理系・文系の区分をはじめ、専門性が求められる時代。3DCGも同様で、多くのスペシャリストが集って作品がつくられている。こうした中、アートとエンジニアリングの世界を軽やかに往き来しながら、様々な作品制作にかかわってきたのが森川幸人氏だ。テレビ番組『ウゴウゴルーガ』(1992〜1994)等のCG制作を皮切りに、ゲーム『がんばれ森川君2号』(1997)など、話題作を次々に発表。2018年にはゲーム専用AIの会社モリカトロンを共同設立するなど、その活動は意外性に満ちている。

そんな森川氏が12月10日(木)から16日(水)まで、初の個展『墨ねこ』を東京・吉祥寺のリベストギャラリー「創」で開催する。デジタルクリエイターというイメージが強かった森川氏だが、今回挑戦するのはなんと墨絵だ。なぜ墨絵なのか? デジタルアーティストがアナログの世界で個展を行う背景とは? そもそも森川氏にとってアートとエンジニアリングの出会いとは何だったのか?......様々な疑問を投げかけてみた。

INTERVIEW&PHOTO_小野憲史 / Kenji Ono
EDIT_三村ゆにこ / Uniko Mimura(@UNIKO_LITTLE


Information

  • 森川幸人 墨ねこ
    墨絵個展

    日時:12月10日(木)~16日(水)12:00 ~ 19:00(最終日17:00まで)
    会場:リベストギャラリー「創」

ゲームクリエイター、墨絵に挑む

CGWORLD(以下、CGW):初の個展開催ということで、おめでとうございます。Twitterの投稿を見て知りました。

森川幸人氏(以下、森川):ははは、ありがとうございます。

  • 森川幸人/Yukihito Morikawa
    代表取締役 モリカトロンAI研究所所長

CGW:CGWORLD.jpの読者の多くは3DCGアーティストですが、モデリングだけ、VFXだけといった具合にスペシャリストが多く、上司やクライアントからの依頼で制作している方が多数です。オリジナル作品を描いて、実際に個展を開いた経験のある読者はほとんどいないのではないでしょうか? そのあたりに興味があって、今回お話を伺えたらと。

森川:いやもう、まったく別の世界ですよ。

CGW:ゲーム業界では著名なクリエイターでいらっしゃいますが、改めて自己紹介をお願いできますか?

森川:1959年生まれで岐阜県出身です。筑波大学の芸術専門学群を卒業しました。油絵で入学しましたが途中で嫌になって、3年次からエディトリアルデザインに転向したのですが、2年ほど留年しちゃって。そのまま就職活動もせずブラブラしていました。20代の頃はずっと映画を観ていて、一度も就職することなくこの年になってしまいました。

話を戻すと27~8歳の頃かな。民放の地上波で次第にCGが使われるようになったんですよ。最初は深夜枠の番組からでした。もっとも、NHKが番組制作で使うような高価なCGは使えずAmigaで制作されたCGでした。そのながれで、今はポケモンの代表取締役社長になられた石原恒和さんに、フジテレビの方を紹介してもらいました。大学の2年先輩で一緒によく遊んでいたんですよ。そこで『アインシュタイン』や『ウゴウゴルーガ』といった番組でCGを制作するようになりました。

そうこうするうちに、ソニー・コンピュータエンタテインメント(現:ソニー・インタラクティブエンタテインメント)がPlayStationをつくることになり、声がかかりました。「ゲームをつくれますか?」と聞かれたので、それまでゲームをつくったこともないしゲームであまり遊ばないし、たいして関心もなかったのですが、「つくれます」と答え、PlayStationの起ち上げと共にゲーム開発をはじめました。

そこで、さて何をつくろうとなったとき、「AI」という言葉をふと耳にしたことがあり、AIを本格的に使ったゲームをつくろうとなりました。最初は『全自動マリオをつくる』と言っていましたが当然ダメで。AIがパズルを全自動でつくって、自分で解いてくれるといったゲームの企画が通りました。

CGW:『がんばれ森川君2号』(ソニー・コンピュータエンタテインメント)や『アストロノーカ』(1998/エニックス)ですね。

▲森川氏が企画したAIを使ったゲーム『がんばれ森川君2号』(左)と『アストロノーカ』(右)

