コロナ禍の影響により約1年2ヶ月の延期期間を経て、7/22(木・祝)に晴れて公開を迎える『サイダーのように言葉が湧き上がる』。奇しくも作品世界と同じ爽やかな初夏の季節の公開となった本作は、80年代を彷彿とさせる懐かしくも新鮮なシティ・ポップ風のルックが特徴的だ。ここでは3Dレイアウトをフル活用して構築された背景を中心にメイキングを紹介していく。

※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 262(2020年6月号)からの転載となります。

TEXT_大河原浩一(ビットプランクス)
EDIT_藤井紀明 / Noriaki Fujii(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamda

『サイダーのように言葉が湧き上がる』
7月22日(木・祝)より全国公開

監督:イシグロキョウヘイ
原作:フライングドッグ
アニメーションプロデューサー:小川拓也
3DCG監督:塚本倫基
アニメーション制作:シグナル・エムディ、サブリメイション
制作:『サイダーのように言葉が湧き上がる』製作委員会
配給:松竹
cider-kotoba.jp
©2020 フライングドッグ/サイダーのように言葉が湧き上がる製作委員会

監督の趣味嗜好とコストパフォーマンスが一致したルック

劇場版オリジナルアニメ『サイダーのように言葉が湧き上がる』は、地方都市のショッピングモールを舞台にコミュニケーション下手で俳句好きの少年チェリーと、人気動画主でありながらもコンプレックスを抱えた少女スマイルを中心とした青春物語だ。

左、イシグロキョウヘイ監督。右、塚本倫基3DCG監督(サブリメイション)

80年代のアメリカンポップイラスト風の色彩で、イシグロキョウヘイ監督のオリジナルストーリーが展開される。「作品を重ねていく上で、ディテールを積み上げていくのではなく、シルエットで印象を捉えていくのが個人的には好きなんです。80年代に流行ったわたせせいぞう氏や鈴木英人氏のイラストのように、シルエットで印象を捉えているようなビジュアルがこの作品にはまるような気がしたんです。特に鈴木英人氏の初期の作品は色遣いがセル塗りのようで非常にカッコ良い。本作のシナリオを考えているときにちょうど80年代ブームがあって、80年代的なポップなデザインがクールだと受け容れられる土壌ができたのではないかと思い、作品にこのようなルックを採用しました」とイシグロ監督は話す。

本作の主な舞台となるショッピングモールは3DCGでモデリングされているが、ハイディテールなつくり込みを目指すのではなく、基本的に単色塗りのマテリアルが設定されているのみで、美術側で若干の貼り込みやレタッチで済むようになっている。イシグロ監督の趣味嗜好とコストパフォーマンスが一致した結果となった。「このようなルックにみんな不安がっていましたが、情報量ではなく、印象だけでも絶対に映像の間がもつという確信がありました。なぜならば、ディテールが少ないイラストでも印象がしっかり表現されたものは、何時間でも観ていられるじゃないですか。作品の内容にもマッチした表現だと思っています」とイシグロ監督は語る。

<1>舞台となるショッピングモールを3DCGで作成し3Dレイアウトをフル活用したアニメーション制作

物語の舞台となるショッピングモールの背景は全て3DCGで作成されている。3Dレイアウトや、カットにおけるCGアニメーションの制作を担当したのは塚本倫基3DCG監督率いるサブリメイションだ。ショッピングモール制作はシナリオ制作の途中くらいから塚本氏へ発注されている。モデリング作業は木村雅広氏の美術設定と同時進行だったという。「青春物語であればロードムービーにする必要がなかったので、場所をショッピングモールに限定することにしました。場所を限定するということは、その場所の登場頻度が多くなるということなので、それならば3DCGにしようということで制作をお願いしました」とイシグロ監督。ショッピングモールを一棟まるごとモデリングするという、かなりヘビーな作業となったが、「ショッピングモールは壁がぶち抜きになっている部分が多いので、仕切りを上手く配置して奥が見えないような工夫をするなど、難しい部分も多かったのですが、エスカレータもきちんと動くようにつくられていたり、かなり細かい部分までつくり込まれているので、背景にも注目してもらえるとうれしいですね」と塚本氏。

3DCGでショッピングモールを作成

物語の舞台となるショッピングモールのイメージボードだ。図は手描きによるイメージボードではなく、3DCGで作成された決定稿である。実際に某地方都市にあるショッピングモールを取材し作成されている



