CG映像の制作には膨大な手間と時間を要する。そうした制約のなか、いかにして完成度を上げていくかは各制作プロダクションにとって悩みの種だろう。マーザ・アニメーションプラネット(以下、MARZA)では、その解決のためにハリウッドの映像制作で用いられる「ストーリーボード」によるデベロップメント工程を日本でいち早く採り入れている。「ストーリーボード」とは一体どのようなものなのか。日本のCGアニメ制作全体を底上げする貴重なノウハウを、「MARZAデベロップメントチーム」の皆さんに実例とともにオープンに解説していただいた。

INTERVIEW_日詰明嘉 / Akiyoshi Hizume
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)
PHOTO_浅田真理子(MARZA ANIMATION PLANET)

<1>グローバルなターゲットに訴えるには試写意見の反映が不可欠

CGWORLD(以下、CGW):本日お集まりの皆さんは「MARZAデベロップメントチーム」で、木下さん、沓名さん、栗田さんはストーリーアーティスト。そして高橋さんはエディターでいらっしゃいます。まずはチームとしてはどのようなお仕事をされているのかを教えていただけますか?

写真左から 高橋友和氏(エディター)、沓名健一氏(ストーリーアーティスト)、木下宏幸氏(ストーリーアーティスト)、栗田 唯氏(ストーリーアーティスト)、以上、マーザ・アニメーションプラネット

高橋友和氏(以下、高橋):デベロップメントとは、実際にCG映像をつくるプロダクション(制作)作業の前に行う「プリプロダクション」のさらに前段階の、企画開発と脚本制作、そしてストーリーボード制作のことを指します。

高橋:実際のワークフローとしては、作業順に「脚本制作」「ストーリーボード制作」「リール編集」「スクリーニング(試写)」の4つがあります。このうち最後の「スクリーニング」が通常のアニメスタジオと異なるところかと思います。

高橋:欧米のアニメーションスタジオでは、必ず関係者や一般の方にリールを観てもらい、その感想を反映させてストーリーを練り直すということをします。フィードバックを受けてまたストーリーボードを描き直し、編集するという作業を当社では3回くり返します。

CGW:要は3回もリールをつくり直すということですか。

高橋:はい。ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオでは9回もやると聞いています(笑)。

CGW:それはすごいですね。なぜそんなに回数を重ねるのでしょうか?

高橋:第一義としては映画の完成度を高めるためのリスクヘッジです。要は、CG制作は多くの時間と予算がかかるので、プロダクションに入る前に、絵の段階で可能な限り試行錯誤を行なっておくというわけです。


  • 高橋友和/Tomokazu Takahashi
    エディター

    武蔵野美術大学卒業後、株式会社セガ(現・株式会社セガゲームス)に入社。フリーランスを経て、MARZAの起ち上げに参画。『Robodog』プロジェクトで元ディズニーのエディター、トム・フィナン氏に師事。現在進行中の映画プロジェクトではメインエディターを務める。ストーリーボードを活用したワークフローを広めるため、MARZAストーリーボードゼミを企画・運営している

高橋:「リール」というのはストーリーボードを繋げて映像にしたもので「ストーリーリール」とも呼ばれます。セリフと効果音と音楽が入っていて、作品全体がひと通り観られる内容のものになっています。当社の場合1回目、2回目ではストーリーや構成などのクリエイティブ面のブラッシュアップを、3回目ではCGにしたときに予算内でつくれるかどうかの検討をします。予算がオーバーしそうな場合は削る場所の順位を決めて最終的なリールをつくり、そこから無駄なくプロダクションへと入っていきます。

高橋:おそらく、CG作品における日本と海外のクオリティの差は、この試行錯誤の回数の差にあると思うんです。スクリーニングはやればやるほど良くなるし、大勢の人に観てもらうというプロセスによって、ストーリーボードを描くアーティストは多くのフィードバックを得られます。

CGW:この方法はハリウッドのCGスタジオをお手本に導入されたのですか?

