Unreal Engineを使ったゲーム開発やエンタープライズ案件に携わるヒストリアが、非エンターテインメント分野へのUE4の活用を提唱するために作成された技術デモがこの『Cutting-Edge Test Drive』だ。Megascansのアセットを積極利用したハイクオリティなデモは、将来リリースされるUE5への布石とも言えるだろう。
※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 264(2020年8月号)からの転載となります。
TEXT_大河原浩一(ビットプランクス) / Hirokazu Okawara(Bit Pranks)
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota
EDIT_藤井紀明 / Noriaki Fujii(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
UE4 Interactive Demo: Cutting-Edge Test Drive - PV | historia Enterprise
UE4 Interactive Demo: Cutting-Edge Test Drive - Features | historia Enterprise
UE4の非エンタメ分野での活用を広めたい
Unreal Engine 4(以下、UE4)は、その豊かな表現力から映像作品での利用も進んでいる。今回紹介するUE4の技術デモ『Cutting Edge Test Drive』は、ヒストリアの非エンターテインメント分野のブランドであるヒストリア・エンタープライズによって制作された。
左から、エンジニア・橘内正貴氏、アーティスト・天見信太郎氏、アーティスト・真茅健一氏、プロデューサー・伊藤祐太氏、ディレクター・佐々木 瞬氏(以上、ヒストリア)
デモはバーチャル展示場パート、荒野パート、都市パートから構成されており、UE4の非エンタメ分野における活用の可能性が提示されている。ヒストリアはゲーム開発会社であるが、UE4を使った自動車産業関連のR&Dなど、ノンゲーム案件にも多く携わっているという。「これまで、UE4を使った建築系ビジュアライゼーション手法の認知度はありましたが、その他のジャンルについてもう少し認知を広めたいと思っていました。われわれの会社ではUE4を使った自動車関連の仕事にも携わっているのですが、公表が難しいこともあって、それなら自動車をテーマにUE4を使ったデモをつくろうということで、このプロジェクトがスタートしました」とディレクターの佐々木 瞬氏は話す。アーティストの天見信太郎氏、真茅健一氏、エンジニアの橘内正貴氏ほか1名の計4名が制作を担当。制作期間は2ヶ月だったという。デモの内容はリアルタイムレンダリングでありながら、非常に美麗なグラフィックスで構成されており、短納期かつ小規模の体制で制作されているとは思えないハイクオリティだが、このクオリティを実現するためにMegascansのアセットが有効活用されている。「Megascansのアセットを上手く使うことで、例えば荒野パートのベースは2~3日程度で作成することができました。今後Megascansは様々な案件で多用されるのではないでしょうか」と天見氏は話す。「Megascansを活用することでRedshiftやArnoldを使ったレンダリングに負けないくらいリッチな映像をつくるというのが目標です」と天見氏。それでは、本作のメイキングを紹介したい。
<1>技術デモの概要
3つのパートからなるUE4技術デモ
まずは、本技術デモのおおまかな内容を紹介していこう。デモはバーチャル展示場パート、荒野パート、都市パートという、3パートから構成されている。バーチャル展示場のパートでは、クルマの色などをカスタマイズすることができるカーコンフィギュレータ的な機能をデモに加えて、カスタマイズしたクルマを演出された映像として動かすことができるというデモを兼ねている。荒野パートは映像を主体としたパートだが、Megascansを使うとリアルな映像も手軽に作成できることが提示されている。都市パートはドライビングシミュレーションやデジタルツインの挙動シミュレーション、AI解析などを想起できるような内容となっている。このデモを制作するにあたり、まずカットシートを作成し内容が詰められた。カットシートでは、シーン構成のほか、各シーンの訴求イメージや想定されるシーンの時間帯、使用されるアセットなどが細かく検討されている。カットシート段階では、ゲーム開発会社らしく、コンフィギュレータでカスタマイズされたクルマをオーバルコースで走らせてみることができるというようなパートも想定されていたという。
カットシートとスケジュール
デモを制作するにあたって作成されたカットシート。ステージの種類や使用アセット、SEなどのほかに、各パートで実現したいことなどが明確に記されている
実制作期間のスケジュール表だ。実制作は約2ヶ月。SE以外の要素は4週間くらいで完成しているのがわかる。ここからもMegascansを使った制作の効率の良さが窺える
「Cutting-Edge Test Drive」から抜粋
本デモの内容を抜粋したもの。これだけのアセットを使用した作品では、容量の調整も大変だったという。調整前は10GB程度の容量だったが、2.9GBまでスリム化することに成功。容量を喰っているのはほとんどテクスチャなので、テクスチャの解像度などを使用する距離に応じて調整し、スリム化していったという
バーチャル展示場パート
荒野パート
都市パート
[[SplitPage]]<2>Megascansの有用性を訴求する
Megascansを使ったアセット制作で効率とクオリティをアップ
