2016年1月13日(水)にYouTubeで公開されると、たちまち100万回再生を突破した、オカモトのWebプロモーション動画「オカモトゼロワン『恐竜』篇」。昨年12月15日(火)に、コンドームの国内シェアNo.1をほこるオカモト株式会社が、セーフセックスへの意識向上を、転じてコンドーム着用率向上を促すプロモーションサイト「LOVERS研究所」をオープンさせたが、本作はその第1弾コンテンツである。「恐竜の交尾」という、言葉だけでもインパクト大のシチュエーションを、フォトリアルな3DCGアニメーションへと見事に仕上げた、森江康太監督(トランジスタ・スタジオ)をはじめとするデジタルアーティストたちの実像にせまる。
TEXT_須知信行(寿像) / Suchi Nobuyuki(JUZOU STUDIO)
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota
『オカモトゼロワンCM 恐竜篇』日本語版
Director : Kohta Morie/CG Animation : Kohta Morie/CG Modeling : Kosuke Taguchi/CG Rigging : Masato Tajima/CG Effects : Toyokazu Hirai/CG Staff : Takashi Nakagawa, Kazuki Matoba, Ayu Oh, Koetsu Ogawa/Composite : Takahiro Shibano/Assistant Director : Yosuke Ohno
Produced by Transistor Studio
Special thanks:Tetsuji Hasegawa, Masahiro Teraoka, Kouji Kurokawa (from OKAMOTO)
© Okamoto Indstries, Inc. All rights reserved.
<1>NHKスペシャル『生命大躍進』参加アーティストたちが、"恐竜の交尾"の映像化に挑戦!
ーー今日はよろしくお願いします。まずは、「オカモトゼロワンCM『恐竜』篇」(以下、『恐竜』篇)企画の経緯からお聞かせください。
森江康太監督(以下、森江):きっかけは、自分の高校時代からの友人でコピーライターとして活躍している長谷川くん(※1)から相談をもらったことでした。
※1:長谷川哲士氏。株式会社コピーライター代表。フォロワー数約14万人の人気Twitterアカウント「コピーライッター」( @copy_writter )の中の人としても知られる。
- 『恐竜』篇の監督を務めた、森江康太氏(トランジスタ・スタジオ)
ーーどのような相談だったのですか?
森江:そのとき長谷川くんは「LOVERS研究所」という、コンドームの着用率向上を徹底的に研究する機関をコンセプトにしたオカモトのプロモーションサイトの制作に携わっていたのですが、クライアントさんとの打ち合わせの中で「自分の知り合いにNHKスペシャル『生命大躍進』に参加していたクリエイターがいる」(※2)と、僕のことを紹介してくれたんです。そこからリアルな恐竜が交尾している様を描いた映像をつくってみてはどうだろうか? というアイデアが上がって、僕も企画打ちに呼ばれることに。それが去年の10月頃でしたね。
※2: 森江康太氏をはじめとする、トランジスタ・スタジオのスタッフは、昨年5月から全3回にわたり放送されたNHKスペシャル『生命大躍進』に登場する多種多様な生物のキャラクターアニメーション制作をリードした
ーー『恐竜篇』が公開されたのが、今年の1月13日(水)でしたが、制作期間は約3ヶ月(2015年10月〜12月)だったということでしょうか?
森江:いえ、もっとタイトでした(苦笑)。当初は「LOVERS研究所」サイトオープンのタイミングで同時に公開という予定だったので、昨年12月中旬にはほぼ完成形にまで仕上げなければいけませんでした。僕が呼ばれたタイミングでは、Webでながす動画コンテンツということしか決まっておらず、尺も構成も未定だったので、実質2ヶ月ほどでアセット制作から完パケまでの一連の作業を終える必要がありました。
ーー年末は繁忙期であることを考えると、かなりハードそうですね。
森江:ですね(笑)。ただ、具体的な画づくりについては全面的にまかせていただけたので、とてもやり甲斐がありました。まずは、長谷川くんと意見を交わしながら字コンテベースで3〜4案をほど上げました。尺については、15秒だとドラマを描くには短か過ぎる、されど1分だとフォトリアルな3DCGアニメーションに仕上げることを考慮すると長過ぎる(=コストオーバー)かなと思ったので、シンプルなストーリーを30秒ほどでスパッとキレのあるかたちで描くことに決めました。
ーーリアリティあふれる恐竜たちの交尾を描くというのが、制作におけるメインテーマだったわけですが、恐竜のモデル制作はどのように進めたのですか?