高橋:そうですね。アメリカにMARZA ANIMATION PLANET USAという当社の子会社があるのですが、プロデューサーがウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオの出身なんです。彼は「9回は無理かもしれないけど、せめて7回はスクリーニングをやりたい」と言うのですが(笑)。今は予算と時間の兼ね合いで3回が限度ですね。

木下宏幸氏(以下、木下):日本ではあまり見ない手法だと思います。日本の作品は海外にも多くのファンがいますが、基本的には日本人が観ることを前提としてつくっていますよね。でも、ハリウッドでつくる作品の場合は、ターゲットがグローバル。アメリカ国内だけでも様々な人種がいて、そこには多様な文化もあり、どんな人にも受け入れられる必要があります。なので、こういう工程を経るようになったのは、ある意味では必然だったと思うんです。


  • 木下宏幸/Hiroyuki Kinoshita
    ストーリーアーティスト

    2007年に株式会社セガ VE研究開発部(現・MARZA)に入社。2010年頃からストーリーの勉強を開始。ジャック・シュー/Jack Hsu氏(『くもりときどきミートボール』『オープン・シーズン』等)に師事し、ストーリーボードを習得。演出を担当した主な作品に映画『Robodog』(未公開)、オリジナル短篇『THE GIFT』、『蒼き革命のヴァルキュリア』OPムービー、TVアニメ『こねこのチー ポンポンらー大冒険』、Web映像『モンスターストライク THE MOVIE はじまりの場所へ』映画公開記念ムービーなど

木下:スクリーニングでは子どもも観るし、社内清掃の人も、経営陣の人も観て意見を言うんです。最初のスクリーニングなんて、ヒドいですよ。あんなに一生懸命描いたのにボロクソ言われますから(笑)。「意味がわからない」とか、「キャラクターの感情変化が唐突」だとか。やっぱりキャラクターにはみんな注目するのでよく観ているんですよね。感情がなめらかに繋がっているかどうかは特に大事なところですね。

海外の人はわりと途中で映画館を出ていってしまったりするんですが、日本の人は、作品の咀嚼能力が高いというか、難解な作品でも「うんうん、これは難しいね」みたいに楽しんじゃったりして(笑)。

栗田 唯氏(以下、栗田):そうなんですよね。漫画やアニメ大国ということもあって日本人は読み取るのが上手い。ただ、そういう中で、「誰でもわかるように」と僕らがやっていることが、ときどき「これって幼稚なことをしているのではないか」と心配になるときがあるんです。僕らは胸を張れるのかどうか。


  • 栗田 唯/Yui Kurita
    ストーリーアーティスト

    高知県出身。2012年にサンフランシスコのアカデミー・オブ・アート大学大学院に入学。Blizzard Entertainmentにてストーリーアーティストとしてキャリアをスタートし『オーバーウォッチ』や『ハースストーン』などの短編作品に携わる。その他Marvel StudiosのTVシリーズに参加し、フリーランスを経て2018年8月よりMARZAにて活動中。以前のCGWORLDによるインタビュー記事はこちら

木下:確かにマイルドな部分はあるとは思う。ただ、それをつくるためにすごく技術を駆使しているのはまちがいない。

栗田:そうそう。ものすごく頭を使って、とても丁寧にやっているんですよね。

高橋:ハリウッド映画ってわかりやすくて単純だよね、と言うけれども、それをつくるためにどれだけ考えて頭を絞りに絞っているか、出来上がったものからは普通は気づけないようになっているんです。

次ページ:
<2>細かな芝居を丁寧に描くストーリーボード

[[SplitPage]]

<2>細かな芝居を丁寧に描くストーリーボード

高橋:これは5〜6年前に当社で制作した『Robodog』という、凍結になってしまった長編映画プロジェクトのストーリーリールです。ストーリーボード、プリビズ映像、効果音、曲を付けて、誰が観てもストーリーがわかる内容のものを映画1本分制作しました。シーンによってストーリーボードを描く人が変わるので、絵柄も変わっていますが、それでもひと通り内容がわかるムービーになっています。

『Robodog』

高橋:CGプロダクションでありがちなのはCGのレイアウトからシーンの検討作業を始めるパターンです。しかしその段階では表情がないレイアウト用のCGモデルを使うことが多いので、キャラクターがどんな感情なのかが伝わらない。本当の意味で何を伝えたいのかがわからないんです。ストーリーボードはキャラクターの表情の変化を描くことで、感情を表現することができます。そこが一番の強みだと思います。

