ショートショート フィルムフェスティバル & アジア(以下:SSFF & ASIA)は、今年で21周年を迎えるアジア最大級の国際短編映画祭だ。5月29日(水)〜6月16日(日)に開催されるSSFF & ASIA 2019では、130の国と地域から集まったおよそ10,000の応募作品の中から選ばれた約200作品が都内複数の会場で無料上映される(一部イベントは有料予定)。本記事ではSSFF & ASIAのCGアニメーション部門にフォーカスし、CGアニメーションによるショートフィルムの魅力を複数回に分けてお伝えする。

第3回では、SSFF & ASIA 2018のCGアニメーション部門にて、特別招待作品として上映された『レター(LETTER)』をデジタルハリウッド在学中に制作し、その後オムニバス・ジャパンに就職した平松達也氏へのインタビューを通して、学生のショートフィルム制作を成功に導くためのポイントを探っていく。

・本連載のバックナンバー
No.1 ショートフィルムとデモリール、デジタルハリウッドはどちらの制作を推奨するか?
No.2『Tweet-Tweet』を成功に導いた、アイデア・マネジメント・スタジオ

TEXT_尾形美幸 / Miyuki Ogata(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota

『ズートピア』に衝撃を受け、27歳でCG業界への転職を決める

CGWORLD(以下、C):デジタルハリウッドに入学する以前、平松さんは自動車部品メーカーの技術職だったそうですね。CAD関連の仕事をなさっていたのでしょうか?

平松達也氏(以下、平松):CGとは全然関係ない仕事です。「機械のお医者さん」とでも言いますか......、機械の故障を直す仕事をしていました。

  • 平松達也
    自動車部品メーカー 技術職を経て、2017年4月(当時27歳)にデジタルハリウッド 本科CG/VFX専攻 VFXコースに入学。1人で制作した『レター/LETTER』(5分55秒)がデジタルフロンティアグランプリ2018 3DCGアニメーション賞を受賞。2018年3月卒業。同作がSSFF&ASIA 2018のCGアニメーション部門にて、特別招待作品として上映される。同年6月にオムニバス・ジャパンへ入社し、キャラクターアニメーターとなる。


C:ソフトウェアではなく、ハードウェア関連の仕事だったわけですね。となると、CGとの接点はゼロに等しいでしょうね。何がきっかけで、CGを勉強しようと思ったのでしょうか?

平松:2016年の4月頃、映画館でディズニー映画の『ズートピア』を見て、「今のCGはすごいな!!」と衝撃を受けました。すぐCGをやりたいと思い、6月頃にデジタルハリウッドの入学説明会を聞きに行きました。

C:思い切りが良すぎませんか? 当時、27歳ですよね......。

平松:自分は守りに入りやすいタイプだったので、その決断の早さには自分でもびっくりしました。とはいえ、自分の年齢で大丈夫なのか、すごく心配にはなりました。CGをやりたいと思った後、Twitterなどでいろんな学生作品を見てみたら、20歳手前の人がものすごい作品を公開していたので、10歳近く年上の自分が通用するのかという不安は大きかったですね。それでも、昔から絵を描いたり、デザインしたりすることが好きで、大学時代にはサークルに所属して映像編集やパンフレット制作をしていたので、ものをつくる仕事がしたかったのです。当時の仕事は既にあるものを維持する仕事だったので、『ズートピア』を見て「これだ!」と思いました。

C:そう思った1年後には、会社を辞めてデジタルハリウッドの学生になっていたわけですね。入学までの1年弱の期間に、先行してCGの勉強を始めたりはしましたか?

平松:Blenderをちょっと触ったり、映画をたくさん見たりはしましたね。

C:その段階で、アニメーターになることも決めていたのでしょうか?