森川:そうそう。ただ、最初の半年間はずっとAIの勉強をしていましたね。当時は今のようにAIの技術書があまりなかったし、エンターテインメントにAIを使うという発想も皆無に等しくて。それでもプログラマーに説明しなければゲームが開発できないから、ひとりで勉強していました。そのあたりのことは書籍『マッチ箱の脳:使える人工知能のお話』にまとめています。

CGW:懐かしいですね。これを読んで勉強したゲームプログラマーも多かったと思います。

森川:その後、iPhoneが登場してアプリ開発を手がけるようになりました。家庭用ゲームの時代は、企画をパブリッシャーにプレゼンして厳しい企画審査を通過し、そこからゲームをつくり始めるといったながれでした。企画を通すだけで、けっこうへとへとになるんですよ。特に俺が考えるような突飛な企画は、なかなか通してもらえなくて。それが、iPhoneだったらアプリを自分たちで開発して自分たちでリリースできると聞いて「それは凄いな」と。そこからiPhone、Android、とスマホアプリを開発するようになりました。

CGW:今ではゲームAIの人というイメージが強いですね。

森川:実際、アプリをつくっていた頃はAIからしばらく離れていました。それが2016年ごろから、急にAIについて聞かれる機会が増えたんですよね。理由を聞いたら、どうもディープラーニングというとんでもないアルゴリズムが生まれて、第3次AIブームが起こりそうだと。それで自分自身もAIについて勉強し直しました。

その一方、そんなふうに問い合わせをしてくる人ってほとんどゲーム業界の人で。そろそろゲーム業界でも、AIについて本格的に興味をもってもらえるようになったのかなと思って。それがゲームAIの研究開発を専門に行うモリカトロンの設立につながりました。

森川:こうやって自分の半生をふり返ると、そこにイラストという文字がないんですよ。いわんや墨絵なんてまったく登場しなくて。実際、筆を触ったのは小学校以来です。

何が起きても受け入れるしかないのが墨絵の面白さ

CGW:個展を開催するきっかけがあったのですか?

森川:3年前に漫画家のいしかわじゅんさんが、「いしかわじゅんと猫ともだち ネコトモ(以下、ネコトモ)」という展覧会を始められました。猫好きの漫画家やイラストレーター10名ほどが合同で出展するもので、そのとき声をかけてもらったんです。絵を描いて展覧会に出すという経験はありませんでしたが、例によって「やります」と(笑)。なぜ墨絵にしたのかはよく覚えていませんが、デジタルはなんだかつまんないなと思って。デジタルから遠く離れた画材ということで、墨絵が良いだろうと。

それが3年続いたんですよね。毎年2月に行われるんですよ。そこで今年の展示が終わったあたりで、「個展をやりませんか」とギャラリーから声がかかったので例によって「やります」と。

CGW:ギャラリーから声をかけられたのは理由があったんですか?

森川:いしかわさんからギャラリーに推薦いただいきました。売れるよう頑張らねば。

CGW:ああ、なるほど。ギャラリーで展示会をするということは、作品をその場で販売するということなんですね。

森川:そうなんですよね。でも当時はそういうことも知らず、描いた絵をほとんど売ってしまい寂しいかぎりです。ギャラリー代を払わなくて済むかわりに、作品を販売して、ギャラリーが手数料を徴収するシステムです。

CGW:墨を扱うのは小学校以来とのことですが、なぜ画材として選ばれたのですか? アナログということであれば、水彩画でも良かったわけじゃないですか。

森川:墨絵だと色を選ばなくて良いからですね。水彩だといっぱい色があるじゃないですか。

CGW:まあ、そうですけどね(笑)。それまで水墨画の展覧会に行かれたことはありましたか?

森川:全然ない。墨を磨(す)るのも小学校以来だし。一体どこまで磨れば良いんだっけ、みたいな。そういうレベルです。筆もわざわざ新調して。

CGW:やってみていかがですか? 墨絵って面白いですか?

森川:面白いですね。当然ですが、何が起きても受け入れるしかないんですよ。ボタッと墨が落ちて紙ににじんだら、もう仕方がない。Undo(やり直し)が効きませんから。でも、面白いもので左腕が反射的に、ビクッと動いてしまうんですよね。

CGW:習慣って恐ろしいですね。

森川:そんな風にして染みができたら、新しく描き直すかその染みを起点に何か別の絵として広がっていくか。でも、ある程度描き進んだら、精神的に辛いので「やり直す」という選択肢がなくなるわけです。起きたことを全て受け入れるしかないという特性が、自分の性分として合っていました。

実際、ゲームをつくっているときでもそうじゃないですか。途中でたくさんアクシデントが起きたり、思うようにならないことってありますよね。そんなとき、正面から立ち向かう人もいるけど、俺は不具合や障害を受け入れて遊びや何か別のことに転用する方が好きなんです。そういった考え方ができる人には、墨絵は合っているんじゃないかな。

CGW:そういった考え方は、墨絵を描かれる人にとってメジャーなものなのでしょうか?

