近年のゲーム業界では、増え続ける工数への対策の一環として、テクニカルアーティスト(以下、TA)業務を専門に担う若手を育成しようという動きが広がっており、CEDECでは3年連続で若手TAの育成について語り合うラウンドテーブルが開催されている。この動きは教育現場の教員と、そこで学ぶ学生にも認知され始めており、武蔵野美術大学 造形学部 デザイン情報学科の高山穣 准教授のゼミでは、ここ数年間に複数の新卒TAを輩出している。高山氏は、アーティスト寄りの立場からプロシージャルな手法によるCG表現の可能性を追求しており、TA育成に加え、プロシージャルな手法による工数削減という面でも、ゲーム業界との相性が良いと言える。

そこで、スクウェア・エニックスセガゲームスバンダイナムコスタジオの3社でプロシージャル表現やTA業務などに従事する中村翔氏、伊地知正治氏、池沢宇功氏に集まっていただき、高山氏と共に、プロシージャル表現とTA育成について語り合ってもらった。当日は2時間以上にわたり活発な意見交換が行われたため、本記事は前後篇に分けてお届けする。

・後篇はこちらでご覧いただけます。

TEXT_尾形美幸 / Miyuki Ogata(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota

絵面(えづら)で発想するのではなく、しくみで発想する

CGWORLD(以下、C):CGWORLD.jpでは、2018年にゲーム会社3社のTAによる座談会を実施して、予想以上の反響をいただきました。TA人口を増やすには何が必要か、これからTAを目指す学生に何を学んでほしいか、前回の座談会でも様々な意見が出ましたが、実際に新卒TAを輩出している教育現場の知見も加えることで、議論をさらに深掘りできるのではと思い、今回の座談会を企画しました。高山先生の研究・教育活動は、私から見ると、プロシージャル表現の面でも、TA育成の面でも、様々なヒントがあるように感じます。

実際、高山ゼミ出身の中村さんは2017年にスクウェア・エニックスに入社し、2018年から2019年にかけて、2年連続でCEDECの若手TAの育成について語り合うラウンドテーブルに登壇しています。高山先生の研究と教育が、セガゲームスの伊地知さん、バンダイナムコスタジオの池沢さん、高山ゼミのOBとなった中村さんの目にどう映るのか、どんな気付きがあるのか、伺っていきたいと思います。

高山穣氏(以下、高山):本学までご足労いただき、ありがとうございます。私は技術寄りの人間ではなく、あくまで美術寄りの立場で、技術に関心があるというスタンスで研究をやっています。CGは高校生の頃からつくっていましたが、プログラミングは本学に入ってから、大平智弘先生にC言語の手ほどきを受けました。美術の経験だけは豊富だったので、自由に絵を描くのと同じくらい、プログラミングで自由に世界をつくっていくことは、最低限できるようになってきたと勝手に考えています。

大平先生は、生前に「美は論理で記述できるか追求しなさい」という課題を私に与えてくださいました。これは私や本ゼミの最終的なゴールでもありますが、いきなり美意識そのものの解明にたどり着くのは難しいので、さしあたっては様式化された美である古今東西の装飾文様をプロシージャルに表現することに取り組んでいます。例えば最新作の『Splendor』というCGアニメーション作品は、HoudiniのL-systemを使い、日本の伝統装飾の切子や組子を表現しています。ただ、すごく単純な技術を組み合わせて美的世界を構築しているので、伊知地さんを前にして「Houdiniでつくった作品です」と言うのは恐れ多いですね......。

  • 高山穣
    武蔵野美術大学
    武蔵野美術大学 造形学部 デザイン情報学科 准教授。2003年、武蔵野美術大学 造形学部 デザイン情報学科を卒業。九州芸術工科大学大学院へ進学し、2004年、博士前期課程修了(短期修了)。2007年、九州大学大学院 博士後期課程修了、博士(芸術工学)の学位を取得。同年よりテキサス大学 ダラス校 アート&テクノロジー学科 客員研究員として米国滞在。2009年に帰国後、九州大学 学術研究員、九州産業大学 芸術学部 講師を経て、2014年に武蔵野美術大学に着任。プロフィールの詳細はこちらを参照。
    www.joetakayama.com


