ハリウッドのVFX業界は、依然として2年前のストライキのダメージから抜け出せておらず、非常に厳しい状況が続いている。特にアメリカ西海岸では、人材募集が少なく、就労ビザのサポートをしてくれるスタジオはほとんど見かけない。今回、紹介する德永修久氏は、そんな中でもジョブ・オファーを獲得し、さらに5倍以上の当選確率だった抽選を突破して就労ビザを取得した。
Artist's Profile
德永修久 / Nobuhisa Tokunaga(Flame Compositor / Lola Visual Effects)
新潟県出身。国立長岡高専を卒業後、半導体工場で勤務するも映像業界へ転身すべく東放学園映画専門学校へ入学。2007年に卒業後、BOOK株式会社へ入社、オンラインエディターとしてキャリアを開始。2018年フリーランスへ転身、ディレクターとしても活動を開始し、2020年合同会社トランクス&ブリーフを設立。2023年に観光で訪れたLAにて、就職オファーを得て、同社代表を辞任。2024年10月にLola VFXへ入社。映画『ミッション:インポッシブル/ファイナル・レコニング』でハリウッド・デビューを果たす。最近の参加作に映画『バレリーナ:The World of John Wick』などがある。
lolavfx.com
旅行で訪れたLAで就職オファーを得て、夢のハリウッドへ
――学生時代の話をお聞かせください
長岡高専を卒業後、半導体工場に勤めていたのですが、中越地震を経験したことで、「このままで良いのか」と思うようになりました。
本当にやりたいことを考えたときに、大好きだった『スター・ウォーズ』や『マトリックス』を思い出し、VFX満載の映画をつくりたい想いが自分の中にあることに気づきました。そこから、東放学園映画専門学校に通い直しました。
在学中、「ハリウッド実習」という LAのレドンドビーチで現地配役を揃えた短編映画の撮影実習をするという海外研修へ参加しました。これは、当時LAの日系情報誌ライトハウスが主催していた海外研修プランの1つで、担当の鎌塚俊徳さん(現:鎌塚グローバル教育研究所)が中心になってコーディネートしてくださったツアーでした。LAでの撮影実習に加え、短期のホームステイや、インターンシップにも参加することができました。とても貴重な体験ができ、「いつかハリウッドへ!」という憧れの気持ちが強まるきっかけになりました。

――卒業後は、しばらくの間、日本で働いていたそうですね。
東放学園を卒業後、ポストプロダクションスタジオのBOOK株式会社(現在は閉鎖)というオンライン編集のスタジオで働くことになりました。ここでFlameを習得し、オフライン編集室の立ち上げにも参加しました。広告やテレビドラマ、映画など様々な映像制作は、やはりとても楽しく、夢中で働ける仕事でした。なのでしばらくの間、海外への憧れは、記憶の奥底へと封印されることになりました……。
その後、フリーランスになってからは、エディターだけではなくディレクターとしても活動させていただきました。ありがたいことに事業は順調で、会社を立ち上げ代表を務めたこともありますが、表現の幅や方向性に悩むことも多くなり、少しずつ行き詰まりを感じていきました。
――海外の映像業界へ就職することになった話を教えてください。
日本での仕事に行き詰まりを感じる中、出会ったのが、ロサンゼルスでVFXアーティストとして活躍されているカズさん(山際和義氏)です。
都内にあったカズさんの家と、住んでいた場所が近くだったこともあり、自然とウマが合って、とても仲良くさせていただきました。カズさんとご一緒する中で、自分も少しずつ海外での仕事への関心をもつようになりました。
あるとき、ちょうどスケジュールに1ヶ月ほど余裕ができたタイミングがありました。この機会に、せっかくだから思い切ってカズさんのいるLAに遊びに行ってみることにしました。
まさかその旅が、自分の人生の大きな転機になるとは、このときはまったく想像もしていませんでした。
滞在中、カズさんが気を利かせて、当時所属されていたLola VFXというVFXスタジオを紹介してくださいました。軽い見学のような感覚だったのですが、話が進むうちにトントン拍子で面談のようになって、気がつけば正式な就職オファーをいただくことに!