森川:さあ、どうでしょうね。実際、他の人がどうやって描いているかも知りませんでした。それこそ薄墨と濃墨のどちらから描くのか、そのレベルから知らなかったほどです。水彩画は薄いところから色を載せていき、だんだん濃い色にしていきますが、墨絵はどっちだろうと。

CGW:本当はどちらなんですか?

森川:技法にもよりますが、一般的に濃い方からみたいです。今春にコロナ禍で引きこもってる間、ずっとYouTubeを見て勉強したんですよ。最初からそうすれば良かったんだけどね。

CGW:水彩画と反対なんですね。

森川:あと、習字用の下敷きって黒いフェルトじゃないですか。自分も最初は和紙の下に黒い下敷きを敷いていたんですよ。そうしたら、薄墨で描いただけでも真っ黒に見えるんですよね。どこまで描いたかすぐにわからなくなって。たしか、ここらへんに猫を描いたから、このあたりはちょっと避けて......といった感じで描いていました。

本当に、なぜ墨絵を描く人はこんな器用なことができるんだろうと不思議でしたね。実は墨絵用に白い下敷きがあることを、去年はじめて知ったんですよ。なんだよ、もっと早く教えてくれよって。常識だったみたいですね。もう、そういうレベルですよ。

CGW:猫のモチーフが多い理由はなぜですか?

森川:猫を飼ってるし猫が好きだし。「ネコトモ」の作品でいえば、猫が入ることは必須でした。ただ、今回の個展では何を描いても良いので幅を広げています。

CGW:作品数はどれくらい出展されるのですか?

森川:ギャラリーが広いので、少なくても30点、できれば40点ほど必要ですね。

CGW:期間中にどんどん作品が販売されていくわけですよね。展示期間の終盤に行くと、展示物がなくなってるかもしれないですね。

森川:大作は展示会が終了してから送られるので鑑賞できますが、小さい作品はそうですね。小さい絵から売れていくので、もしご興味があれば早めに来場していただけると良いかもしれません。

CGW:大作だと、どれくらいのサイズのものがありますか?

森川:額まで入れて900mm ✕ 600mmくらいのものが一番大きいですね。

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とりあえず描いてみて、対話しながら進めていく

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とりあえず描いてみて、対話しながら進めていく

CGW:そういった大作に、誤って墨汁が垂れたりすると、わーっ! となりますね。

森川:そうですね。だからこそその染みをどう活用していくかですが、これは自分の描き方が特殊だからかもしれません。最初に何を描くか決めずに描きはじめるんですよ。何となく、「このあたりにこういうものを描きたいなあ」というイメージはあって。紙の右下にこれくらいの大きさで猫を描こうとか。

ただ、それを描いてしまったら、後はその猫と対話しながら残りを描いていきます。何をしているのって問いかけて。釣りをしていると答えたら釣り竿を描き足して。何も答えがなければ、そのまま完成にしちゃう。そんな風に描きながら変わっていくんです。ただ、もうあと2週間くらいしかないんだけど、まだ5点しか完成していなくて。

CGW:それは......大変ですね。

森川:しかも墨絵って、そのままでは紙がしわしわなので、完成しても額に入れられないんですよ。厚紙で裏打ちしてから額装してもらうので、開催日前日に徹夜で仕上げてそのままギャラリーに持ち込むということができなくて。業者さんと作品をやりとりしているうちに、作品がなくなったこともあります。

CGW:ええっ? それはどうしてですか?

森川:わからない。どこかで紛失してしまったのか......。

CGW:なんともいえない話ですね。

森川:この雑に扱っている感じが良いでしょう? ちなみに、さっきから探している作品があるんですが、見つからなくて......まさか、また紛失してしまったんじゃないかなあ。今回の展覧会のポスターに使った1枚なんですが......ああ、あったあった。

CGW:いやあ、良かったです。猫とネズミが並んでいますね。どういった思いで描かれたのですか? 