▲高山氏のCGアニメーション作品『Splendor』。日本独自のガラス工芸である切子や、欄間などに見られる木工細工である組子に見られる装飾文様を、樹木のCG表現などに多用されるL-systemという技法を用いてプロシージャルに再現している。本作はSIGGRAPH Asia 2019のComputer Animation Festival Electronic Theaterにて上映された


伊地知正治氏(以下、伊地知):いえいえ、とんでもない。高山先生の作品には、繊細ななんらかの法則性に裏打ちされた美しさを感じます。先生の教える内容にどれだけの学生がついていけるかわかりませんが、ついていけたなら、かなりの表現力が培われるだろうと推測できます。

  • 伊地知正治
    セガゲームス
    エンタテインメントコンテンツ事業本部 第1事業部 第1開発2部 第2デザインセクション リードデザイナー。九州芸術工科大学を卒業後、1997年、セガ・エンタープライゼスへ入社。エフェクトアーティストとして『ハウス・オブ・ザ・デッド』シリーズなどのアーケードゲームの開発に携わる。2004年以降は『モンキーボール』シリーズ、『龍が如く』シリーズなどのコンシューマゲーム開発に携わる。近年はHoudiniを愛用しており、CEDEC2018では「プロシージャルゲームコンテンツ制作ブートキャンプ Part 2 実践」、CEDEC+KYUSHU 2018では「Tricks of RealtimeVFX with Houdini」に登壇している。


高山:本ゼミにもHoudiniに興味をもつ学生は複数おり、多くのHoudiniユーザーはVFXをやりたがる傾向にありますが、私は形や文様の方に注目するタイプです。高校生の頃はメタボールで人体をつくったりしていて、本学受験時の第一志望は彫刻学科でした。当時の家庭用パソコンでは大量のポリゴンを記憶できなかったので、600個くらいのメタボールを組み合わせて、人体の滑らかな曲面を表現していました。

▲高山氏が学生時代にメタボールで制作した人体


C:すごい。これ全部メタボールですか!? NHKで『驚異の小宇宙 人体』(1989)が放送されていた時代のCGですね。

伊地知:アニメーションさせようと思ったら、絶望的な感じですか?

高山:腕を上げるくらいなら、取り組んだことがあります。メタボールによる造形は、「素材と格闘しながら美を見いだす」という彫塑(ちょうそ)の姿勢に近いものがあって、すごく面白いと思っており、長年追求してきました。大平先生からC言語を学んだ後は、普通はやらないような変な技法の開発もやり、その技法で特許まで取れ、装飾文様の表現にも生かすようになり、だんだんと進化していきました。

▲高山氏のCGアニメーション作品『Orb』。メタボールによるアーティスティックな表現を追求している。本作はSIGGRAPH Asia 2008のComputer Animation Festival Animation Theaterにて上映された


池沢宇功氏(以下、池沢):すごく綺麗なんですが、作業工程がまったく想像できません。最初のデザインの発想は、どこから湧いてくるんですか?

  • 池沢宇功
    バンダイナムコスタジオ
    
技術開発統括本部 VA本部 VA3部 VA5課 係長。日本大学 芸術学部を卒業後、2002年にナムコ(現、バンダイナムコエンターテインメント)へ入社。『ACE COMBAT』シリーズ、『大乱闘スマッシュブラザーズ for Nintendo 3DS / Wii U』、『マリオスポーツ スーパースターズ 』などの開発に携わる。『大乱闘スマッシュブラザーズ SPECIAL』では、リードアーティストとして3Dグラフィックスのマネジメントを担当。CEDEC2019では「『大乱闘スマッシュブラザーズ SPECIAL』~3Dグラフィックスの絵作り」に登壇している。


高山:絵面(えづら)で発想するのではなく、しくみで発想しています。メタボールというミニマルな素材に、こういうしくみを取り入れたら、どうなっていくだろう、どこまでいけるだろうという具合です。最終形をビジュアルでイメージしないという、なかなか仕事にはなりづらいやり方で、大学だからできることかもしれません。東洋美術においては造形の一部を偶然性にまかせる表現が多く取り入れられており、例えば陶芸では釉薬の化学変化による偶然の文様を取り入れたり、日本庭園では借景という自然の景観を庭園の一部に取り入れたりしますよね。そういう完全な制御をしない東洋美術の魅力はアルゴリズムを用いた造形とも親和性が高いので、メタボールを題材にすれば東洋的な発想の表現ができるのではという考えもあります。