本作では、デモを構成するためのアセットにMegascansのアセットライブラリが活用されている。MegascansはUE内で使用する場合に限り、無料で使用できるアセットライブラリだ。現実の物体を3Dスキャンして作成されているため、非常にリアルでクオリティの高いアセットがライブラリとして用意されている。本作の多くの部分をMegascansのアセットで構築しているが、ほとんどのアセットはルックを合わせるためにマテリアルなどの修正を施した上で利用されている。「これだけのクオリティをゼロから作成していたら間に合わなかったですね」と佐々木氏。「このようなアセットを無料で利用できるのは、アーティストとしてもありがたいです」と天見氏も話す。利用しているアセットはMegascansだけではなく、UEのマーケットプレイスで購入した3Dアセットやマテリアル、Substanceで作成したマテリアルなども利用されているという。登場するクルマは、別にモデルを購入し、UE4で利用できるようにリグなどの変更が加えられている。「先日公開されたUE5のデモムービーもほとんどがMegascansのアセットが使われていますし、今後、Megascansのアセットと自身で作成したアセットを組み合わせて利用するという使い方が促進すると思っています。コンシューマのゲームでも、どこを既存のアセットで用意してコスト削減を図るかというのがゲームをプランニングする上でのポイントになったりしています。これからはライブラリにあるアセットを熟知して効率良く作成するテクニックが必要な時代がくると思います」と佐々木氏は語る。
Megascansのアセットの積極的な利用
本作で使用されているMegascansによるアセットの例だ。Megascansに用意されているアセットは、3Dスキャンによって制作されたものが多く、非常にリッチなルックのアセットが豊富にリリースされている。アセットはUE4内から直接アクセスしてダウンロードできるようになっており、簡単にステージにレイアウトが可能だ
上の4つの画像はMegascansのアセットをUE4で制作中のステージにレイアウトした状態
【左】は荒野パートのステージを上から見たもの。輪郭がハイライトしている部分に【右】のアセットがレイアウトされている
【左】も同じく荒野パートのステージの一部だ。輪郭がハイライトしている部分に【右】のアセットがレイアウトされている
オリジナルアセットを使用したバーチャル展示場の内観
バーチャル展示場の内観のように汎用のアセットが使用できない部分は、Mayaなどを使用してオリジナルのアセットが作成されている。図はイチからモデリングされたバーチャル展示場の内観のアセットだ
<3>クルマを美しく見せることに注力したバーチャル展示場
クルマを魅力的に見せるライティング
デモの冒頭に登場するバーチャル展示場では、スポーツカーの色をカスタマイズして、様々な角度から確認することが可能だ。展示場の内装は高級外車のディーラーの展示場のようなルックになっており、放送局で使用するようなバーチャルセットでの応用も提案できるデザインとなっている。本シーンをリードしたのは天見氏。ライティングなどの調整を真茅氏が担当している。「最初は展示場の空間を見せながらクルマも見せたいという方向で進んでいたのですが、クルマのコンテンツなのだからクルマがもっとカッコ良く見えるような感じにしようということで、ライティングを何度か調整しています。技術デモなのでリアルさを追求するというよりは、少し派手に見えるようハイライトが綺麗に入るようにしています」と真茅氏。「クルマの表面は非常に周囲の環境を映し込むので、クルマにライティングを施すというよりは、クルマに綺麗に映り込むような環境になるように空間を作成することがポイントになってきます。画面には映りませんが、天井の構造を複雑にして上手くクルマに映り込むように工夫しています」と天見氏は語る。
展示場の内観と外観
バーチャル展示場全体の構造だ。かなり広い空間で展示場が制作されている。多くのライトが配置され、空間の様々な陰影やディテールがクルマに映り込むように計算されている
展示場内全景
展示場の外側。緑が多く、風に揺れる植栽が展示場内から見えるようになっている
映えるカーペイントを表現する
主役のクルマをより際立たせるために、クルマのマテリアルにも注力されている。技術デモであるため、リアルなクルマの質感というよりは、ハイライトや映り込みが派手に入るような質感設定になっている
クルマのボディのマテリアルノードの構成
プレビューで表示したもの。カーペイント特有のワックス感やフレーク感が強調されたマテリアルになっている
カーコンフィギュレータとして、バーチャル展示場ではクルマのカラーを切り替えることができる。どの色でも映えるようなマテリアルになっているのがわかる
クルマが映えるライティング
本作はクルマが主役であるため、展示場内に配置されたクルマのハイライトや映り込みが最も綺麗に見えるように、効果的なライティングが施されている
UE4でオーサリング中のバーチャル展示場のステージに配置されているライトを全て表示したもの。内装にある照明器具の位置にライトが配置されているほか、クルマの周囲に点光源を複数配置して、綺麗なハイライトが生成されるように調整されている
内装のモデルにはライティングが決まったら、ライトやシャドウをベイクしている
美しい映り込みやハイライトを生成するために工夫された天井の構造。暗い部分と明るいライン状の発光部分を作成し調整している
LUTを使ったルック調整
高級感のある魅力的なカーディーラーを表現するため、最終的にPhotoshopで作成したLUTを使用してカラーグレーディングが施されている
カラーグレーディング前の状態をキャプチャしてPhotoshopに読み込み、トーンカーブなどを調整しながら見映えのするルックを探っていく。調整された色調整の状態をLUTファイルとして出力し、UE4に読み込んでカラーグレーディングに使用している
