『映像研には手を出すな!』は、3人の女子高生がアニメで「最強の世界」をつくるために邁進する姿が原作の魅力であり、クリエイターを魅了してやまない。実写化を進める上では、浅草氏と水崎氏の線画表現をいかにしてダイナミックかつ自然な見た目で実写と融合させるのかが鍵となった。

関連記事:アニメではなく、実写として描く! VFXチームの挑戦『映像研には手を出すな!』

※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 263(2020年7月号)からの転載となります。

TEXT_福井隆弘
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada

『映像研には手を出すな!』
eizouken-saikyo.com
原作:大童澄瞳『映像研には手を出すな!』(小学館『月刊!スピリッツ』連載中)/脚本・監督:英 勉/脚本:高野水登/企画・プロデュース:上野裕平/撮影:川島 周、古長真也/照明:本間大海、山田和弥/美術:池田正直/編集:相良直一郎/VFX統括:村上優悦/アニメ統括:大嶋美穂
製作:「映像研」実写ドラマ化作戦会議/「映像研」実写映画化作戦会議/制作:ノース・リバー/制作プロダクション:ROBOT/配給:東宝映像事業部
©2020「映像研」実写ドラマ化作戦会議 ©2016 大童澄瞳/小学館
©2020「映像研」実写映画化作戦会議 ©2016 大童澄瞳/小学館

<1>カイリー号[第1話]

Pencil+を活用することで実写との親和性の高い線画が誕生

本作に登場する線画表現は、スタジオ・バックホーンが一手に引き受けた。実作業はクリエイティブ面の提案を含めて水石 徹CGディレクター、デジタルアーティストの川嶋彩乃氏と、野路皓貴氏(Koji VFX)の3名だけでつくりきったというから驚きだ。プリプロの段階では、線画をCGか手描き(2D)のどちらで表現するのか議論したそうだが、早々に手描きでは実写との一体感に限界があると判断したという。ただし、CGの場合もパースが整い過ぎて、線自体も硬い印象になる恐れがあるため、どのツールを用いるのかがキーポイントになった。「以前からPencil+に注目していたのですが、当社のメインツールはMayaのため、これまでは導入する機会がありませんでした。ですが、2018年10月にPencil+ 4 for Mayaがリリースされたので導入を決めました」と、村上氏はふり返る。

美術や手元のアップショット用に、浅草氏のタッチ(筆圧が強い粗い線)と水崎氏のタッチ(綺麗な線)、それぞれを担当する2名の作画アニメーターがアサインされていた。そこで、CGによる線画表現についても、彼らにガイドとなる作画を描いてもらい、それをPencil+で再現するというアプローチで作業を進めたという。Pencil+では、線をかすめたり、歪ませるなど様々な効果を加えられるため、それらを駆使しながら監督が求めるイメージを追求。1話に登場するカイリー号の表現によって、R&Dが行われた。英総監督にルックを確認してもらう過程で、カイリー号だけでなく、実写背景にも線画表現を加えたり、さらにベルトコンベアーやリフターのアニメーションも表現してほしいというリクエストを受けたという。「監督の提案を追従するだけでは満足してもらえないと考えました。作業的にも後から足すよりも、最大限に盛り込んでから差し引いていくことにしました。その方が効率的にも精神的にも良いので(笑)。これでもかというくらい密度を濃く、自由につくり込ませていただきました。Pencil+ 4 Line for After Effectsを併用すれば、MayaからPLD形式で書き出したデータをAEに読み込むとパラメータ設定をほぼ正確に引き継げることにも助けられました」(水石氏)。そうした苦労と努力が実り、再チェックでは細かな修正はあったものの英総監督に高く評価してもらえたそうだ。

初期テスト&レイアウト検証

3DCGによる線画表現アプローチの場合、三次元的なパースが整った見え方をするので、表現の方向性としてアリなのかどうかを監督確認用に作成したテスト動画より。ロケハン時に、検証用に、自前のカメラで撮影した下画に、トラッキングを行い、CGを合成。線の生成はmental rayで行い、手書き風のざらつきは合成時に加えたという