平松:そこまでは決めていなかったです。職種は最後まで悩んでいて、『レター(LETTER)』が完成した後も、ゼネラリストになろうか、アニメーターになろうか、迷っていました。最終的に、ひとつのことに絞って技術力を高めていきたいと思い、アニメーターになることを決めました。

Point1:大事な部分は、止められても譲歩しない

C:『レター(LETTER)』の制作に着手したのはいつ頃ですか?

平松:2017年の9月の末頃ですね。春から夏頃にかけてMayaの使い方を勉強して、9月の頭に中間課題を提出し、1カ月ほど実家に帰ってお休みをとっている間に「何をつくろうかな」と考え始めました。

C:ちなみに、中間課題は何をつくったのでしょうか?

平松:フリーモデルを使い、ゲイバーのママさんという設定で、ディズニーテイストのアニメーションをつくりました。

C:ひと癖ある設定ですね(笑)。

平松:少年とか少女とか、ありきたりな感じにするのではなく、ちょっとずれたところを攻めたかったのです。だから『レター(LETTER)』でも、おばあちゃんとスマートフォンという、ギャップのある組み合わせにしました。それに、ママさんにしろ、おばあちゃんにしろ、動きをイメージしやすかったので、その点も良いなと思ってチョイスしました。

▲『レター(LETTER)』は、おばあちゃんがスマートフォンで自身の想いを伝える「現代版おばあちゃんのラブストーリー」となっている


C:『レター(LETTER)』は尺が6分もあって、学生が1人でつくるにしては長い方だなと感じました。私が講師だったら、尺を短くしてはどうかと提案したと思います。そういう指摘はありませんでしたか?

平松:構想段階では5分くらいだったのですが、それでも担任の古岩祥幸先生から「ちょっとボリュームが多いんじゃないか」という指摘を受けました。

C:やっぱり(笑)。

平松:ディズニーやピクサーの作品を映画館で見ると、本編の前に、ショートフィルムが上映されますよね。自分はそれがすごく好きで、あんな感じの、ちょっと心がほっこりするような、見終わった後に何かが残るような作品をつくりたいと思ったのです。古岩先生の指摘を受けて、少し削ろうかなとも思ったのですが、ひとつ削っただけでも成り立たないと思い、結局あのような形になりました。

C:「ディズニーやピクサー作品のようなショートフィルムをつくりたい」という目標が当時の平松さんのモチベーションを支えていたから、止められても譲歩できなかったわけですね。古岩先生の指摘はもっともだと思いますが、作品はちゃんと仕上がり、高く評価もされたので、その選択は正しかったと言えるでしょうね。

平松:でも、完成後にデジタルハリウッドのスタッフの方に見せたら「これ、絵コンテつくってないでしょう。無駄が多い。このカットは不要じゃない?」と指摘されました。おっしゃる通り、絵コンテをつくっていなかったので「バレたか......。絵コンテって重要だな」と思いました。

C:絵コンテなしで『レター(LETTER)』をつくった平松さんもすごいですが、それを見抜くスタッフさんの眼力もすごいですね。

平松:「長年見てきたから、すぐわかるよ」と言われました。今だから言えることですが、仕事を進める上で絵コンテはすごく重要なので、次に自分の作品をつくるときには、ちゃんと絵コンテを用意したいです。そんな調子だったから、正確な尺が見えてきたのは、モデリングが完了し、レイアウト作業が一通り終わった後でした。古岩先生からは「これ、間に合うのか」と心配されました。

C:いろいろチャレンジャーですね。

平松:そうですね。ぎりぎりでやっていました。

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Point2:力を抜くべき部分を、冷静に見極める

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Point2:力を抜くべき部分を、冷静に見極める

C:ストーリーや尺は譲歩しなかった一方で、断念した要素はありましたか?

平松:断念と言うほどではないですが、おばあちゃん、おじいちゃんのCGモデルは、フリーモデルをちょっと改造してつくりました。「こういう造形にしたい」というイメージスケッチは描きましたが、キャラクターをゼロからモデリングするのは時間がかかりそうだと思ったので、その作業時間は削りました。

C:意外なほど冷静な見極めですね。メインキャラクターはモデリングしたくなる人が多いと思いますが、どちらかというと、アニメーションに注力したかったということでしょうか?