森川:最初に猫を描いたのですが、実はただ描いただけではなく別の紙に描いた猫を切り貼りしています。和紙って洋紙と比べて繊維が粗いので、割とくっつきやすいんですよ。それがまた味になるんですね。だからこそ、全体の構図はあまり決めずに、「この猫を描きたい」、「こういう木を描きたい」とパーツとして描いて、後でコラージュするといったことを今回は意識的にやっています。

こういう手法は墨絵の世界だと珍しいみたいですね。きっと反則技なんでしょうけど、俺は別に墨絵の世界で生きていこうと思ってないので、反則も何もなくて。ほら、この辺とか良い感じの紙の混ざり具合で、もうほとんどわかんないでしょ。

CGW:特定のモチーフはあるのですか?

森川:特にありませんが、結果的に「ネコトモ」の最初の年は、玉をもって橋を渡る猫の絵が多かったんですよ。そうしたら、みんなに「弔いですか?」と聞かれました。実はその年に飼っている猫が1匹亡くなったんですよね。自分ではそんな意識はなかったんだけど、ああ、そうか。そういう意味だったのかと思いました。そういう気持ちが無意識にあったのかなと。

同じように、去年は猫が鳥に乗っている絵をたくさん描いたんです。そのときも、「猫を自由に歩かせたい」という願望なんですかと聞かれました。というのも、現在飼っている猫は下半身に障害があって、足を引きずって歩くんですよ。ああそうか。そういうことなのかなって。まったく自覚がないんですけどね。

CGW:そういった思いが無意識に出てしまうんですね。

森川:2年連続でそんな感じで聞かれたたので、今年はどうなんだろうと改めて確認してみたら、並んでいるキャラクターが割と多いんですよね。手を繋いでいるとか。たぶん新型コロナの影響なんじゃないかと思うんです。実際、街中で手を繋いでいるカップルが多くなったと思いませんか? 

CGW:言われてみれば、そうかもしれません。

森川:事前に何かコンセプトを決めて描くようなことはしないんですけどね。後付けで「そういうことなのかな」と。

CGW:禅問答というか自分との対話というか。描いているうちに、だんだん無意識にあるものが絵として出てくるというのは、面白いですね。

森川:きっと何かあるんでしょうね。サイズもレイアウトもまったくムチャクチャで、構図を考えずに描きだして。1枚の絵に別の絵を描いたり、切り貼りしたりして仕上げていくので完全に無計画です。あと30枚ほど仕上げないといけないんだけど、どうするんだろう(笑)。

科学少年が長じて高エネルギー物理を研究するはずだった

CGW:そもそも森川さんとアートとの出会いはどういったものだったのですか?

森川:特にないんですよ。高校3年生まで物理の世界に行くつもりで、志望校も決めてたんですよね。当時、名古屋大学の素粒子物理がすごく先進的で、高エネルギー物理という分野が好きだったのではっきり針路が見えていました。

それが、あるとき『スペシャリストの時代』みたいな新聞のコラムを読んで、変に感化されてしまいました。「これからは大人が敷いたレールの上を若者が歩く時代じゃない」みたいな内容で。自分のやりたいことや、特技を活かす道に進むべきだという。まったくその通りだと思ったんですよね。別にレールが敷かれているわけでもなかったんだけどね。

CGW:理系志望だったのですか?

森川:子供の頃から科学少年でね。世代的な影響も多分にありました。アポロが月面着陸したり、大阪万博で月の石が展示されたり。テレビでは『鉄腕アトム』や『鉄人28号』の全盛期で。『スター・トレック』も好きで、そういう中で育ったので自然と感化されていました。

CGW:それが「大人が敷いたレール」に見えたわけですね。しかしなぜアートの道に?

森川:大学受験を白紙に戻したとしても、他にやりたいことがあるわけでもなくて。そんなとき、小学生の頃に風景画を描いて県で賞をもらったことがあったのを思い出して「これだ」と思ったんですよね。さほど絵に興味があったわけでもないんですが、周囲から褒められた経験がそれしかなくて。それで芸術系に行こうと進路を変え、筑波大学を受験していました。

CGW:他の大学は考えなかったのですか?