……本当に信じられませんでした。これまで「どうやったら、そこにたどり着けるのか」すら見えなかった、まるで星を追いかけるように遠かったハリウッド映画の現場への道が、突然自分の目の前に現れたんです。
とは言え、もちろんすぐに働けるわけではありませんでした。ご存知の通り、アメリカで働くには、就労ビザが必要です。
当時の自分にはその知識がほとんどなく、移民弁護士さんと相談を進める中で、自分のキャリアで申請可能なビザは、「主にH-1Bか、O-1のどちらかになる」という話になりました。
H-1Bは“専門職向け”のビザで、4年制大学の学位が原則条件ですが、実務経験があれば代替可能です(3年間の実務経験が学位1年分に換算)。自分は2年制の専門学校卒+10年以上の就業経験があったため、要件自体はクリアできました。
ただし、H-1Bは申請タイミングが年に1度しかなく、しかも定員が決まっていて、毎年定員を大幅に上回る申請数があるので抽選制という難しさがあります。
一方のO-1ビザは“アーティスト向け”のビザで、賞歴や作品のクレジット、メディアへの露出などが求められます。当時の自分は広告案件が中心だったため、条件的に少し厳しいようでした。結果的に、Lola VFXにビザ・スポンサーになっていただき、H-1Bでの申請を進めることにしました。
ビザ申請の準備では、現地スタッフとのやり取りや、申請書類の作成を英語で対応する必要がありましたが、翻訳ツールやAIの力を借りることで、英語力が皆無の自分でも、なんとか対応することができました。ふり返れば、この時代に挑戦できたこと自体が、とても運が良かったと思います。
とは言え、H-1Bは抽選制。この年は5倍以上の倍率と言われ、正直なところ「抽選を通らない方が当たり前」でしたので、もしダメだったらO-1で申請することも考えていました。が、あっさり抽選を通ってしまいました。……本当に驚きました。
H-1Bを取得後に渡米し、まもなくLola VFXでの仕事が始まりました。職場には日本人の先輩方もいて、わからないことがあってもすぐに日本語で相談できる環境だったのが、本当にありがたかったです。
日本でFlameのスキルを習得すれば、世界でもきっと通用する
――現在の勤務先は、どのようなスタジオでしょうか?
Lola VFXは、LAのセンチュリーシティにオフィスを構えるスタジオです。エイジング、ディエイジング、ビューティーに特化したスタジオですので、業務については馴染み深い内容でした。ツールに関しても、作業はNukeに加え、Flameをメインで使用するため特に困ることはなく、実務にも比較的スムーズに入っていけました。

日本では長らくフリーランスとして活動していたので、「就職」という形で会社に所属するのは約8年ぶり。定時出勤の生活も久しぶりでした。生活の全てが新鮮で、これまで挑戦の連続でもあった分、毎日がとても楽しく感じられました。
完全分業制、労働時間の管理など、労働環境はとてもよく、逆に規則正しい生活に慣れるのに少し時間が掛かりましたが、むしろまた“新人”のようなフレッシュな気持ちで取り組めたのが、自分にとってはすごく大きかったと思います。
――英語でのコミュニケーションは、いかがですか?
現在、渡米して半年弱が過ぎましたが、英語に関しては正直、未だほとんど喋れません。ただ、仕事は問題なくできることが分かりました。会話は相手の表情や身振り、空気感でなんとなく意図を汲むことができるし、チャットなどのテキストベースであれば翻訳ツールを活用してやり取りすることも可能です。あとは、これまでの経験から、プレートを見て内容を判断することが身についていたので、やるべきことさえ分かれば問題なく作業を進めることができました。
仕事への向き合い方として印象深かったのは、日本とはちがって1ショットにかけられるコストがとても多いため、贅沢に時間をかけることができ、目指すクオリティについてもとても高い品質を要求される点です。日本では「どうコスト配分をするか」という工夫をしていたのが、こちらでは「どこまでクオリティを追求するか」という課題と向き合えるため、ものすごくモチベーションが上がります。
という感じで、僕にとってはとても良い環境で過ごしているのですが、現在、僕がそういった環境で働けるのも、カズさんをはじめとする、先立って海外で活躍されてきた数々の日本の先輩方が、信頼に応える仕事をされてきた結果だと思います。
拙い英語でも聞いてくださる現地の同僚や、仕事がキチンとできていればそれを評価してくださるLola VFXでの恵まれた環境に日々感謝しています。ですので、僕もその信頼を裏切るようなことのないよう、全力で挑戦したいと思いました。
――最近の仕事で印象に残ったエピソードを教えてください。
Lola VFXで働き始めて、アサインされるショットに見覚えがあるハリウッド俳優が映っていたりする度に、「ああ、ほんとにハリウッド映画に参加できている! 夢みたいだな」と思える日々が続いていました。
そして半年あまり経ち、ようやく映画館で『ミッション:インポッシブル/ファイナル・レコニング』のエンドクレジットに自分の名前を見つけたときには、思わず涙が止まらなくなって……隣にいた同僚に笑われるほど号泣してしまいました。本当に言葉にならないくらい嬉しかったです。
20年前にぼんやり抱いた、あの遠かった夢が現実になった瞬間でした。

――Flameを習得するには、どのようにすれば良いでしょうか?
