クリエイターの間にも熱狂的なファンが多い、岩井俊二監督の名作実写ドラマを劇場アニメーション長編としてリメイクした意欲作、『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』。日本では今年8月18日(金)に公開され約15億円のヒットをおさめた(参考Box Office Mojo)。そして、12月1日(金)からは中国で封切られたが、最初の週末3日間で早くも興収約12億円に達するという好スタートをきっている。本作は、作画をベースとしながらもリアルな質感をもった3DCGが随所に活用されており、独特のファンタジー空間を創り出すことに成功している。本稿では、劇中のキーアイテムとなる不思議な球や表情豊かな水表現など、要となる3DCGワークを手がけたダンデライオンアニメーションスタジオ中核スタッフの画づくりを紹介しよう。
INTERVIEW_大河原浩一(ビットプランクス) / Hirokazu Okawara(Bit Pranks)
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota
『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』予告3
© 2017 打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」製作委員会
<1>3DCGの特性を活かしたリアルな表現
プロジェクトが始まったのは、2016年の初頭。絵コンテの上がりを待ちながら、進められる部分のモデリングなどから作業を始め、本格的な制作は2017年の春頃から始まったという。ダンデライオンアニメーションスタジオ(以下、ダンデライオン)が担当したのは、作画と3DCGの絡みのあるCUTや、カメラマップ、スタッフ間では「もしも玉」(※後述)と呼ばれた画的に特徴のある表現を中心とした約350CUT。スタッフ構成は、遠藤 工CGディレクターを中心に約10名という、担当するCUT数を考慮すると実に少人数であった。「当時は、社内で複数のプロジェクトが同時並行で走っていたこともあったのですが、本作で求められたCG表現がエフェクトや背景に関わるものが中心だったのでモデラー主体で、アセット制作だけでなく、レイアウトやアニメーションまで極力一括して担当することで対応するようにしました」(遠藤氏)。
左から、佐藤裕記リードモデラー、酒井俊治シニアプロデューサー、林 敬学チーフマネージャー、坂本典也モデラー、遠藤 工CGディレクター、陸 鵬テクニカルアーティスト、高松玲子コンポジットスーパーバイザー、荻原あすかリードモデラー、横川由梨CGアーティスト、金谷翔子リードモデラー。以上、ダンデライオンアニメーションスタジオLLC
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スタッフひとりひとりがモデラーなどスペシャリストとしての職務を担いつつ、「もしも玉」や灯台、風車といった各表現ごとにレイアウトやアニメーションを含めて3DCGワークを一括して担当するという、ゼネラリスト的な立ち位置で制作に取り組むことで少数精鋭を実現。これによりクオリティと物量を高い水準で両立させることに成功した。
「私がディレクターを務めさせてもらうプロジェクトでは、参加スタッフたちにはできるだけゼネラリストとして幅広い業務に関わってもらうようにしているんです。例えばモデラーであっても、アニメーションや最終的なルックまで考えながらモデリングしてほしいという考えからです。ショットワーク全体を考えることで演出意図を適確に汲みつつ作業効率を高めていくことができる、そうして各自のスキルアップにつなげていってほしいんです」(遠藤氏)。本作に参加したスタッフたちも、日頃あまり担当することができない分野の仕事ができたため、視野が広がったと口をそろえる。それでは、以下より代表的な表現ごとにメイキング解説していこう。
TOPIC 1.ナズナの花
本作の中でも印象的なナズナの花が群生した空き地のCUTの制作は、佐藤裕記氏が担当している。レイアウト全体がナズナの花で埋め尽くされているというCUTなので、本来であればシミュレーションを使ったアニメーション制作が考えられたが、美術背景の上がりに合わせて制作を進める必要があり、非常にスケジュールがタイトになった。そのためMayaでナズナの花を5パターン作成し、100Fループで揺れるアニメーションを作成したものをAfter Effectsで個々にタイミングをずらした状態になるように配置されている。
Mayaの中で5パターン作成して100Fループで揺らぎをつけた素材(上)、After Effectsで配置して個々にタイミングをずらした状態(中)、隙間埋めとしてペイントエフェクトで作成した揺れ草素材。これらを重ねて使用している
© 2017「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」製作委員会
TOPIC2.風車
主人公たちが暮らす街の海岸線に立っている風車(風力発電機)は、坂本典也氏がリードした。風力発電機は多くのCUTに登場するため、クローズアップやワイドアングルなど多彩なカメラワークに対応できるアセットの制作が求められたという。