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<4>映像演出的なアニメーションデモを提案する荒野パート
<4>映像演出的なアニメーションデモを提案する荒野パート
Megascansを活用して広大な地形を作成
バーチャル展示場からクルマが走り出すと、自分がカスタマイズしたクルマが荒野を走るデモに切り替わる。荒野パートは、映像パートとしてとにかく画を盛るということにポイントを絞って作成しているとのこと。その盛った画づくりのためにMegascansのアセットが利用された。「荒野パートは、走っているクルマを見せるということもありますが、Megascansを使ってこのような映像を簡単につくれるようになったということをアピールするための技術デモでもあります。海外のデモではこういうMegascansを多用したデモも多いのですが、日本ではあまりない。われわれもMegascansを使ってどこまでやれるか試してみたかったということもあります。ここまで活用したのは初めてでした」と佐々木氏。岩などのアセットも通常であればZBrushなどを使って作成するが、今回はMegascansのアセットだけで構成されているという。「Megascansを使ったコンテンツ制作は、工数の少なさが魅力です。マテリアルの割り当て作業など、時間がかかる作業を大幅に短縮することができます。荒野パートのステージは3~4日でほぼできてしまいました。山脈も最初はLandscape Editorで作成したなだらかな地形だったのですが、30種類程度のアセットを組み合わせて複雑な地形に調整することができました。とてもバリエーションをつくりやすいです」と天見氏。
Megascansを駆使して作成された荒野パート
荒野パートはMegascansのアセットを駆使して作成されている。おおまかな地形の起伏は当初Landscape Editorを使用して作成していたが、山脈のディテールや複雑な起伏を生成するために、アセットを組み合わせて荒野のステージが構成されている
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Megascansのアセットを組み込んだ荒野パートのステージ例。様々なアセットが組み合わされている
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同一のアセットもほかの場所でくり返し使用されている。図で選択されているアセットは【左画像】で選択されているアセットと同様のアセットだ
Sequence Editorを使って演出する
荒野パートはUE4を使った映像制作の技術提案でもあるので、凝ったカメラワークによる映像編集が施されている。カットごとのカメラをステージに配置し、Sequence Editorでカット割りを編集していく
<5>UE4のドライビングシミュレータとしての利用を提案した都市パート
天候変化にも対応したシミュレータ
都市パートはドライビングシミュレータを想定した技術デモとなっている。晴天と雨天での状態変化に対応したドライビングや、AIによる状況解析のイメージデモなど、自動車産業におけるUE4の活用提案がなされている。都市パートのデモでは、特にこの晴天と雨天の天候変化の表現が非常にリアルに作成されていて目を見張る。「アセット全部のマテリアルの親階層にマテリアルの切り替え機能を仕込んでいて、雨モードにすると全体のマテリアルが切り替わるようになっています。雨の質感に関してはカスタムでつくらないといけないので手間がかかります。アセット制作には時間をかけず、このようなしくみの仕込みに時間をかけたいので、Megascansなどのアセットは非常に役に立ちました。3日くらいで完成版に近い見た目まで出来上がっていました。残りの時間で細かい部分を地道につくっていくという感じでしたね」と制作を担当した真茅氏は話す。クルマの挙動は、信号の状態によってスピード変化が起きるようにトリガーが仕込んであったり、一見映像的なつくり方に見えるが、内部的にはゲーム的なつくり方になっているという。演出的なクルマの動きが必要な部分は、クルマの挙動をゲームコントローラでコントロールし、Sequence Recorderで記録して利用しているという。クルマが段差を越えるときのサスペンションの挙動など、非常に細かい動きまでリアルに再現されている。
雨をリアルタイムで表現する
都市パートでは、晴天と雨天の両方のドライビングを体験することができる。雨の表現は基本的にマテリアルの操作とパーティクルで表現されている
車内から見た雨天の都市。フロントガラスに落ちる水滴などの表現が非常にリアルだ
フロントガラスに落ちる雨粒を表現するためのマテリアルノード例
降り注ぐ雨は図のようにパーティクルで表現されている
雨粒用のマテリアルノード例
晴天と雨天を切り替える
晴天と雨天のルックの切り替えは、晴天用と雨天用のマテリアルをノードのルート部分で切り替えるような構造になっている。ルート部分を切り替えるだけで、下の階層のマテリアルは全て自動的に差し変えることができる
切り替え用マテリアル関数
雨天状態のマテリルノード
コンシューマを意識したユーザーインターフェイス
UIのデザインは専任のスタッフが作成している。ぱっと見ですぐに操作できるようなデザインであることと、業務用ではないコンシューマを意識したデザインを目指したという
ゲームコントローラを使用したモーション制作
クルマの挙動は物理計算で動かしているほか、ゲーム用コントローラを使用してモーションを生成するなど、ゲーム的な手法を用いている。何回か操作のテイクを図のSequence Recorderを使って記録し、記録した中から一番良いテイクを選んで使用している。「クルマを実際に動かしながら挙動を作成しているので、二度と同じ動きは作れません」と真茅氏