楽しく易しく、的確な指導が人気のアニメーション連載「エイド宿題」が3周年を迎えた。本稿では、同連載の著者で、Sony Pictures Imageworksでアニメーター・レイアウトアーティストとして活躍している若杉 遼氏にインタビューした内容をお届けする。単身でサンフランシスコに渡り、数々のハリウッド作品に携わって10年。今もなお学びの姿勢を失わず、手探りながらも新たな可能性に挑む若杉氏の言葉に心が救われるようであった。悩める全てのデジタルアーティストに、一握りの勇気と元気を!



INTERVIEW&構成&EDIT_三村ゆにこ / Uniko Mimura(@UNIKO_LITTLE





自分に「可能性の選択肢」を与える

CGWORLD(以下、CGW):今日はどうぞよろしくお願いします。若杉さんが講師を務められるオンラインスクール「アニメーションエイド」による連載「エイド宿題」が3周年を迎えました。ここで一度、若杉さんのご経歴を改めてお聞かせいただけますか?

若杉 遼氏(以下、若杉):日本の大学で4年間勉強した後、2010年にサンフランシスコのAcademy of Art Universityに留学しました。卒業後にピクサーでインターンシップをしてから、現在働いているSony Pictures Imageworks(以下、SPI)からオファーをもらい、それ以来ずっと同じ会社で仕事をしています。Sony Pictures Imageworksにはもう5年ほどいるのですが、こっちだと転職する人が多いので、海外で働いているアーティストにしては5年同じ会社にいるって長いんですよ。

CGW:いわゆる「正社員」という雇用形態なのでしょうか?

若杉:実はそういうわけでもなくて。一般的な契約ではプロジェクト単位だったり、「何年何月何日まで」という期限が決まったものが多いのですが、僕の場合は「Indefinite(無期限)」という契約をしています。実は自分でもよく理解できていないところがあって(笑)。ただ、会社にいても携わるプロジェクトや仕事がなかったらお給料も入ってこないので、無期限だからといってポジションが安泰と思っているわけではありません。

CGW:海外生活はもう10年以上になりますね。若杉さんのブログ「わかすぎものがたり」で「昔から海外志向で...」と書かれていましたが、いつ頃から海外に憧れていたのですか?

若杉:父親が映画好きでよく映画に連れて行ってもらったのですが、小学5年生の夏に、会社の試写会で父親が映画『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』(1999)を観に行って、パンフレットを家に持って帰ってきたんですよ。「夏休みの終わりに映画館に連れて行ってあげるよ」みたいな約束をしてくれて、「これはすごく面白そうな映画だな」と夏休み中ずっとそのパンフレットを観て過ごしていて(笑)。それで待ちに待った夏休み終盤に映画館で作品を観て、映像に圧倒されてしまったんですよね。またその頃から、ハリウッド作品のエンドクレジットで日本人の名前を探すようになっていて、将来はエンドクレジットに名前が載るような仕事をしたいと思うようになったんですよ。ハリウッド映画を通して見る海外の生活もとても楽しそうで、「映画」と「海外生活」の2つに対して憧れを抱くようになりました。

CGW:実際、海外に出ることが現実的になってきたのはいつ頃でしたか?

若杉:高校3年生の頃に「大学から海外に留学したい」と両親に伝えたのですが、映画の勉強はしたいけれど「何がしたい」という具体的なものはなかったんですよね。それで「いきなり海外に行くのではなく、日本の大学に行ってやりたいことを見つけて、卒業してから海外に行ったらどうか」と言われたんですよ。ということで、まずは日本の大学に行くことにしました。恐らく、そのうち諦めると思ったんじゃないでしょうか。でも、僕は大学で勉強していても「卒業したら海外に行きたい」とずっと思っていました。

▲日本で大学を卒業後に渡米。Academy of Art Universityのアニメーションクラス「Pixar Class」で勉強していた当時

CGW:やりたいことを胸に秘めつつ、大学4年間を過ごすのはもどかしくなかったですか?