栗田:ストーリーボードはアニメーターの目印にもなると聞きました。アクティングなどのアニメーションをつけるときもプリビズを見るのではなく、ストーリーボードを見ると。

『Robodog』のストーリーボードの一部

CGW:想像していたよりも1枚1枚のパネルの動きが細かいですね。

木下:例えば鳩がフレームアウトするシーンであれば、「鳩がいなくなった画面」が映りますので、その1枚もストーリーボード上ではきちんと描きます。始まりから終わりまで何が起こっているのか完全に見せるのがストーリーボードです。

栗田:演技も全てを描きます。瞬きの芝居1つでもパネルを1枚使いますね。

木下:例えば、音を聞いて反応して向こうを向く、というシーンの場合、音を聞いても目を見開いたままだと、リールにしたときにすごく奇妙に映るんです。そこで1回瞬きを入れると自然な芝居になる。そういうふうに大事な瞬きというのがあるんですね。


『Robodog』より。犬と子どもそれぞれの瞬きがきちんと描かれている

木下:セリフのところでも、喋り終わってからアクションするといった場合、口を閉じる絵を入れます。口を開けっぱなしだと、喋りながら動いているように見えてしまうので。やはり顔は注目されるので誤解のないように描く必要があります。

高橋:日本のアニメでいう、原画に近いですよね。こういう表情の変化がないと、編集にもっていったときに動きの間(ま)がつくれないので、気をつけて細かく描いてもらう必要があります。

木下:これも監督次第で、めちゃくちゃ細かく描きたがる人と、ざっくりで良いよという人がいます。アニメーター出身の監督の場合はキャラクターの動きにこだわるので、細かくなる傾向がありますね。

CGW:シーンの分担は誰が決めるんでしょうか?

木下:それは監督ですね。

高橋:ストーリーアーティストによって得手不得手があるので、アクションが得意な人にはアクションを、ドラマが得意な人はドラマシーンを、監督が適性を見た上でアサインしていきます。

CGW:ストーリーボードを描くにあたってはどのくらいの時間でどれだけの枚数を仕上げるのでしょうか?

木下:まず前提として、スクリプト(脚本)の1ページが、映像になったときに1分の長さになるという目安があります。アクションシーンだともう少し膨らんだり、ドラマシーンだと短くなったりしますが、スクリプト1ページあたり大体100パネルくらいになります。僕の場合だと、1日60パネルくらい描けたら良いペースだと思います。アニメの原画と異なり、ラフで良いところはラフのままですから。

沓名健一氏(以下、沓名):キャラクターが似ていなくても、パースがそこまで正しくなくても大丈夫です。絵全体に情報量がある状態だと雑多になってしまうので、何を見せたい絵にするか、情報の抜き差しのバランスが大事です。


  • 沓名健一/Kenichi Kutsuna
    ストーリーアーティスト

    大学在学中よりTVアニメ『鋼の錬金術師』(2003〜2004)、『GAD GUARD』(2003)、『妄想代理人』(2004)、『交響詩篇エウレカセブン』(2005〜2006)などに原画として参加。以後、原画、作画監督、キャラクターデザインとして活躍。2015年よりMARZAに所属。『こねこのチー ポンポンらー大冒険』では副監督として、全話数の絵コンテ、カッティング、ダビングに携わる

高橋:パネルの枚数はストーリーアーティストによって本当にまちまち。ものすごく描く人もいれば、木下みたいに本当にちょうど良い枚数で描いてくれる人もいます。

CGW:密度だけではなく、枚数も多すぎるとダメなのでしょうか。

高橋:多すぎると、そもそも編集が大変ということがあります。絵で描いてあるタイミングと、映像になったときのタイミングはちがいます。絵に引っ張られてタイミングがおかしくなる部分は編集で間引く必要があります。むしろ少なければ後から足してもらえば良いので、その方が対応しやすいですね。

次ページ:
<3>ストーリーアーティストの発掘と育成方法

[[SplitPage]]

<3>ストーリーアーティストの発掘と育成方法

CGW:MARZAさんがこうしたデベロップメントの方法を採り入れたのはいつ頃からですか?