  • ▲ショッピングモール外観



  • ▲ショッピングモール屋上



  • ▲ショッピングモール2階通路



  • ▲3階ハンドオフ前

▲1階セントラルコート

MODOでモデリング

ショッピングモールのモデルは、MODOでモデリングされている。作成されている範囲としては、ショッピングモールとその周辺500mほど。基本的に3Dレイアウト用のモデルなので、正確なラインを出すためにディテールがつくり込まれているが、マテリアルはセル塗り調の単色で設定されている



  • ▲ショッピングモール外観のワイヤーフレーム



  • ▲【左画像】をレンダリングした状態



  • ▲ショッピングモール外観側面のワイヤーフレーム



  • ▲【左画像】をレンダリングした状態

各テナントまでモデリングされた内装

ショッピングモールのモデルは内装も1階から3階そして屋上と、作品に登場しない部分までモデリングされており、ウォークスルーできるレベルでつくり込まれているという。このショッピングモールのほかにも、内装の背景のある部分はモデリングされているものが多く、3Dレイアウトが作成されている

▲ショッピングモール内部のモデルデータ。3階分しっかりつくり込まれている



  • ▲2階吹き抜け部分のワイヤーフレーム。店内に陳列された商品も細かく作成されているのがわかる



  • ▲【左画像】をレンダリングした画像

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<2>物語の舞台設定を3DCGを使ったダイナミックなカメラワークで提示する

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<2>物語の舞台設定を3DCGを使ったダイナミックなカメラワークで提示する

作品冒頭に登場する、田んぼの上空からショッピングモールまでを空撮するようなショットは、舞台となる場所の地理的状況や文化、季節までをワンカットで説明し、物語に引き込んでいくという見事なショットだ。「このショットは稲の表現がすごく上手くいきましたね。ダイナミックなカメラの動きに応じて、稲のディテールがはっきり見えてくるというような稲の見え方が変化していくショットなので、とても難しいと思ったのですが最終的に上手くつながりました」とイシグロ監督。「カメラが上空にあるときにはディテールを潰さないといけないし、カメラが寄ったときには稲のディテールを見せなきゃいけないということで、どうしようかと。監督といろいろ相談しましたね。まずは、カメラワークを決めてしまって、そこから稲のディテールの見せ方を考えていきました」と塚本氏は話す。結果的にこのショットでは、最初は美術スタッフに上空から見た1枚の美術素材を作成してもらい、それをテクスチャとしてマッピングし、カメラが地上に近づいた速いカメラワークに合わせてディテールのある稲のモデルにオーバーラップさせて切り替えているという。

オープニングの美術ボード

3DCGのアニメーション作業に入る前に、美術側から提示された美術ボードだ。80年代に流行ったイラストのようなアメリカンポップ風の色調が強調されたイメージになっている。あえてアンビエントオクルージョンのような陰影を使わず、雲の影などのシルエットで陰影が表現されている

▲オープニング冒頭の田んぼと幹線道路の俯瞰

▲人目線の高さでショッピングモールを捉えたオープニングの最後の部分

ダイナミックなカメラワーク

オープニングのショットを作成するにあたり、まずはカメラワークから詰めていったという。稲のモデルやテクスチャのディテールを途中で切り替える必要があったため、監督と意見を交換しながら、何度も試行錯誤しつつカメラワークが作成されている

▲【左】ラフモデルを使って作成したカメラワーク、【右】最終的な完成カット

▲LightWaveでカメラワークを付けている作業画面。カメラワークが単調にならず、ダイナミックな動きになるように、田んぼの並ぶ方向なども計算されている

自然な稲の描写

「稲の動きがとても上手くいった」とイシグロ監督が言うように、オープニングに登場する稲の表現は非常に自然で気持ちの良い画になっている。オープニング冒頭の俯瞰では、美術が描いた水彩風の稲のディテールを落とした田んぼの素材を、区画ごとに色味を変えて配置しており、カメラがスピードアップするところで、稲のテクスチャをマッピングした板ポリゴンをインスタンスで配置したシーンモデルに上手く切り替えている。稲のテクスチャにバリエーションをもたせることで、より自然に見せているという