伊地知:昔のセガって、技術先行型だったんですよ。『バーチャファイター』(1993)をつくったときとか。この技術で何ができるだろうって突き詰めていったら、ああいうゲームにしあがったと聞いています(笑)。そういう発想も、結構大事だなと思いますね。

高山:そうなんですか。当時はまだ高校生でしたが、『バーチャファイター』はよく覚えています。翌年には『バーチャファイター2』が出て、次はどう進化するんだろうと、ワクワクしましたね。学生にもしくみで発想するアプローチを教えていて、美大生にはなかなか難しいものの、中村さんのように、できるようになった人たちもいます。本当に申し訳ないのですが、私が提供できるのは、アートとテクニカルにちょっと足を引っかける程度の経験と、そこから見えてくるものを伝えることだけなんです。でも非常に優秀な学生が次々と来てくれて、彼らが独自の解釈を加え、発展させています。実をいうと、テクニカルな部分は学生が自分でどこかから吸収し、実践していく方が多いくらいです。

例えば、中村さんが在学中につくった『人類の叡智』というリアルタイムCGアニメーション作品は、外部ライブラリや3DCGソフトは使わず、プログラミングのみで制作しています。私の講義では、高度なツールの使い方や、描画テクニックを教えておらず、すごくミニマルな環境の中で、自然物や人工物の生成規則を見つけだし、プログラミングで表現するよう指導しています。中村さんは歯車のしくみを見つけ出し、ちゃんと噛み合った状態でランダムに生成させる作品をつくりあげたので、教えている私がびっくりしました(笑)。

中村翔氏(以下、中村):本作では、形状や大きさが異なる歯車を全部プロシージャルに自動生成しており、マウスによるインタラクションも搭載しました。ちなみに就職用のポートフォリオでは、本作を先頭に掲載しています。


▲中村氏のリアルタイムCGアニメーション作品『人類の叡智』。2015年(3年次)の5月から6月にかけて実施された高山氏の演習講義内で制作された。外部ライブラリや3DCGソフトは使わず、Processing2.2.1によるプログラミングのみで形状・大きさなどが異なる歯車を自動生成し、その全てが噛み合った状態で回転させている。Processingで描画できるのは球体、立方体、板状のポリゴンのみで、原点にしか置けない。そのため歯車の形状や大きさを数値で指定し、全て座標変換して動かしている


▲中村氏が在学中に制作したポートフォリオの【左】6ページ目と【右】7ページ目。ポートフォリオは全32ページ(表紙・裏表紙を含む)で構成されており、自己紹介のページには「今までの経験を活かして、将来的に私は、デザイナーとエンジニアの両面を持つ人材になろうと考えている。双方の立場を理解した上で、新たな価値を創造できるような人間こそ、私が目指す理想像なのである。また、最先端の技術を貪欲に自分のものとし、その技術から生み出されたアイデアで、常にクリエイティブな活動に挑戦したい」と記されており、大学3年次の段階で、既にTAを志していたことが読み取れる


伊地知:歯車のしくみが、ちゃんと考えられていますね。

池沢:ゲームで歯車が噛み合っていないと、気になって仕方がないので(笑)、こういうのは嬉しいですね。

C:ステレオタイプな「武蔵美」のイメージからかけ離れた作品とポートフォリオで、おもしろいですね。一方で、ちゃんとデッサンも掲載しているのが、ますますもっておもしろい。

▲中村氏が在学中に制作したポートフォリオの30ページ目。同氏のポートフォリオは「Procedural CG」「Games」「Programs」「Others」からなる4つのカテゴリで構成されており、上のデッサンは「Others」の後半に掲載されている


中村:そのデッサンは、大学の1年次に描きました。本学の入試のとき、私はデッサンなどの実技ではなく、数学で受験したので、絵の描き方は入学後に学んだのです(※)。

※ 数学での受験は現在廃止されており、センター試験の数学配点を高くする制度に移行している。

高山:中村さんの時代の定員は1学年100人だったのですが、その中の10人くらいが数学受験で入っていました。その人たちは、理工系の思考や、しくみで発想することに秀でていたので、ゲーム会社のテクニカル寄りの職種で活躍している人が多いですね。

C:中村さんは、そもそも、どうして「数学で武蔵美に入ろう」と思ったのですか?