森川:家庭の事情で国公立以外は最初から範疇になくて。東京藝大はいくら何でも無理だと先生に止められました。それで、他にないかと探したら、金沢美術工芸大学と筑波大学があって、筑波大学は新しく芸術専門学群が設立されたばかりで、現代アートが学べるので何となく良さそうだぞと。で、アートだったら油絵だろうと。それくらいの理由です。

CGW:それで現役合格してしまうのだからすごいですね。デッサンの試験などはありませんでしたか?

森川:デッサンは受験まで2枚しか描いたことがありませんでした。どこか学校に通っていたわけでもないし、美術部に入っていたわけでもないので当然ですよね。当時『アトリエ』という美大受験生に向けた本があって、そこに「デッサンの描き方」みたいな記事が載っていたので、それを参考にして描きました。筑波大学の受験で描いたのが人生で3枚目のデッサンで、金沢美術工芸大学が4枚目でした。

CGW:金沢美術工芸大学は老舗ですよね。筑波大学を選ばれたのは理由が?

森川:地理感覚がわからなかったため、東京の大学だと勘違いしたんです。どうせ親元を離れるなら東京が良いなと。全然東京じゃないんですよね。でも、入学してすぐに後悔したんですよ。こんなに乾かない絵の具で絵を描いてどうするんだって。絵の具が乾くのを待つのが耐えられませんでした。また、テレピン油が臭くて教室中にそのにおいが充満しているのが嫌で。それで、3年生に上がるときにデザインコースに移籍しました。

CGW:1980年代の前半ですよね。バブルに向かう時期で、デザインに社会的な注目が当たっていました。セゾングループの全盛期で、渋谷パルコなどが光っていて。

森川:本当にそうなんですよね。糸井重里さんとかが出てきて。

CGW:そこに色んな人が吸い寄せられていったんですね。

森川:後にポケモンで有名になる石原さんは2つ上なんですね。芸術専門学群の中でも総合造形領域に籍を置かれていて、そこが自分の専門領域に馴染まない人たちの溜まり場みたいになっていました。2つ下にメディアアーティストの岩井俊雄さんがいて、1つ上に写真家の畠山直哉さんがいました。自分もたむろしていた1人でした。

CGW:コンピュータとの出会いも石原さんから紹介を受けたと聞きました。

森川:そうですね。コンピュータについてまったく知らなくて、大学では一応FORTRANを習ったのですが、半年かけてカレンダーをつくって。

CGW:自分は総合大学の文系学部で1994年卒業でしたが、ギリギリ学部1年生のときに情報処理の授業でFORTRANをやりました。パンチカードを手渡されて、穴を開けるかわりにマークシートを塗りつぶしてコードを書いた最後の世代です。

森川:まさにそんな世界でしたね。モニタに映る、数字だけのカレンダーをつくりました。半年かけて、完成したのがこれで。コンピュータってこんなものかと興味を失いました。すでにPC-9801シリーズもありましたが8色しか色が出なくて。

▲Amiga500(Wikipediaより)© Bill Bertram 2006, CC-BY-2.5

そんな頃、石原さんに教えてもらったのがAmigaです。色数は32色しか出せませんでしたが、アニメーションがFlash並みに簡単につくれて、テレビ番組の素材としてギリギリ耐えられる画が出せて。そこからCGを始めました。

CGW:アートとエンジニアリングの融合ですね。

森川:理系的な素養がベースにあったのかもしれないけれど、それまでCGに興味はなかったのですが、Amigaに出会って変わりましたね。Deluxe Paintというツールを使って、様々なアニメーションをつくりました。あんなに使い倒したマシンはないですね。Amiga 1000、500、3000、4000......ハードもどんどん買い換えていきましたし、まだ家にありますよ。

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アナログとデジタルは往き来した方が良い

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アナログとデジタルは往き来した方が良い

CGW:一方でイラストはいかがですか? テレビ番組のCG素材をつくられゲームをつくられ、AIでゲーム開発の支援をされている過程で、様々な場所でイラストを描かれていますよね。書籍『マッチ箱の脳: 使える人工知能のお話』の表紙や文中イラストなど、絵を描くのはお好きなんですか?

森川:好きじゃないですね。本当に描かないんですよ。毎年2月にある「ネコトモ」に合わせて、年が明けてから1ヶ月半だけ集中して描くんですよ。残りの10ヶ月くらいは描かないんです。

CGW:では森川さんにとって絵を描くというのは、どういう位置にあたるんでしょうか? 「ネコトモ」も3年続けられているわけですが、何か楽しさがありましたか?