若杉:むしろ、両親が日本の大学へ進学することを薦めてくれて、本当に良かったと思っています。 大学では「メディア学部」というPCを扱う学部で比較的CGに近いところもあり、ディズニーランドでバイトをしながら過ごしていました。そんなとき、『スター・ウォーズ』の特典映像に収録されていたメイキング映像を観たんですよ。その映像に本当に一瞬だけMayaの画面が見えたんですね。それで、偶然にもMayaを使ってるクラスメイトがいたので、「もしかして、これが使えるようになったら海外で仕事ができるんじゃないか」と思い、Mayaを独学で勉強するようになりました。

CGW:人生を決めた貴重な一瞬ですね。ディズニーランドでバイトをされていたのは、ディズニー作品がお好きだったからですか?

若杉:ディズニーランドはアミューズメントパークとしては今でも好きなんですが、実は大学生になるまで、ディズニー作品だけでなく日本のアニメすらろくに観たことがなくて、ディズニー作品にも興味がなかったんですよ。ディズニーランドでバイトした影響もあって「アニメーションって面白いな」と思うようになり、方向転換したんです。そんな感じで少しずつ「映画を作りたい」という漠然としたイメージから「CGアニメーターとしてアニメーションの仕事に携わりたい」という具体的な形に固まっていき、最終的には「ピクサーに行きたい」と思えるまでになっていました。

▲ピクサーでのインターンの時代。(上)ピクサーのスタジオのキャンパス内/(下)最終日に開催されたBBQ

CGW:現在、お仕事をされつつアニメーションエイドで講師を務められ、さらに「エイド宿題」の連載をされるなどとても活躍されていますね。そういう私は、現在「エイド宿題」の編集を担当させていただいているわけですが、とても平易な言葉でわかりやすく的確に指導をされているなと、編集しながら唸っています(笑)。持って生まれたセンスだけでアニメーションをされているのではなく、かなりしっかりとしたロジックに従って教えられているなと感じるのですが、いかがですか?

若杉:性格的にもいろいろと気になって調べちゃうタイプなんですよ。良い言い方をすれば論理的なんですが、良い面と悪い面があると思います。ただ、いわゆる「超天才型」のアーティストが僕の周りにもいて、質問すれば「こうすればできるよ」と教えてくれるのですが、そういう人たちは悩まずにできてしまっているので、「どうしたらそれができるのか」を自分でも良くわかっていなかったり、言語化できていなかったりするんですよ。でもそれで仕事ができてしまうんだからまったく問題ないわけです。

しかし僕は、完全に「そうではないタイプ」なんですよね。僕には才能がないんですよ。こう言うと謙遜しているかのように思われがちですが、「才能があるかないか」は自分の体感でわかるんです。単に経験と視野が狭いだけかもしれませんが、過去をふり返ってみても、自分に才能がないことに気がつく出来事がいくつかあったし、今でもあります。というのも、今になってもまだ著名なアーティストの講座を受講してレクチャーを受けていたりするのですが、「超天才型アーティスト」の話を聞くたびに、どこか辻褄が合わないというか......、僕が核心となる質問をしても返ってくるのが「才能に関する答え」だったりするんですよ。別に彼らの教え方が悪いと言っているわけではなく。

CGW: わかります。「どうやって」ではなく「どうして?」を知りたい場面で、そういった回答が多いかもしれません。

若杉: そうなんです。「どうしてそうしたの? Bのパターンはどうしてちがうの?」と質問すると、彼らは「だってAの方が良いじゃん」と答えるわけです。それはもう才能の領域じゃないですか。だから自分が教える立場なのであれば、そういう教え方では納得してもらえないということを誰よりも実感しているので、逆に参考になるなと。

僕は自分に才能がないことをコンプレックスに思っているところがあって、ずっとそういう感覚でアニメーションの勉強をしてきたので、「上手くいかないパターン」や「壁にぶつかるパターン」をひととおり通ってきていると思います。それでもまだ高いクオリティに達していませんが、少なくとも「とてもあがいている」ことだけは自信があります。だからアニメーションエイドでも「僕がこれまでに見たことのないパターン」がないんです。もし自分に才能があったら、つまずいている人の気持ちも質問の意味もわからなかったと思います。

CGW:必死にあがいて解決策を見つけ出してきた人にしか伝えられないことですね。

CGW:そもそも、若杉さんがアニメーションエイドで講師をされるようになったきっかけは、どのようなものだったんですか?