森江:この企画を聞いて即座に考えたのが、『生命大躍進』で恐竜のモデリングを手がけていらした田口(工亮)さんに参加してもらうことでした。ただ、面識はなかったので『生命大躍進』のVFXスーパーバイザーである NHKの松永(孝治)さん に紹介していただきました。
ーーなるほど。
森江:絵コンテを描き終えたタイミングで田口さんにメールして、「まずは相談会を、、、」という体で飲みに行きました。「こういう場でなんですけど......」とか言いながら、しっかりと絵コンテを見てもらうという(笑)。
ーー(笑)。そのとき、田口さんはどう思われたのですか?
田口工亮氏(以下、田口):すごく面白そうだったので、「やります」と(笑)。ただ、当初の計画ではオスとメスの恐竜はそれぞれ別モデルとして制作することになっていたのでスケジュール的にかなり厳しいなあとは思いました。『生命大躍進』級のハイディテールな恐竜をイチからモデリングするなら、1体あたり2週間はほしいかったので。
田口工亮氏(フリーランス)
ーー田口さんと言えば、『はやぶさ 遙かなる帰還』(2012)の小惑星探査機「はやぶさ」や 『聖闘士星矢 LEGEND of SANCTUARY』(2014)の獅子宮等の背景セットといった、ハードサーフェス系の印象が強いのですが?
田口:そうですね。実際、仕事として生物表現へ本格的に取り組んだのは『生命大躍進』が最初になります。
森江:そうなんですか!? 田口さんのモデルの見事な出来映えは『生命大躍進』のときから実感していたのですが、今回ご一緒させていただいて仕事の早さにも驚かされました。正式に引き受けていただいてから1週間ほどでファーストテイクが上がってきたんですよ。
田口:どうだったかな(笑)。とにかく最終的にオスとメスはカラーリングでキャラ分けするのでモデルは1体だけでOK、となったことには大いに助けられました。
田口氏から提出されたファーストテイク。森江氏がふり返るとおり、見事な出来映えだ
森江:ファーストテイクに対する修正もほんの少しでした。目のサイズを大きくしてもらったことと、口を閉じた際に牙が歯茎にめり込んでしまったりしたので位置を微調整、あとは舌の形状を若干直してもらったぐらいです。
田口:今回の恐竜ですが、対外的には具体的な種類を明示していないのですが、デザインとしては「Tレックス(ティラノサウルス・レックス)」がモチーフです。ただ、Tレックスといっても作品ごとに様々なデザインが存在するんですよね。今回は、森江さんと相談して学術的に正しいことを優先させるのではなく、映画『キング・コング』(2005)に登場するような世間一般でイメージされる典型的なTレックスを参考にしました。あとは、獰猛な感じを出そうとワニっぽい質感にした結果、このようなデザインにまとまりました。
修正を施した完成モデル。(左)レンダリングされたマスタービューティ/(右)Maya上のシェーディング表示
ーーどのような手順で作成されたのですか?
田口:ZBrushとMudboxでスカルプトした形状をMayaに読み込み、ルックを整えていきました。ウロコの隆起などのディテールは、V-Rayのベクターディスプレイスを使用しています。最近はディフューズマップは色の情報ぐらいにとどめて、ディティールはほぼディスプレイスメントマップで表現する感じですね。
スカルプトとしての完成形(Mudbox上での表示)。恐竜などの生き物の表現では、解像度に依存するテクスチャはあまり用いずにディスプレイスメントによってディテールを表現することが多いという
MARIによる3Dペイントで作成したテクスチャ素材。(左)ディフューズ/(右)スペキュラ、上述のとおり基本的にこの2種類のみで最小限にとどめられている
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<2>好きこそものの上手なれ、田口工亮の表現力
<2>好きこそものの上手なれ、田口工亮の表現力
森江:田口さんのすごさは、モデリングの技量だけでなく、ライティングやレンダリングリングにも精通していらっしゃることだと思います。今回は恐竜モデルの制作だけでなく、背景セット(環境)の作成からライティングまで一環して手がけていただきました。
ーー森江さんがおっしゃるとおり、CGWORLDの表紙グラフィックを描き下ろしていただいたとき(※3)も同様のことを感じました。田口さんは、どのようにキャリアを築いかれてきたのですか?
