スマートフォンの位置情報を利用し世界中でプレイされているゲーム『イングレス』を原作としたTVシリーズ『 INGRESS THE ANIMATION 』(以下、『イングレス』)が放送中だ。監督を務めるのは、これまで岩井俊二監督や宮崎 駿監督と仕事を共にした俊英デジタルアーティストの櫻木優平だ。これまで巨匠の下で自ら手を動かし表現を突き詰めていた彼が、初のTVシリーズ監督をするにあたって決断したのは現場で「自ら手を動かすことをやめる」ことだった。その意図と作品づくりへの姿勢を、アニメーション制作を行なうクラフターの石井朋彦プロデューサーとの対談で語ってもらった。

TEXT_日詰明嘉 / Akiyoshi Hizume
EDIT_沼倉有人 / Arihito Numakura(CGWORLD)
PHOTO_弘田 充 / Mitsuru Hirota



TVアニメ『イングレス』抵抗PV
フジテレビ「+Ultra」にて毎週水曜日24:55から放送中
NETFLIXにて全話配信中
ほか各局にて放送
関西テレビ/東海テレビ/テレビ西日本/北海道文化放送/BSフジ
ingressanime.com
© 「イングレス」製作委員会


<1>櫻木優平はいかにして「自ら手を動かすこと」をやめたのか?

CGWORLD(以下、CGW):まずは、この企画がどのようにはじまったのかを教えてください。

石井朋彦プロデューサー(以下、石井):『イングレス』を開発したナイアンティックCEOのジョン・ハンケさんとは、彼がGoogleにいらした10数年前から交流があり、そのご縁で同社の主要メンバーとは長くお付き合いをさせていただいていました。そして2016年にフジテレビがナイアンティックに出資し、『イングレス』を本格的にエンターテインメント化して展開させていきたいという相談をいただき、ディスカッションをしていくなかで、クラフターがアニメ化をお引き受けすることになりました。ジョン・ハンケさんたちは日本のアニメが大好きで、アニメ化するなら日本で、という思いもあったのではないでしょうか。

CGW:そうだったのですね。

石井:僕はお話をいただいたその足で櫻木にシリーズ監督を打診しました。彼は、『Pokémon GO』でもヒューマンキャラクター(プレイヤーキャラ)のモデリングを担当していたので、その点でもナイアンティックとはご縁があったんです。

CGW:櫻木さんは『Pokémon GO』ではモデリングディレクターをされていたと伺っていましたが、プレイヤーキャラを自ら手がけていたのですね。

石井:おそらく世界で最も多くの人に見られているCGキャラクターモデルをつくった男ですね(笑)。

櫻木優平監督(以下、櫻木):『Pokémon GO』はリリース間もなく社会現象になり、街中でみんながプレイしている姿を見ると不思議な気持ちになりました。あの規模になると何が起きているのかわからなくなります(笑)。

  • 櫻木優平監督


CGW:TVアニメ『イングレス』の企画開発はどのように進みましたか?

石井:『イングレス』は、まるでゲームの設定が実際にこの世界に存在するかのような膨大な世界観をすでに含んでいるので、それをアニメでどのように表現していくかを考えるところから企画がスタートしました。ハンケさんをはじめ海外の方が求めるレベルは、いわゆる劇場作品級のもの。それをTVシリーズでつくることは容易ではありません。ただ、チーム櫻木のクオリティについては絶大な自信がありました。櫻木は決まるやいなやテストショットを作成し、それを見せたところ、先方からは「まさにこれだ」と、気に入っていただけました。

  • 石井朋彦プロデューサー


CGW:そのテストショットとはどんなものだったのですか?

櫻木:写真を加工した背景にキャラクターを合成したものです。一般的なアニメの場合、色彩設計さんがシーンごとに色のパターンをつくりますが、今回は撮影監督の野村(達哉)さんがコンポジットで背景に合わせて色を決めていくという手法を採っています。背景とのバランスや色馴染みが非常に緻密になされているのが特徴ですね。

CGW:今、挙げられた野村さんを含め、チーム櫻木というのはどんなメンバーで構成されているのですか?

石井:前身となったのは岩井俊二監督の『花とアリス殺人事件』(2015)を制作していたときのチームです(※櫻木氏はCGディレクターを務めた)。さらにその後、スタジオジブリで櫻木が携わった短編アニメーション『毛虫のボロ』(2018)を制作していたときの中核スタッフが今回の『イングレス』にも集まってくれて、クラフタースタジオが出来上がったというかたちです。ですので、ほとんどのメンバーが櫻木のつくり方を知っているし、櫻木も彼らのクリエイティビティに信頼を置いています。

櫻木:今回は大きなプロジェクトだったので、何でもかんでも自分が抱えるというわけにはいかず、お願いできるところはできるかぎり各スタッフにお願いしていきました。

© 「イングレス」製作委員会

CGW:櫻木さんは、監督作品でもアニメーションディレクターやモデラーとして、ご自身も実作業を手がけてきましたよね。それを今回、TVシリーズの監督として、実作業はできるだけ他の人にお願いするというスタイルをとるにあたっては、相応に意識を変化させる必要があったのでは?