若杉: もともと、「自分がどの程度アニメーションを教えることができるのか」を知りたくて、週末にボランティアで学生にアニメーションを教えていたんですよ。もし説明ができなければもっと勉強が必要なわけで、自分を知るきっかけになるんじゃないかと。それでそういった活動を1人でやっていたら、当時SPIで一緒に働いていた藤原(淳雄)さんが「オンラインスクールを始める」と言い出して。最初はお手伝い程度で参加していたのですが、しばらくして本格的に講師として参加することになりました。

CGW:アニメーションエイドには様々な講師によるレッスンがありますが、講師陣はどういった方々なんですか?

若杉: 僕らにとって、アニメーションエイドで教えることは仕事ではないので「僕たちが楽しくなければやる意味がない」んですね。クラスを受けてくれた人がすごく成長するとか海外に出てくるとか、教えている僕たち自身が誰よりも楽しんでいるんですよ。だから講師も、僕たち自身が「この人の話を聞いてみたい」とか「教えてもらいたい」と思える人にお願いしています。

これがもし本業であれば、利益や集客をもっと真剣に考えないといけませんよね。仕事であれば当然考えるべきことですが、僕たちの根底にはポジティブな意味で「やってもやらなくても良い」という前提があるので、生徒さんからも「仕事にしたら楽しそう」、「アニメーターになりたいとさらに思えるようになりました」と言ってもらえるなど、5年目の今でもレッスンのある週末が楽しみで仕方がない状態です。

CGW:理想的な学びの循環ですね! この5年間、教えることを通して若杉さん自身が気付いたことも沢山あったのではないですか?

若杉:そうですね、アニメーションエイドで教え始めた当初は、「教えてあげる」という認識で教えていたように思います。もちろん、講師として知識を共有したりフィードバックしたりというのは現在も変わりませんが、「講師と生徒」と言う上下関係があまり楽しくないと思うようになりました。講師も生徒もなく、フラットな関係で「 一緒に良いものを作っていこう」と言う感覚です。加えて、クリエイティブな仕事をしているとメンタル面でも大変だったりするので、ひとりひとりの才能を極限まで引き出せるよう、「いかに良いところを見つけるか」という点にかなり力を入れるようになりました。

CGW:「メンタル面でも大変」というあたりをもう少し詳しくお聞かせいただけますか?

若杉:アニメーションってある程度の練習は必要ですが、ただ手を動かしていれば上手くなると言うわけではないんですよ。僕自身メンタルがすごく弱いタイプなんですが、とても繊細な人に向いている仕事なので「何気ない一言」で5年間くらいがんばれたりするんです。周りを見わたしても、そういった一言が自信に繋がって才能が発揮されることが多々あると感じています。

▲アカデミー賞を受賞した映画『スパイダーマン:スパイダーバース』(2018)の日本人アニメーターの仲間&オスカー像

CGW: 生徒ひとりひとりの良いところを見出して伸ばしていくために、どのようなことを意識されていますか?

若杉:授業中のリアクションからコミュニケーションを取っているときの反応まで「その人のことをめちゃくちゃしっかりと見ること」です。「褒めるのが良い」という話をよく聞きますし僕自身も褒めるタイプではありますが、ダメなところを指摘せずに嘘をついて「良いね」と言うのはちがいますよね。「良いと思うところを見つけること」に重きを置いた上で「よく見る」ということです。

良くも悪くも、日本の教育は「苦手を克服する」、「ダメなところを伸ばして平均点を目指す」といったスタイルが主流ですよね。そういうのもある程度は必要だと思いますが、あまりにもそれに慣れすぎてしまったせいで、みんな自分の良いところを見るのが下手なんです。昔の自分にも思い当たるふしがあって、「これダメ、直して」みたいな感じでした。そうではなく、改善の余地のあるところは「こうしたらどう?」と提案して見せてあげるんです。「コミュニケーションはキャッチボール」と言われるように、「自分が投げたボールを相手がちゃんと受け取ったことを確認する」までが発信者としての責任だと思うんですよね。それはブログも連載も同じで、記事として発信するだけではなく、読んでくれた人がちゃんと咀嚼できたかを確認するところまでが僕の責任で、そういうのはとてもインタラクティブなものなので、この点は常に気を付けるようにしています。

