ハリウッドの映像制作で用いられる「ストーリーボード」によるデベロップメント工程を日本でいち早く採り入れているマーザ・アニメーションプラネット(以下、MARZA)。デベロップメントチームへのインタビュー後編は、ストーリーボードに重要な「スクリーンディレクション」の考え方や今後の展望について語っていただいた。

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INTERVIEW_日詰明嘉 / Akiyoshi Hizume
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)
PHOTO_浅田真理子(MARZA ANIMATION PLANET)

<1>視聴者の意識に重要な役割を果たす、スクリーンディレクションの理論

"THE GIFT" (created using "MARZA Movie Pipeline for Unity") 本編

高橋:これは2016年に制作した『THE GIFT』という短編です。この制作においてもストーリーリールをつくり、プロダクションで最終的なCGにするというかたちを採りました。プロダクションで変更したところもありますが、リールではスクリーンディレクションとして、左から右にずっと進んでいくようにしています。最初は観ても気づかないところかもしれませんが、そうした基本設計をストーリーボード上で行なっています。

CGW:スクリーンディレクションとは?

木下:単純に言えば画面配置の話です。例えばキャラクターが2人、左と右にいて、左の人から右の人に話しかけている。ところが次のカットに移ったときにその配置が逆になっていたら、すごく観づらくなりますよね。その統一をするということです。

写真左から 栗田 唯氏(ストーリーアーティスト)、木下宏幸氏(ストーリーアーティスト)、高橋友和氏(エディター)、沓名健一氏(ストーリーアーティスト)、以上、マーザ・アニメーションプラネット

木下:この応用として、キャラクターが左から右に走っていて、次のカットで右から左に走っていたら、観客は「戻った」と感じる。他にも、最初のショットで建物が左にあり、キャラクターが右にいるという画面を示しておくと、そのキャラクターをアップにして建物を映さなくても、左には建物があると認識します。そこで左からキャラクターが歩いてくると、「その人物は建物から出てきた」と解釈されるわけです。このように、全てを映さなくても観客の頭の中で位置関係を把握できるような状態に画面を構成していくのがスクリーンディレクションです。これをきちんと行うことで、ストレスなくその世界に没入できます。

高橋:パッと画面を見たときのわかりやすさは、長尺になればなるほど大事ですね。

木下:映画全体を通しても主人公が何かに立ち向かっていくながれのときには、画面の左から右に向かうようにして、ピンチで1度家に帰るときは反対に右から左に向かわせる。視聴者がたとえボーッと観ていても、戻っているという感覚にさせる。

『THE GIFT』のストーリーリールと本編の比較。主人公の少女は常に画面の左から右に向かって進んでいる

栗田「行きて帰りし物語」(※)ってありますよね。最近だとディズニーの映画『モアナと伝説の海』やピクサーの映画『リメンバー・ミー』。古いものだと『ファインディング・ニモ』など。これらも右に向けて出発して、左に帰ってくるようにプランニングされているんです。物語の途中で反転するときは、明確な理由があり、観客が困惑しないよう丁寧にスクリーンディレクションを考えています。

※「行きて帰りし物語」:ファンタジーの類型の1つ。登場人物が異世界などへ行き、何か経験をして戻ってくるタイプの物語

高橋:『Robodog』も、迷子になったロボット犬が家を探して戻るという話なので、大まかには左から右に行くというプランニングがあったはずです。

沓名:西洋人は左から右の方向をポジティブと捉える人が多いみたいです。日本人は逆が多いようです。宮崎 駿監督の映画も、だいたい右から左に旅立つ構成になっています。一説には、日本語が縦書きで右から左に読むから、西洋の言葉は左から右に読むからだと言われているみたいですが。

木下:僕、ストーリーボードをハリウッドのストーリーアーティストに教わったので、左から右が当たり前だと思っていたんです。日本人の監督がなぜか逆のことを言っているなと思ったら、そういうことだったと(笑)。

高橋:あとは地理的な理由もあります。右から左にクルマを走らせているときは、東から西に向かう道を表しているとか。だから、どちらが正しいと言うよりも、どういう風に地理的なものをプランニングしていくかで演出が変わってくるということです。

栗田:すると、日本人でありながら世界に向けてつくる場合はどういう風に描きますか?

