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No.013:愛知工業大学 情報科学部 澤野研究室

No.013:愛知工業大学 情報科学部 澤野研究室

産学が連携し、危険な下水管路内を簡易的に検査するシステムを提案

本研究室では産学連携を積極的に進めており、企業からの技術相談がきっかけで、共同研究や共同開発へと発展する場合もあります。内容は、前述のようなアプリや、後述する検査装置の開発、画像解析に関する研究が多くを占めています。

ここでは、代表的な検査装置を2つご紹介します。ひとつは、下水管路内検査のための浮流式全方位カメラシステムに関する研究[1]です。これは総務省静岡大学 石原研究室日水コンと共に進めている受託・共同研究で、下水管路内の検査にかかる労力や危険性の軽減と、時間の短縮を実現する手法として、下水管路内を浮流しながら移動する観測ノードで周囲の様子を撮影し、地上の作業者に無線通信で撮影した映像データを転送するシステムを提案しました。

[1]前田拓磨, 林 友貴, 澤野弘明, 石原 進: "下水管路内検査のための浮流式全方位カメラシステムの検討", マルチメディア、分散、協調とモバイル(DICOMO2016)シンポジウム論文集, pp.212-219, 2016

本研究では、映像データを転送するための通信面を石原研究室、観測ノードの制作と画像処理アルゴリズムの構築を本研究室が担当しています。さらに、下水道の調査・計画・設計・施工・維持管理などの事業を行う日水コンの協力も得ながら、実用化を目指した検査装置の実験と改良を続けています。

観測ノードは球状のカプセルになっており、内側には水が入っています。さらに内側には半球状の内部カプセルが浮いており、下水管路内の真上と側面を同時に撮影できる全方位カメラと、下水管路内を照らすための照明、およびバッテリーが設置してあります。研究の初期段階では瓶型と船型の観測ノードも試作しましたが、下水管路内の堆積物に引っかかりやすい構造と、カメラの撮影方向を制御できない問題がありました。そこで、カメラの光軸が常に下水管の上部を向くようにするため、前述のような構造の観測ノードを試作し、今も改良を続けています。

▲下水管路内検査のための浮流式全方位カメラシステムの試作品


2013年度末時点で、国内にある下水管の総延長は約46万kmにおよび、この中の約1万kmが50年の耐用年数を経過し、老朽化による損傷事故が起きやすくなっています。下水管路内の検査は多くの時間と費用を要するのに加え、有毒ガスが発生している場合があり、1983年から1999年の16年間で573人が中毒死しています。しかし本システムが実用化されれば、有毒ガスによる中毒死の危険にさらされることなく、長距離の検査を簡易的に実施できるようになります。

iPod touchと画像処理アプリを組み合わせ、安価な検査装置を提案

もうひとつの検査装置は、油圧シリンダロッドの傷検査システム[2]です。こちらは半田重工業ウォンツの2社と共同研究、共同開発を進めています。油圧シリンダロッドは建設機械や農業機械に用いられており、製造工程で0.03〜0.10mmの表面傷がつく場合があります。傷がある製品は不良品とみなされますが、鏡面反射する円柱というシリンダロッドの材質や形状の影響もあり、目視検査での傷検出は難しく、精度に偏りが生じます。専用の検査装置もありますが、高額で1,000万円以上するのに加え、大型で設置場所の確保が必要という課題もあります。大規模な投資ができない中小企業では検査装置の導入が難しいため、目視検査に頼っているケースが多いです。

[2]直井翔汰, 林 雅也, 澤野弘明, 松下剛幸, 新美彰崇: "シリンダロッドの傷検出手法の検討", 平成30年度 電気・電子・情報関係学会 東海連合大会 特集号, 2018

そこで本研究では、画像処理アプリをインストールした複数のiPod touchを使うことで、導入コストを抑えた検査装置を提案しました。iPod touchは、前述の検査装置に比べれば安価なのに加え、故障した際の修理交換が容易という利点もあります。さらに既存の目視検査場所に設置できるほど小型なので、新たに場所を確保する必要がありません。シリンダロッドをスライドさせれば、長尺製品の検査にも対応可能です。インターネット回線を利用したアプリの更新も可能で、検査結果をサーバに収集することもできます。

▲直径40mmのシリンダロッドにおける3mmの傷。この写真は傷が目視しやすいように、カメラと照明の配置を工夫しています。本研究で提案した検査装置を用いると、このような微細な表面傷を、安価に、高い精度で検出できます


▲油圧シリンダロッドの傷検査システムの試作品

CGのライティングモデルを基に画像処理の問題を解決

前述のような画像処理を利用した研究では、CGの基本的なライティングモデルを基に、問題を解決することが多々あります。下水管路内検査のための浮流式全方位カメラシステムの場合は、照明光がカプセルの表面で反射してしまう問題がありました。油圧シリンダロッドの傷検査システムの場合は、鏡面反射する材質のため、環境光によって傷の見え方が変化してしまう問題がありました。これらを解決するにあたり、CGのライティングモデルを使って原因を切り分けて分析し、カメラと照明の位置を決定しました。

以上のように、CGの基礎技術、特にライティングの技術は、画像処理を利用した検査装置を開発している企業や研究所で重宝されています。ひょっとしたら、読者の皆様が学業や研究、仕事を通して培ってきたCGの知見が、検査装置開発の分野でもおおいに役立つかもしれません。この分野に少しでも興味がある方は、会社訪問や意見交換をなさってみてはいかがでしょう。就職先や仕事の幅を広げるための、選択肢のひとつになるのではと思います。エンターテインメント分野に加え、こういった分野でも、皆様が活躍なさることを期待しています。

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