平松:そういうわけでもなくて、背景は全部自分でモデリングしています。背景のモデリングは、すごく好きで楽しかったです。ただ、スケジュールを考えるとキャラクターまでモデリングするのは無理があると思いました。

C:最終的に、最初に構想した内容の何割くらいまで実現できましたか?

平松:7〜8割くらいでしょうか。当初はおばあちゃん、おじいちゃんに加え、犬のキャラクターも出す予定だったのですが、作業を進めていく中で、このままだと間に合わないことに気付き、犬が消えてしまった事件がありました。

C:4本足のアニメーションはハードルが高いと聞きますからね。

平松:そうなんですよ。なので、ちょっとだけ写真で特別出演させました。「入れるつもりだったんだよ」という意味を込めて。

▲消えてしまった犬が、写真で特別出演しているカット


C:そういう風に、譲歩できない部分は守る一方で、力を抜くべき部分を冷静に見極めていったわけですね。

平松:はい。ただ、たとえ時間があったとしても、当時の自分の実力では、全ての構想を実現できなかったと思います。本当はもっと背景を充実させたかったし、木の葉のゆらめきも表現したかったです。

C:プロのアニメーターとして仕事を任されるようになり、それに比例して目も肥えてきたからこそ、当時のご自分の状況をさらに冷静に分析できるのでしょうね。

Point3:崖っぷちまでねばる

C:『レター(LETTER)』が完成したのは、いつ頃ですか?

平松:実はデジタルフロンティアグランプリ2018(以下、DF2018)の学内審査の時点では完成しておらず、無音の状態で提出したのです。それでも作品の出来を評価いただき、最終審査までに音を入れることを条件に学内審査を通過したので、何とか間に合わせました。CG制作の作業期間は4ヶ月くらいで、映像は3月頭に完成していたのですが、その後の音付けに時間がかかりました。

C:崖っぷちまでねばりましたね。

平松:ほんとに崖っぷちでしたね(苦笑)。

C:納得のいくクオリティまでもっていくのに、それだけの時間がかかってしまったわけですね。そこまでねばることを手放しで推奨するわけにはいきませんが、その姿勢があったから、DF2018でのCGアニメーション賞の受賞と、SSFF & ASIA 2018 CGアニメーション部門での上映という結果につながったのでしょうね。『レター(LETTER)』をつくっているとき、やめたくなったり、心が折れそうになったりしたことはありましたか?

▲【上】【左下】DF2018の授賞式/【右下】SSFF & ASIA 2018のアワードセレモニーに参加した、CGアニメーション部門上映作品のアーティストやプロデューサーたち。「SSFF & ASIA 2018の会期中に作品が上映されたときには、地元の愛知県から親が駆けつけてくれたのです。原宿の映画祭会場で作品を一緒に見て、すごく感動して、つくって良かったなと思いました」(平松氏)
写真提供:デジタルハリウッド/ショートショート実行委員会


平松:最後の追い込みの2月頃は、心が折れそうになっていましたね。その頃にはもう通常の授業は終了しており、同期の中には就職先が決まる人もいて、精神的にすごく追い込まれました。「間に合わないんじゃないか」と毎日思いながら、先生の作品チェックを受けつつ、学校に泊まって制作に打ち込みました。

C:当時の睡眠時間はどのくらいですか?

平松:2月頃には少し短くなりましたが、それ以前は7〜8時間くらいは寝ていたと思います。寝るのは大好きなんで(笑)。

C:これまた意外なほどしっかり寝ていますね。寝ることで、集中力が高まり、記憶の定着も良くなるという研究結果もありますからね。

平松:そのようですね。

デモリールはつくらず、オムニバス・ジャパンに就職

C:平松さんの場合は、Mayaの勉強と並行して、キャラクターアニメーションの勉強にも力を入れたんだろうなと思うのですが、アニメーションはどうやって勉強しましたか?