櫻木:今作に向かう際に自分のテーマとしてあったのは、全体を俯瞰して見るという立場に徹するということです。これまでは、現場でほとんど全ての工程を自分でみていたのですが、今回は自分の現場作業をもたないようにしました。現場に関してはCGディレクターの古川(厚)さん以下、各セクションのディレクターの方々に、演出・コンテに関してもまずは別のスタッフたちにお願いして、僕はその後の調整や修正に徹しています。僕が自分で手を動かしてアニメーションを付けはじめてしまうと、全体が見えなくなってしまうことが最初からわかっていたので、そこは良い意味でのわりきりが必要でしたね。勇気のある決断ではありました。

石井:アーティストって、やっぱり目の前にあるものをつくりたがるんですよね。だから監督が全てを抱えてしまうとマイナスに働くことが多いのです。これは押井 守監督がおっしゃっていたことですが、「監督というのは、自分で手を下さずに冷静かつ客観的に判断をするものだ」と。まだ若く、自分で手を動かしたい盛りの櫻木が自分でそれに気づいて実行に移したというのはさすがだなと思いました。

© 「イングレス」製作委員会

CGW:櫻木監督の作業としてはプリプロダクションが主でしたか?

櫻木:キャラクターデザインの発注、シナリオ開発協力やその調整、あとは編集や音楽など、大枠の方向性をつくることが主ですね。

石井:その意味では全部をつくっているという言い方もできます。櫻木が画だけにこだわるということなく、要所要所をスタッフにまかせているということですね。

櫻木:まずは、各スタッフたちにお願いして、上がってきたものに対して必要であれば舵を切るとか手を加えるということを行なっていました。まったく意図しないものが上がってくるようなことは極力ないように進めたいとは思っていました。

CGW:お話を聞いていると、かつて庵野秀明監督がインタビューで「監督って、何をする人ですか?」という質問に対し、「OKかNGかを判断する仕事です」と答えていたことを彷彿とさせました。

櫻木:そうですね。実際にShotgunを使って「OK」か「リテイク」のどちらかを選ぶことになります。リテイクだったらどこを直してほしいかをできるだけ具体的に書きます。それを全カットにわたって行なっていったという感じです。そうすることで、全体を俯瞰してみつつ、こだわりたい箇所にこだわることができました。

© 「イングレス」製作委員会

次ページ:
<2>櫻木優平、『イングレス』にカメオ出演!?

[[SplitPage]]

<2>櫻木優平、『イングレス』にカメオ出演!?

CGW:キャラクター原案は本田 雄さんが手がけられています。どのようなオーダーをされましたか?

櫻木:海外の人たちも観る作品なので()、キャラクターは日本のアニメらしさがあるというよりも、海外の俳優さんのようなキャラクターにしたいという意図がありました。お渡しした資料も、海外ドラマの俳優さんの写真でした。それを元に、本田さんがとても良いかたちに仕上げてくださいました。

※:本作の放映枠「+Ultra」は、高品質で世界基準のアニメーション作品を、日本をはじめとした世界にも向けて届けていくことをコンセプトに掲げている


 CGW:キャラクターのなかでも特に目を引くのが、ヒューロン幹部で主人公たちの前に立ちふさがる、劉 天華(CV:鳥海浩輔)です。彼のルックを見て、櫻木監督をモデルにしているのではと思ったのですが?

櫻木:最初はまったく意識せずに、別の俳優さんの写真を渡してお願いしたのですが、本田さんから上がってきたものを観たときに「似てしまった......!」と思いました(笑)

劉 天華(CV:鳥海浩輔)

© 「イングレス」製作委員会


石井:でも、みんなが気づきはじめたのは最近なんですよ。僕も気づかなかったのですけど、夜中に家でチェックしていたら娘が起きてきて画面を見て「あっ、櫻木さんだ!」って(笑)

櫻木:いや、みんな絶対思っているけど言わないんだろうなと感じてましたよ(笑)

石井:じゃあさ、今後の作品でも必ず自分に似たキャラクターがいるようにしていこうよ。ヒッチコックとかスタン・リーみたいにさ(笑)

CGW:(笑)。アニメーションにおいてはどんなところにこだわりましたか?

櫻木:今回は海外の方を含め、高い年齢層に向けた作品なので、自分としてはリアル目の格好良い芝居を心がけました。一般的な日本アニメのケレン味溢れる画づくりだと、海外にはそれに慣れていない方もいますし、キッズ向けのように見えてしまう恐れがあったので。アニメーターたちもそうした意図を的確に理解していたし、こうした作風の作品を実はやりたかったと言ってくれるスタッフも多かったので、モチベーション高く表現をしてもらえと思います。

© 「イングレス」製作委員会

CGW:アニメーションのは完全に手付け(キーフレームアニメーション)ですか?