森川:もし、いしかわじゅんに誘われなかったら、「ネコトモ」は参加しなかったし、イラストを描いて展示するようなこともなかったでしょうね。それこそプレゼン用のスライド向けに描いたかもしれませんが、それ以外に自主的に創作的な絵を描く習慣はないし、興味もないし。描いているときは楽しいのですが長続きしなくて。

CGW:石原さんといい、いしかわさんといい、ご縁ですね。

森川:そのときにあまり慎重に考えない方が良いですね。自分のスキルと照らし合わせてとかそういうことではなく、少しでも食指が動いたらやったことがなくても「やります」「やれます」と言ったほうが良い。そこで何かしら展開が起こりますから。まあ、それでトラブルも多いんだけど。

CGW:今後、森川さんが取り組まれたいことはどういったことですか?

森川:ものすごく真面目に答えると、ゲーム業界におけるAIの研究開発について後継者を育てたいですね。自分の後継者という意味ではなくて、AIのプランナーやエンジニアをエンタメの世界で育てていかないと。せっかく世の中がそういう話を聞いてくれる時代になったので。

実際、家庭用ゲームをつくっていた頃は大変だったんですよ。AIを使ってゲーム開発したくても、偉い人がなかなかハンコを押してくれなくて。ロビー活動みたいなことがとても大変でした。若い世代の人たちには、なるべく無駄な苦労をさせたくなくて。そのための環境づくりですね。

CGW:当時はよく「それでゲームになるの?」と言われましたよね。

森川:そうそう。AIって言葉は知っているけど、具体的にAIでどうなるのかわからなくて。つくってみないとわからないけど、お金を出してくれないとつくれないという。プロトタイプという概念も当時はなかったので。

CGW:教える側の問題もありますよね。いわゆるAI全体ではなくて、ゲームAIという狭い括りで考えたとき、それを学生に教えられる学校や教員があまりないという。そのため大手ゲーム会社の研究開発チームでは、広くAI全般を研究している大学の研究室で、エンタメに興味がある学生に個別アプローチをするような採用活動をしていると聞きます。

森川:そうですね。ただ、エンタメで活躍するAI人材は足りていません。

CGW:AI自体は、自動車、金融・証券、音声認識、画像解析など、堅い分野で応用が進んでいます。エンタメに進むよりも高給取りですし、食いっぱぐれがないイメージがあるようですね。その一方でゲームAIは、まだフワッとしているというか。まだまだそんな状況なんだと改めて感じます。

森川:まずはそこからですよね。ちゃんとゲーム業界でAIを商売として成立させるために。モリカトロンはそのために設立したと言っても過言ではないですね。「ちゃんと企業としてやっていけます」とか「ちゃんとこれで食べていけます」だとか。その中でこういう楽しい仕事ができますよ、と。そこの第一歩を築き上げるところからですね。

CGW:それとは別に、1.5ヶ月だけ墨絵アーティストになると。

森川:もう結構嫌になっていますけどね。ずっと描いているので。どうするのよ、この先みたいな。

CGW:CGWORLD.jpの読者にとって、墨絵のようなアナログの分野や個展の開催などはあまり縁がないのかなと思います。何かメッセージをいただけますか?

森川:アナログとデジタルの世界を往き来した方が良いですよ。どちらか片方だけだと脳の半分しか使ってないので、もったいない感じがしますね。文系・理系といった区分けもそうだけど。

例えばだけど、筆はヒジで描くんですよね。まっすぐに筆で線を引くときって、半身を前に出して体を後ろに動かしながら、最後にヒジを後ろに抜くでしょう? そういう身体性はCGだけではできないんですよ。

そんなふうに、普段はデジタルでもたまにアナログをやって、身体とのリンクをつくっておくと良いんじゃないですかね。最終的にどちらに進むとしても、大事なトレーニングになると思います。

CGW:ぜひ3DCGアーティスト向けに墨絵ワークショップを開いてください。

森川:いやいや、基礎的な技術がまったくないから。この道で何十年も真面目にやってきた方から怒られるんじゃないかなあ。墨汁を使うだけでも「何やってんだ!」って(笑)。

  • 森川幸人 墨ねこ
    墨絵個展

    日時:12月10日(木)~16日(水)/12:00 ~ 19:00(最終日17:00まで)
    会場:リベストギャラリー「創」