4月公開記事「目標はILMやBlizzard。プロを目指し、Blenderを駆使する15歳モデラー」に登場した古賀悠悟(@Rian Digital)氏が「一番気になる若手アーティスト」と語る水野巧登氏は、日本工学院八王子専門学校 CG映像科(3年制)在学の学生アーティストだ。『CGWORLD Entry VOL.019』のCG作品投稿コーナー「CG GALLERY vol.1」では、古賀氏と水野氏の両名が期せずして入賞を果たした。そんな水野氏に、学校選びのこと、CG制作のこと、就職活動のことなど、幅広く語ってもらった。
TEXT_尾形美幸 / Miyuki Ogata(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota
入学するまでは、パソコンに触ったことすらなかった
CGWORLD(以下、C):水野さんに注目するようになったのは、古賀さんの取材がきっかけなのです。古賀さんのことはご存じですか?
水野巧登氏(以下、水野):古賀さんの記事は読みました。直接話したことはないですが、同じ場に居合わせたことはありますね。「映像制作の仕事展 vol.2」のセミナーで僕が北田栄二さんに作品をレビューしていただいたとき、すぐ近くに座っていました。北田さんに質問する際「中学生です」と自己紹介したのを聞き、「まじか!」とびっくりしたのを覚えています。
▲本記事では水野氏のポートフォリオの中から、いくつかのページを抜粋して紹介する。なお掲載作品の多くが自主制作で、学校の課題はほとんど含まれていないという。こちらは『CGWORLD Entry VOL.019』の「CG GALLERY vol.1」に入選した作品。ZBrushを使ったオリジナルデザインのハードサーフェス作品で、審査を担当した鈴木卓矢氏(フォトン・アーツ)は「バランスよくまとまっている」「おさえなければいけないポイントがしっかり出来ている」と評した
C:お互いに相手の存在が気になっていたわけですね。水野さんが中学のときには、まだCGを始めてはいなかったのでしょうか?
水野:日本工学院八王子専門学校に入学するまでは、パソコンに触ったことすらなかったです。小学校3年次から高校3年次までの9年間は、地元の静岡県でずっと野球に打ち込んでいました。
C:甲子園を目指す、バリバリの高校球児という感じでしょうか?
水野:はい。真剣に目指していました。朝は6時に起きて朝練、授業の後も練習があって、家に帰ってきたら23時近くになっていました。精神的にも体力的にもくたくたで「勉強しなきゃ」と思っても寝てしまうような、野球漬けの高校生活でした。
C:その状態だと、CGはもちろん絵やイラストを描く余裕もなさそうですね。
水野:そんな暇はなかったです。高校の1年次から3年次の春頃までは、ひたすら野球だけをやっていました。でも卒業後もスポーツを続けるつもりはなく、3年次の進路を選ぶタイミングでCGの道に進もうと決めました。
C:CGの道を選んだ理由は何ですか?
水野:僕は小さい頃から映画を見るのが好きで、特にピーター・ジャクソン監督の『ロード・オブ・ザ・リング』三部作(2001∼2003)の大ファンなのです。1作目の『旅の仲間』(2001年)の公開当時、僕はまだ小さかったのですが、家族に連れられて映画館まで見に行きました。当時のことはよく覚えていないのですが、すごく集中して見ていたらしいです。大きくなってから買ってもらった『ロード・オブ・ザ・リング』のDVDを改めて見直して、ますます好きになりました。母の影響で『トイ・ストーリー』(1996)などのフルCG映画も見るようになり、早い時期からCGというものを意識していました。ピクサーの映画は実写の要素がひとつもなく、全部コンピューターによってつくられた世界で、アニメーションはちょっと大げさで「何だこれは!こんなの見たことない!」と衝撃を受けました。
C:Weta DigitalやPixar Animation Studios(以下、ピクサー)の作品が原体験となり、3DCGの道を志したわけですね。
水野:そうです。一度は美術大学という進路も考えたので、3年になってからの2∼3カ月間、美術部の先生にお願いして、絵の勉強もさせてもらいました。野球が終わった後で美術部の部室に行き、部員が使っている部屋とは別の個室で自由に絵を描かせてもらい、先生にアドバイスをもらったのです。もともと絵を描くことは好きだったので、「ひょっとしたら、できるかもしれない。やるだけやってみよう」という思いがありました。でも、野球しかやってこなかった僕が3年になってから絵やデッサンの勉強を始めても、何年も必死で描いてきた人たちに勝てるわけがないという結論にいたりました。かといって普通の大学に進学してCGと関係ない授業を受けたいとも思わなかったので、CGの専門学校への進学を決めたのです。
C:大学の場合、ひとつの専門分野を選択するまでの過程で、様々な分野の授業を履修するのが一般的です。それが「視野を広げてくれる」と考える人もいますが、「自分のやりたいことだけに集中したい」と考える人もいて、水野さんの場合は後者だったというわけですね。そういう人には専門学校の方が向いていると思います。数ある専門学校の中で、どうして日本工学院八王子専門学校を選んだのでしょうか?