平松:古岩先生の専門はアニメーションだったので、先生からいろいろと教えてもらいました。後は、インターネットでアニメーターさんたちのブログを見たり、毎日帰宅後にディズニーやピクサー作品をコマ送りで見たりしましたね。

C:気に入った作品を、繰り返し見ていたのでしょうか?

平松:ディズニーとピクサーのCGアニメーション作品は、全部見ました。その中から、特に気になったショットはコマ送りをして、動きやポーズを確認していきました。それから同期の人たちと集まって、お互いを描き合うジェスチャードローイングをやったりもしました。北米で活躍しているアニメーターさんたちが勧めていたので、とりあえずやってみたら、徐々に人体の構造や重心の取り方がわかってきたりして、これは続けた方が良いなと思いました。

C:ちなみに就職用のデモリールはつくりましたか?

平松:一切つくってないです。デジタルハリウッドのクリエイターズオーディションという卒業制作発表会で『レター(LETTER)』を見た企業の方々が名刺をくださったので、それらの企業を中心に就職活動をしました。自分のできることは『レター(LETTER)』を通して理解してもらえたので、デモリールをつくらなくても面接に進めましたね。

  • オムニバス・ジャパンもその中のひとつで、社内を見学させてもらったとき、プロダクション(実制作)に入る前のR&Dをしっかりやっている点が印象に残ったのです。例えばカラスの羽を表現するために、実際にカラスの剥製を借りてきて、本物の羽を見ながらテスト映像をつくったりしていました。ディズニーやピクサー作品のメイキング映像でも、作品をつくるときにはテストや検証にすごく時間をかけていたので、そうやってクオリティを追求するところが良いなと思いました。オムニバス・ジャパンには6月に入社したのですが、あと1ヶ月入社が遅れたら家賃が払えないくらい追い込まれていたので、本当にぎりぎりでした。


C:いろんな面で崖っぷちだったわけですね。2016年の4月に『ズートピア』をご覧になってから今日までの間に、ご自身が追い求めた世界に近付けている実感はありますか?

平松:あります。今はキャラクターアニメーターとして、アニメ『モンスターストライク』やCM案件などのアニメーションを担当しています。 アニメーションの技術はまだまだなので、当面は技術力を高めていきたいです。アニメーションのスーパーバイザーの中には、ディズニースタイルのアニメーションの仕事をしてきた方もいるので、いろいろと教えてもらっています。

それから、またオリジナルのショートフィルムをつくりたいとも思っています。ちょっと気恥ずかしい話ではありますが、ショートフィルムをつくることは、その世界をイチからつくることなので、神様のような気持ちになれてすごく楽しいです。ただ、SSFF & ASIAの受賞作品を見ていると、個人でつくっている人は少数で、中には100人以上のチームでつくっているところもあります。1人で全部をつくるのは難しいだろうから、一緒にやっていける仲間が見つかれば良いなとも思っていますね。

C:当初の目標は、今も揺るぎがない点がすごいですね。お話いただき、ありがとうございました。

info.

  • ショートショート フィルムフェスティバル & アジア 2019
    映画祭代表:別所 哲也
    フェスティバルアンバサダー:LiLiCo(映画コメンテーター)
    開催期間:5月29日(水)~6月16日(日)
    上映会場:都内複数の会場、およびオンライン会場にて
    ※開催期間は各会場によって異なります
    料金:無料上映
    ※事前予約は下記Webサイトにて受付中。一部、有料イベントあり。
    お問い合わせ先:03‐5474‐8844  / look@shortshorts.org
    主催:ショートショート実行委員会 / ショートショート アジア実行委員会
    https://www.shortshorts.org/2019