実写撮影に向けて作成されたレイアウトテスト映像



  • 初期段階(水崎氏のイメージ)のレイアウト検証



  • 第2段階(浅草氏のイメージ)、羽根が伸びて脚部のギミックが追加された状態

レイアウトテストをプリントアウトした資料を用いて、演者たちにシーンの説明をする英総監督

ルックデヴ

線画表現の作業変遷を図示したもの



  • 最初のルックチェックに提出したもの



  • 英総監督が実写プレートに描き込んだラフイメージ



  • ラフイメージを基に、ファイナルに近い状態まで仕上げ、再チェックに提出したもの



  • 画面奥に行くにしたがい、線が細く、薄くなるように加工。さらにマスク、バレ消しを施した上で、役者の演技が立つように線画の視認性をカラコレで整えた完成形


ヨリのカットの調整例

初期バージョン。当初は均一な線であった

完成形。画面奥の線に被写界深度的なぼかしを加えて立体感が高められた。その際、実写背景にぼかし具合を合わせてしまうと、線が背景に溶け込んでしまい存在感がなくなってしまうため、背景のぼけ具合よりはやや抑えている

ショットワーク

放送後に公開された第1話のVFXブレイクダウン(上の動画)にも登場するMayaのシーンファイル(カメラビュー)。画像は線を出すためのオブジェクトが落ちてくる途中の画

同パースビュー

ブレイクダウン動画における完パケ画像。一連のブレイクダウン動画の制作もスタジオ・バックホーンが担当(山上弘了氏がディレクション)。ドラマ本編には出せなかったVFXカットを追加しつつ、ブレイクダウン専用のCG・VFX表現が凝らされている


Pnecil+ for Mayaのセッティング例。カイリー号のラインのレイヤー分けを図示したもの。「PencilLineノードで描画設定をし、レイヤー分けしてPLD(PencilRenderElements)で出力。AEにて細かい設定(ルック調整)を調整しています」(水石氏)



  • カイリー号のメインのラインレイヤー。なお、シーン中には背景オブジェクトも存在しているが、ライン非表示に設定しているのはマスクとして使用するためである。例えば、床に隠れている下部は描画されていないことが判る



  • 同サブのラインレイヤー。ニュアンスや細かいディテール用。コンポ時に細めの線に加工する

同コックピット内のラインレイヤー。オブジェクトによって必要に応じて出力。【メインのラインレイヤー】、【サブのラインレイヤー】に加えて、線の見映えをコントロールするためにコックピット内用のPencilLineノードを作成し、コックピット内の椅子、壁のみを描画

©2020「映像研」実写ドラマ化作戦会議 ©2016 大童澄瞳/小学館
©2020「映像研」実写映画化作戦会議 ©2016 大童澄瞳/小学館

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<2>水崎氏が思い描く映像研の部室[第2話]

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<2>水崎氏が思い描く映像研の部室[第2話]

動きを付けながらモデルも増やしていく

2話に登場する、水崎氏が理想とするインテリアを線画で表現するシーン。こちらも1話のカイリー号と同様に、アニメーターが描いたガイドの作画(作画机、チェア、熱帯魚など)をベースに作業が進められた。まずは、野路氏が必要となる要素をモデリング。そしてショットワークは川嶋氏が担当。「当初は、水崎氏の台詞に合わせて線画の家具を置いていくというシンプルな表現になる予定でしたが、1話のカイリー号の表現でかなりつくり込んだのに応じて、モデルは雑物(※作画机の場合は、机上の小物など)を増やし、アニメーションの密度も濃くしていきました」(川嶋氏)。

特に濃密だったのが、熱帯魚。ガイドを参考に4種類のモデルを作成し、2種類のループアニメーションを用意。それらを組み合わせて動きを付け、さらに水中感を高める気泡を3種類の球体パーティクルのインスタンスで表現している。「必要に応じてモデルの種類や数を追加して、画面の密度を高めていきました。ただし、魚の数が多過ぎると線が重なって役者さんの演技が見えづらくなってしまうため、レイヤーを細かく分けて重なり具合を細かく調整していきました。膨大な作業量で、データの整理も大変でしたが、大きなリテイクもなく、良いかたちに仕上げられたと思います」(川嶋氏)。コンポジット作業では、手前の線は太くハッキリ、奥は細くしぼかす、といった具合にしっかりと奥行き感を出すことが意識された。ちなみにPencil+のレンダリングは、長くても1フレーム約30秒程度だったという。アニメーション作業時は、プレイブラストでもラインが出るためトライ&エラーを効率良く行えたそうだ。