櫻木:はい。基本3コマ打ちで完全に手付けです。


CGW:レイアウトもロングショットを多用されていたりと、相応にこだわっている印象があります。

櫻木:写真を撮れるところはできるだけ撮ってきて、写真をベースにレイアウトしています。また、レイアウト工程では空間的に広くとることを意識しました。コンセプトアーティストの幸田(和磨)さんにも広めの空間で描いていただき、レイアウトも画面の余白を大きめにとって、余裕のある空間の使い方を意識しました。極端なアップにするというのは、ある意味で逃げやすい手法でもあるんです。この作品は海外の方も観るので、いきなり目がドアップになったりする日本のアニメ独特の表現をしても、日本人は見慣れているかもしれませんが、海外の方はその演出について来られないことも起こり得るので、アップを使うにしても鼻や口もしっかり認識できるように収めるといった見せ方を心がけました。ただ、渋くなりすぎてもつまらないので、行き過ぎないようにというジャッジをする感じですね。コンテが上がってきて、印象が弱かったら盛っていくこともありましたし、行き過ぎていたら削る。そうしたバランス取りを心がけました。

CGW:ドラマづくりについてはいかがですか? 3年前のインタビューでは、「『ちゃんとドラマをつくれるようになりたい』と常々思っています」と、力強い意志を示されていました。

櫻木:ドラマづくりの部分が今回、最も力を入れているところです。ナイアンティックの、ゲーム側のストーリーを考えていらっしゃる脚本チームにも協力していただきました。ハリウッドでもシナリオを書いているような方々です。さらに、石井さんをはじめとしたクラフターのスタッフたちもアイデアを出してくれて、それらを月島総記さんがとても上手にまとめてくれました。プロットから何回もじっくりと時間をかけて練り上げたので、非常に満足のいく仕上がりになっています。

© 「イングレス」製作委員会

CGW:そして石井さんは、音響監督としてもクレジットされています。一般的にプロデューサーが音響監督をされるのは珍しいケースだと思うのですが。

石井:僕は高畑 勲さんや押井さんといった音づくりに強烈にこだわる監督たちと仕事をしてきて、アニメーションにおける音の重要性をこれまでずっと叩き込まれていました。現状のTVアニメづくりの体制だと、音をチェックできるのは、ほとんど当日というような状況になるので、それは避けたかったのです。キャスティングからスケジューリング、そして現場の指示やミックスまで僕が担当するという体制を構築しました。スカイウォーカーサウンドで制作した経験もあるので、今回の制作を通じてそうしたノウハウを櫻木監督に伝えるというねらいもあります。

CGW:キャストへはどのように演出をしていきましたか?

櫻木:基本的なやり方としては、自分が石井さんに演出意図を伝えて、キャスト陣には石井さんから指示していただくというながれでした。

石井:先ほどの高畑さん、押井さんの現場では、音響監督の若林和弘さんからものすごく多くのことを手ほどきしていただいた経験が僕にはあります。若林さんの特徴のひとつに、シナリオを徹底的に読み込んで現場に臨むというやり方があります。その点で言えば、僕はプロットづくりの段階から、もう何百回も読んでいるので、キャラクターについての理解はある。現場では僕がキャストに伝え、櫻木監督には客観的に判断してもらうという方法を採っていました。

櫻木:キャストの皆さんも本当によくキャラクターのことを考えて演じてくれたので、僕としてもとてもやりやすく、楽しくアフレコが進めることができました。

CGW:放送開始前に制作作業はすでに終盤とのこと。初のTVシリーズ監督としてここまでの制作をふり返っていかがですか?

櫻木:3DCGアニメーションによるTVシリーズというのは、自分の中で達成したいテーマのひとつでした。ただ、それをできる機会や場所に巡り合うのは簡単なことではなかったので、今回つくらせていただけたこと、協力してくれた皆さんに感謝しています。無事完成を迎えようとしている中、満を持して世に出せる作品になったと思います。この作品をきっかけにクラフタースタジオが誕生して、実際にひとつのシリーズが走ったことはとても大きな一歩です。さらにブラッシュアップを重ねていきながら今後もつくっていく心づもりです。アニメ『イングレス』のストーリーは、回を重ねるごとにどんどん物語のスケールが大きくなり、急展開していくので、ぜひ最後まで見届けていただけると嬉しいです。

© 「イングレス」製作委員会

info.

  • 『 INGRESS THE ANIMATION 』
    フジテレビ「+Ultra」にて毎週水曜日24:55から放送中
    NETFLIXにて全話配信中
    ほか各局にて放送
    ingressanime.com

    原作:Niantic, Inc.
    監督:櫻木優平
    脚本:月島総記、月島トラ、赤坂 創
    音楽:カワイヒデヒロ
    キャラクター原案:本田 雄
    副監督:入川慶也
    CGディレクター:古川 厚
    美術監督:加藤浩(ととにゃん)、坂上裕文
    美術監督補佐:新井帆海
    コンセプトアーティスト:幸田和磨
    モデリングディレクター:宮岡将志
    アニメーションディレクター:小林 丸
    撮影監督:野村達哉
    アニメーション制作:クラフター
    © 「イングレス」製作委員会