Flameは短所も多いソフトです。とにかく高価ですし、様々な機能が後付け追加されてしまったため、複雑になりすぎたタイムラインやキーフレームの管理方法、わかりにくいactionレイヤーの構造など……、NukeやAfter Effectsを扱える人があえてFlameを習得する気にならない理由は、非常によくわかります。しかし同時に、「Flameにしかない長所」もまた、はっきりと存在しています。
ビューティやレタッチを“絵を描くように”扱えるツールがあったり、純正からサードパーティまで存在する多彩なフィルター類、そしてなにより、batchというノードベースで組み上げた演算結果をタイムラインに直ぐ反映できるスピード感! この優れた汎用性や小回りが、主にクライアントセッションに重宝されてきた理由だと思います。
Flameは需要が主にオンライン編集のポストプロダクションに集中して、ユーザーも少ないため、習得の場が、おそらく現場にしか存在しません。
ただ、その数少ないユーザーの需要は確かに存在し、重宝されることも珍しくないと思います。これからFlameのスキルを習得したい方は、ぜひ日本のオンライン編集をやっているポストプロダクションを目指すことをおすすめします。
日本でのキメ細かく総合的な仕事に対する対応力が身につけば、それはきっと、どの世界でも通じるくらい応用の効くスキルの習得に繋がるはずです。
――将来、海外を目指したいと思う方へ、アドバイスはありますか?
自分の実力だけでは、到底たどり着けなかった道のりでした。数々の幸運や巡り合わせ、そして何より、支えてくれた多くの人たちとの出会いがあってこそ、夢だったハリウッド映画の世界へ踏み出すことができました。そしてそのチャンスが訪れたとき、自分自身の不安や迷いを押しのけ、躊躇なく飛び込めたこと、その一歩を踏み出せたからこそ、今の自分があります。
ですので、「訪れたチャンスは必ず逃さないこと」が大事だと思いました。
昨今の映像業界は決して明るい話題ばかりではありませんし、LAも大変厳しい状況であることは、こちらへ来て肌で感じました。だからこそ今は、そのいただいたチャンスを大いに楽しみ、限界を決めず、できる限り挑戦していきたいと思っています。
そしていつか、この経験や知識を、同じようにチャレンジを望む人たちや、自分を育ててくれた日本の映像業界に、何らかの形で還元できたらと願っています。
【ビザ取得のキーワード】
①国立高専を卒業し半導体工場で勤務
②東放学園映画専門学校デジタル映画科を卒業
③BOOK株式会社など10年以上の実務経験を積む
④5倍以上の倍率を突破し、抽選でH1-Bビザを取得
※アメリカの就労ビザH-1B、及びO-1に関する詳しい情報は、書籍『ハリウッドVFX業界就職の手引き』の中でも詳しく解説されているので、興味をおもちの方はぜひ
連載「新・海外で働く日本人アーティスト」では、海外で活躍中のクリエイター、エンジニアの方々の海外就職体験談を募集中です。
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TEXT_鍋 潤太郎 / Juntaro Nabe
ハリウッドを拠点とするVFX専門の映像ジャーナリスト。著書に『海外で働く日本人クリエイター』(ボーンデジタル刊)、『ハリウッドVFX業界就職の手引き』などがある。
公式ブログ「鍋潤太郎☆映像トピックス」
EDIT_山田桃子 / Momoko Yamada