▲若杉氏のペイントオーバーによる指導。アニメーション連載『エイド宿題/お題その34:「回避」』より

CGW:この2年で世界は大きく変化してきましたが、若杉さんの目から見て、日本のCG・映像・アニメーション業界やデジタルアーティストとしての労働環境はどのように映っていますか?

若杉:大したことは言えませんし、あくまでも自分の経験に基づいた話になりますが、海外で働くのが楽しいということだけではなく、海外で生活することで視野が広くなったように感じます。特に、英語を身につけたことは大きくて、この先たとえ英語圏ではない国に行くことになったとしても、恐れずに挑戦できるんじゃないかと思います。選択肢が増えることで心の余裕が生まれるんですよね。

日本のアニメーション制作の現場を見て残念に思うのは、「アニメーションの仕事自体は楽しいけど、労働環境によって嫌いになってしまう」ということです。「アニメの仕事が好き」ということと「仕事が大変」ということは比例しないまったく別の話で、俗に言う「やりがい搾取」のようなことは本当に良くないと思っています。日本の労働環境の良し悪しだけではなく「日本の働き方が合わない」、「海外で働く方が性に合っている」といった個人的な理由もあるので、日本の企業だけを例に挙げて批判するのは良くありませんが、そういったつらい局面で「海外で働く」という選択肢がなかったら、アニメの仕事を辞めるという道を選ばざるを得ないかもしれません。

ただ、1個人や1アーティストが業界を変えるのは至難の業なので、基本的には逃げるのが良いのではないかと思っています。僕自身も上からの理不尽には絶えられないタイプなので(笑)、恐らく日本で仕事をするのは難しかったんじゃないかなと。自分のそういう性格が無意識にでもわかっていたから海外に出たのかもしれません。いずれにしても、「日本の働き方が合わないなら海外に出よう」という選択肢があれば、心に余裕が生まれるし好きな仕事を辞めずに済みますよね。だから、英語ができたりワーホリでも何でも、海外生活の経験があることは助けになるのではないでしょうか。

CGW:語学力はチケットのようなものですよね。若杉さんが海外に出ると決めたとき、「英語のハードル」の高さは感じませんでしたか?

若杉:とにかく映画の仕事がしたいという思いが強かったので、「語学力を武器に海外に出るんだ」という気持ちはありませんでしたね。あと、Academy of Art UniversityはTOEICのスコア提示な上に点数が低くても大丈夫なので、そういう点にも助けられました。

▲今回はバンクーバーとのオンライン取材でした!



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「あるかどうかわからない明日のキャリアアップ」より「今日すごく楽しかった」と思えるか

「あるかどうかわからない明日のキャリアアップ」より「今日すごく楽しかった」と思えるか

CGW:若杉さんのお話を聞いていると、目標を目指して信念を押し通すというよりも、ご自身が得意とすることを楽しみながら選んで進まれているように感じるのですが、実際はいかがでしょうか?

若杉:そう言われてみると、確かにそうかもしれませんね。ただ......難しいですよね。実はいまだに「得意なことをするべきなのか」それとも「好きなことをするべきなのか」で悩むときがあります。どちらにしても、やるべきところまではやるべきなんですが、まさに今、迷走中なところがあって。

CGW:そうなんですね。差し支えなければお聞かせいただけますか?