  • ▲美術が作成した田んぼのテクスチャ素材



  • ▲板ポリゴンに貼り込むための稲のテクスチャ

▲オープニングのシーンの状態。自然に見せるため稲用の板ポリゴンが場所によって密度を変えて配置されているのがわかる

<3>スマートフォンで撮影された360度パン映像を3DCG的な手法で効率良く制作

3DCGを利用した特徴あるつくり方になっているのが、スマイルがショッピングモールで、スマートフォンを使って動画配信するときの画面表現である。スマートフォンをパンさせ自撮りしているため、3DCGの背景に合わせたキャラクターの作画が難しいカットだ。「このカットは非常に複雑な撮影になりそうだったので、参考用のコンポジションを作成して撮影のスタッフに指示しました。3DCGでカメラワークを決めてもらって、3Dレイアウトとして連番ファイルで出力して、その連番ファイルに合わせてTVPaint Animationを使って作画してもらうというながれになっています。キャラクターはカメラを横切っている人もいれば、ベンチに座っている人もいる。これらのキャラクターの作画は、2D的な知識しかないと単純に送りで作画してしまうと思うのですが、3DCG的に考えれば作画したキャラクターを板ポリゴンにマッピングすれば効率良く複雑なショットも制作できます。自分の3DCGの知識がとても役に立ったショットのひとつでした」とイシグロ監督。これまで3DCGを利用した作品を多く手がけてきた監督ならではの手法と言えるだろう。

LightWaveでカメラワークを設定する

まずは、制作に先立ってLightWaveを使ってカメラワークが作成されている。スマイルが自撮りをしながら回転しているため、背景だけが回転しているというショットになっている

▲カメラワークをLightWaveで設定している作業画面

▲キャラクターの作画参考に出力された3Dレイアウト。人物は全て作画に置き換えられる。中央の赤い枠は自撮りのスマイルが入る範囲だ

カメラマップ用のガイドを出力する

▲カメラワークが決まったところで、図のようなカメラマップ用素材を美術が作画するためのガイドが出力される。美術はこのガイドに対して、ショップ名やガラスの反射などを貼り込んでガメラマップ用の背景素材を作成していく。図は抜き出した画像の一部だ。実際には膨大な数の素材が出力される

カメラマップ素材

▲図は出力された3Dレイアウトをベースに美術が作成したカメラマップ素材だ。ショップ名やガラスの反射、壁の陰影などが描き込まれている。この素材をカメラマップに使用して360度回転する背景動画が作成される

カメラマップ素材を貼り込む

▲作成されたカメラマップの素材を貼り込むと【上の3画像】のようになる。このようなカメラの動きを作画で行うと非常にコストがかかる作業になるが、3DCG背景を使用することで効率良くカットを作成できるという。ただしこのカットでは作画やコンポジションの指示が非常に細かくなり、タイムシートでは理解しにくい部分もあるため、監督が仮コンポを組んで指示している

▲TVPaint Animationを使ったデジタル作画の作業画面。TVPaint Animationはプレビューしながら作画することができるため、このようなタイミングを見ながら作画するには非常に優れたツールだという

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<4>割れたピクチャーレコード盤を3DCGを使って効率良く&効果的に表現

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<4>割れたピクチャーレコード盤を3DCGを使って効率良く&効果的に表現

本作では、背景を中心に3DCGが利用されているが、そのほかにも様々なカットで3DCGが利用されている。例えばこの割れたピクチャーレコード盤を接着しようとしているショットだ。作画であれば割れたレコードに絵を貼り込んでいくという作業になるが、作業効率を考えたときに割れたレコード盤、レコード盤を持つ手、接着剤を全て3DCGで処理したほうが良い結果が出るだろうと考え、ほぼ3DCGで作成されたカットとなった。この一連のシーンに登場する割れたレコード盤は、イシグロ監督がBlenderを使ってモデリングしたモデルデータを基に、加工修正を施して使用されている。3DCGに造詣が深く、作画と3DCGを自在にコントロールするイシグロ監督だが、作画と3DCGについて「一番のちがいは影の付け方だと思っています。作画はカットごとにモデリングしているようなものなのです。3DCGよりも影の表現をそのショットに最適化した状態でコントロールして描くことができます。3DCGでも影の付け方をもっとショットごとにコントロールできるようになると、画的にかなり変わってくるだろうと思います」とイシグロ監督は話す。