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数学を武器に、武蔵美で生き残る

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そもそも、どうして「数学で武蔵美に入ろう」と思ったのか?

中村:高校時代は理系の進学校に通っており「このまま進んで、何をするんだろう?」と悩んだ時期がありました。やりたいことが見つからない中で、いろいろ考えていたときに「そういえば、子どもの頃から、ものづくりに興味があったな」と思い出し、美術大学への進学について調べたのです。最終的に、数学で受験できる本学に入学したものの、最初のデッサンの講義でいきなり衝撃を受けました。

C:お察しします。同級生の9割は、武蔵美のデッサン受験をくぐり抜けてきた、腕に覚えがある人たちという環境ですよね。

中村:そうなんです(笑)。めちゃくちゃ絵の上手い人ばかりで「ここで生き残るにはどうしたらいいんだ」ってことを考え始めました。そんなとき、ちょうど高山先生のプログラミングの講義が始まり、「自分の力を活かしながら、ここで生きていくには、この道がいいんじゃないか」と考えたのです。そこからプログラミングを学び始め、ほかの講義でデザインの基礎も学びました。

その後「学んだことを仕事にするには、どの方向に行けばいいんだろう」って、また悩んでいたら「TAという仕事があります」という話を高山先生から聞き、いろいろ調べていく中で、自分の考え方や、やってきたことに近い仕事だとわかったので、スクウェア・エニックスに応募しました。TAの仕事は幅が広くて、今のプロジェクトではプロシージャル表現を扱っていませんが、「取り入れていきたい」という話は出ているので、今後は関わる機会があるかもしれません。

高山:美術大学を卒業し、新卒でTAになる人はまだまだ珍しいと思うのですが、中村さん以外にも、ゲーム会社のTAになる人が出てきています。受け入れ先のゲーム会社の中には「武蔵美は一体どういう教育をしているんですか?」とびっくりなさる方もいましたが、本学が特殊なのではなく、優秀な学生や、ちょっと変わった理系志向の学生が、たまに入学してくれるのです。そういう人たちが、より柔軟な発想を育めるように、環境を充実させていきたいと考えています。

▲座談会は、武蔵野美術大学(東京都小平市)の高山氏の研究室にて行われた


C:在学中の中村さんは、ご自分は理系志向で、同級生の大半はアーティスト志向、あるいはデザイナー志向という環境で学ばれたと思います。価値観のちがう人と接する中で、TAの仕事に魅力を感じていったのでしょうか?

中村:本学での1年次、私は友人たちと一緒に「ゲムつく」というゲームを制作するサークルを立ち上げ、副部長になりました。設立当初は3人のみの小さなサークルでしたが、3年次には在籍者が30人を超えていました。そこではアーティスト寄りの視点をもつ人たちと頻繁にやりとりをしていて、何かをつくるときの考え方が真逆だったので、「そういう考え方をするのか」と最初は戸惑いました。私は論理的に考えてしまう方なのですが、向こうは形や感性から入ろうとするので、話が噛み合わないことが多々あったのです(笑)。

でも、話を続けていくうちに、その人の人間性や、考え方の根幹にあるものがわかるようになってきて、話が通じるようになりました。例えば制作中のゲームの全体像を共有するとき、つくり方のプロセスを順番に説明しても、あまり伝わっていないように感じたので、最初にズバッと絵を見せて「こういうゲームをつくります」と言うようにしました。その方が、言いたいことが伝わるんだと学びましたし、アーティストとエンジニアの橋渡しをするというTAの仕事への興味も湧きました。当時の経験は、今の仕事に活きていると思います。

高度なツールを先に教えてしまうと、発想が閉ざされ、演出に走る

C:一方で高山先生の講義では、形や感性から入ろうとする典型的な美大生に、理系志向の考え方や、しくみで発想するアプローチを伝えようとしていますよね? 一筋縄ではいかないように思いますが、どんな教え方をなさっているのでしょうか?

