今後さらなる活躍が期待される20人のクリエイターたちに雑談を交えながら「ものづくりにおける信条」をフランクに語っていただくシリーズ企画。3人目に登場するのは、MyDearest株式会社(以下、MyDearest)の柏倉晴樹さん。アニメ業界における確かなキャリアを経て、現在はVRに取り組むその真意とは!

※本記事は月刊『CGWORLD + digital video』vol. 241(2018年9月号)に掲載した記事を再構成したものになります。

INTERVIEW_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)
EDIT_UNIKO(@UNIKO_LITTLE
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota



【そのほかのお話】

"いつも自然体で、客観的な視点も忘れない。"(AC部)「20人に聞く」<1>CGWORLD創刊20周年記念シリーズ企画

"『スター・ウォーズ』という夢に向かって、走り続ける。"(今川真史)「20人に聞く」<3>CGWORLD創刊20周年記念シリーズ企画

"フランス人らしくない 自分だからこそできる、日本のクリエイティブシーンと世界をつなぐ。(ロマン・トマ)シリーズ企画「20人に聞く」<4>

<1>いつかは『楽園追放』を超えるアニメをつくりたい

CGWORLD(以下、CGW):まずはこれまでのキャリアを教えてください。

柏倉晴樹(以下、柏倉)東京工芸大学芸術学部を卒業した2006年にゴンゾ デジタル部(現グラフィニカ) でCGアニメーターとしてのキャリアを重ねていきました。特に:『ブラスレイター』という作品の制作に参加した際、板野一郎監督と一緒にお仕事をさせていただいたことで、自分のクリエイター人生が変わりましたね。



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    柏倉晴樹氏(MyDearest)

CGW:板野さんから直接アニメーション演出の指示を受けられていたんですか?

柏倉:そうなんですよ。板野さんとご一緒する前は、アニメーション制作というのは「どうすればいいか?」は考えるものではなく、提示されたラフ原画やコンテにオペレーターとして合わせる、という経験が多かったです。キャラクターアニメーションをちゃんとやったことのないそんな感じだったので、『ブラスレイター』(2008)の制作で板野さんに「このカットはどうすればいいですか?」と聞いた時、板野さんに「お前は、アニメーターだろ? 自分で考えろ!」と言われて(笑)。そのとき初めて「アニメーターって、自分で考えてつくって良いんだ!」って、パッと道が開けた気がしたんですよ。

CGW:まさにオペレータから、創り手(クリエイター)へと覚醒したわけですね。

柏倉:社会人になって以来、言われたことを守ることの多い作業を続けていたせいか、すっかり忘れてしまっていた「自分で考えながら作業をするべき」ということに気づくことができたんですよね。板野さんに「自分でやって良いんだよ」と言ってもらえて、スタッフが全員が自分の表現を思う存分発揮することができて、今ふりかえってもとても良い現場でしたね。

『BLASSREITER(ブラスレイター)』PV

CGW:今でこそアニメCGはすっかり定着し、演出やコンテに込められた意図を解釈してアウトプットができる人が求められていますが、当時はそういう人はあまりいませんでしたよね。

柏倉:少なかったですね。オペレータとしてのテクニックを極めた方が多く、テクニックを極めていく過程で独自性が自然と滲み出している方は沢山いました。しかし、彼らのそういった独自の表現を表に出す余地はなかったですね。

CGW:10年以上にわたりアニメ業界で活躍された柏倉さんですが、現在はVR領域をメインフィールドとされているようですね。具体的にどのようなお仕事をされているのでしょうか?

