIA 2018 CGアニメーション部門での優秀賞も、大きなニュースだったと語る。「私たちの作品がそのように注目されることが信じられず、とても興奮し、チームメンバー全員で喜びを分かち合いました」(Bekmambetova監督)。「授賞式への参加は楽しい経験でした。受賞によってアーティストたちは勇気づけられ、新たなプロジェクトに進むエネルギーやインスピレーションを得ることができました。私たちは現在、『オレンジツリー』という新たなCGアニメーションのショートフィルムのプロジェクトを推進中です。まだ詳細は秘密ですが、たくさんのチャレンジをしています」(Guslova氏)。

▲SSFF & ASIA 2018 CGアニメーション部門の授賞式でスピーチするGuslova氏。なお、授賞式には代表としてGuslova氏のみが参加した


▲【左】審査員の中川翔子氏からトロフィーを受けとるGuslova氏/【右】3名の審査員(杉山知之氏・デジタルハリウッド大学 学長【写真内、左】、中川翔子氏・歌手/女優【写真内、左から2番目】、新城毅彦氏・監督/演出家/デジタルハリウッド大学 客員准教授【写真内、右】)とGuslova氏


Bekmambetova監督のアイデアと数点のスケッチが『コトリのさえずり(Tweet-Tweet)』という11分のショートフィルムへと結実する上で、父であるTimur Bekmambetov監督の助力と助言が大きな役割を果たしたことはまちがいないだろう。しかし、それだけが本作の成功の要因というわけではない。Guslova氏のマネジメントの力と、CGFというスタジオの制作力、そして彼らの力を最大限に引き出したBekmambetova監督の情熱もまた、成功のための不可欠な要因だったと言えるだろう。

ほんの数分のショートフィルムの背景にも、つくり手の様々な挑戦があり、様々な思いが込められている。SSFF & ASIA 2019ではどんなショートフィルムが上映されるのか、心待ちにしてほしい。

info.

  • ショートショート フィルムフェスティバル & アジア 2019
    映画祭代表:別所 哲也
    フェスティバルアンバサダー:LiLiCo(映画コメンテーター)
    開催期間:5月29日(水)~6月16日(日)
    上映会場:都内複数の会場にて
    ※開催期間は各会場によって異なります
    料金:無料上映
    ※事前予約は下記Webサイトにて受付中。一部、有料イベントあり。
    お問い合わせ先:03‐5474‐8844  / look@shortshorts.org
    主催:ショートショート実行委員会 / ショートショート アジア実行委員会
    https://www.shortshorts.org/2019