水野:家族にも手伝ってもらいつつ色々な専門学校のカリキュラムを調べる中で、日本工学院八王子専門学校に行けば、糸数弘樹さん(※1)の授業が受けられるとわかり、それが決定打になりました。糸数さんが参加なさった『ベイマックス』(2014)や『アナと雪の女王』(2013)などのディズニー作品も大好きだったので、「行くしかない」と思ったのです。今ふり返ると、結構単純な動機ですよね(笑)。
※1 モデリングとフェイシャル・エクスプレッションのスペシャリストとして、Walt Disney Animation Studios(以下、ディズニー)などで20年間にわたり映画制作に携わり、『ベイマックス』(2014)、『アナと雪の女王』(2013)、『塔の上のラプンツェル』(2010)など数多くの作品に参加。2006年から現在にいたるまで、複数の教育機関でモデリングを中心にCG制作を指導している。
周囲と同じことをやっても、自分の武器は育たない
C:入学に合わせて静岡県から上京し、CG制作を始めたということは、水野さんのCG制作暦はまだ3年未満ということになりますね。そのわりにはポートフォリオもArtStationも作品が充実していて驚きます。
水野:上京後は学校近くの学生寮に住み、ひたすら制作に打ち込んできました。朝夕2食は食事が出ますし、学校まではスクールバスの送迎がありますから、CG制作だけに集中できる環境です。加えて常日頃から制作スピードは意識してきたので、ある程度作品が充実しているのだと思います。CG制作も野球も、上達のための道のりは結構似ており、面白いなと感じます。いい指導者に教わり、正しい練習を重ね、着実に力を付けていけば、結果が出るという点は共通しています。CGは練習量が顕著に結果へと結び付くので、やる気がどんどん出てきますね。作品を見た人に「すごいね」「カッコ良いね」と言ってもらうと、さらにやる気がわいてきます。
▲2017年開催の頂点クリエイティブ(ViViViT主催)にて大賞を受賞した作品。「Weta Digital、ピクサー、ディズニーに加え、H・R・ギーガーの影響もかなり受けています。『エイリアン』(1979)や『エイリアンVSプレデター』(2004)を初めて見たときには、すごい衝撃を受けました。時代を感じさせないどころか、先を行っているようにも見える一方で、懐かしさも感じる。その不思議な感じが大好きです」(水野氏)
▲メカやクリーチャー【左】を好んでつくることの多い水野氏だが、まったく異なる作風にも対応できることをアピールするため、あえてディズニー風の作品【右】もポートフォリオに入れたという
C:野球もCGも、やると決めたらとことん集中するという姿勢は一貫していますね。水野さんにとっての「いい指導者」というのは糸数さんですか?
水野:最初はそう思っていたのですが、早々に学校の授業だけではもの足りなくなりました。僕は「入学前からモデリングのスペシャリストになる」と決めており、モデリングを深掘りして学びたかったので、1年次の夏休み前には自主勉強や自主制作を始めていました。
C:数ある工程の中で、モデリングを選んだ理由は何ですか?
水野:昔から絵を描いたりものをつくったりすることが好きで、子供の頃は朝から晩までダイヤブロックで遊んでいました。しかも僕は説明書の通りにつくることが嫌いで、自分が想像したものをつくっては壊し、つくっては壊しということを繰り返していました。頭の中でイメージしたデザインを造形するという点ではブロック遊びもモデリングも共通していますから、モデラーに向いていると思ったのです。
C:とはいえ学校ではモデリング以外の工程も一通り勉強しますから、遠回りしているような気分になったということでしょうか?