若杉:これまでずっとアニメーターとして仕事をしてきたのですが、ここ最近は「レイアウト」という仕事をしているんですよ。スタジオによってはレイアウトもアニメーションも、どちらもアニメーターが担当することがありますが、SPIではそれぞれ部署が異なり、僕はレイアウトの部署に移ってレイアウトアーティストとして仕事をしているんです。これまでずっとCGアニメーターをしてきたので、当然アニメーションは好きなんですが、どうやらレイアウトでめちゃくちゃ評価されていて。まず何よりも、僕自身が手応えを感じてしまっているんです......(笑)。

CGW:なるほど。それは悩ましいですね。思わぬところで道が分岐したんですね。

若杉:実際、プロデューサーから直々に次回作のオファーをもらっているのですが、これはとても珍しいことで、大概は自分から仕事をもらいにいって「このポジションに空きがあるからどう?」といった能動的な感じなんですよ。それなのに、現時点で動いている2つの大きなプロジェクトの両方のプロデューサーから「次回作でレイアウトをお願いしたい」とオファーをもらっていて。

CGW:「レイアウト」というのは、作品の構図を決めてアニメーションの繋がりや見映えを決めていくお仕事ですよね。

若杉:そうですね、レイアウトではカメラワークや構図、ショットの長さ、ライト、エフェクト......と様々な要素を考えなければならないポジションで、映画の土台作りをする感じです。アニメーションは作り込む作業が多いですが、レイアウトでは50%程度のクオリティで映像の骨組みをしっかりと作るというイメージなので、「レイアウトはやりたくない」というアニメーターは多いんじゃないかな(笑)。でも、僕は動きだけをやりたいというより「映画を作りたい」というそもそもの思いがあったので、思いがけず評価されたことをきっかけに、ちょっと挑戦してみようかなと思っているところです。

CGW:そのような重要なポジジョンを若杉さんに依頼されているということは、キラリと光るセンスを見出されたのでしょうね。アニメーションのことがわかっていなければできない作業ですもんね。

若杉:そうですね、レイアウトもアニメーションの一部なので、作り込まないだけで「今でもアニメーションをやっている」と言えなくないですけどね。動きによってカメラや構図が決まるので、そういう意味では元アニメーターという経験が活きている気はしています。

▲自宅でお仕事。デスクの上には顔の動きを確認するための鏡が!

CGW:自分が意図することではないけれど、大きな流れに上手く乗ることができると、思った以上に前進して思いがけず大きな成果を収めることがありますよね。

若杉:ありますね。あとよく考えるのは、「何でそれをするの?」と聞かれたときに上手く答えられないことは「合っている」ことが多いかなと。人間ってどうしても論理的に考えてしまいがちじゃないですか。今回、レイアウトに挑戦して楽しかったので、プレビズのオンライン講座を受講したんですね。それを見た周りのアニメーターの目には「何でそんなクラスを受講するの? レイアウトに行きたいの?」と映ったと思いますが、僕からすると「よくわからないけど楽しそうだったから」でしかないんですよ。でもそういうときって、純粋に自分がやりたいと思っている声を聞くことができていると思うし、なかなかそういう機会ってないじゃないですか。何かの勉強をするにしても「資格が取得できてキャリアUPに役立つから」のように何かしらの理由をつけて行動すると、「合っているかどうか」が気になって「本当に自分がやりたいことなのか」が見えなくなってしまいがちなので。

実は今年からランニングを始めたのですが、ただ楽しいからやっているだけで、だからこそ続けてみようと思えるんですよ。レイアウトの仕事もそれに近くて、将来レイアウトアーティストになろうとかこの道を突き詰めようとか思っていないのですが、ひとつ確実に言えることは「とにかく毎日の仕事がめちゃくちゃ楽しい」ということです。

  • ◀2019年、初めてバンクーバーでマラソンに参加

CGW:本当に楽しまれている様子が伝わってきます。「毎日の仕事がめちゃくちゃ楽しい」と思うようになったのは、レイアウトの部署に移られてからですか?

若杉:はい。アニメーションの仕事をしていた頃は「休みたい」と思うことが多かったです。アニメーションの仕事が好きでも、プレッシャーや人間関係、プロジェクトに対する興味の度合いなど様々な要因があるので、どこか割り切ってCGアニメーターをやっていました。でも今はちがいます。レイアウトの仕事がとにかく楽しくて、休みもいらないくらいです。度が過ぎるとプライベートと仕事の境界線が曖昧になるというデメリットがありますが、それでもこんなに仕事が楽しいと思ったのはいつぶりだろう......、とそんな感じです。

CGW:すごく素敵ですね!