高山:造形を数字で発想する訓練をさせています。例えば「円を数字だけで表現する方法」を考えてもらったりしています。ProcessingやCGツールの機能を使えば、命令やボタンひとつで円を描けますが、それを使わずに円を描くための生成規則を問うわけです。人によって向き不向きがありますが、学生時代の中村さんは10通り以上の方法を出してきました。

▲高山氏が「造形アルゴリズム」と題した演習講義の第1回で使用したスライドの一部。スライドでは「円を数字だけで表現する方法」として「ある点から等距離の箇所を記す」という方法を紹介しているが、これは一例で、方法はほかにも数多くある


高山:デッサンの考え方を土台にして教えたりもしています。例えば「デッサンをするときに、光の向きと、視線の向きと、面の向きを、どのように考えていますか?」と問いかけて、それをプログラミングに置き換えるよう促すんです。「デッサンのときの考え方が、ベクトルに置き換えられるんですよ」と言うと、「なるほど」と理解してくれる学生は多いです。

何かしら、身近にある題材の中から、生成規則を見つけるよう促していますが、感覚的に考えてしまう学生は多いですね。例えば、フローチャートを書くときに「球に光が当たった」というような書き方をする学生が多いので、「何をもって当たったと判断するんですか? 球に光が当たるとは、数字で表現するとどういう事象ですか?」と、ひとつずつ指摘しながら、数字情報として分析していく訓練をさせています。

▲同じく「造形アルゴリズム」のスライドの一部。デッサンをはじめ、美大生が理解しやすい題材に例えて話すよう心がけているそうだ


高山:それから、Processingのようなミニマルなツールでもって発想してもらうことも心がけています。高度なツールを先に教えてしまうと、ビジュアル先行の美大生は発想が閉ざされ、演出に走ってしまう危険性があるのです。例えばプログラミングの世界では、RGBの加算合成をすると発光っぽい表現ができますが、私はあえて教えないようにしています。昔の芸術家は、そういうテクノロジーがない時代から、実際には発光していないのに、発光しているように見える表現やデザインを編み出してきました。そういう発想を培ってほしいので、機能の限られたツールを使わせています。

C:例えば、1ピクセルに8ビットしか使わせないとか?

高山:そのピクセルのビットをどう重ねるかも、自分で発想してほしいのです。そうしないと、考え方が出来合いのRGBの加算合成だけになってしまう。でも実際には、美大生は様々な色の重ね方を知っています。加算合成を使って赤と青のグラデーションをつくるのと、パステルを使って赤と青のグラデーションをつくるのとでは、途中経過がまったくちがいますよね。そういった自分たちの経験を数字に置き換えながら発想してほしいので、あまりリッチな環境は与えないようにしています。その結果、工夫を重ね、ときには変なこともやりながら、自分の目指す表現を論理的に考え出してくれる学生が多いです。在学中の中村さんも、そこに上手く乗っかってくれた学生の1人でした。

▲同じく「造形アルゴリズム」のスライドの一部。高山氏の講義では、形状記述法ではなく、手続記述法によって完成イメージを生成するための考え方を教え、Processingなどのミニマルなツールを用いた演習も行い、プロシージャルな手法によるCG表現の可能性を伝えている


池沢:私は日本大学の芸術学部で普通に油絵を勉強してからナムコに入ったのですが、学生時代に高山先生の講義を受けたかったですね。漠然と「こうなんだろうな」と思考してきたことを、学生時代に再構成できていたなら、その後の歩みがだいぶんちがっただろうなと、お話を聞きながら思いました。

高山:ありがとうございます。私の講義は、私のお師匠さんだった大平先生や、その後に指導を受けた源田悦夫先生(現、神戸芸術工科大学 教授)の考えが土台になっています。学生はよく「コンピュータを画材のひとつだと捉える」と言うのですが、「画材」と言ってしまうと手先の話で終わってしまいます。例えばデッサンの目的は、手先を鍛えることだけに留まらず、目を鍛えることも含みますよね。さらに、目に入ってきた情報を、どのように知覚して紙の上に表すかということまで加わります。大平先生は、「コンピュータは、画材とみなすよりも、自分の鏡のようなもの、自分が内面で考えていることを外在化するための道具のようなものだと捉えなさい」と語っていました。私も学生に対し、同様のアドバイスをしています。

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建物や道路も、その裏側にルールがあり
アルゴリズム化できる

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建物や道路も、その裏側にルールがあり、アルゴリズム化できる

伊地知:高山先生の講義では、観察眼を鍛え、法則性を見いだすことを目指しているのでしょうか?