沓名:それは監督次第ですね。

高橋:現在制作中の映画では、一度左から右で構成していたのですが、日本人向けに右から左に戻しました。

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<2>絵コンテとストーリーボードのハイブリッドシステムも開発

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<2>絵コンテとストーリーボードのハイブリッドシステムも開発

高橋:これは沓名がメインで編み出した方法で、ストーリーボードの良いところと絵コンテの早さを上手く組み合わせたやり方です。

沓名:ストーリーボードはコストとスケジュールがかかるしくみなんです。そこで『こねこのチー』では、自分が絵コンテを描き、そこから先の作業を2Dのアニメーターに担当してもらい、その統括を山下清悟氏にお願いしました。効率化が求められるTVシリーズ作品に特化したシステムです。これは1期(2016~17)の途中から行なっていました。

CGW:それは具体的にどのような工程なのでしょうか?

沓名:通常の方法ですと、ストーリーアーティストがパネルを描いて、それをエディターがムービーにし、さらに編集もするのですが、この方法では自分が描いたコンテを基に山下さんたちアニメーターが絵コンテでは足りない絵を描き足し、絵にタイミングをつけてムービーにします。そして、そのムービーをを使って、編集するというしくみです。

本誌225号にて紹介された『こねこのチー ポンポンらー大冒険』における省力化ストーリーシステム
©こなみかなた・講談社/こねこのチー製作委員会

CGW:2Dアニメにたとえると、沓名さんがコンテマンで、山下さんらが原画を描くという感じですか?

沓名:関係性は似ています。自分の仕事は2Dのコンテ以上、ストーリーボード未満という感じです。彼らはデジタルで描けるアニメーターなので、単純に絵を描くだけではなくタイミングをつけてムービーにすることができるため、このしくみに最適でした。

CGW:この手法はどんな理由から思いつかれたのでしょうか?

沓名:まずスケジュールの都合上、完成した絵でアフレコをすることができませんでした。その状況下でアフレコ用のリールをどうやって作るかを検討しました。最初はCGのレイアウトモデルでやったのですが、その段階ではフェイシャル情報(表情)が入っていないので、声優さんにキャラクターの感情を伝えることがスムーズにできませんでした。それならば、絵コンテをリールにしてアフレコした方が上手くいくなと思いこの方法に落ち着きました。

この方法ではアフレコまでしてしまうので、この段階でカットの長さも固定されてしまいます。CGアニメーターはその尺の範囲内で芝居を付ける必要があるので窮屈な場合もあるのですが、スケジュールの状況によっては最善な場合もあります。

高橋:日本の2Dアニメですと、コンテ段階で尺が決まっているのが一般的かもしれませんが、ストーリーリールの場合はその段階では尺は決めないんです。最終的にエディットで尺を決定します。プレスコかアフレコかという日米のちがいもあると思います。ただ、当社としてはあくまでメインはストーリーボードにして日本に広めていきたいという考えです。

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<3>「MARZAデベロップメントシステム」をパッケージング

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<3>「MARZAデベロップメントシステム」をパッケージング

CGW:6月にはストーリーボードゼミを開催されたそうですが、どんな方がいらっしゃいましたか?

