VFX業界での人気職種の1つに、アニメーターがある。故に競争率も高く、ハリウッドの現場でポジションを獲得するためにはデモリール審査を突破する必要がある。そんな中、Mayaに触れてからわずか1年足らずで見事アニメーターとして就職を果たした尾﨑仁美氏に、話を伺った。

記事の目次

    Artist's Profile

    尾﨑仁美 / Hitomi Ozaki(Mainframe Studios / Junior Animator)
    兵庫県出身。2017年11月に英語学修のためカナダのバンクーバーにあるコミュニティカレッジに留学しホスピタリティマネジメントを学ぶ。卒業後、バンクーバーのカレッジへ日本人カウンセラー兼マーケティングとして就職するもコロナ禍の影響でカレッジが閉鎖に。その中で新しいスキルを身につけることを決意、2021年6月にオンラインスクールアニメーションエイドで3Dアニメーションを1から学び、2022年6月にバンクーバーのMainframe Studiosに就職し、現職。
    https://www.mainframe.ca/

    <1>学校事務員から未経験でMayaを学び、アニメーターに

    ――キャリアチェンジを経て、アニメーターになられたそうですね。

    日本では兵庫県教育委員会に所属し、小学校の事務員として働いていました。人と関わり、話すことが好きなので、いつも賑やかな小学校で働くことは大変楽しく、またやり甲斐を感じる仕事でした。

    その後、英語学修のためカナダのコミュニティカレッジに留学しホスピタリティマネジメントを学びました。卒業後は、日本からカナダへ留学してくる人たちの役に立ちたいと思い、バンクーバーのカレッジで学校事務員兼日本人カウンセラーとして就職しました。

    しかしその後、コロナ渦に突入しカレッジが閉鎖してしまい、仕事を失うことになりました。そこで、何か新しいスキルを身につけて、転身を図る必要に迫られたんです。

    私がVFX業界で働いてみたいと思ったキッカケは、パートナーとの出会いでした。彼はシニアのリガーとして働いています。

    コロナが始まり、一緒に暮らすようになるまでは「彼は映画制作に関わっているんだ」というザックリとした認識でいました。しかし、勤務形態がリモートワークに変わって彼が働いてる姿を直接見たり、彼の関わっていた作品が公開され、映画館でエンディングロールに彼の名前を見つける度に「かっこいい! 私もやってみたい!」と、単純に思ったことがキッカケでした。

    こうして「アニメーターになりたい」と考え始めたものの、何から手を付ければよいのか全く分かりませんでした。コロナ禍で仕事も失い、カナダの学校に通って高い学費を払っていくことも到底無理でした。

    幸いにも、彼の友達がVFX業界で働いている人ばかりで、その中に日本人のアニメーターがいらっしゃったので、その方にどのように勉強していけば良いのか相談したところ、「アニメーションエイド」※の存在を教えていただきました。

    ※関連記事:アニメーションエイド ポーズ宿題

    Mayaの初心者講座からアニメーションの初級上級までクラスがあったこと、また講師の若杉 遼さん(現CGWORLD編集長)や藤原淳雄さんがバンクーバーでアニメーターとして働かれていることが、とても魅力的でした。

    「アニメーションエイド」では若杉さんからアニメーションの基礎や考え方、またバンクーバーでのスタジオでの経験談など、たくさんのことを学ぶことができました。ボール、振り子、足が2本ついたキャラクターの歩き方、重心、重力の見せ方、またポーズによる魅せ方を学びました。

    藤原さんのクラスでは、実際に人間のキャラクターを使ったアニメーションづくりを学びました。一度に扱うコントローラーの数が増え、最初はどのようにアニメーションをつくっていけば良いのかまるで分かりませんでした。しかし毎週、藤原さんからリファレンス動画の見方、撮り方、体のながれ、軌道、最後の仕上げまでを教えていただき、週を追うごとに自分のアニメーションがもの凄い勢いで上達していくのを感じました。

    どちらのクラスも、受講している方たちはやる気に満ち溢れ、自分たちの作品を見せあったり、ときには情報交換をしたり、とても良い雰囲気でした。

    あるとき、アニメーションエイドの先生から「今、VFX業界は人手不足みたいですよ。尾崎さんも一度、応募してみたらどうですか?」と仰っていただき、ふっと心が軽くなり「やってみよう!」と、InstagramやTwitter、LinkedInと、思いつく限りのSNSに自分のデモリールを投稿しました。授業外で制作したアニメーションも、完成する度に投稿していました。

    「Mainframe Studios(以下、Mainframe)は働いている人たちがとてもフレンドリーで、良い会社だった」とパートナーから聞いていた関係で、まずはMainframeにデモリールを送りました。その後、バタバタして他の会社には応募できておらず、Mainframeから何の連絡もないまま1ヵ月が過ぎ、そろそろもう一度就職に向けて動こうかと思っていた矢先、面接をしたいという返事がMainframeから届きました。

    面接はオンラインでした。インターネットで「何を訊かれるか」を事前に調べ、ある程度、答えを準備し、何度も繰り返し声に出して練習して面接に臨みました。

    日本人はとくに、謙虚さから自分の能力を控えめに答えてしまう方が多いと思います。しかし海外でそれは絶対に通用しないと思い、何を訊かれても自信をもって答えることを意識しました。