「カメラが寄った状態にも耐えられるように、細かいパーツまでモデリングしているのですが、カメラが引いたときにノイズ(チラつき)が発生してしまったため、カメラワークに応じて、パーツを切り替えられるようにセットアップしました。また、作中の風力発電のブレードは演出で逆回転する必要があったので、ブレードの幅の広い面が前を向く状態を基本形として、演出に合わせてブレードの角度を調整できるリグを組んで対応しています」(坂本氏)。このように、演出に応じた柔軟な対応ができるようアセット制作が進められた。
完成モデル
風力発電機の完成モデル。シェーディング(左)とワイヤーフレーム(右)
中心パーツ表示のON/OFF
中心部分の細かなパーツはちらつきの原因となることがあったため、CUTによってはハイドして対応している。最も細かいパーツ群と中ぐらいの大きさのパーツ群とでグループ分けし、チャンネルボックスに作成した専用のアトリビュートと各グループのVisibilityをコネクションしON/OFFを切り替えられるようになっている
全パーツをハイドした状態
カメラアングルに応じて羽根の向きを調整
ブレードの向きはCUTによって角度が異なるため、自由に回転させられるようにしてある。また、カメラのアングルと風力発電機の位置によっては、ちらつき防止のために回転を加えることもあった。回転は、各ブレードにそれぞれ回転を制御するコントローラーを設置してあり、1本に回転を加えると他2本のブレードも追従するよう各コントローラーの回転値をコネクションしてある
風力発電機のモデルはブレードの幅の広い面が前を向く形を基本形として制作されている。しかし下画像のCUTの場合は、レイアウトでブレードの角の部分が前を向くよう描かれていたため、3DCGモデルでもブレードの向きが調節されている。また、このCUTは美術素材に手前の風力発電機が描かれていたため、3DCG素材の上に薄く重ねて質感の素材としている。さらに、階段や手すり部分など灯台の根本付近にあるパーツの多くは美術素材がそのまま用いられた
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TOPIC 3.写実的な水の表現
作画で構成された画にリアルな質感の3DCGを組み合わせたCUTの中でも印象的なのが、ホースやスプリンクラーから出る水の表現だ。これらの水は、3DCGによる流体シミュレーションではなく、After EffectsのプラグインParticularを使って作成されている。水のエフェクトを作成したのは、高松玲子コンポジットスーパーバイザーだ。
「舞台が夏の作品なので、夏らしさを演出するための水の表現がどうなるか非常に期待されていました。作画エフェクトとリアルな質感の3DCGエフェクトでサンプルを作成したところ、リアルな質感で表現してほしいという演出サイドからの要望があり、その方向で進めることになりました。水がホースから出るニュアンス、特に二股に分かれてゆっくり放出される表現が難しく、リファレンス映像を撮影して参考にしています」(高松氏)。制作当初は、美術背景や作画がアップしていなかったため、仮素材で屈折や放出位置の見当をつけつつ、素材の上がりを待った上で最終調整が行われた。
Particularによるホースの水(跳ね返る)
ホースから出る水の跳ね返りの表現(以下のメイキングは仮素材での作業のため、最終映像とは多少異なる)
カメラと3Dレイヤー配置。水の跳ね返り用にレイアウトに合わせて3Dレイヤーでキャラ素材とプールサイドの床を平面素材で配置
Particularで放水アニメーションをつける。Particularのパラメータ設定はPhysicsの設定をBounceにして、キャラセルレイヤーをwall、プールサイド床の平面をfloorに設定、キャラセルに関してはアルファ部分のみ反映されるようにWall ModeをLayer Alphaに設定。セルが大幅にずれない範囲で跳ね返りに奥行を出すためセルレイヤーをX軸方向に倒して調整(1つ上の「カメラと3Dレイヤー配置」の画像を参照)。跳ね返った後の水の調整だけを制御するため、Aux Systemパラメータで制御している
ほしい箇所にハイライトが出るようにライトを配置してライティング調整
図・左上:particularで作成した水
図・右上:particularで作成した水に、ミディアンやCC Glassエフェクトを適用して水質感を調整したもの
図・左下:被写界深度用のmap
図・右下:典道が手を払う動作に合わせた飛沫も別で作成
仮BGとキャラセルの上から作成した水素材を明暗複数のレイヤーを重ね調整。particularで奥行グラデーションだけのマップ素材も作成し、被写界深度を追加
Particularによるホースの水(二股に分かれる)
ホースから出て二股に分かれる水の表現
1段目・左から:仮BG→Particularで作成した左側の水素材<1>→Particularで作成した右側の水素材<1>
2段目・左から:キャラセル→Particularで作成した左側の水素材<2>→Particularで作成した右側の水素材<2>