若杉:ただ、これが本当に合っているかどうかは自分でもわからないんです。この先のキャリアについて考えたら、CGアニメーター1本に絞ってしっかりと経験を積んだ方が良いのではないか、そして恐らく一般的には「それが正しい選択」だと思うんです。本当にレイアウトをやりたいんだったらもっと早くから道を定めるべきだったのではないかとか、もしかしたらまたピクサーに戻りたくなるかもとか。ピクサーに戻るのであれば絶対にアニメーターでなければならないので、そう考えるとアニメーターとして突き詰めるべきなんだろうなと。結局、結論は出ていません。

CGW:クリエイターだけでなく、誰にでも起こり得ることですよね。ただ、そういった自分の小さな感情に敏感に気づけるか否かで、だいぶ結果が変わるように思います。

若杉:そうなんですよね。でも僕らの生活で確実なものって、昨日にも明日にもなくて「今日」にしかないじゃないですか。だから、その仕事を楽しくできているかどうかが重要なのかなと本当に思います。「あるかどうかわからない明日のキャリアアップ」よりも、「今日はベストを尽くすことができた」、「今日すごく楽しかった」と思って1日を終えることが大切なんじゃないかと。

CGW:そういう姿勢で物事に臨むと、自分に対する満足感や納得感がちがいますよね。

若杉:これはランニングを通して気が付いたことでもあるのですが、そういった積み重ねがどこかに導いてくれると思っています。ちょうど今、「今年1年、毎日走る」というチャレンジをしているのですが、僕は意思がそんなに強くないんですよ(笑)。だから2021年1月1日の時点で「よし! 今日から365日、絶対に毎日走るぞ」と決めると、心が折れてしまって続けられないんですよ。「1ヶ月毎日走ろう」ですら難しいと思います。ただ「1日1回走ろう」とだけ決めて、今日まで毎日走り続けてすでに1,700km程になっているんです。「1,700km走ろう」という目標だったらできなかったと思います。

不思議ですよね、「1日1回」であればなぜかできるんですよ。だから仕事も「今日1日ベストを尽くす」、「今日1日楽しく仕事ができたか、満足したか」に集中すれば、ランニングと同じように積み重ねでどこかに行けるか、達成したいことや満足する仕事ができるようになるんじゃないかと。もしかすると僕の甘い予想かもしれませんが、今はそういうふうに考えています。

  • ◀2021年8月現在の総走行距離



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情報に惑わされず「自分が何をしたいのかを知ること」

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情報に惑わされず「自分が何をしたいのかを知ること」

CGW:若杉さんの行動力も素晴らしいなと思うのですが、意識的にモチベーションを維持されているのですか?

若杉:それが、行動力はない方だと思うんですよ。これまでで唯一、行動に移して良かったと思うことは「海外に出たこと」で、もしあのままずっと日本に留まっていたとしたら、今さら海外に出るなんて怖くてできないはずです。日本で仕事をしていたなら、それなりに仕事があるだろうし責任も立場もあるだろうし。そういった「荷物」が多い上に、さきほど言ったようにメンタルも弱いので、一歩を踏み出すことができないんじゃないかな。だから23歳のときに、スーツケース1つで誰ひとりと知り合いのいない海外に出て、大学の手続きも全て1人でして......しかも英語で(笑)、と今考えると本当に良くやったなと思います。

「何歳からでも挑戦できる」と言うのもその通りだとは思いますが、それでも若いがゆえの無鉄砲さというか、とにかく背負っているものが少なく身軽だし動きやすいはずです。僕はだんだん保守的になってきていますね(笑)。

  • ◀日本を出て、サンフランシスコでの生活を始めた当時

CGW:確かに。年齢と共に守るべきものが増えますからね。さて新たな展開を迎え、アニメーターとレイアウトアーティストという2つの選択肢を前にされたわけですが、どんな局面でもやはり決断しなければならないわけですよね。迷ったときの判断基準はありますか?