※3: 田口氏はCGWORLD vol.179(2013年7月号)の表紙グラフィックとして『Factory』を描いた。当該号には、そのメイキングも寄稿している
田口:完全に独学ですね。23才のときにCGをやってみようと思い立ったのですが、CG系の専門学校などには通わずにハウツー本を片手にさわりはじめたんです。
ーーCGWORLDが最初に田口さんを取材させていただいたのは、映画『はやぶさ 遙かなる帰還』VFXメイキング(※本誌163号に掲載)でしたが、東映アニメーションのデジタル映像部にはどのような経緯で在籍されたのですか?
田口:独学でCGを覚えたため学校のつながりなどはなかったので、シリコンスタジオのクリエイター求人紹介サービスに登録したんです。そのときに担当してくれたエージェントの方が野口さん(※4)を紹介してくれました。
※4:野口光一氏。東映アニメーションでVFXスーパーバイザーとして活躍するのと同時に、近年は『楽園追放 -Expelled from Paradise-』(2014)などのプロデューサーとしても精力的に活動中
田口:野口さんのご厚意で、25才のときに東映アニメーション デジタル映像部に入り、映画『俺は、君のためにこそ死ににいく』(2007)のVFX制作に参加したことが、今につながってます。東映アニメーションでは実写VFXのゼネラリスト的な立ち回りで作業をすることが多かったので、モデリングからカット制作までひと通り学ぶことができました。
森江氏が描いた演出コンテより
ーーそうだったのですね。話を戻して、今回は環境全体の構築も担当されたとのことですが、ひとつひとつのアセットをイチからモデリングするのでは、さすがの田口さんでも厳しかったのでは?
森江:背景セットについてはスケジュール等を考慮して、TurbosquidのAsset Scan 3Dモデルを何個か購入して、それをベースに組んでいただきました。
田口:そうですね。ただ、購入したモデルのテクスチャに落ち影や陰影が焼き込まれていたりしたので、フラットなテクスチャへとレタッチしたり、ハイメッシュ過ぎて必要以上に重いデータについてはZBrushでリトポするといったかたちで調整しました。地面などに生えている草の表現はVRayFurを利用しています。
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<3>何が何でも"腰振りカット"を守りぬく!
ーー田口さんのキャリアの謎に迫ることができたので、他の方々のキャリアも聞かせてください。田島さんは、今回恐竜のリギングやマッスルシステムの開発を担当されたとのことですが?
田島誠人氏(以下、田島):僕は、静岡文化芸術大学のデザイン学部に通っていました。ここでは、Webデザインを中心に勉強していたのですが、カリキュラムの中に3DCGの講習もあり、いつの間にか3DCGの方が面白くなってました。
田島誠人氏(トランジスタ・スタジオ)
ーー新卒でトランジスタ・スタジオに入社されたのですね。
田島:はい。森江さんたちが手がけられた、amazarashのMV(※5)に感銘を受けて門をたたきました。大学では3ds Maxを勉強していたのですが、トランジスタはMayaがメインツールだったので、面接のときは「入ってから覚えます!」で乗りきりました(笑)。
※5:トランジスタ・スタジオは、『夏を待っていました』MV をかわきりに、2010年から2011年にかけてamazarashiのミュージックビデオの3DCGアニメーションを継続して手がけていた
ーー今回はリグまわりを担当されたとのことですが、日頃からリガーの役割を担うことが多いのですか?
森江:リギング専任というわけではないのですが、田島の資質に合っていると思うので担当してもらうことが多いですね。彼は要領をつかむのが上手いので、「こういう動きができるようにしてほしい」といった要望を最初にパパッと説明しただけで、具体的なセットアップの組み方は自分でどんどん考えてくれるのでいつのまにか出来上がっているんですよね。
田島:ありがとうございます(汗)。今回の恐竜についてですが、基本的にはMayaプラグインのAdvanced Skeletonを使用してボディのメインリグを組んでいきました。
恐竜の全身リグ。AdvancedSkelton 5の「dinosaur」テンプレートをベースに作成された
ーーフェイシャルはどのように?