3段目・左から:ライティングとエフェクトを適用して水質感を調整したもの(水素材<1>)→モーションブラー追加
4段目・左から:ライティングとエフェクトを適用して水質感を調整したもの(水素材<2>)→ホースの出口付近の飛沫
最下段左から:画面を流れる水素材→被写界深度用のmap(水素材<1>)→被写界深度用のmap(水素材<2>)
コンポレイヤー構造とFxパラメータ。タイムシートの指定通りにシミュレーションを制御することが難しいため、二股に分かれている水を左右でパーツに分け、画面手前にくる水も別パーツにする。Particularでパーツ分けした水素材をそれぞれプリレンダリング後にタイムシートに合わせてタイミング調整をする。ライティングとミディアンやCC Glassエフェクトを適用して水質感を調整
画面に付く水滴。画面に付く水滴もParticularで作成
図・左下から:水滴用テクスチャ→画面に向かって飛んでくる水滴素材→画面に付いて動かない水滴素材
コンポジット画面
1段目・左から:仮BG→キャラセル追加
2段目・左から:ホースの水追加→ホース水に歪み追加→被写界深度追加
3段目・左から:画面に付く水滴追加→画面を流れる水追加
4段目:合成コンポのレイヤー構造
ホースの水素材は明暗複数のレイヤーを重ね調整。Particularで作成したマップ素材を使用し、被写界深度を追加。画面に付く水滴素材はレンズ補正やフォーカスブラーなど適用して合成。そして、画面を流れる水素材のマットでディスプレイスメントマップとブラーを全体に追加後、ハイライトのみを上から合成している
写実的な水の表現〜映画『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』メイキング<1>
Particularによるスプリンクラーの水
スプリンクラーから出る水の表現(以下のメイキングは仮素材での作業のため、最終映像とは多少異なる)
美術とセルのレイアウト図
1段目・左から:BG→キャラセル
2段目・左から:スプリンクラー遠景素材→スプリンクラー近景素材<3>
3段目・左から:スプリンクラー近景素材<2>→スプリンクラー近景素材<1>
図・右端:合成コンポとレイヤー構造
スプリンクラーの水素材はいずれもParticularで作成。水素材は明暗複数のレイヤーを重ね合成し、水素材のアルファを使用しディスプレイスメントマップとタービュレントディスプレイスで歪みを追加している
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<2>アニメーションの醍醐味、ファンタジックな表現
<2>アニメーションの醍醐味、ファンタジックな表現
物語のキーとなる通称「もしも玉」こと、「不思議な玉」の表現は、遠藤自身で一連の制作をリードしたという。ベースとなるデザインは昔の灯台にあった投光器のレンズを参考に、監督が自ら設定画に描いたもの。アニメのアセットというよりは、写実的な透明ガラスの表現にこだわったということから、複雑な屈折や反射表現が必要なレンダリングコストのかかる表現となっている。そのために「もしも玉」が3次元的な動きをするCUTや背景が映り込んだり屈折するCUTは、Mayaで「もしも玉」にアニメーションを付けてレンダリングしているが、「もしも玉」が登場するCUTは非常に多いため、レンダリングコスト削減のため、事前にレンダリングした汎用素材を使っているCUTもあるそうだ。
「もしも玉」の汎用素材はAfter Effects上で球の回転を自在にコントロールできるように、あらゆる回転角度に対応できるよう細かく連番レンダリングした素材が使われている。あまりアップにならないCUTでは、この素材から対応する角度の画像をピックアップし色調整して使用している。
TOPIC 4.「不思議な玉」
武内監督から最初に提示された参考イメージ
上段は「もしも玉」とカメラマップのCUTの作業画面。美術が張り込まれた状態。カメラの起動とエイムはモーションパスでアニメーションさせている。下段はカメラのアングル変化をいくつか抜いたもの
「もしも玉」の汎用素材。「もしも玉」に動きが必要なCUTはアニメーションさせてレンダリングする必要があるが、止めのCUTでは効率を図るために3種類ほどのルックちがいで角度パターンを作成しておき、画像内右に並んでいる質感素材(上から陰影、ハイライト、水滴、コースティクス)をコンプで重ねて調整している。「もしも玉」は60CUTほどで使われているが、3分の2はこの汎用素材を使用している
使用素材。上段左からカラー素材、マスク素材、キズとスペキュラとフレネル素材、ライトと光の素材。下段は張り込んだ背景素材。「もしも玉」の落ち影も透けて見えるのでこの素材に追加している
カメラマップの活用〜映画『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』メイキング<2>
典道が劇中で初めて「もしも玉」を投げるシーンでは、カメラマップを活用したダイナミックなカメラワークが用いられている
