12館からスタートという小規模公開ながら、興収2億円というスマッシュヒットを記録した『HK/変態仮面』。3年の時を経て、その続編がいよいよ公開される。前作をはるかにしのぐスケールで描かれるVFXを手がけたレスパスビジョンの中核スタッフたちに、その創意工夫を聞いた。

※本記事は月刊「CGWORLD + digital video」vol. 214(2016年6月号)からの転載となります

TEXT_村上 浩(夢幻PICTURES) / Hiroshi Murakami(MUGEN PICTURES
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakrua(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada

映画『HK/変態仮面 アブノーマル・クライシス』予告編
©あんど慶周/集英社・2016「HK2」製作委員会

MVやCM制作で培った「餅つき」による最後の追い込み

2013年に公開された『HK/変態仮面』の続編となる『HK/変態仮面 アブノーマル・クライシス』(以下、HK2)。前作と同じくレスパスビジョンがポスプロ全般を担当するのに加え、関連会社のレスパスフィルムが制作元請けを務めるといった具合に、より全面的に映画製作に取り組んだ意欲作だ。ビジュアルの要となるVFXについては、レスパスビジョンの「steam-studio」がTVCMやMV制作で培ってきたユニークな少数精鋭スタイルの中に、シーンリニアワークフローをはじめとしたモダンな技法を巧みに取り入れることによって、従来までの日本映画緒にはみられなかった新たなVFXを実現させている。

  • 映画『HK/変態仮面 アブノーマル・クライシス』VFXメイキング(レスパスビジョン)
  • 左から、中口岳樹VFXディレクター、久保江陽介VFXパイプラインマネージャー、石澤智郁VFXプロデューサー、酒井伸太郎ポストプロダクションSV、中村滋利ポストプロダクションマネージャー、呉 岳リードコンポジター、須賀 努リードコンポジター。以上、レスパスビジョン

    ※なお、中口氏が手にしているのは、現在開発中だという軽量・小型化したレスパスビジョン特製カチンコ(特製カチンコについては後述)

本編は約2,000カットで本格的な3DCGが絡むVFXは約300カット、2Dベースのものを含めると大半のカットに何かしらのVFX処理が施されている。そうした大物量に対してVFXの中核スタッフはわずか5名というから驚きだ。しかも制作時は公開時期などが確定していなかったため、通常業務と並行して一連の作業を進める必要があった。そこで、久保江陽介VFXパイプラインマネージャーが使用機材やデータ形式など全体を監修し「DCI-P3」をターゲットにしたシーンリニアワークフローを構築した。そのほかにもHDRIのレンジを独自に改良しIBLの精度を高める、シーンリニアに対応したNUKEによるコンポジット、大容量のアセットをより効率的に扱うための3DCGツールの使い分け(その一環としてHoudiniを初導入)など、様々な試みが実践されている。さらに限られたバジェットで効果的な画づくりを実践するための最大の秘訣が「餅つき」と呼ばれるレスパスビジョン独特のオンライン編集スタイルであった(後述)。「これまでの集大成と言えるプロジェクトになりました」と、須賀 努リードコンポジターは語ってくれたが、既成概念に囚われないレスパスビジョンの取り組みは実に興味深い。

<1>レスパス独自のシーンリニアワークフロー

DCI-P3規格を用いたシーンリニアワークフロー

2015年3月、本作のエグゼクティブ・プロデューサーを務めたレスパスビジョン代表取締役社長の鈴木仁行氏の下にシナリオが届き、どのような表現が必要になるか、そのためにはどのようなVFX技法が効果的か検証を行うためテスト映像を作成することになった。「壁の崩壊やアクションシーン、特殊な合成手法が求めらるシーンを抜き出し、検証に必要なエレメントを自分たちで撮影してテスト映像を作成しました。企画を後押しするためのプレゼン資料としても使用されるのでとても重要なツールです」と語るのは、テスト映像の制作をリードした石澤智郁VFXプロデューサー。

限られたリソースを最大限に活かす上ではシーンリニアワークフローは欠かせず、実写プレートと3DCGの一体感を実現させるためにはIBL(イメージベースト・ライティング)の導入が不可欠だったという。

「今回初めてDCI-P3(米Digital CinemaInitiatives(DCI)が定めたデジタルシネマ規格)によるシーンリニアワークフローを導入しました。IBLでは色情報だけでなく輝度情報も重要でHDRIの輝度が足りていない場合はCG側でライティングを行うなど後処理を加える必要があるのですが、通常(デフォルト)よりも露出を下げて撮影し高輝度を保持したIBLを使用することで正確な素材を作成することが可能になり、従来の"気合いで(見た目で感覚的に)色を合わせる"といった非効率な作業を改めることで制作期間を短縮することもできました」と久保江氏。ワークフローを構築するにあたってはアーティストが従来と同じ環境で作業を行えることも重視したという。