事前の検証

デザインコンセプト(描き手のデザインセンス、好み等)の整合性を保つために、撮影用小道具スケッチブックの描き手でもある、アニメーションチームの水崎氏担当アニメーターが描いた各種デザイン画。これらをベースに画づくりが進められた

ショットワーク

作画机パートの作業変遷



  • 作画チームから提供されたデザイン画



  • デザイン画を基に起こしたCGモデルから生成された線画

雑物を足し、情報量を増やした完成形。言うまでもなく、CGモデルのデザイン修正やパーツの追加作業が大量に発生したが、線画表現用のモデル制作は野路氏がリードしたという


ソファ&フローリングパートの作業変遷



  • 作画チームから提供されたデザイン画



  • デザイン画を基に起こしたCGモデルから生成された線画

雑物を足し、情報量を増やした完成形


熱帯魚パートのMayaシーンファイル。レンズの歪みをコンポジット時に修正するため少し大きめのサイズでレンダリングしている



  • カメラビュー



  • パースビュー

完成形。このシーンの中でも最も情報量が多いパートだが、演者の芝居と共存させつつ線画が雑然と見えないよう細かな調整が施された

<3>浅草氏の宇宙遊泳[第3話]

デザインから一括して画づくりを担当

3話に登場する宇宙遊泳の表現。当初は、クレーンで吊った浅草氏の実写のみで描く予定だったが、2月前半に行われたオフライン編集チェックにて、想定よりも宇宙遊泳感が弱く、ビジュアルインパクトが不足していることが判った。そこで急遽、線画表現を追加することになったそうだ。「幸い、TVドラマ版の作業を終えたのと劇場版用のアセット制作も目処がついたタイミングだったので、対応できました。作画のガイドがなかったので、原作漫画の『部室船』を参考にしつつ、デザインを含めて制作させていただきました」(水石氏)。宇宙感を出すために、地球や月、賑やかしとして別の宇宙船などを足して画面に密度を加え、宇宙船に関しては空いている穴を見映え優先でわかりやすく表現したりコクピットの中も作成したり、細かいところまでつくり込み、画づくりをしていったとのことだ。遠景にレイアウトする月と地球についてもアーカイブ素材を利用しつつ、新規に作成。良い塩梅でラインが出るように地表をモデリングし、自転のアニメーションも加えられた。「宇宙遊泳は、モデル制作だけでなく、仕上げも担当させていただきました。水石さんと川嶋さんがワークフローを確立してくださっていたので、作業に専念することができました。大変でしたが、とても楽しかったです。プロになって、まだ1年目のタイミングで本作のようなやりがいのあるプロジェクトに参加することができて幸せです」と、野路氏。「ずっと、『正解はどこだろう?』と考えながら走り続けていました。ダビング時に完パケを拝見する機会があったのですが、『やってきたことは合っていたんだ』と、ようやく思うことができました」(水石氏)。

作業の変遷

実写撮影終了後に線画表現が追加されることになったため、急遽作成した要素確認用のラフレイアウト。宇宙船&宇宙ボートはラフモデルを起こし、背景の月と地球はこの段階ではモデルを起こさず2Dで配置

地球と月も3Dモデル化した上で、構成要素のディテール追加等のブラッシュアップが施された完成形

ショットワーク

ヒキ画のMayaシーンファイル

(左)パースビュー、(右)カメラビュー。各パーツごとに書き出し、コンポジットで配置を2Dで調整しているため、地球の位置が完成形とは異なっている



  • 月モデル(メッシュ表示)



  • 第3話のブレイクダウン動画(下の動画)に登場するデブリモデル(メッシュ表示)。コンポジット作業時に3Dレイヤーで使用

ブレイクダウン動画における完パケ画像

©2020「映像研」実写ドラマ化作戦会議 ©2016 大童澄瞳/小学館
©2020「映像研」実写映画化作戦会議 ©2016 大童澄瞳/小学館



  • 月刊CGWORLD + digital video vol.263(2020年7月号)
    第1特集:CG業界のリモートワーク事情
    第2特集:実写版『映像研には手を出すな!』
    定価:1,540円(税込)
    判型:A4ワイド
    総ページ数:128
    発売日:2020年6月10日