柏倉:アニメにおける3DCGの活用法を考えていく中でリアルタイムCGと出会い、現在はMyDearest所属のディレクターとして、VRにおける物語表現に取り組んでいます。

CGW:柏倉さんへのインタビューは、モーション監督を務められた『楽園追放 -Expelled from Paradise-』以来だったので、いつの間にか「VRの人」に転身されたんだあと(笑)

『楽園追放 -Expelled from Paradise-』劇場本予告編1

柏倉:そんなつもりはないんですけどね(笑)。『楽園追放』に参加できたことで、これからはもっと面白いCGアニメをドンドンつくれるぞと思っていたのですが、実際は今までと変わりなく淡々と作業をこなす日々に戻ってしまっていたんです。

CGW:そうだったのですね。

柏倉:そうした状況を打破したいと、個人的にワークフロー改革にも興味が出始めたことが転機になったのかもしれません。自分としては、現在取り組んでいるVRもアニメの表現技法を探求する一環なんです。いずれは『楽園追放』を超える作品をつくりたいという思いに変わりはありません。



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<2>"アニメとしてのVR"を追い求める

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<2>"アニメとしてのVR"を追い求める

CGW:VRに興味をもたれたのは、何か特定のコンテンツやガジェットへの興味がきっかけだったりもするのでしょうか?

柏倉:前職時代にゲームタイトルのムービー制作に携わることが何度もありました。そんなとき、ゲーム開発会社の方々がSVN(Apache Subversion)によるバージョン管理やリアルタイムCGをごく自然に利用されているのを目の当たりにして「ゲームエンジンってすごいな」と感心しました。そして、「どうしてアニメにも使わないんだろう?」と思ったのがことのはじまりですね。同じセル調の表現なのに、ゲームの方がよりシステマティックを意識して仕組みがつくられていて。これでアニメの「ワークフロー改革」ができるんじゃないかと。最近は映像コンテンツの現場でもUE4やUnityをレンダリングエンジンとして使おうという動きが増えてきましたが、僕はゲームエンジンの本質はもっとほかにあるのではないかと思っています。

CGW:もう少し詳しくお聞かせください。

柏倉:リアルタイムでレンダリングができるという点に関しては、ひと昔まえにローカルだけでなくネットワークでレンダリングができるようになったときの感じと感覚的にはあんまりかわりません。処理が早くなったらその分より多くの仕事をこなさないといけなくなるし、クオリティこそ上がるかもしれませんが、働き方や作り方自体はあまり変わらないままですからね。

CGW:なるほど。

柏倉:画のクオリティを大きく左右するのは、アーティスト個々人の技能やセンスよりも、ワークフローだったり制御の仕方に依るところが大きいと私は思っています。そこが変わると新しいアニメ表現や作品が出てくるんじゃないかな。ゲームエンジンをアニメ制作のワークフローに組み込むことで実現できないか......そんなことを考えていく中でUE4を仕事にしてみたいなと思うようになっていき、自然とVRに行き着いていました。

CGW:ゲームエンジンをアニメ制作のワークフローに組み込んでみたいというアイデアは、プロダクションという集団組織の中でアニメ制作の仕組みを変えようと思ってのことですか? それともまずは個人的な取り組みとしてでしょうか?

柏倉:あくまでも個人的な発想です。すでに確立されている日本のアニメ業界の仕組みを内側から根本的に変えるのは困難ですし、気づけばアニメにおける3DCGもこうあるべきという"暗黙のルール"が出来上がっていました。そこで、一度外に出て小規模のチームでフットワークを軽く、新しい技法を試しながらアニメをつくっていきたいなって。VRの場合は、バーチャルタレントを見ていると、そこからアニメーションの新しい制作スタイルにチャレンジできることがあるんじゃないかなと思っています。

CGW: アニメからVRに転向したというわけじゃなく、「アニメのワークフロー改革」というアイデアがそもそもの根底にあるわけですね。

柏倉:そのとおりです。アニメ制作に特化した「アニメエンジン」があっても良いはずだと。それを使ってもっと新しい表現ができそうだし、作り方が変わったら自ずと画も変わるので。別にセル調じゃなくてもいいとも思っています。僕はエンジニアではないので、エンジンそのものを作ることは出来ませんが、いずれは仲間と挑戦したいですね。

CGW:現在はVRコンテンツの制作に力を入れていらっしゃいますが、実は今でもアニメ表現の研究を続けていて、VRもその一貫であると。

柏倉:フレーム(枠)の中でつくるアニメーションは完全に自分のライフワークで、これは今後も変わりません。あと、VRってアトラクションものやシチュエーション体験が多いですが、そんな中で物語系のVRが面白いなと注目していて。VRの仕事は趣味的に、ただ楽しいからやっている感じかも(笑)

CGW:VRで得られた知見もアニメのワークフロー改革に還元できるだろうと。近年は直感的なインターフェイスのDCCツールも増えていますしね。その意味では、来春リリース予定の『東京クロノス』では監督として中心的な役回りを担われていますが、これまでに何か新たな発見はありましたか?