IBLのベースとなるHDRI撮影は呉 岳リードコンポジターが担当しており、撮影現場でHDRIが撮影できない場合やCGが介在しない予定のプレートにVFX処理が必要になった場合に備え、全ての撮影でカラーチャートや銀球などが仕込まれたレスパスビジョン特製カチンコによる記録が徹底された。「小さな銀球でもキーライトの位置を簡単に確認できますし、ボカしてしまえば簡易的なIBLとしても使用できるんです。今使っているカチンコは海外仕様の物で高価で重量もあり現場では持ち歩きしづらいという欠点があるので、より小型のものを現在開発中です」(久保江氏)。

1−1.レスパスビジョンのデジタルシネマワークフロー

映画『HK/変態仮面 アブノーマル・クライシス』VFXメイキング(レスパスビジョン)

2014年からレスパスビジョンが導入しているCanon EOS C500によるシーンリニアワークフロー図。細かな仕様上の変更点はあるそうだが、『HK2』も同様に制作された

1−2.VFXを成功に導くための取り組み

映画『HK/変態仮面 アブノーマル・クライシス』VFXメイキング(レスパスビジョン)

  • 映画『HK/変態仮面 アブノーマル・クライシス』VFXメイキング(レスパスビジョン)
  • 映画『HK/変態仮面 アブノーマル・クライシス』VFXメイキング(レスパスビジョン)

VFX制作において、適切なリファレンスを確保できるのかが成否の鍵をにぎっていることは言うまでもない。そこでレスパスビジョンでは、カラーチャート、白球、グレー球、黒玉、そして銀玉といった計測用具を一体化させた特製カチンコを導入している。「制作部からは重いと不評ですが(苦笑)、これを使うことで当初は予定していなかったシーンに急遽VFXが追加されることになったときでも効率良く作業が行えます。たとえ小さいサイズで、フォーカスが甘かったとしてもHDRIの素材となる銀玉が映っているのといないのとでは大ちがいですから」(呉氏)。なお、この特製カチンコは社内向けだけではなく、一般向けに販売もしているとのこと(詳細はレスパスビジョンまで)

映画『HK/変態仮面 アブノーマル・クライシス』VFXメイキング(レスパスビジョン)

HDRIは露出とグレーバランス、色域をシーンに合わせて調整。スタジオライトのピクセル値は1800付近までキャプチャできている

『HK2』製作の決定を後押しするプレゼンテーションを兼ねて作成されたテスト映像の例。シナリオを下に、レスパスビジョンの強みを活かしたVFX表現が模索された。ちなみに演じているのは中口氏

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<2>実写素材と3DCGの絶妙な統一感

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<2>実写素材と3DCGの絶妙な統一感

モダンとオーソドックスの巧みな使い分け

前作からひき続き、キャラクター表現のVFXにも果敢に挑んだ本作。その最たるものが、大金玉男(ムロツヨシ)のカニ型メカ姿と、新しい強大な敵として登場するダイナソンだ。どちらもボディに該当する部分は3DCG主体で表現されているのだが、実写とCGの見事な一体感(自然な馴染み)は要必見だ。「高精度のIBLを用意することができたのが大きいですね。そのほかにも、今回は須賀と呉に専任のコンポジターとして参加してもらえたことにも助けられました。CG側としては、追い込み(ルックのつくり込み)は、2人のコンポジターに安心して委ねることができるというのは非常にありがたかったです」(石澤氏)。逆に言えば、デジタルアーティスト側では、3Dエフェクトやキャラクターアニメーションなど、3DCGツールでしか成し得ない作業に専念できたということだろう。

大金のカニ型メカ形態では、大金を演じたムロツヨシの芝居に合わせて6本の脚がかなり細かく素早く動くのだが、それがまた絶妙なコミカルな表現に仕上がっている。「頭部はほとんど動かさないことを想定してテストを行なっていたのですが、本番では役者さんが激しく動かれていたのでリグを再構築する 必要がありました。実写撮影の際は、台車の上に寝そべった状態で演じていただき、その動きをオブジェクトトラッキングしています。そのデータを3ds Maxで構築したリグに流し込むことでほぼ自動でアニメーションを生成しています。ルックも動きもほぼ完璧にマッチさせることができました」(石澤氏。余談だが、なんと鈴木社長もトラッキング作業に参加していたそうだ。「正直、自分で作業した方が早かったりするんですが(笑)、その間に本来のクリエイティブワークに時間を費やせたので助かりました」(須賀氏)。