CGの利点を活かした"不思議な玉"〜映画『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』メイキング<3>
TOPIC 5.ハイディテールな灯台
物語の後半で重要な役割を果たす灯台シーンは、荻原あすか氏によって作成されたアセットが使われている。灯台の制作はリアルスケールの灯台の図面を基にモデリングしつつ、実際に犬吠埼の灯台をロケハンして、テクスチャなどの質感表現に活かしているという。また、劇中の灯台は補修中という設定であるため、多くの足場が組まれているが、この足場も実物の足場の資料から、実際のパーツと同様のパーツをモデリングし、レイアウトに合わせて組み上げていっている。ただリアルスケールで組んでいるものと、作画されたレイアウトでは合わせることが難しい部分もあり、リテイク時には監督と共に画面を見ながら修正を行なったという。
「組んでいくとレイアウトと合わないときもあるのですが、そんなときはキャラクターを優先させレイアウトを変更しています。監督に指示をもらいながら、様々な試行錯誤が必要でした」と、荻原氏。灯台が登場するCUTは、灯台から発せられる光が回転しているなど動きを伴うCUTが多く、静止背景ではなく動画背景が多いため、作画との撮影時に動きのタイミングが調整できるよう、屈折素材やライティング素材など10種類程のレンダーパスを出力して撮影部に納品された。
武内監督による灯台の設定資料
Mayaでの作業画面
© 2017「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」製作委員会
TOPIC 6.水時計の城
最後に紹介するのが、ミュージカル調に展開する「水時計の城」シーンだ。このシーンを担当したのは、ダンデライオン期待の若手である横川由梨氏。劇団イヌカレーのデザインした背景設定を基に30パターン程度の城がモデリングされてシーンが構築された。このシーンは、キャラクター以外ほぼ3DCGということで、始めにアニマティクスが作成されているが、このアニマティクスも横川氏が作成している。
「カメラワークがなかなか決まらなかったので、演出の方と相談しながら決めていきました。水時計の中の泡の動きもシミュレーションでは求める動きにならなかったため、ラティスで変形させながらアニメーションさせています。ガラスや金属表現、コンタによる表現などとても勉強になりました」と、横川氏はふり返る。
劇団犬カレーによる「水時計の城シーン」イメージラフ
武内監督による「水時計の城シーン」イメージラフ
水時計の城の一連のCUTの最後に出てくるメインの城と周辺の城のモデルおよびレイアウト。左がシェーディング、右がワイヤーフレーム。水時計の城の配置はそれぞれのCUTで変えるのではなく、全てのCUTで同一のアセットを使っている
ガラス製の馬車のモデル。左がシェーディング、右がワイヤーフレーム。電車がこの馬車に変身するという設定だったため、大きさは電車と同じになっている
セル調の馬車のモデル。左がシェーディング、右がワイヤーフレーム。実はなずな達の乗っている半球のパーツは、他のパーツとは繋がっておらず浮いている。これは、デザインをシンプルにするため
Mayaの作業画面。レンダーレイヤーは基本の10+セル用のマスク素材。水時計の城から見えている格子は、水時計のオイルをアニメーションさせるためのLattice。城の周囲にある円は、CUT毎に城をまとめたグループを動かすコントローラー。真ん中に見えている十字矢印はカメラのaim point
総括
取材の最後に、遠藤氏は本プロジェクトについて次のように語ってくれた。
「この作品ではセル調などのこれまでやってきたテイストとは異なる表現が試せたので、得るものが数多くありました。スケジュールに対して制作CUT数が非常に多かったのですが、これも自分たちにとって良い経験になったと思います。個人的には、このように多くのCUT数をこなしながらも、経験の浅いスタッフに教えるといった新人教育をしていけるようになりたいですね」。
作画中心のアニメ作品にリアルな質感の3DCGアセットを使用するというのは、世界観の統一や画の馴染みという点からなかなか難しいものだ。しかし本作では違和感を上手く解消し独特な雰囲気をもつファンタジー空間をつくり上げており、これからのアニメの表現形態のひとつとして注目できる作品だ。
© 2017「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」製作委員会
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映画『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』
原作:岩井俊二
脚本:大根 仁
総監督:新房昭之
企画・プロデュース:川村元気
監督:竹内宣之
キャラクターデザイン:渡辺明夫
音楽:神前 暁
アニメーション制作:シャフト
配給:東宝
©2017「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」製作委員会
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