高山:そうです。私の講義では「法則性」のことを「生成規則」と言っています。生成規則を見つけるために、絵ではなく、図を描かせてみることも有効です。絵を描く場合は、観念的に、明示的なものを描きます。そうではなく、情報がどう処理され、データがどうながれるかを図にすることで、自分たちが普段目にしている自然物や人工物のしくみが見えてくるのです。

伊地知Houdiniエキスパートで、プロシージャルアーティストのAnastasia Oparaさんは、オランダのNHTVブレダ応用科学大学で、そういう視点や、考え方を学んだと聞いています。ほかにも、そういうことを教えている教育機関があるかもしれませんね。

池沢:確かに、フラクタル構造に代表されるような法則性は、世の中にたくさんありますね。よく言われるのは、ブロッコリーとか、海岸線とか、樹木とか。

高山:はい。講義では、自然物でも人工物でもいいから、生成規則を見つけて、図や、フローチャートや、擬似コードにしてみるよう指導しています。

▲高山氏の演習講義で、学生の頴川生楽氏が制作した作品。Processingによるプログラミングのみで制作しており、プログラムを実行する度にちがう都市景観が自動生成される


▲同じく、学生の池田苑夏氏が制作した作品。プログラムを実行する度にちがう模様の手鞠が自動生成される。模様は全て円弧の組み合わせで表現されている


▲同じく、学生の金子渚氏が制作した作品。プログラムを実行する度にちがう形状と色の線香花火が自動生成される


▲同じく、学生の瀧ヶ崎宇朴氏が制作した作品。プログラムを実行する度にちがう形状の盆栽が自動生成される


▲高山氏の指導を受けた学生の戸谷昂平氏によるプログラミング作品『Feather』。プログラムを実行する度にちがう形状と模様の羽根が自動生成される。羽根の描画にはベジエ曲線、長さの調整には正弦波の式、模様の生成には三角関数を用いている


池沢:どの作品も、発想がおもしろいですね。

高山:いずれもソースはすごく簡潔です。本学の学生は、実装能力では理工系の学生に劣るかなと思いますが、発想が柔軟で、おもしろいことや、変なことをする人が多いですね。

C:受講者の中には、数学受験以外の学生もいるのでしょうか?

高山:はい。数学受験の人は受講者の2〜3割で、大半はプログラミングの初心者です。

伊地知:建物なんかも、実はその裏側に建築基準法などのルールがあるんです。道路も同様で、道路標識も、区画線も、道路標示も、全て昭和35年に国土交通省が制定した法律にのっとってつくられています。『龍が如く7 光と闇の行方』(2020年1月発売)では、舞台となる横浜の街路をHoudini Engine For Mayaを使いプロシージャルに生成しています。本作では、カットシーンのエフェクトに加え、背景班のお手伝いとして、街路生成のしくみづくりも担当しました。自分勝手にアルゴリズムを生成するのではなくて、法律をベースにして、ゲームとしておもしろくなるようにデフォルメしていく必要があり、苦労しました。ゲームだと、法則性もデフォルメしなければならないんです。

▲PS4専用ソフト『龍が如く7 光と闇の行方』最新ゲームトレイラー。舞台となる横浜の街路は、Houdini Engine For Mayaを使いプロシージャルに生成されている


高山:すごいですね。国土交通省の法律をアルゴリズム化したわけですよね。

伊地知:はい。背景班からどんどん上がってくる仕様と、国土交通省のWebサイトを見比べながら、車道の車線の数や幅、車線変更線や停止線、歩道、側溝にいたるまでアルゴリズム化しています。複数のカーブインプットから道路を生成し、交差点をパラメータでつくれるようにもしました。逃げたかったですね(笑)。

高山:建物も、道路も、その背景にはちゃんと理由があるんですよね。例えば宗教美術でも、その裏には教義や思想が潜んでいたりします。学生には、そういうバックグラウンドまで意識させたいと思っています。



前篇は以上です。後篇では、ゲーム開発におけるプロシージャル表現の有効性や、アート表現とゲーム開発のちがい、TAの育成方法について語り合います。ぜひお付き合いください。

・後篇はこちらでご覧いただけます。