CGと実写の合成などシーンリニアならではの正確な画づくりが求められる表現はNUKEで、逆に2D処理が主体のセンスありきでフットワークの良さが優先の表現についてはAfter Effectsを用いるといった具合に、ツールを上手く使い分けることも心がけたという。同様にエフェクトについても、ベースとなる汎用素材はHoudiniでシミュレーションしたり、炎や破壊表現は定評あるFumeFXならびにthinkingParticlesも用いているが、変態仮面が敵の顔を自身の股間に押しつける際の衝撃波などは自前の撮影スタジオ(B-2 STUDIO)で撮影した実写素材も活用された。「CGにこだわらずに実写で撮れるものはいつも自分たちで撮ってしまうんです。昔ながらの特撮感が作風にも合っていたので、『HK2』独自のビジュアルに仕上がったと思います」(須賀氏)。

2−1.地道なトラッキングとロトスコープ

  • 映画『HK/変態仮面 アブノーマル・クライシス』VFXメイキング(レスパスビジョン)
  • 映画『HK/変態仮面 アブノーマル・クライシス』VFXメイキング(レスパスビジョン)

首から下がカニ型メカ状態の大金玉男の作業例。(左)boujouによる実写プレートのオブジェクトトラッキング。余談だが、台車の上に乗った状態で演技していたことがわかる/(右)トラッキングしたデータを3ds Max上のメカモデルに流し込む

  • 映画『HK/変態仮面 アブノーマル・クライシス』VFXメイキング(レスパスビジョン)
  • 映画『HK/変態仮面 アブノーマル・クライシス』VFXメイキング(レスパスビジョン)

ロトスコープの作業例。襟の部分は、CGのボディとの接地面であるのと同時に、色調整にも利用するため、最も丁寧にロトが作成された

  • 映画『HK/変態仮面 アブノーマル・クライシス』VFXメイキング(レスパスビジョン)

    空舞台。コンポジット作業時に調整できるように少し広めの画角で撮影してある

  • 映画『HK/変態仮面 アブノーマル・クライシス』VFXメイキング(レスパスビジョン)

    ロトスコープした頭部と影素材を合成

  • 映画『HK/変態仮面 アブノーマル・クライシス』VFXメイキング(レスパスビジョン)

    CGで作成したボディ(カニ型メカ)を合成

  • 映画『HK/変態仮面 アブノーマル・クライシス』VFXメイキング(レスパスビジョン)

    動きの中で、頭と足とそれぞれのパーツの見え方(どのパーツが前で、どれが後ろになるか)を調整

  • 映画『HK/変態仮面 アブノーマル・クライシス』VFXメイキング(レスパスビジョン)

    カメラ側にあるネオンの影響を受け過ぎている部分の色味を調整

  • 映画『HK/変態仮面 アブノーマル・クライシス』VFXメイキング(レスパスビジョン)

    襟をCGに合わせてカラコレ

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    足から顔への反射を加えたコンポジットしての最終形

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    Pablo Rioによるグレーディングとフィニッシング処理を施した完成形

映画『HK/変態仮面 アブノーマル・クライシス』VFXメイキング(レスパスビジョン)

NUKEXのCameraTrackerによるプロジェクションマッピングで空舞台を合成している。また、上述した頭部のロトスコープに際しては、間にPrecomノードを挟み、NUKEスクリプトを関連付けたまま2つのコンプに分けておくことで、ざっくりとしたロトの状態で動きの確認と微調整。その間に別のスタッフがロトを仕上げつつ、リードコンポジターは同時並行でCG素材のコンポジット作業を進めるといった具合に、極力時間のロスが生じないよう配慮された

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<3>格好良さと、あえて外した画づくりの絶妙なバランス

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<3>格好良さと、あえて外した画づくりの絶妙なバランス

ワンカットの長回しフルCGアクションにも挑戦

福田雄一監督は前作のときから『スパイダーマン』のパロディ路線というコンセプトを掲げていたという。いわばハリウッド映画にも通じるハイエンドなVFXと、ジャンプコミックのギャグ漫画という原作特有の粗削りさの融合を目指しているのが本シリーズの醍醐味と言える。そして『HK2』における新たなチャレンジとなったのが、劇中後半に登場するNYを舞台に変態仮面とダイナソンがくり広げる戦闘シーン。本家『スパイダーマン』さながらのダイナミックなカメラワークとキャラクターアニメーションがフル3Dで制作された。