水野:そうです。授業でやったアニメーションやエフェクトも楽しかったのですが「やっぱりモデリングが一番好きだ!もっとモデリングをやりたい!」と再認識するにいたりました。さらに細かいことを言うと「背景ではなく、キャラクターのモデラーを目指そう」とも思いました。学校では「背景モデルをつくる」という授業もあって、渋々つくったこともありましたが、当然ながらクラスの中には自分以上に上手い人がいて「背景モデルでは勝てない。周囲と同じことをやっても、自分の武器は育たないし、特化もできない」と痛感しました。
C:もの凄く潔い考え方ですね。しかも決断が異様に早い(笑)。
水野:だから教室が空いている日は自主制作をやりに学校に行きましたし、自分でも早々にコンピューターを買い、自室の制作環境を整えました。ZBrushは「就職した後もずっと使うだろうな」と思ったので、お金を貯めて通常製品版を買いました。今村大也さん(※2)という、すごく上手にZBrushを使う先輩がいたので、自分からどんどん話しかけて使い方を教えてもらったりもしましたね。
※2 今村大也氏は、2月公開記事「学生作品とは思えない?!本格サバイバルホラーVRゲーム『Gray』メイキング」に登場している。
▲ZBrushを使った作品。「特に好きな映画」と水野氏が語る『ロード・オブ・ザ・リング』の影響が伺える。「ZBrushの作品は、平均2∼3日、長くても5日くらいでつくるよう心がけています。頭の中でイメージしたものを短時間で形にするときはZBrush、映画やゲーム制作に使えるちゃんとしたモデルをつくるときはMayaというように、ソフトウェアを使い分けています」(水野氏)
C:今村さんと水野さんは作品の方向性が似ているので、気が合いそうですね。
水野:そうなんです。先輩の中で、自分がつくりたいものに一番近い作品をつくっているのが今村さんでした。今村さん自身、授業ペースには頓着せず、「好きだからやる」という姿勢でずっとZBrushを使ってきて、その結果すごく上達したというのを聞き、僕も見習おうと思いました。MayaにしろZBrushにしろ、基本的な使い方は学校の授業で教えてもらえます。ただ、そのソフトウェアを使って「作品」をつくろうとすると、ライティングだったり、構図だったり、幅広い知識が必要になります。そういう知識は、インターネットで調べたり、本を読んだり、自分で試してみたりして、自主的に勉強する必要があるように感じます。
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仕事では、現実にあるものの再現力の方が求められる
仕事では、現実にあるものの再現力の方が求められる
C:就職活動はどのような感じですか?
水野:今現在、第一志望の某社の選考中です。最初の書類選考は通ったのですが「フォトリアルな人体の全身をつくってください」という課題を出され、「あー、やっぱり来たか!」と苦笑いしています。
C:水野さんのポートフォリオは、オリジナルのメカやクリーチャーなどの作品はいっぱいありますが、人体の全身はありませんものね......。
水野:そうなんですよ......。人体の顔だけはつくってポートフォリオに入れたのですが、全身はつくったことがないのです。「いずれはつくるだろう」と思っていたので、この機会に全力でやります。
C:キャラクターモデラーを志すからには「普通の人体」をつくれる基礎力が、不可欠ということなのでしょうね。
水野:はい。課題の背景には、そういう意図もあるのだと思います。もともと僕は模写が嫌いでした。この世にあるものをそのまま真似ることに意味があるのかなと思ってしまうのです。
C:目の前にあるのだから、写真を撮ればいいだろう、あるいはスキャニングすればいいだろうと思ってしまうということでしょうか?
水野:「せっかくつくるなら、この世にないもの、ちがうものを生み出した方が面白い」という考えが根底にあるのです。リファレンスとして現実にあるものを見ることはありますが、作品をつくるときには現実にないものをつくりたいと思ってしまいます。とはいえ仕事では、デザイン画や現実にあるものをそっくりそのまま再現する力の方が求められると理解はしているので、ポートフォリオにはそういう作品も入れました。
C:このトランシーバーですね。ポートフォリオ全体の中で、この作品だけものすごく異色で、明らかに水野さんの作風から外れています。就職を意識してつくったのだろうと、すぐわかりました。
▲実在するトランシーバーを再現した作品
水野:これだけは、実在するトランシーバーの写真を見ながらつくりました。ポートフォリオを会社の方に見せるたび、「貴方のオリジナリティは十分にわかったから、うち(会社)に入った後、どんな仕事ができるのかが伝わる指標を示してほしい」という主旨のことを言われ続けたのです。もし自分がキャラクターモデラーとして会社に入ったとしても、最初に任される仕事は絶対プロップ(小道具)制作だろう思い、1週間以内と期限を決めてつくりました。
C:プロップの再現力を見せることが一番効果的だろうと判断したわけですね。作家性の強い人ほど、会社に入ってもフィットせずに短期間で辞めていくという話を数多くの採用担当者から聞いているので、会社の気持ちはすごくわかります(苦笑)。
水野:雇う前も、雇った後も、会社はかなりのお金を投資しているので「それに見合う仕事はします」という意思表示をしたいと思い、この作品を入れることにしました。
▲専門学校に入ってから描き溜めてきたイラストレーション。鉛筆、あるいはボールペンを使って描かれており、基本的には下描きなしの一発描きだという。「1度は個展をやりたいと思っていたので、専門学校の1年次のとき、美術の先生の知人が経営しているカフェで個展をやらせてもらいました」(水野氏)
C:最後に今後の抱負を聞かせていただけますか?
水野:一番番大きな目標は「世界で活躍すること」です。「この作品に関わりたい」とか「ハリウッド映画をつくりたい」という思いももちろんありますが、最終的には世界中の多くの人に自分の作品を知ってもらえるようなアーティストになりたいです。
C:その目標が叶うよう願っています。お話いただき、有難うございました。