ピクチャーレコードを3Dモデルで作成する

LightWaveで作成されたピクチャーレコードのモデル。割れ方や模様の位置を、複数のカットで正確に合わせないといけないような場合は、作画よりも3DCGで作成した方が管理が楽だ。レコード盤の割れ方は、イシグロ監督がBlenderでダミーを作成し、そのデータを基に作成されている



  • ▲LightWaveでのレコード盤のモデリング作業画面



  • ▲作中カットで繋ぎ合わされた状態になったレコード盤

キャラクターの手も3Dモデルで作成

このカットはレコード盤だけではなく、キャラクターの手なども3Dモデルが使用されており、ほぼ3DCGで出来上がっている。作画に比べて3DCGでは影の付け方が難しいため、影やハイライト位置の参考画像を作成し、最終的にはAfter Effectsで影の調整を行なっている



  • ▲LightWaveで作成した手のモデル。手に持った接着剤も3Dモデルで作成されている



  • ▲影付けの参考用の画像。赤いラインがハイライト、水色の部分が影の部分だ



  • ▲影を修正する前の状態。右手など、作画的にあまり見映えの良くない位置に影が入っている



  • ▲修正参考を基にAfter Effectsで影を修正した状態

監督自らレコード盤の割れ方をモデリング

▲イシグロ監督は自らBlenderでCG制作ができるため、レコード盤の割れ方や絵の入り方なども、実際にモデルを作成してスタッフに指示している。図はイシグロ監督がBlenderで作成したレコード盤のモデルだ。古くなったレコード盤の歪みなども細かくモデリングされている。「Blenderを覚えようと思ったのは、実際に3DCGの作業をするのはスタッフなのですが、彼らと同じ共通言語を身につけたかったからです。2Dも3Dも深く理解することで、作品制作を俯瞰で見ることができるようになりました」(イシグロ監督)

<5>3Dレイアウトを積極的に利用して物量の多い背景美術を事故なく制作していく

3Dレイアウトを使用する利点としてフジヤマ・レコードの店内と、主人公チェリーがバイトしているショッピングモール内のデイサービス「陽だまり」の内装を例に紹介したい。フジヤマ・レコードの店内は、物語の進行に合わせて店内の状態が変化していくが、これを作画だけで管理するのは至難の業だとイシグロ監督は言う。3DCGでシーンの香盤を管理できることで、気楽に物が減っていくというような演出を行えたという。このような使い方ができるところに、3Dレイアウトを組んでいる意味があると話す。また、「陽だまり」の内装のように、掛け軸や絵が壁に掛かっているような場合、それらを美術側で描くのではなく、3DCGのモデルにマッピングしてしまうことで、香盤的な間違いや作業の手間を省くことができるという。本作の3Dレイアウト作成ではラインを別出しし、塗り面に対してなるべく色が被らないようにしながら単色をマッピングして、美術側でスポイトしやすいように工夫されているため、マスクを別出しする必要がないのだという。大きな作品をつくる上で、このような制作上の枠組づくりが非常に大切だとイシグロ監督は語る。

3DCGでシーンの香盤を管理(フジヤマ・レコードの店内)

物語の進行に応じて状況が変化するような舞台では、その舞台の状態を記録した香盤表がとても大切になってくる。3DCGで舞台を作成しておくと、その香盤の管理が非常にしやすいという。このフジヤマ・レコードの店内では、レコードも細かくモデリングし配置され、演出に合わせて管理しやすくなっている

▲フジヤマ・レコードの室内モデル。全てのレコードや機材が配置された状態になっている

▲3Dレイアウトの例



  • ▲初期の状態



  • ▲中盤の状態

▲終盤、店内が全て片づけられた状態

テクスチャで貼り込みミスを回避する(「陽だまり」の内装)

デイサービス「陽だまり」の壁には、利用者が作成した掛け軸や絵画がところ狭しと飾られている。このような背景では、美術による貼り込みミスや作業効率を考え、3Dレイアウトを出力する時点で、テクスチャを使って掛け軸や絵画をマッピングしている



  • ▲「陽だまり」内装のモデルデータ。多くの絵などが壁にマッピングされているのがわかる



  • ▲LightWaveによるカットの3Dレイアウト作業画面

▲出力された3Dレイアウト

▲美術によってリペイントされた完成カット



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    判型:A4ワイド
    総ページ数:128
    発売日:2020年5月9日