田島:顔周りは通常のFKベースのリグを併用して鼻孔や歯茎、眼球周りや首周りの皮膚が動かせるように細かく組み込んでいきました。ただ、スケジュールがかなりタイトだったので恐竜モデルの等身や関節の位置がFIXした段階で簡単なリグを組み込んでおき、それをアニメーターに渡してレイアウト作業を進めてもらいつつ、並行してセットアップのブラッシュアップを進めていくというかたちで作業しました。
ーー今回のリギングで心がけたことはありますか?
田島:最初からどこもかしこも動かせるように大量のリグを仕込んでおくといったことはやらないようにしました。絵コンテを見て表情アップのカットが多かったので、フェイシャルは細かく動かせるように組む一方では、あまり見えない部分は手早く済ませるといったかたちで効率良く作業を進めることを心がけました。
恐竜のフェイシャルリグ。拡張性を考慮し、AdvancedSkeltonは用いずに田島氏がイチから自作したという
森江:キャラクターアニメーションについては、プライマリはほぼ自分ひとりで引き受ける一方で、マッスルシミュレーションなども含めたセカンダリアニメーションは後輩アニメーターの小川(光悦)くんと王(亜雄)くんに手伝ってもらいました。
田島:筋肉表現については、Maya標準のマッスル機能を利用しました。ちょうど『ジュラシック・ワールド』(2015)のブレイクダウンが公開されはじめた時期だったのでそれらも参考にしつつセットアップしています。
筋肉のセットアップ。アニメーション作業が効率的に行えるよう、適用した際に効果的に見えるポイントに絞ってMuscleオブジェクトが配置されている
ーー苦労した点を教えてください。
田島:フォトリアルな表現なので、やはりデータ負荷には悩まされました。マッスルのウェイトを作成する際は、恐竜のモデルがものすごいハイポリゴンだったので、ペイントウェイトでブラシを一筆塗るだけでも結果が反映されるまでに20秒ぐらいかかりました(苦笑)。とにかく重かったので、1週間ぐらい費やした気がします。
ーー続けて、アニメーション作業についてお聞かせください。
森江:ぜひ語らせてください(笑)! 細かいところに高度なアニメーション技法を用いているんです。例えば、オスとメスの2体とも全身が映るカットでは、2体の動きが同期しないように足のステップや手のずれ、首の振りとかを細かくずらすことでリアリティを出したり、生物特有の呼吸など微細な動きを加えるなど、できるだけ実在感を込めるようにしました。
ーー森江さん的に快心の動きはどれですか?
森江:演出的にはコメディタッチなので動きとしてもコミカルなものが多いのですが、一番こだわったのはメスがサッとオスから身を離す動作の際に、オスの腰も一緒に引っぱられた後に "スポンと抜けるアクション" ですね、、、でも、誰も気づいてくれない(苦笑)。
一同:(笑)
森江:腰振りアニメーションを作成するにあたっては、柴野に手伝ってもらい2人で実際に演じたリファレンス用の動画も撮りました。ふざけていると思われそうですが、腰を動かしたときの反動や軸足の位置などアニメーションを作り込む上ですごく参考になったんですよ。
ーー"なんと!? そんな"こだわりの腰振りカット"ですが、尺もけっこう長いですよね。実にチャレンジングな表現で、まさに偉業を成し遂げたなあと。
森江:たしかに制作中には 「生々しすぎませんか?」 という懸念の声も聞かれました。過激すぎるのでカット割りや構図自体を変更すべきではないかという意見もあったのですが、「そんなことをしたら作品全体として凡庸になってしまい、誰も観てくれなくなりますよ?」と。腰振りカットは要の表現なので、妥協せずに根気強く理解を得ることに努めました。
オカモトゼロワンCM『恐竜』篇:CUT 10 Animation Development
通称「腰振りカット」こと、CUT 10のアニメーション作業の変遷をまとめたもの。再生順に、<テイク1>レイアウト段階/<テイク2>簡易的なアニメーションを付けた状態/<テイク3>プライマリアニメーション/<テイク4>セカンダリアニメーション(皮膚および筋肉の揺れなど、動きのディティール)を加えた、アニメーションとしての完成形
ーーまさにクリエイティブ魂ですね。
森江:その後も腰振りカット自体には了承してもらったものの、今度は回数に対して"物言い"がありました。公開された完成形では腰を7回振っているのですが、「(7回だと)長すぎるから3回にしませんか?」と。
ーー不謹慎かも知れませんが、なんだかシュールなやりとりですね(笑)。
森江:たしかに(苦笑)。試写のタイミングでは、実際に3回のバージョンも用意したのですが、最終的に責任者の方が「7回でいこう」と鶴の一声を発してくださったので感謝しています。
[[SplitPage]]<4>海外から頼もしい助っ人が参戦
ーーアニメーションへのただならぬこだわりを聞かせていただきましたが、エフェクトまわりはどうでしょう?