「約20秒のワンカットの長回しという難易度の高い表現でしたが、これまでの作品を通じて福田監督との間に信頼関係が築けていたので、まずはこちらから提案させていただくかたちで作業を進めることができました。プリビズ作業時は、少人数で制作する都合上、背景セットを遠景までつくり込むには限界があったので、ダイナミックなアクションを心がけつつ、できるだけ背景の制作負荷を軽減できるようなカメラワークを模索していましたね」(中口岳樹VFXディレクター)。興味深いのはプリビズはMayaで作成されのだが、本番のショットワークはHoudiniで行なったということ。「このシーンに限らず、巨大なダイナソンのようにディスプレイスメント処理が多用されたショットにはプロシージャルにシーンを構築できるHoudiniを利用しました。海外スタジオでもキャリアを積まれた方が当時在籍してくれていたことも大きかったですね。Mantraのモーションブラーが綺麗でレンダリングも速かったので、今後のプロジェクトでも活用していきたいと考えています」(久保江氏)。

コンポジットまで終えたショットは、酒井伸太郎ポストプロダクションスーパーバイザーの下に集められ、Quantel Rio(旧名Pablo)上で全体のバランスを確認しながらグレーディングとフィニッシング作業(オンライン編集)が行われた。「中核メンバーがRio編集室に集まり、実際に画を見ながら意見を出し合うのですが、この作業を『餅つき』と呼んでいるんです。その名の通り、CG、コンポジット、フィニッシングの間でデータの行き来をくり返しながらブラッシュアップさせるのですが、最近は阿吽の呼吸 で作業ができるようになってきたので、2~3回戦目で仕上げられるようになりました。正直、泥くさい面も多々あるのですが(笑)、ワークフローとしてはできるだけスマートな手法を提案してくれる久保江のような存在がいてくれることで技術と表現の両面において着実に成長できています」と、酒井氏。少数精鋭だからこそ中核メンバーの間で目指す表現が共有できる、そして全工程を社内で一貫できる体制が構築できていることによって、レスパスビジョン独自の画づくりが可能となっているのだ。

3−1.フルCGで描かれたNYのアクションシーン

映画『HK/変態仮面 アブノーマル・クライシス』VFXメイキング(レスパスビジョン)

変態仮面を演じた鈴木亮平のPhotoScanによるフォトグラメトリーを基に、作成されたスカルプトモデル。「リダクションした上で、3ds MaxやHoudiniに読み込みました。ディテールは各ソフトのノーマルマップやディスプレイスメントマップで再現しています」(石澤氏)

背景セットの3ds Maxシーンファイル。ダイナミックなアクションを成り立たせる都合上、かなり広い範囲まで作成された。「キャラクターの触れる建物や近景はハイポリで、その他は極力ローポリゴンに仕上げることを心がけました」(石澤氏)

  • 映画『HK/変態仮面 アブノーマル・クライシス』VFXメイキング(レスパスビジョン)

    プリビズの例

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    MotionBuilderによる手付け(キーフレーム)で作成されたキャラクターアニメーションの例

コンポジット作業の例。主にモーションブラーとzDefocusによる調整が施された

映画『HK/変態仮面 アブノーマル・クライシス』VFXメイキング(レスパスビジョン)

Pablo Rioによるグレーディング例。「バトルシーンはHDR風ルックにしてビビッドにする一方、ドラマシーンはあえてノーマルに。NYシーンについては、石澤の提案を汲んだソリッドなルックに仕上げました」(酒井氏)

3−2.「餅つき」によるブラッシュアップ

MV制作などで得た経験の下、絵コンテに込められた福田監督が目指したビジュアルを想像しながら画づくりを進めたという。「餅つきの中で生まれた即興的なアイデアも積極的に加えていたので、ピクチャーロック=完パケという"非常識なつくりかた"でした(笑)」(石澤氏)


  • 映画『HK/変態仮面 アブノーマル・クライシス』VFXメイキング(レスパスビジョン)
  • 『HK/変態仮面 アブノーマル・クライシス』

    2016年5月14日(土)全国ロードショー
    監督・脚本:福田雄一/原作:あんど慶周「THE ABNORMAL SUPER HERO HENTAI KAMEN」(集英社文庫コミック版刊)/制作:レスパスフィルム/ ポストプロダクション:レスパスビジョン/VFX:steam-studio/配給:東映
    hk-movie.jp
    ©あんど慶周/集英社・2016「HK2」製作委員会

  • 映画『HK/変態仮面 アブノーマル・クライシス』VFXメイキング(レスパスビジョン)
  • 月刊CGWORLD + digital video vol.214(2016年6月号)
    第1特集「エフェクト探究」
    第2特集 短編映画『ムーム』-Prelude-

    定価:1,512円(税込)
    判型:A4ワイド
    総ページ数:152
    発売日:2016年5月10日
    ASIN:B01D531AA2