木下:キャリアも年齢も様々で、学生もいればベテランのアニメーターや普通の会社にお勤めの方もいらっしゃいましたね。CG関連の仕事をしている人も結構多かったですね。

ストーリーボードゼミの様子

栗田:終わった後のポートフォリオレビューも良かったですね。あれだけでも2~3時間できるレベルでした。皆さん持ってくるものも良いんですよ。もちろん、それぞれが学び始めたばかりということもありますが、それをテーマにあれこれ言える。

木下:良いところ突いてるんだけどなー、って言いたくなる(笑)。

CGW:それで思い出したのですが、最初にスクリーニングをしたときに「ボロクソに言われる」とありましたが、修正することになった場合、アーティストの方はそれに対して落ち込んだりしないんですか?

栗田:ヘコんでいる暇はない、というのが実際だと思います。でもそこで落ち込むのって、その絵に対するクリティーク(講評)を、「自分に対する批判」として受け取っているからだと思うんですよね。僕らは単純に作品を良くするための「提案」として描いているわけです。そのフォーカスが作品全体に向かっていると考えるのか、自分の描いたものとして捉えてしまうかのちがいだと思います。

CGW:それを上手く伝えていけば、まだ講評に慣れていない学生さんでもストーリーアーティストを目指しやすくなるのかなと思います。

沓名:日本の場合、監督の主導で作品がつくられるので個性的な作品が生まれやすく、その結果として世界で受けているというケースがあります。でもそれは少数。こちらのやり方のほうが一般的に面白いものをつくれる可能性の高いしくみになっていると思います。

栗田:誰にとっても力を出しやすいというか、ある意味でこの方法が簡単なんですよね。

木下:ストーリーボードゼミに来た人でも、それまでスクリーンディレクションを知っている人はほとんどいなかったんです。逆に言えば、その知識をみんなが得ればそれだけ全体のクオリティが上がるわけです。

CGW:今後こうしたセミナーを積極的に行なっていかれる予定は?

高橋:「第2回もぜひ」と言われているので検討しております。

栗田:絶対やったほうが良いですよ! 隠すような内容ではないので。

CGW:クリエイターだけではなく、視聴者であっても作品を観るときの意識が変わると思うんですよね。

木下:そうですね。オーディエンスの目が肥えると、クリエイターの方もレベルを上げていくことになる。そうすることで一歩一歩上がっていく気がするんですよね。だからまずはみんなが知っていくことが大事。

栗田:そして日本でストーリーアーティストという職業が増えることで新たなアプローチの良い映画が日本でたくさんつくれるみたいな?

沓名:やっぱり日本の絵コンテのままだとアメリカにもっていけないんですよね。ストーリーボードとリールにすることで世界を対象としたビジネスができる。

高橋:世界と同じ土俵でクオリティを競い合うことができますね。

木下:単純に、企画開発にお金と時間をかけることで、作品の質が上がるということをもっと知っていただきたいなという思いがあります。クリエイターとしてはデベロップメントというところにもっと価値を感じてほしいですね。

高橋:デベロップメント期間中に試行錯誤をくり返すほど、不確定な要素が減って、後の行程は楽になるんです。現状、スクリーニングが3回というのも予算の問題であって、回数を増やせるのであればそれに越したことはないですし、そうあってほしいと思います。ストーリーボードを活用したワークフローは日本のCGアニメーションのクオリティの底上げに貢献できると思っています。

アニメーション業界を目指している人たちにも、こういう仕事があること自体まだ知られていないと思います。我々のワークフローを活用してつくられた作品が成功することで、ストーリーボードの活用が広まり、意欲ある方が業界を目指してくれれば嬉しいですね。

当社ではこうしたデベロップメントのプロセスを、パッケージングしています。スクリーニングの結果を反映したストーリーリールの制作から、最終的なプロダクションまでMARZAが担うケースもあり、すでに何社かのクライアントさんと進めています。

高橋:出来上がったストーリーリールを観せると、クライアントさんも安心するんです。ストーリーリールという設計図ができているので「あとは各ショットが美麗なCGに置き換わるだけなんだな」と想像しやすいんです。当社としても社内活用だけではなく、様々な会社さんと協力してストーリーボードの普及を進めていきたいと思っています。