若杉:まずは「自分が楽しいかどうか」で、「普通はこうするべきだよね」と理屈や一般論に縛られないようにすることです。そういった考えに縛られず「本当にやりたいことなのか」、「楽しいと思えるのか」をいつも考えているかもしれません。

CGW:もはや私の悩み相談になりつつあり恐縮ですが(笑)、AとBで迷ってどうしても決められないときってありませんか?

若杉:ありますね、わかりますよ(笑)。そうそう、そんなときにちょうど良いアイデアが1つあるんですよ。ついこの間、一緒にアニメーションエイドで教えている立中(順平)さんという方がめちゃくちゃ良い話をしていたのですが、普通は「Aを選んだらBを捨てなければならない」とか「Bの退路を断つ」とか、そう考えるじゃないですか。でも立中さんは決断に迷ったとき、どちらかを捨てるのではなく「ブーム」と考えるらしくって(笑)。それを聞いて、ブームっていう考え方めちゃくちゃ良いなと思いました。「ブームだったらまた戻ってこれるな」って。

CGW:すごい、もはや発明に等しい解決方法ですね! 心が救われます(笑)。

若杉:そうなんですよ。退路を断ってしまうと「Bの道がなくなってしまった......」と不安になるし怖いじゃないですか。でも「今はAのブームだから」と考えると「このブームが過ぎたらまたBのブームが来ても良い」と思えてとても気が楽になりますよね。立中さんのこの考え方、僕はすごく好きなんです。そう考えると、僕が悩んでいる「レイアウトアーティストに」という決断もブームなのかもしれないですね。

▲レイアウトのお仕事を始めて初の映画プロジェクトに参加。レイアウトチームでのオンラインミーティングの様子。とても楽しそう!

CGW:言葉の力って本当にすごいですね! 見方や感じ方を少し変えるだけで、こんなに心が楽になるんですから。

若杉:立中さんはサラッと言っただけでしたが、僕にとっては衝撃的で、とても良い表現だなと思いました。これで恐らく「悩む」というストレスが解消されるはずです。これからはとりあえず「ブーム」と考えて、どんどん前に進んでいけば良いんじゃないかなって。

CGW:驚きました。盲点ですね。しかし、小さなエピソードから大きな発見をされる若杉さんの感性にも脱帽です。

若杉:ははは。普段から考えていることだったりするので、そういうところに敏感なのかもしれませんね。

CGW:まだまだお聞きしたいことが沢山あるのですが、お時間となってしまいました。最後に、若杉さんが最近気になっていることや伝えたいことなどがあったらお聞かせください。

若杉:「絵の勉強をしなければ」とか「パースの勉強しなければ」とか、CGアニメーションの勉強するんだったら「ボールやらなきゃ、基礎やらなきゃ」、「基礎を固めてから演技しなきゃ」とか。最近、こういった「やらねばならない」という言葉が可視化されてしまっているがゆえに、「自分がやりたいかどうか」という肝心な部分がかすんでしまっている人が多い気がするんです。

CGW:可視化されているというのはどういう意味でしょうか?

若杉:SNSで「◯◯を身に付けるなら、まずはこれをやるべき」といった投稿をよく見かけるんですよ。確かにそれは役に立つ重要な情報だし、僕もブログでそういったことを書いてはいますが、そういった言葉によって「自分がそれをやってみたいかどうか」が見えなくなるのはちがうと思うんです。ひと口に「アニメーター」と言っても、かわいいアニメーションを作りたい人もいれば実写系のクリーチャーや恐竜を作りたい人もいて、いろんなアニメーターがいるわけです。だから「この道をたどれば上手くなれます」というものなんてないと思うんですよ。どうも「自分が何をしたいのかを知ること」ができていないように感じられて、それも真面目な子ほどできなくなってしまうんですよ。だから、「基礎をしっかりと固めてから......」と頑なになって、自分を見失ってしまわないようにみなさん気をつけてください!

CGW:情報に溢れ様々な意見が飛び交っているからこそ、「自分はどうなのか」を問い続ける必要がありますね。若杉さん、今日は本当にありがとうございました! これからのご活躍を楽しみにしています(あと連載も引き続きお願いします......)!