    自己アピールでは、「複雑なアニメーションはまだできませんが、(アニメーションエイドで学んだ)ボディメカニックについては100%理解し、それをアニメーションに落とし込むことができます!」と答えました。

    実際に面接を受けてみると、想像していた内容よりもシンプルで、事前に用意していた質問は全くと言っていい程、訊かれませんでした。しかし自分のことを改めて書き出しておいたことで頭の中が整理され、当日、何を訊かれても動じずに答えることができたと思います。

    この業界を目指す際、影響を受けたというパートナーのセバスチャン・カンルビ氏(Animal Logic / シニア・リガー)と

    <2>ジュニア・アニメーターとして、楽しみながら作品づくりに向き合う日々

    ――現在の勤務先は、どんな会社でしょうか。

    現在勤務しているMainframeは、元々1993年にRainmakerという社名で設立されたスタジオです。初の完全CGテレビシリーズ『ReBoot』を制作し、それ以来、1,000本以上の30分番組、60本以上の長編プロジェクト、そして2本の長編映画を制作してきました。アニメーション、映画、テレビにおけるコンピュータ生成画像(CGI)の導入に大きく貢献した会社として知られています。2020年よりMainframeに社名変更しました。

    現在、私にとっては初めてのプロジェクトに参加しているため、まだ自分の携わった作品が世に出る、という経験をしたことがありません。

    キャラクターの性格や物語のながれを見ながら、何もない状態からブロッキング・アニメーションをつけていくのは時間のかかる作業ですが、それが形になり、スーパーバイザーからOKが出たときは、毎回、漫画のように「よし!」とガッツポーズをとるほど嬉しいです。

    今関わっている作品が世に出たときは、飛び回るほど喜ぶ自分の姿が想像できますし、自分の中で一生忘れられない経験になると思います。

    これまでは、ただアニメーションを観る側だったのに、今度は自分の携わった作品がTVやスクリーンに映るなんて、興奮せずにはいられません。

    これからアニメーターとしてどのような作品に携わることができるのか、今からとても楽しみです。

    アニメーターとしての第一歩をMainframeという会社で、素晴らしいチームと共に始められたことに毎日感謝しています。

    ――英語や英会話のスキル習得はどのようにされましたか?

    日本では週に一度、英会話の個人レッスンを受けていましたがカナダに到着してみると、全くと言って良いほど聞き取ることも話すこともできませんでした。

    カナダに滞在して5年目の今でも英語に自信はありませんが、一番英語力が伸びたなと思うのはやはりアウトプット(人と話すこと)です。

    私は今の仕事に就くまでにスーパーの品出し、レストランのホール、キッチン、学校事務を経験しました。

    誰かとコミュニケーションをとるには必ず英語を話さなければいけない、そしてあのとき、どのように言えばよかったのか? と単語や文章を調べるようになり、その毎日の積み重ねが英語を話すことへの躊躇や恐怖を取り除き、ボキャブラリーを増やすことに繋がったかなと思います。

    ――将来、海外で働きたい人へのアドバイスをお願いします。

    今の時代は有難いことに、YouTubeにたくさんためになるビデオがあり、日々それを観てはメモを取り、大事なポイントは仕事中でもすぐに見返すようにしています。

    これは若杉さんもクラスの中でおっしゃっていたのですが、日本語で調べるよりも英語で調べる方が、断然、情報量が多いです。面接でのコツやデモリールのポイントなども、全て海外のアニメーターの方が発信しているYouTube動画から学びました。

    英語に慣れるという面でも、海外の文化や考え方に触れる面においても、慣れないうちはどうしても時間がかかってしまうと思いますが、英語で調べる習慣をつけることを強くお勧めします。

    また、アニメーターを目指し始めてからは、外出する際に周りを歩いている人々を観察するようにしています。歩き方ひとつとっても個性があるのでそれを観察したり、「どのような動きが、この人を威圧的に見せているんだろう?」、「この女の人は、何故落ち着きがないんだろう?」と注目することで、自分の表現したいことを的確にアニメーションに落とし込む知識になるからです。

    そして何より「今すぐ行動すること」、これが一番大切なことだと思います。あのとき、先生の一言で「やってみるか」と思うことがなければ、私はまだ就職できていなかったと思います。

    この記事を読んで、もし何をしたら良いのか分からない、自分を他の人と比べて落ち込んでいる方がおられたら、私のような人がいることを忘れないでください。皆さんの夢が、1日でも早く実現しますように。

    自宅でのリモートワーク風景

    【ビザ取得のキーワード】

    ①学生ビザを利用しカナダのカレッジへ2年留学
    ②卒業後、ワーキング・ホリデー制度を利用し、現地のカレッジへ就職
    ③カナダの永住権を取得
    ④バンクーバーのMainframe Studiosに就職

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    TEXT_鍋 潤太郎 / Juntaro Nabe
    ハリウッドを拠点とするVFX専門の映像ジャーナリスト。著書に『海外で働く日本人クリエイター』(ボーンデジタル刊)、『ハリウッドVFX業界就職の手引き』などがある。
    公式ブログ「鍋潤太郎☆映像トピックス」
    EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada