自動車の技術革新に伴い、HMI (ヒューマンマシンインターフェイス)と呼ばれる人とシステム間で多種多様な情報を伝達する手段も高度なデジタル化の一途をたどっている。そんな中、3DCGアニメーション技術を武器にHMI開発を行なっているのがクラフターだ。ここではUnityを利用した自動車関連事業の2つの事例について紹介しよう。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 262(2020年6月号)からの転載となります。
TEXT_神山大輝 / Daiki Kamiyama(NINE GATES STUDIO)
EDIT_藤井紀明 / Noriaki Fujii(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
「QuickCabin® VR」© 2020 CRAFTAR Inc.
「DENSO Future Cabin Concept Ver.2」
© DENSO CORPORATION. All rights reserved.
アニメーション業界と自動車業界をつないだUnity
2018年に設立されたクラフターエンジンは、グループ会社のクラフタースタジオが培ってきた3DCGアニメーション制作技術を活用した新時代のUI/UX開発を行う会社だ。自動車業界では従来アナログだった車内の計器類・インテリアのデジタル化が進んでいるが、デジタルの有用性を活かしきれていないケースや、アプリケーションごとのデザインおよび機能の統一性を保つのが困難であるなどの課題が山積している。
こうした背景の中、クラフターは「生活者の環境をHMI (ヒューマンマシンインターフェイス)によって変えていく」「CGを用いたアニメーションテクニックでクルマの室内環境をより快適に、安心した空間にする」ことをミッションとして掲げ、自動車業界に参入。未来のクルマをわかりやすくビジュアライズする、ユーザーの視点誘導をアニメーションによって行うなど、従来もっていた高いアニメーション技術を活かした事業展開を行なっている。
上段左から、川島英憲氏、淺川真歩氏、田尻真輝氏、内田優作氏、正木健太郎氏(以上、クラフタースタジオ)
左から、辰巳 賢氏、青柳圭太郎氏(以上、クラフターエンジン)
アニメーション会社が自動車関連事業を行うにあたってブレイクスルーとなったのがUnityのテクノロジーだ。離れていた2つの業界ツールの間をつないだUnityは、CADデータのインポートを実現するPiXYZを提供するほか、HMI設計のためのツール群も充実している。Unityを用いたビジュアライゼーションによって、ハードウェア(実車ないしモック)を製作する前段階から機能評価が可能となり、大幅な工数・コストの削減が見込まれるほか、数多くのデバイスに対応するUnity上でデータを設計することで、自動車メーカーごとに異なるCPUに同一のデータで対応することが可能になる。「Unityはシェア率が高く、コミュニティが成熟しているのがメリットです。最新の情報が多くオンライン上に存在するため、習熟も早いし問題解決までの時間も短い。開発者としては、整理されたデータ構造も強みだと思います」(川島英憲氏)。
[[SplitPage]]CASE01「QuickCabin® VR」
「QuickCabin VR」はクラフターエンジンが開発したHMI開発用のVRコンテンツで、ユーザーは運転席に座った状態の視点でメーターやHUD(ヘッドアップディスプレイ)などの評価が可能となる。一般的に自動車の開発には5年ほどの時間がかかり、評価用のモック製作にも半年以上を要する場合が多いが、実車開発に先立ってVR空間で車内環境を評価することによって大幅な開発期間の短縮が見込まれる。Unityを活用することでHTC VIVEやVarjoなど複数のプラットフォームに対応するほか、天候や風景をはじめとする車外環境やHMIとのインタラクションの実装も容易に行える。「HMIの体験以外にも、事故の再現など実車では試せないようなシミュレーションを実験的に行える部分もQuickCabin VRの強みです。市場が求めている要望を素早くビジュアライゼーションする、顧客に応じてカスタマイズをするという点において、Unity活用のメリットは大きいです」(辰巳 賢氏)。
STEP 01 コンセプト&デザイン
【上】ウェルカムライト、【下】エンジンスタート時のHMIコンセプトデザイン。コンセプトの段階では手描きでデザインを起こしていく。指定された条件に沿って車載LEDを光らせる、スマートフォンとリンクするなどのインタラクションを考えながら、ビジュアルと機能の両面をデザインする。特徴的なのは、初期段階から「どういった動作に基づいてHMIがアニメーションするか」が体験に紐づいて綿密に考えられている点だ。クラフターでは、市場から情報を収集し、アニメーション技術を用いて実現するという一連のながれにおいて、業界のニーズに応じて保有するアセットをアップデートすることを第一に考えているという。こうしたアセットやノウハウの蓄積によって、クライアントに応じた細かなカスタマイズにも対応可能となっている
STEP 02 モデリング&Unityでの最適化
通常のエンターテインメント案件と異なり、モデルのブラッシュアップはクライアントからの要望に応えるためユニークなものが多い。一般的な映像作品の制作手法ではVRコンテンツで60fpsを維持することは難しいため、ハードウェアに合わせたモデルのリダクションが必須となる。特に、自動車開発において高い評価を得るVarjoは4画面出力のため、60fpsを維持するためには自動車や背景の3Dモデルのポリゴン数をリダクションするのと同時にSet pass ca(ll 描画を行うための命令で、コール回数とfpsは反比例する)を極力削減するなどの処理も並行して行う必要がある。この際、内田優作氏は複数のプラットフォームにスケーラブルに対応するためにUnityのユニバーサルレンダーパイプラインを活用。こうしたビジュアライゼーションにおいては、3Dモデル制作と描画方法の両面を並行して考えることが重要となる
ベースモデルからウェルカムライト実装のながれ
スマホ画面からモニタへのアイコン遷移アニメーション
STEP 03 BG制作
道路や街並み、街路樹など、自動車が走るためのシーンをUnityで構築する。基本的には車内から見える部分のみが作成されており、処理負荷軽減のためにリアルタイム演算を可能な限り削減している。「オブジェクトの数自体に制限があるのではなく、HTC VIVEやVarjoなどハードウェアごとのレンダリング負荷によって使用できるリソースの量が決まってきます。60fpsを保てるところを上限として、ある程度は手探りで許容ラインを探しています」(正木健太郎氏)。歩行者にはこれまでクラフターが培ってきた汎用アニメーションが転用されるなど、資産を活かした制作が行われている
STEP 04 イベント開発
シーンの構築後は、対向車線を走るモブ自動車のルート作成【上】や走行中に起こり得るイベント【下】などの実装部分を行う。ベースとなる「運転席からの視点でHMIのアニメーションを体験する」という基本機能ははじめからQuickCabin VRに実装されているため、この工程では「どのタイミングでモニタの映像が再生されるかを設定し、曲がり角ではナビゲーションを出す」など演出部分の実装が主となっている。自分以外の自動車の配置やライティングの調整、信号機の調整など、クライアントの要望に合わせてひとつひとつ実装していくフェーズとなる
STEP 05 リリース
現実世界と同じように、天候や街並みを変化させることで、実際に運転しているようなシチュエーションでHMIのアニメーション等の確認を行うことができるのもQuickCabin VRの強みだ。Unityの機能を用い朝から夜までの各時間帯、雨や晴れといった天候、市街地や高速道路などの走行環境などを組み合わせて描画することによって、より実情に即した走行環境の再現が可能となる。実車では実現の難しい路面状況や事故再現などもシミュレーション可能なため、多角的なデザインの評価につながる
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CASE02『DENSO Future Cabin Concept Ver.2』
CASE02『DENSO Future Cabin Concept Ver.2』
DENSO Future Cabin Concept Ver.2
本作は、株式会社デンソーの考える自動運転が実現された近未来が3DCGで描かれたコンセプトムービーの第2弾。自動運転(Level 4)が導入されると予測されている2025~2030年において、自動運転車両で移動しながら飲み物を注文する、パーソナライズされた空調を調整する、誘導および認証システムでスムーズに乗り換えを行うなど、先端技術によって得られるモビリティ体験が表現されている。アニメーション映像と同時並行でVRコンテンツの制作が行われており、共通のアセットを用いてUnityのシーン構築を行うことでワークフローの最適化が図られている。同じ世界観とキャラクターを用いて、2つのプラットフォームで異なるシナリオを表現するため、絵コンテ制作からモーションキャプチャ収録までは個別に行い、以降の工程は全てUnity上で行われている。
STEP 00 アニメーション&VR並行ワークフロー
ワークフローは9つの工程に分かれている。「コンセプト」ではデンソーが近い将来提供する価値を最大限理解できるビジュアル表現・シナリオについて協議し、コンセプトアートを基にプラットフォームごとの「絵コンテ」を制作。過去の作品で用いたアセットをブラッシュアップ(ディテールモデル)し、MotionBuilder上で「動画コンテ」を制作したのち「モーションキャプチャ」に入っていく。モーションキャプチャスタジオでそれぞれのシナリオ分の収録を行い、以降はUnityで「ルックデヴ」「シーン構築」を行なっていく。ルックデヴをUnityで行うことで、アニメーション映像とVRどちらもルックに統一性をもたせることができ、その後のシーン構築も共通の様式で進めることができている。なお、ファイル管理はGitで行われており、特に変更の多かったUI系は個別のフォルダで管理され、決定項のみがコミットされるしくみを採っていた
STEP 01 コンセプト&デザイン
クライアントから提示された訴求ポイントをどのようにコンテンツに落とし込むかについて社内で協議し、シナリオのほかに、淺川真歩氏を中心とするデザインチームがコンセプトアートを作成。ビジュアル化された情報をベースに再度打ち合わせを行い、細かなデザインや機能をどう落とし込むかの仕様を策定する。「コンセプトアートを見ながらミーティングを行うことは、仕様をより深く考えるきっかけになったり、新たなアイデアを生むベースになりました」(淺川氏)。クライアントのアイデアをビジュアル化する際も、「こういうデザインと機能を用いれば、より良い体験ができるのではないか」とクラフター側から提案することも多かったとのこと
【画像】はコンセプトアートの一部で、近未来の機能やモビリティ体験が現実味のあるビジュアルに落とし込まれていることがわかる
STEP 02 シナリオ制作と絵コンテ・ビデオコンテ
コンセプトとほぼ同時並行でシナリオの作成が行われた。多角的に訴求ポイントを伝えるため、映像作品側は「コンセプトを伝えやすいシナリオ」、VRコンテンツ側は「体験を伝えやすいシナリオ」と役割を分けて制作されている。クラフターでは通常3Dモデルを用いて絵コンテ【A】・ビデオコンテ【B】【C】を作成するため、シナリオ決定から2週間という早いタイミングで一連のながれのクライアントチェックを受けることができたという(なお、VRコンテンツの絵コンテ【D】【E】は、期間の関係から手描きベースとなっている。【F】はVRのビデオコンテ)。エンターテインメント系の業務と異なり、クライアントの意向次第でいつでもシナリオ・デザインが変更できる柔軟なつくり方をする必要があったため、ビデオコンテはレイアウト変更が容易なMotionBuilderで制作されている。前述の3Dモデルのキャラクターデザインもクラフターが行なっており、コンセプトからシナリオ、ビデオコンテまでを1社で完結することでスピード感のある制作が可能となっている
STEP 03 モーションキャプチャ
本作で収録したのはボディのみで、フェイシャルはアニメ的な表現のため全て手付けとなる。モーションキャプチャを統括する田尻真輝氏によれば、アニメーション映像の場合は隠れている(画面に表示されていない)部分が物理的におかしくてもある程度は無視できるが、自由に視点移動のできるVRコンテンツの場合はオブジェクト配置も気を配る必要があり、HMIを操作する手を右手から左手に変えたりといった細かな調整も収録中に発生したという。前工程のビデオコンテ時点では見えてこなかった問題を現工程で事細かに修正できるのも、アニメーション制作などですでにモーションキャプチャのノウハウがあったからとのこと。クラフターは昨年9月から自社内にモーションキャプチャスタジオを有したため、今後の制作ではシナリオが決定次第すぐにアニメーション工程に移ることができるようになった。これは1社完結型の強みと言えるだろう
STEP 04 ルックデヴ&VRシーン構築
Unityでは共通のアセットを用いたシーンをアニメーション映像とVRコンテンツで共有できるため、アニメーション側でルックデヴを施したデータを【上】のようにVRに適用することで、両プラットフォームでほぼ同じルックを再現できる。そのため、アニメーション映像を観てからVRを体験することで「本当にその世界に入ったかのような体験」を得ることができるという。VRコンテンツでは、キャラクターの目線をユーザーに向ける、キャラクターの頭身をリアルな人間の頭身バランスにしてリアリティをもたせるなどの工夫が行われているほか、カメラアングルやレイアウトの工夫でできる限り世界が狭く見えないようにシーンが構築されている。例えば、アニメーション映像では電光掲示板のサイズはキャラクター3体分程度の横幅だが、VRコンテンツでは2倍以上大きく描かれている【下】。これは「(容量的につくり込みができない)電光掲示板の後ろ側を覗き込まれないため」の処理であ り、シーンに応じて3Dモデルのデザインを変更することでユーザーの視線を誘導する目的があるという
STEP 05 ゲームエンジンの利点を活かしたアジャイル開発
ゲームエンジンを活用した3DCG制作のメリットは、レンダリングを待つことなくリアルタイムにビジュアルを確認することができる点だ。「プリレンダーは7割までつくり込んだ後にレンダリングを行い、そこからクオリティを上げていくイメージですが、リアルタイムでは3割の段階でも視覚化して確認ができる状態になります。常にビジュアルを評価しながらクオリティを高めていけるのは大きなメリットです」(川島氏)。クライアントや他の作業者にも作業状況の共有がしやすいため、コミュニケーションをとりながら途中段階を確認し合うことでアイデアを追加したり問題を修正したりといったアジャイル開発が可能になっている。また、クライアントとコンセンサスを得ながら進めることは、結果として手戻りを未然に防ぐことにもつながっている
【1】~【4】アニメーションにおけるアジャイル開発の変遷
【上段】VRならではのHMI開発と【下段】VRコンテンツの完成イメージ