今後さらなる活躍が期待される20人のクリエイターたちに雑談を交えながら「ものづくりにおける信条」をフランクに語っていただく、CGWORLD創刊20周年記念シリーズ企画。5人目は10年以上にわたり日本を拠点に活躍する、ロマン・トマさん! 来日当初から現在までの足跡にせまります。
※本記事は月刊『CGWORLD + digital video』vol. 243(2018年11月号)に掲載した記事を再構成したものになります。
INTERVIEW_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)
EDIT_UNIKO(@UNIKO_LITTLE)
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota
【そのほかのお話】
"いつも自然体で、客観的な視点も忘れない。"(AC部)「20人に聞く」<1>CGWORLD創刊20周年記念シリーズ企画
表現とは、見せることではなく"感じさせる"こと。(柏倉晴樹)「20人に聞く」<2>CGWORLD創刊20周年記念シリーズ企画
"『スター・ウォーズ』という夢に向かって、走り続ける。"(今川真史)「20人に聞く」<3>CGWORLD創刊20周年記念シリーズ企画
フランス人らしくない自分だからこそできる、
日本のクリエイティブシーンと世界をつなぐ。
CGWORLD(以下、CGW):今日はよろしくお願いします。本誌の創刊20周年を記念した企画になります。
ロマン・トマ(以下、ロマン):今年で20周年なんですね。私がゴブランに入学してアニメーションを勉強しはじめた年と同じです。
CGW:理系の大学を中退して、1998年から世界有数の映像専門学校ゴブラン(Gobelins, l'École de l'image)でアニメーション制作を学び始めたと伺っています。
ロマン:そうです。90年代後半といえば、フランスの映像制作の現場でもアナログからデジタルへの転換期で、私たちの卒業制作ではゴブラン初のデジタル撮影を行いました。こういった時代を経験できたことは私のキャリアにとって幸いでした。
CGW:SIGGRAPHで良い作品だなとチェックするとゴブランの生徒の作品だったりするのですが、ゴブランはCGアニメーションに力を入れている学校なんですか?
ロマン:そういうわけではないんです。フランスでCGの専門学校として有名なのは北フランスにあるSupinfocom(シュパンフォコム)(※現在はRUBIKAへと改組)が有名です。ゴブランは手描きアニメーションが得意な学校で、絵が上手い人がたくさん入学してくるのですが、そういう人たちのなかでもCGを選ぶ人が素晴らしい作品をつくるんですよ。ピクサーやディズニーをはじめ、トップレベルのアニメーションってほとんどCGでつくられているじゃないですか。だから、ゴブランに入ってしっかりと作画やアート、絵コンテなどの手描きの技術を学んでからCGを勉強するので、結果として素晴らしいCG作品をつくる卒業生が多いんですよ。
CGW:ロマンさんは2Dでドーローイングされる際はデジタルツールを使われているんですか?
ロマン:実は今もまだ紙が好きで、ラフやスケッチは紙に手描きをしています。紙だとリラックスして描けるし、細部までこだわれるし、いきなりPCで描くよりもアイデアが浮かびやすいんです。手描きでスケッチした後はデジタルで彩色して、必要があればPhotoshopの自動変形ツールなどデジタルの便利な機能を使いこなしています。デジタルツールを使うことで効率的でクオリティの高い絵が楽に描けるようになりましたね。
CGW:アナログとデジタルの良いところをバランスよく取り入れるわけですね。ところで、ロマンさんが日本に来られたきっかけはどういうものだったんですか?
ロマン:友人たちと企画した『オーバン・スターレーサーズ』という作品をつくるために2003年に来日しました。SFアドベンチャーで日本アニメの影響が大きく、なによりも日本でアニメ制作をすることが夢だったんです。
2006年から2007年にかけて放送されたアニメ『オーバン・スターレーサーズ』
CGW:日本のどんな作品に影響を受けましたか?
ロマン:子供の頃から『聖闘士星矢』、『ドラゴンボール』、『キャプテン・ハーロック』など日本のアニメをたくさん観ていました。ですが、直接影響を受けたのは『AKIRA』やスタジオ・ジブリ作品、『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』、『カウボーイビバップ』などですね。
CGW:昔から日本のアニメはフランスでもたくさん放送されていたんですね。
ロマン:当時はフランスのアニメ業界があまり発達していなくて、TVで放送されているアニメ作品は日本のアニメとアメリカのアニメだけだったんですよ。先ほど挙げた作品はストーリーも絵柄も、大人でも圧倒されるほど感動的です。空間表現は実写に近い演出がされていることも特色だと思います。
CGW:来日された当初、カルチャーショックを受けましたか?
ロマン:実はそんなに違和感がなかったんですよ。むしろ、東京は便利で住みやすい街だなって。日本に来た目的はアニメの仕事をするためだったので、遅くまで電車が走っている、いつでもコンビニでお弁当が買える、働くにはとても良い都市だと。最近では考え直す必要のある働き方ですが、当時は幸せでした(笑)
CGW:アニメの制作手法について、日仏のちがいを感じましたか?