『東京クロノス』第1弾トレイラー映像/VRミステリーアドベンチャー

『東京クロノス』(2019春発売予定)
柏倉さんが監督を務める本作。VRでどのように物語をつむぐのか要注目!

tokyochronos.com
ジャンル:VRミステリーアドベンチャーゲーム
対応予定プラットフォーム:Oculus/SteamVR/PlayStation®VR
プレイヤー:1人
開発元:MyDearest株式会社


柏倉:VRをやりはじめてつくづく思うのが、VRってあらゆるものが具体化して「見え過ぎてしまう」んですよね。アニメのようにキャラクターがフレームの枠内にいるわけじゃなく、「眼前に存在する」になってしまう。VRによる映像演出ではカット割りもアニメと同じようには使えませんし、表現者の意図的なカメラワークも限定されます。キャラの腕の動きの演技にしてもアニメ特有の嘘パースがないから、ただ腕が極端に伸び膨らんで見えるだけになってしまう。具体化されすぎて逆に嘘がない状態って、全部見えてしまって隅々まで説明されてしまうことなんですよね。人間は見えない空白の部分を想像力で補完しますが、日本人はその力が高いと思いますし、そうした表現を作るのも得意だと思っています。「パンチラ理論」という持論があるんですけど(笑)

CGW:「パンチラ理論」!?

柏倉見えてしまったら、終わり(笑)。誰しも独自の夢や願望を抱いています。だけど、それが具体的に目の前に提供されると、目的が達成されるのと同時に「なにかがちがう」的な"消失"も感じるなって。VRは全てが見えてしまう(具体化されてしまう)のですが、もっと行間のある、省略した表現はできないかな、って。もっと言うと精巧に作らなければリアルに感じさせられないというわけではない気がするんです。



『ルクソーJr.』(1986)が好例ですが、作中で「ランプの親子」だなんてひと言も述べていません。ですが、台詞もないのにアニメーションを観れば誰もが自然と親子だと理解できます。動きも秀逸で、ランプが跳ねてすごく柔らかい動きをしているように見えるけど、実は関節が3箇所ぐらいしかありません。アニメーションによる視覚的なマジックで伸びたり縮んだり、親子のように見える感情を与えたり。そういうことができるのがアニメーションだと思っているのです。

CGW:おっしゃるとおりです。

柏倉:アニメーターである僕からすると、VRはリアルであることに縛られすぎなのかなと。以前、板野さんなどから教えてもらったことですが「表現とは、見せることではなく感じさせること」なので、そのスタンスでVRにも取り組んでいこうと思っています。

CGW:日本独自の「空白のあるアニメーション表現」をVRにも取り込めないかと。今はそのバランスを探っているわけですね。

柏倉:中国やアメリカなどの巨大な資本でつくられたVRコンテンツと正面から闘っても日本に勝ち目はありませんからね。日本人が得意とする手法で闘わないと。2枚の画があったら、その間を勝手に想像するのが日本人のアニメのつくり方でしょ? と(笑)

CGW:わびさびというか、枯山水的というか。盆栽で宇宙を語るみたいな(笑)

柏倉:たしかに(笑)。でも逆に、VRをつくっているとたまに「VRが邪魔」と感じることもあります。情報量が増えると実在感は高まるのですが、アニメーションにかぎらず表現の醍醐味は、作品にふれた人に何かを感じさせる、考えさせることなのにその余地が失われてしまう。結局、自分は何がしたいんだ? と悩むときもあります。

CGW:その葛藤をも楽しまれているのでは?

柏倉:子供の頃からアニメや漫画の中の世界に行きたいという思いがあって、家と家の間にドムとザクがいる、といった空想を当たり前のようにしていたんですよ。自分がその世界の中にいないのが不思議とすら思っていたんですけど、VRなら実現できそう。まあ、普通にオタクの欲望ですけどね(笑)