森江:冒頭の水たまりのカットでは、波紋の表現をHoudiniによる流体シミュレーションで作成しました。
ーー例えばMayaのFluidではなく、Houdiniで作成されたのはどのような理由からですか?
森江:トランジスタ・スタジオのブランド戦略的にHoudiniも使わなければ、、、というのは冗談です(笑)。流体表現については、スタジオとしてHoudiniが一番ノウハウを蓄積していることが大きいですね。この前、HoudiniのTIPS本を出版した 平井(豊和)くん が担当してくれました。
波紋エフェクトの作業UI
ホイヘンスの原理により、同心円状に広がる波紋同士が重なる様子が見てとれる。ところで、この波紋エフェクト(1カット)の解説がひときわ詳細なことからもトランジスタ・スタジオのHoudiniに対する強いこだわりが伝わってくるのは気のせいだろうか
ーー恐竜の口から滴るヨダレも印象的ですが、こちらもHoudiniによるエフェクトなのでしょうか?
森江:たしかに流体エフェクトですけれど、こちらは実写素材を利用しました。Houdiniによるエフェクトは冒頭の波紋だけですね。最初にお話したとおり、スケジュール的に3Dエフェクトを多用するのは非現実的だったので。。ヨダレの実写素材は、片栗粉を水で溶かしたものをドライヤーで飛ばして撮影したんですよ。それをAfter Effectsでキーイングして合成しています。
ーーそのながれでコンポジットまわりをリードされた柴野さんのお話を聞かせてください。まずは他の方々と同じ質問を、これまでのキャリアをお聞かせください!
柴野剛宏氏(以下、柴野):(苦笑)。大学卒業後にデジタルハリウッドへ1年通いました。デジハリ卒業を機に、ポリゴン・ピクチュアズで働きはじめましたのですが、ポリゴンさんは完全分業制だったことからゼネラリスト的に働いてみたいと思い、縁があってトランジスタ・スタジオに入りました。
柴野剛宏氏(トランジスタ・スタジオ)
森江:柴野は、6年ほど前にトランジスタ・スタジオがディレクションやオリジナル作品もやっていこうと活動しはじめたタイミングで入ってくれました。その意味では、会社が変革していく最も激動の時期からがんばっているメンバーのひとりですね。
ーーそうでしたか。先ほど、環境の構築は田口さんが手がけられたとうかがいましたが、レンダリング設定などはどのように受け渡しを?
森江:田口さんにライティングを組んでいたいたシーンファイルをそのまま使って、キャラクターとBGを個別にV-Rayでレンダリングしました。
ライティング設定。ディレクショナルライト1灯と、HDRIを利用したDomeLight1灯の計2灯で構成、レンダリングはV-RayによるGIである
ーーコンポジットはどのように?