ロマン:フランスのアニメーション制作現場における経験がなかったので、どんなことも自然に吸収することができました。日本のアニメーターを尊敬してますし、彼らの評価と信頼を得るために朝から晩までずっと描いていました。来日前から日本語を勉強していたものの満足に喋れなかったので、言葉で表現できないことは全て絵に託していました。おかげで作画のクオリティも自ずと上がっていきましたね。
CGW:最近は少しずつ変わりつつありますが、日本には独特な "同調圧力" のような風潮がいまだに残っていたりします。例えば、「みんな我慢しているんだからあなたも我慢するべき」みたいな。そういった面で不満は感じませんでしたか?
ロマン:文化のちがいは確かにありますね。フランス人は不満をはっきりと言葉にして表現しますが、日本人は不満を口にするのは格好悪いと思っているのかなと。大変だけど黙ってがんばるのが格好良い、みたいな。でも、我慢しないで思っていることは言っても良いと思いますよ。率直に言うと、アジア圏の他のアニメプロダクションは、まだ成長途中ではありますがエネルギーに満ちあふれているので、このままでは日本は本当に遅れをとってしまうと思います。
[[SplitPage]]出会いから新しいアイデアを得て作品にする
CGW:今年5月にはStudio No Border株式会社を設立されましたね。何か転機があったのでしょうか?
ロマン:サテライトで11年間デザイナーとして面白い仕事をたくさん経験してきましたが、昨年40歳になったことをきっかけにワークスタイルを見直し、もっと新しいことに挑戦していくにはどうすれば良いかを考えました。NETFLIXが有名ですが、海外のコンテンツ製作会社の日本アニメに対する関心が高まっているし、日本のアニメ制作に携わっているフランス人クリエイターとして自分にできることがあるのではないかと思っていたところ、以前から交流のあったフランスのメディアミックス企業ANKAMA(アンカマ)に出資してもらい、独立することにしたのです。
CGW:これからはプロデューサーとして、マネジメントもこなされるわけですね。
ロマン:マネジメントは嫌いじゃないですよ。2年前にFuransujin Connectionというコミュニティを起ち上げました。ここではフランスの2D/アニメクリエイターたちと日本のアニメ業界との橋渡しをする活動をしています。フランス人は比較的意見をはっきりと口にする傾向があるのですが、私は人当たりもソフトで人の話をしっかりと聞くので「フランス人らしくない」とよく言われます(笑)。この性格は日本社会に馴染みやすいし、誰かの面倒をみるのにも向いているんですよ。
CGW:Studio No Borderをどんなスタジオにしていきたいですか?
ロマン:これまでと同じく日本のスタジオと仕事をしつつ、アンカマからの企画にも取り組んでいければと考えています。実は、制作スタジオをかまえるつもりはありません。小規模で企画とデザインに注力する、そしてアニメだけではなくゲームや書籍、キャラクターグッズなど、様々なかたちでオリジナル企画の実現にもチャレンジしていきたいです。
CGW:SNSへの投稿がきっかけとなり、国内外で注目をあつめる息子さんたちとの創作活動「親子デザイン工房」ですが、日本でも画集が発売されましたね。昔から息子さんたちと一緒に絵を描いていたのですか?
ロマン:いいえ(笑)。昨年、ふと長男のラクガキを見て「いつの間にか、面白い絵が描けるようになったな」と感心したのがきっかけです。シンプルなんだけど、インパクトのある絵柄が気に入って、それをモチーフにしっかりとデザインや世界観を構築してみたくなりました。そうして出来上がったものを息子たちも喜んだので、試しにツイートしてみたら世界中から反響がありました。今回の書籍化は、先にフランスで出版していたものの翻訳版として、玄光社が出版してくれました。来年にはアメリカでの出版も決まっています。
Drawing with my kids - 1 YEAR ANNIVERSARY WATERCOLOR [FULL VERSION]
CGW:様々なクリエイターたちとのコラボレーションが進んでいるようですね。
ロマン:『親子デザイン工房』もそうですが、ANKAMAとの出会い、『バスカッシュ!』で河森正治さんと出会ったことなど、いずれも自分だけの力では実現できなかったと思います。最近ようやく気づいたのですが、自分の創作スタイルは、内なるアイデアを引き出すというよりも誰かとの出会いから新しいアイデアを得て作品にするということなんだって。
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『親子デザイン工房 ロマン・トマ&竜之介、樹』
子どもたちのラクガキを、父であるロマンさんが "ガチンコで再デザイン" するという私的な創作活動。世界的にも注目をあつめる「親子デザイン工房」がついに画集になりました!
A4変型判 112ページ
定価:本体2,750円+税
ISBN978-4-7683-1113-4
出版社:玄光社
公式サイト
CGW:本当に好きなことをお仕事にされているんだな、と感じます。一方で、日本のコンテンツ制作現場でも「働き方改革」の意識が高まっていますが、そうした機運についてはどのようにお考えですか?
ロマン:日本は海外の動向をあまり見ようとしない傾向にあると以前から感じています。アニメにも様々な制作スタイルがあるので、海外のスタジオを見学する、外国人クリエイターを招いてコラボレーションするといった取り組みがもっと増えると良いですね。そのためにも海外との橋渡し役として、これからの日本アニメ業界を元気にしていければと思っています。