CGWORLD主催のオンラインイベント「CGWORLD JAM ONLINE Vol.3」は7月9日(金)と10日(土)の2日間行われた。10日のJAMチャンネル「INEI ART ACADEMY 公開講評」では、INEI(陰翳)の代表取締役でコンセプトアーティストの富安健一郎氏が登壇。視聴者が手がけた多彩なコンセプトアートにアドバイスを送った。


TEXT_高橋克則 / Katsunori Takahashi
EDIT_三村ゆにこ / Uniko Mimura(@UNIKO_LITTLE

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アイデアとデザインにバリエーションを

▲(左から)阿部勝孝(ボーンデジタル)、富安健一郎氏(INEI)、西原紀雅(ボーンデジタル)

本セッションは、事前に発表したテーマを基にコンセプトアートを募り、富安氏が生講評するという企画である。富安氏が主催するオンライン教育プログラム「INEI ART ACADEMY Online」を体験できる貴重な機会とあって、視聴者から全11作品が集まった。コンセプトアートのテーマは、新作妄想映画『桃太郎2377』。昔話の『桃太郎』をサイバーパンク風にアレンジした物語で、スラム街に住む老夫婦が世界を支配するONIコーポから受け取る「擬似生命製造装置MOMO」のデザインなどを募集した。

▲『桃太郎2377』(詳細はこちら

はじめに富安氏は公募作品全体について、「イラストだけでなく、文字で設定を補足している作品が多かった点が素晴らしい」とコメント。設定考証を詰めることでリアリティが生まれ、アイデアを飛躍させるときにも役立つからだ。もちろんイラスト1枚で勝負したくなる気持ちはわかるが、コンセプトアーティストは打ち合わせやプレゼンテーションなどで、設定について語る機会もある。絵以外で説明することも恐れず、作品に説得力を出すことも大切な仕事なのである。

▲公募作品

続いて個別の講評に移った。完成デザインにいたる前のスケッチについて富安氏は、「この段階では絵を決め込まない方が良い」と助言を送る。スケッチは見せるものではないため、綺麗にまとめてしまうよりは、むしろ妄想を全開にしてアイデアを広げていった方が上手くいくのだという。その場合に重要になるのは、アイデアにバリエーションをもたせることだ。「MOMO」を殺人マシンのようなホラーテイストにするのか、宇宙からの飛来物のようなSFっぽさを出すのか、それとも観客を和ませるハートフルなものにするのか。まったく異なるアイデアをいかに用意できるかが勝負になる。

▲富安氏による添削。スケッチ段階ではアイデアを詰め込むようにする

そのアイデアが出揃った後にデザインのバリエーションを手がけていく。もし10個のアイデアがあってそれぞれに10個のデザインを描ければ、それだけで100個のスケッチが生まれることになる。アイデアとデザインを明確に区別して、バリエーションをもたせることが豊かな作品に繋がるのだ。

▲富安氏による添削。アイデアをコンセプトアートに反映させていく

「MOMO」を開けるための道具としてハンマーを描いたコンセプトアートもあったが、もしSFテイストというアイデアが固まっていれば、ハンマーにジェットエンジンが付いているなど異なる発想が出てくる上、それによって「MOMO」の切断面の描写も変わってくる。さらに、「おじいさんがドローン」という突飛な発想も出てくるかもしれない。富安氏は「対象が存在する状況を自分の中で確かなものにするためにも、スケッチはもっともっと重視した方が良いと思います」と指南する。

▲富安氏による添削。ディテールを加えられる箇所を指摘している

デザインについては「ディテールをどんどん入れてしまった方が良い」と具体的な方法を伝えた。全体的に手数が少ないため、最初は描きすぎだと思えるぐらい細部を詰め込んだ方が説得力が生まれるという。ただし闇雲にプラスするのではなく、例えば「MOMO」の下部に当たっている光はどこから来ているのか、動力は一体どうなっているのかを考えながら作ると、リアリティが増していくとアドバイスした。



画力によってアイデアの魅力は膨らむ

▲公募作品

次のスケッチには細かな設定が描き込まれており、富安氏は「アイデアがめちゃくちゃ面白い」と絶賛。それを活かすためにも「画力を上げてほしい」と語る。コンセプトアーティストにとっての画力はアイデアを説明するためのものであり、それによってアイデアの魅力が何十倍にも膨らんでいくからだ。

画力をアップさせるために必要なのは、何よりもスケッチの基礎力を付けること。講評中に読者から「スケッチの題材についてオススメはありますか?」と質問が飛ぶと、富安氏は「飛行機や船、ビルなど何でも構いませんが、この世界に実在するものにしてください」と回答。映画などに登場したフィクションのデザインをスケッチする学生もいるが、それでは生まれるアイデアが縛られてしまう。まずは源流をしっかり学んだ方が、将来的には役立つと話した。

▲富安氏による添削。「MOMO」の木を様々な角度から描いたり細部のデザインを決め込んだりすることで、設定により説得力が出る

「1つのスケッチにどの程度の時間をかけますか?」という質問には「時間は人それぞれなので気にしなくても大丈夫です」とコメント。それよりも上達の近道になるのは「綺麗な線を丁寧に描くこと」であって、スピードを気にするあまり絵が散漫になってはいけないと苦言を呈する。そして「早く終わらせるのが良いのはプロになって5年目、もしかしたら10年目ぐらいからですね」と笑顔を見せた。

またスケッチでは可能な限り実物を見て描いた方が良いが、題材によっては写真でないと難しいことも多々ある。その場合は写真のまま描くことに加えて、慣れたら細部を自分なりに変えてみることで、より上達するのだという。

▲富安氏による添削。3DCGを下地にしているが、手描きを加えることで3Dに囚われない発想をプラスできる

3DCGを使うのであれば、画力はそこまで必要ないのではと考える人もいるかもしれないが、3Dの場合はどうしても「3Dで作りやすいデザイン」になってしまう傾向がある。そのため、ありふれたコンセプトアートに仕上がってしまい、せっかくのアイデアの魅力が損なわれる場合も多い。

富安氏は「2Dのスケッチの基礎力がある人は生き残ることができる」と断言。学生のうちは、週に5日は3時間以上スケッチの時間を設けるようにすると、自分の絵が変わってくると、その重要性を説いた。そして最後に視聴者に向けて「コンセプトアートは世界中でもっともっと必要になってくると思います。ぜひ鍛練を重ねて本物のアーティストになってください」とメッセージを寄せた。