森江:実は、コンポジットワークではバンクーバーでご活躍中(2016年3月中旬時点)のテラオカさん(※6)に技術的なことで相談にのっていただいたんです。以前から半透明なCG素材の書き出しやモーションブラーの処理について疑問があったのですが、本プロジェクトを進める際にテラオカさんへ相談したところ、NUKEによるコンポジット作業に関するアドバイスをしていただけることになりました。
※6:Galaxy of Terrorのテラオカマサヒロ氏のこと。CGWORLD.jpにて 連載「NUKEプラクテイカル・ガイド」 を執筆中
柴野:テラオカさんから教えていただいた10数種類のレンダーエレメントをMayaから書き出し、ビューティーを再現できるようにコンポジットを構築することで、NUKE上でシェーダのパラメータ調整が行えるような感覚でコンポジット作業が行えました。Mayaに戻らずに反射度合いを抑えるといったことが可能となり、目から鱗が落ちました。
NUKEのノードツリー。テラオカ氏のアドバイスの下、背景、キャラ共に出力したレンダーエレメントからビューティーを再構築するかたちでコンポジットが組まれている
ーー北米の大手VFXスタジオが導入しているコンポジットノウハウを採り入れることができたわけですね。
柴野:レンダーエレメントの中には、「Position Reference(Pref)」といった、初めて聞くものがいくつかありました。Prefはオブジェクトの位置情報を格納するものなのですが、NUKE上で3D的にマットを抽出することができたりと、重宝しました。
キャラクター用レンダーエレメントの一覧。「diffuse, lighting, specular, shadow などの基本的なものから、bumpnormal, world情報、ls(ライトセレクト=選択したライトの影響を受けたdiffuseやspecular)などの調整用の素材も含め、18種類ほどの素材を出力しました」(柴野氏)。なおレンダーエレメントは、背景、キャラ、全体の3レイヤーに大別した上で書き出したとのこと
森江:テラオカさんのアドバイスは「どうすれば形を良く見せられるか」という観点で一貫していました。例えば、田口さんの恐竜モデルのハイクオリティな形状を、コンポジット作業によるライティング調整によって立体的な画に仕上げるためには、といったことなのですが、海外の大手VFXスタジオは自分たちのコンポジットワークに対する考え方とまったく異なるアプローチから画づくりを行なっているのだと痛感しました。ぜひ、今後のプロジェクトにも活かしていきたいと思います。
CUT 10のブレイクダウン。(左)<1>Mayaから書き出したレンダーエレメントの素組み/(右)<2>背景のマット、および一部をカメラマップによって追加
CUT 10のブレイクダウン(続き)。(左)<3>質感・立体感や、照度、環境の影響(空の青、空気遠近など)を調整/(右)<4>全体の色味調整、デフォーカスやライトラップなどを合成したコンポジットとしての完成形。この後、さらにDaVinciによるグレーディングが施された(後述)
ーー本作では、コンポジット工程後にグレーディングまでトランジスタ・スタジオで担当されたそうですね。
森江:そうなんです。MAまわりで一度ポスプロに入ったことを除けば、映像制作を社内で完結することができました。Web向けということで放送規格に対して厳密に配慮する必要がなかったのもラッキーでしたね。画完パケに関するノウハウを蓄積できました。
ーーグレーディング作業にはどのツールを利用されたのですか?
森江:田口さんから「使い勝手が良いのでは?」とDaVinci Resolveを教えてもらい、今回導入しました。歴史あるツールだけあって、無料のものから有料のものまでLUT(Look Up Table)が豊富に用意されているのも魅力でしたね。いくつかLUT集を購入したのですが、甲乙つけがたいLUTが多くて最終的な納期のギリギリまで柴野とふたりで悩んでしまいました(苦笑)。
DaVinci Resolveによるグレーディング作業の例
ーーDaVinciの使い勝手はいかがでしたか?
森江:操作がわかりやすく、調整幅も広いんですよ。例えばあるLUTを充てると、特定のカットだけ恐竜の歯茎の赤が極端に強まってしまったりしたのですが、そうしたときもそのカットだけ彩度を下げるといった細かい調整も手軽に行えました。
グレーディング例。(上段・中段)ボツ案の一部/(下段)最終的に採用されたグレーディング
ーー最後に、公開後の反響をお聞かせください。
森江:先日クライアントの方からメールをいただいたのですが、100万回再生を突破(※6)したことをとても喜ばれていたのでホッとしています。ぜひ多くの方に観ていただければと思います。
※6:2016年2月末時点で120万回再生を超えている。 youtu.be/vswCi9uGZBE
STAFF
オカモトゼロワンCM『恐竜』篇、中核スタッフ。右から、森江康太ディレクター、田口工亮氏(フリーランス)、田島誠人氏、柴野剛宏氏。
映像制作:トランジスタ・スタジオ
Info.
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powered by オカモトゼロワン
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