高橋:本格的に採り入れたのは映画『キャプテンハーロック』(2013)の頃ですが、取り組みとしては10年くらい前から準備していました。日本にストーリーアーティストが存在しなかったので、まずは人を育てるところからのスタートでした。そこで海外のストーリーアーティストにメンターになってもらい、木下たちにOJTでトレーニングをしてもらいました。

キャプテンハーロック 予告編

木下:最初はストーリーの勉強からでした。絵を描くよりも前にまず映画をたくさん観て、どういう風に画面が構成されていくのか、分析をしていきました。当時、僕はアートチームに所属していたのですが、線画は描けても彩色が上手くならなくて。そんな矢先にストーリーボードチームをつくるという話が舞い込んできて、こちらを勉強するようになったというかたちです。

CGW:沓名さんはこれまで数々の2Dの作品でアニメーターとして腕を振るわれていましたね。

沓名:僕はストーリーボードの経験でいうとMARZAに入社して少しだけかじって、2年半まったく別のプロジェクト(『こねこのチー ポンポンらー大冒険』副監督)に関わり、また最近になってストーリーボードを始めたので、正味半年くらいですね。

高橋:そもそも採用しようと思っても人がいないんです。栗田のようにもともと海外でやっていた人は稀で、そうすると近い職種の人を探す必要があります。一番近かったのが2Dのアニメーターでした。映像的な絵が描けて、絵コンテを描くこともあるので、スキルという意味では要件を満たしていました。厳密には、ただ絵が上手いとか芝居が付けられるというだけではなく、演出スキルが必要です。沓名については、知り合いのアニメーターの方に紹介してもらったというかたちです。

CGW:現在、MARZAさんにストーリーアーティストは何人くらいいるんですか?

高橋:この3人を含め、全部で6人です。

木下:そのうち2人は入ったばかりで修行中です。ひと通りCGを学んできてストーリーボードに興味をもち、ポートフォリオを送ってきて入社にいたったという感じです。

栗田:まっさらな人の方が教えやすい?

木下:それはありますね。映像に対する価値観もまだ凝り固まっていないだろうから。

高橋:デベロップメントチームは企画開発も行うチームなので、ストーリーをつくるための分析力や、脚本家さんと話をするために同じ言語で話せる必要があります。そこでまずストーリーテリングの勉強をしてもらいます。そこで基本を押さえた上で、絵を描いてもらうというかたちです。

木下:僕も勉強するまでは「三幕構成」なんて知らなかったですから(笑)。でも、そういう構造を知ってから映画を観ると見え方が変わってきますよね。

高橋:絵を描くときも第一幕と第三幕では構図の取り方を変えるようにしてもらっています。

木下: 第二幕に入ったばかりなのに、クライマックスみたいな絵面にしても後が盛り下がってしまうので、クローズアップは使わずに少し控えめにするとか。キャラクターの演技もそうだし、どうやって撮るか、どこでカットするか、どこで間を取るかなどあらゆることを考えます。

CGW:ストーリーアーティストが考えなくてはいけないことはかなり多いんですね。

沓名:そもそも欧米式のスクリプトは日本の脚本と全然ちがいます。日本のアニメの脚本では、詳細に誰が何をどうしたというところまで書かれているので、それをある程度そのまま絵にする人が求められますが、こちらのスクリプトは最低限のことが大雑把に並んでいるだけなので、ここからどう膨らませていくかは各アーティストが考えて描き、それが連結されて最初のリールになるという感じです。

木下:アクションシーンなんて、AとBが戦ってAが勝ちましたと2行くらいだったりするんです(笑)。ストーリーアーティストはその中に、ものすごくたくさんの要素を詰め込むわけです。

沓名:2行が2分になっちゃうことなんて普通にありますからね。アメリカから来た監督の場合、「好きにやってみて」と言われて、本当に好きにやったものが通ったことが驚きでした。日本のアニメの現場では、内容に関しては基本トップダウンです。面白いと思うシーンを描いて、そのままOKとなるのが最初は信じられなかったです。

栗田:ある意味で、僕らがそのシークエンスの監督に近い感じになるんですよね。

沓名:良い意見は全部採り入れていきますという、合理的なつくり方。

栗田:選ぶことも監督の大事な仕事ですね。

木下:スクリーニングを3回実施するので、最初にアイデアを募って好きにやらせて様子を見てから、後で調整するという考え方なのかもしれないですね。

後編はこちら